蟲工場

蟲工場①

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 虫は嫌いじゃないんだけどね。


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 面接と言うのは緊張する。


 鳴海にとっての面接の経験は、高校の体育推薦の形式的なものでしかない。


 世にいう『受験』の経験のない所かバイトなどもした事ない状態で臨む初めての面接に、鳴海は否応なしに緊張し喉もすっかりカラカラになり紹介状に書かれた地図を頼りに目的地を目指す足取りもどこかぎこちない。


 ソレに、昨日はろくに眠ることが出来なかったので頭が痛い。


 と言うのも、生まれた初めて書いた履歴書にかなりてこずったからだ。

 

 それもその筈、体育特待で柔道漬けの青春時代を送っていたとあってアルバイトすらしたことの無い鳴海は面接に履歴書が必要と言うのを金城町子の言葉で初めて知ったのだ。


 世間知らず。


 そんな言葉では到底弁解なんて出来ないほどに、自分は世情に疎いのだと社会人2日目にしてもはや気分は鬱状態を見せ始めていた。

 

 __こんな事なら禁止でも何でも無視して一度くらいバイトするんだった__


 駆け込んだコンビニで求人雑誌の傍に置かれた履歴書を見て、鳴海は自分がいかに世間知らずか思い知らされうなだれる。


 

 __何であんなに履歴書は種類が多いんだ!?___

 

 ___とりあえず一番シンプルなの選んだけど『パート・アルバイト用』って大丈夫なのか?___


 多種多様な履歴書のデザインや用途に途方にくれながらも、何とか書きああげた履歴書を携え鳴海は人生初めての面接に向けて疑心暗鬼になりながらも紹介状に印刷された地図を頼りにバスを乗り継ぎ目的地へと向う。

 高速のインターチェンジのバス停から降りてひたすら歩いて県内有数の小児科専門病を見てその道をはさんだ向かいに目的の建物は見えるはずだった。



 「何だこりゃ?」



 『関係者以外対入り禁止』と書かれた今にも倒れそうな古びた看板が風に揺れてカタカタと揺れ、車がようやく通れる位に開いた錆付いた門の先には人間の腰ほどにも達した雑草がうっそうと茂りようやく獣道? いや車道? らしきアスファルトを確認できる。



 「ここで間違いないはずなんだけどな?」



 人生で初めて履歴書を書き面接を受けるべく高速バスに乗ると言う荒業をやってのけようやく辿り着いたそこは、まるで小さなジャングルのようだと鳴海は思った。


 取りあえず敷地内の道なき道の雑草を掻き分けて歩き続けると、ようやくというか出来ればそこだと思いたくないような古びた建物が見え鳴海のテンションは地を這う。



 ___ここか? 本当に此処なのか??___



 塗装も剥げ、ひび割れた壁。


 あの職安に勝ると劣らない何十年も経っていそうな巨大な工場のような不気味建物。



 ブンブンブンブンブン……。


 心なしか曇ってきた空に、壁にびっしりと取り付けられた空調のファンの不気味に回る音が溶ける。



 ___あはw  帰ろう___



 鳴海が元来た道に踵を返した瞬間だった。



 「ぶっつ!?」


 

 振り向きざまの顔面に、生暖かい衝撃。



 明らかな布と、肉の詰まったような感触に鳴海は顔をあげる。



 ___デカい!?___



 自分が顔を埋めていたのは、作業着を着た『彼』の腹。


 雲の切ら間からの逆光で男の顔は分からないが、覗き込むような頭の位置からして185cm位はありそうな長身に筋骨隆々をした体格。



 ちょうど鳴海は、その腹に抱き付いたような形になっている。



 「ぶべっ!? うおお!?」


 鳴海は反射的に飛びのき、距離を取って思わず構える!


 「わっ?! なんだ!?」


 相手も鳴海と同じく飛びのいて、構えるような仕草を取ったように見えた。


 「なっ、なんすか?? なんなんすか???」


 「は? ソレはこっちのセリフだ! ここは関係者以外立ち入り禁止だ! いい加減ハイキングならよそで……って、ん?」


 声調子からして若いであろうその人は、鳴海を訝し気にじろじろとみて『もしかして……今日、面接の?』っと首をかしげる。


 

 「めん、めめ面接のモンデスガななにかっ??」


 テンパる鳴海に、作業着の男は首をコキコキと鳴らしてため息をつき背を向けて何やらしゃがむ。


 「脅かして悪かった。 俺は『玉城』ここで働いている者だ、面接の話は聞いてる」


 まるで土木系の作業員のように作業着の腕をまくり頭にタオルを巻いた『玉城』と名乗った男は、どうやら飛びのいた時に倒してしまったらしい砂利を運ぶ一輪車に散らばった何やら太いパイプを40cmほどに切断したものひょいひょいと乗せながら構えたままの鳴海をジロリと見上げる。



 「てめっ、手伝えよ」


 「え? はっ、はい!」


 不機嫌な低い声に高圧的な抗いがたいものを感じて、鳴海は散らばったパイプを拾い集める。



 ___なんだこれ?___



 散らばったパイプを集めていた鳴海は、不意に手に取った一つに目を奪われた。


 ソレは内輪が15cm長さが40cmほどで中には漏斗のような形をしたプラスチックがはめ込まれていたものでまるでそれは何かの仕掛けのようだ。


 「ああ、それは調査用のトラップだ」


 こちらに背を向けたままの玉城が『作るのメンドイから壊すなよ』と付け加え立ち上がりながら伸びをすると鳴海のほうに向きなおる。



 「あ、はい、どうぞっ」


 『よこせ』と突き出された手に、鳴海は持っていたパイプトラップを乗せた。


 「お前、名前は?」


 「あ、はい、鳴海……砂辺鳴海っす!」


 名前を問われた鳴海は、反射的にびしっと姿勢を正しさっと『礼』をする。



 「なんだ? 仰々しいな」


 「ふぇ?! あ、すんません!」


 

 思わず取ってしまった『礼』に、恥ずかしさのあまり鳴海は赤面しながら顔をあげた。


___しまった! つい癖で……!___


 体育会系の弊害とでも言うのだろうか、鳴海は高圧的な玉城を前に完全降伏の態度を見せる。

 

 「……まぁいい、ついて来い。 案内してやる」


 「はっ、はい!」


 ガラガラと一輪車を押す玉城の背に、鳴海は少し距離をとってついていく。



 草を掻き分けずんずんと進む背中に、おいて行かれまいと鳴海の歩が早まる。



 ___は、早え……!___



 鳴海は、体力には自信があった。


 当たり前だ、いくら退部したとはいえ殆ど卒業間際までの二年11ヵ月のあいだ血反吐をはく思いで柔道に明け暮れていたのだ少なくとも『普通の人』よりは身体能力が高いのだと自負していたのだ。



 ___それなのに!___



 「おい、ちんたらすんな! ハブに噛まれるぞ」


 「ハブっつ!? えちょっ! 待って下さいよ!」



 不安定な一輪車に今にも崩れそうな荷物を載せ、草に足を取られるでもなく小石につまずくでもなく意地悪く嘲笑する玉城の背に放されまいと、鳴海は更に足を速める。



 「それ、ついたぞ」



 がサッと、草のジャングルを抜けるとそこには不気味な施設。



 鳴海は、それをまじまじと見上げた。


 ___臭い___



 まず感想はそれに尽きる。



 腐っているような、醗酵しているような、かび臭いと言うか壁びっしりの錆びついたファンが建物から延々空気をはき出していると言う事はこの匂いの元凶がこの建物である事は明白で鳴海はもはや嫌な予感が確定した事に浅く呼吸をした。



 「おい! なにしてんだ? ついて来い」



 玉城の声に、鳴海はびっくっと体を震わせ入り口入るその背にのろのろ付き従った。



 「あ あの! ここってなんなんですか?」


 

 鳴海の言葉に、パイプトラップを乗せた一輪車を入り口の傍に置いた玉城は『はぁ?』と眉をひそめる。



 「おい、まさか……自分が面接受けようって場所について何も調べなかったのか?」


 「……ぇ……?」



 おろおろとし始めた鳴海の態度に、『馬鹿かお前w 受けるw』と玉城は堪え切れないと嘲笑した。



 「ぇ ぇ?」


 「っか、お前さぁ~事業内容知らないで面接とかw 聞かれたらどうこたえるつもりだったんだよ? ふっくくく……」



 鳴海はその言葉に、またしても自分の世間知らずと無能さに赤面する。


 そうなのだ。



 『面接を受ける』と言う事は、当然ながらその仕事を志望すると言う事。


 

 高校の面接でさえ、学力うんぬんの前にこの学校を志望した動機であったりその場所で自分が何を成したいかどんなどんな功績をあげたいかソレを明確にしなければならい。



 そいうより、それが無ければ意味はない。

 

 ソレを持ちえないものが、合格など採用などある筈もない。



 そして、鳴海はここに至る今の今までソレを持ち合わせてはいない。


 

 「つか、ググれカスw」



 ぐうの音も出ない。



 このままでは落ちる、確実に。



 困った。


 鳴海にとって、いや、現在進行形で金銭的困窮に喘ぐ砂辺家にとってこのちょとばかり条件のよい給与のこの面接を落とすのは痛い。

 



 「あ、あの!」



 嘲笑を通り越して、爆笑している玉城に鳴海は意を決して声をかけた。



 「あ? 面接場所なら階段あがってすぐの研究室だ」


 「そ、そうじゃなくて!」



 さっさと行けと、笑いながら階段を指さす玉城に鳴海はさっと『礼』をする。



 「あ、あ、厚かましお願いなんですが! 簡単でいいんで、この場所の事教えて下さい!」 


 「は?」



 玉城は首をかしげたが、その視線ははみるみる険しい物に変わり90度に頭を下げる鳴海を見下ろして言った。



 

 「やだね」



 『え?』っと、思わず上ずった声をあげた鳴海に玉城はさらに言葉を浴びせる。



 「は? なにその目? 調べもしないでのこのこやって来たくせに受かろうっての? そんなバカと一緒に仕事するとかねーわ~」



  鳴海は慌てて弁解しようとしたが、玉城はあっと言う間に階段を上っていってしまう。



 「まっ、待ってください!」


  

 玉城を追って鳴海は階段を駆け上るが、玉城の背中はあっと言う間に階段を登り切ってバタンとドアを開けて中に消える。

 

 

 鳴海は後先考えず、玉城が飛び込んだドアを開けた!



 そこは、真っ白なまさに『実験室』っと言った部屋が広がる。



 「おや~?」



 乱暴に開かれたドアに佇み固まる鳴海の姿を、白衣姿の研究者と思われる男がのんびりとした口調で顔をあげ眼鏡越しに見た。

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