第五話「本当のリア充」


「ね、ちょっとだけ時間いい?」


 清里に袖を引っ張られ、振り返る。


「構わないが……」


 俺が答えると、清里は先に立ち、昨日ひとりでいた公園へと入っていく。

 その後についていくと、清里はベンチに座って空を眺めた。その顔は……。


「楽しそうだな、清里」

「……うん。楽しい。仁太郎君のおかげだよ」

「そうか。なら、昨日今日と連れ回した甲斐があった」


 清里は俺を見て笑顔を作り、そしてそのまま俯いてしまう。


「仁太郎君、私のこと観察してたって言ってたよね?」

「俺は周りから非リア充だと言われているからな。リア充と呼ばれている清里となにが違うのか、知りたかったんだ。……今はもう、違いなんてどうでもいいが」

「そっか。私は……その違い、どうでもよくないかな」

「……清里?」


 清里は顔を上げて、力のない笑みを浮かべる。


「私はさ、仁太郎君のことが気になってたんだ」

「俺のことが?」

「うん。堂々と自分がリア充だって言い切れる。どれだけ充実しているか胸を張って説明できる、仁太郎君が羨ましかった」

「俺は当たり前のことを言っていただけなんだが」

「それがすごいんだよ。私は、周りからリア充だって言われることはあっても、自分からリア充だなんて言うことはできなかったよ。自分がどうリア充なのかなんて、説明できない」

「…………」

「理由はもう、わかるよね? 仁太郎君の言う通り、私はリア充なんかじゃない。非リア充だからだよ。それなのに自分でリア充だなんて言ったら、嘘つきになっちゃう」


 清里優理子は、実は非リア充だった。

 確かに俺はそう結論づけた。


「仁太郎君、よく言ってるよね。リア充とは、リアルが充実していることだって。私のリアルは充実なんかしていなかった。一緒に帰る友だちも、寄り道する友だちも……いない。いつも一人で、空っぽだった」

「…………」

「だからね、今日よーくわかったの。リア充かどうかなんて、周りが見ただけじゃわからない。だって、陽子ちゃんと美和ちゃん、二人ともとっても楽しそうだった。知ってる? 女子同士でお弁当食べてるとね、あの二人は地味で協調性が無いって言われてるんだよ? ぜんぜん、そんなことないのに。話をすれば、とっても明るくて楽しい子だってわかるのに」

「そうだな、そこは俺も同意見だ」


 女子同士の話はわからないが、クラスでそう思われていることは知っている。

 しかし一緒にゲームをしてみてわかった。二人はゲームのことになると人が変わったように明るく話をする。とても充実した笑みを浮かべるのだ。


「ふたりに比べたら、私なんて本当に非リア充だと思う」

「なにを言っているんだ」


 俺は清里の正面に立つ。彼女は驚いた顔で俺を見上げた。


「さっきまでの清里は、本当に楽しそうだった。ここ数日観察して、あんな笑顔を見たのはさっきが初めてだった。……今の清里は、充実しているよ」

「私が……」


 戸惑う清里。だが、否定はしなかった。


「もし納得いかないのなら、明日から学校で今澤と有原のふたりと話すようにすればいい」

「えっ……?」

「他の連中なんて気にするな。お前が積極的にふたりに声をかけていけば、男子たちも言い寄りづらくなるはずだ」

「そう、かな? ふたりに迷惑にならないかな……」

「俺の見立てだと、大丈夫だと思うぞ。あの二人、頑固なくらいマイペースだ。例え何かあっても気にしないだろう」


 少なくとも、清里のことをリア充だと、近寄りがたい高嶺の花だと思っている連中には、彼女の行動を邪魔することはできないはずだ。女子同士なら、嫉妬も起きないだろう。


(万が一の時は俺がなんとかすればいい)


 どうやって? なんてのは、その時考える。


「とにかく、安心していい」

「……うん。仁太郎君がそう言うなら、信じてみようかな?」


 清里はさっきまでの笑顔取り戻し、もう一度空を眺める。


 これで……。清里も、非リア充ではなくなった。

 俺は満足し、彼女の顔を見る。


「……一つ聞いていいか?」

「うん? なになに?」

「話が最初に戻るんだが、リア充と非リア充についてだ。恵や壮一が言うには、一般的にそのふたつの大きな違いは、恋人がいるかどうからしいんだ」

「う~ん……確かにそうかもね。本当に、一般的にはだけど」

「そこでだ。リア充と呼ばれてきた清里には、恋人がいるのか?」

「え……えぇ? い、いまそれを聞くの?」

「いや、まぁ……」


 昨日声をかけた時は、いないと判断し、非リア充だと決めつけた。

 だがきちんと確かめたわけではない。


(……いや、だからって今聞く必要があったか? どうして俺は、今聞こうと思ったんだ?)


 清里の顔を見たら、ふと疑問が湧いたのだ。だからといって聞く理由にはならないが。


 彼女は恥ずかしそうに、


「ええっと、秘密……じゃ、駄目かな」

「!! そ、そうか。そうだな、悪い」


 秘密……。ここで秘密にされることが、なにを意味するのか。

 さすがに、察するべきだろう。


(何故だろう、心がざわざわする)


 ……そうだ。疑問が湧いたときから、すでに心がざわついていたんだ。

 それでどうしようもなく、聞いたのだ。


「……でも、仁太郎君にならいっか。誰に聞かれても曖昧に誤魔化してたんだけどね」

「そ、そうなのか?」

「うん。はっきり言ったことはないんだ。……私には、恋人なんていないよ?」


「っ……! なんだ……」


 心臓が一瞬で早鐘のように脈打ち、軽く目眩がしてふらつきかける。

 ……動揺? いや、安心か……?


「あ、なんで周りにハッキリ言わないんだって、思ったでしょー?」

「ま……まあな。それは、そうだろう」


 なにか誤解してくれたようで、俺は辛うじて声を絞り出す。

 彼女の言葉を反芻し――確かにその通りだな。


「なんで言わないんだ? リア充だなんて言われなかったかもしれないぞ?」

「うん……。でも、言うともっと大変なことになるって、知ってるから」

「…………ああ、それもそうか」


 恋人がいないとわかれば、それこそ男子が積極的に動き、面倒なことになりそうだ。


「中学の時、色々あって……。だから誤解されてるならもうそれでいいかなって、ね」

「でもおかげで、非リア充になっていたぞ?」

「そうだね……。でも、もういいよ。いいんだよ。仁太郎君のおかげで、リア充かどうかなんて、私もどうでもよくなっちゃった」


 そう言って清里は笑う。


「それは違うぞ、清里」

「えっ……? でもさっき――」


「さっき俺が、リア充と非リア充、その違いなんてどうでもいいと言ったのはな……」


 俺は腰に手を当て、清里に笑いかける。


「清里が本当のリア充になったからだ。ふたりともリア充なら、違いなんてどうでもいいだろう?」


「仁太郎君……。あはは、敵わないなぁ」


 そうしてしばらくの間、俺たちは公園で笑い合っていた。





「そろそろ帰ろっか」

「そうだな。もう完全に日が暮れている」


 昨日と同じように、駅までの道をふたりで並んで歩く。


「今日はもう暗いし、もちろん駅まで送るが……。昨日はなんで駅まで一緒に帰ろうと思ったんだ? ゲーセンで解散でもよかったと思うが」

「えぇ? 仁太郎君……それ、本気で言ってる?」

「なんだ? 俺はおかしなことを聞いたか?」

「もう……」


 清里は少し呆れた顔でため息をつくが、すぐに恥ずかしそうに顔を赤くした。


「あ、あのね。私が非リア充だったことはよくわかったと思うけど」

「そうだな。一昨日までの話だが」

「もちろん、今まで恋人なんていなかったよ?」

「お、おう」

「だからね、その……男の子とふたりで遊びに行く、なんて、初めてだったんだよ」

「ああ。…………む? そうなのか?」

「そうなんだよ。だからね……えっと、まだわからない?」

「わかるような、わからないような……」


 上手く頭が回らない。

 男子とふたりで遊ぶのは昨日が初めてであり、つまり俺とが初めてだった。


「世間一般的にね? そういうのって、その……って、言うよね?」

「でぇと……?」

「うん……デート」



 でぇと……って、なんだ? 日本語なのか?

 いやいや、で……え……と?

 ふたりだけで、遊ぶのが……でぇと。少なくとも食べ物ではない。


 でーと……。


 待てよ、どこかで聞いたことのある響きだぞ?


 デ……エ……ト……?


 あれ――。



?)




「………っ!! そ、そうとは限らなっ……あ、いや、そうとも言うのか? ……すまん、俺もあまりそういうのは、わからないというか」


 デート。しばらくその言葉が理解できず混乱してしまった。

 昨日自分がしたことの意味。

 清里がなにを言いたいのか。


 ……いやしかし、果たしてあれをデートと呼んでいいのか?

 俺には判断ができなかった。


(あれがなのだとしたら……)


 昨日はまったく自覚がなかったが、俺にとっても初めての経験だ。

 そしてそれは――。


「私もあんまりわかんないんだけどね。でも別れ際があんな風にほったらかしなのは、ちょっと嫌だなって……」

「…………!」

「初めて、だったし」

「……その、本当にすまん」


 そこからはもう、無言で駅までの道を歩くことになる。


 隣を歩く清里は、嬉しいような、照れているような、恥ずかしいような顔をしていて、俺はその横顔をまともに見れなくなっていた。


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