第31話 ヒーローは忘れたころにやってくる

 ところで生徒会である以上、もちろん僕らもそんな裏の仕事ばかりしているわけではない。その日の放課後も生徒会室で、漫画をよんでいるシャム以外はみんな雑事に追われていた。そんな中、梓お姉ちゃんが立ちあがった。

「さて・・・じゃあ悪いけど今日は二者面談だから、先にあがるわね」

バッグに資料をつめこんでいる梓お姉ちゃんに、僕は聞いた。

「ねえ、この間から気になってたんだけど、足、どうかしたの?」

梓お姉ちゃんは、おどろいたような顔でふりむいた。

「あら・・・よく分かるわね。誰にも気づかれなかったのに」

「ふん。なによ。また幼なじみアピールしちゃってさ」

「ニャふふふ・・・」

怜奈のことばなどまったく意に介さず、梓お姉ちゃんは僕に微笑んだ。

「大丈夫よ。稽古でちょっとくじいただけ」

「ふうん・・・」

「ニャふふふ・・・」

「じゃあ、みんな、お先に」

「お疲れ様でしたーっ」

出ていくお姉ちゃんにみんなであいさつしてから、池内君がいいだした。

「二者面談かあ。三年生は、もう進路決定の時期だもんな」

「僕らも、一年後だね。どうしたものかなあ」

「でも生徒会長さんは、なんの問題もないわよね。学問優秀、スポーツ万能。まさしく文武両道、非の打ちどころなしだもの」

「ふん。どうだか」

「ニャふふふ・・・」

「しかも超絶美人。知ってる、お兄ちゃん?梓お姉ちゃんって、一年生の男の子たちにもすっごくファンが多いのよ。でね、みんな女の子たちからからかわれるの。『アンタたちなんか相手にされるはずないでしょ、しかも高梨さんがそばにいるのよ』って」

「ふ、ふうん・・・」

「ニャふふふ・・・」

「―なによ、それ。ジュンも、ジュンよ。あんたがしっかりしないから、そんな稚児みたいないわれ方されるのよ」

「そうよ、ジュンちゃん。歳上の女性からかわいがられるだけだなんて・・・私からみてもちょっと情けないわよ」

「ニャふふふ・・・」

「うるさいっっっっっ」

たまりかねて、僕らは一斉にシャムにさけんだ。

「何なんだよっ。人間のことばが分かることをカミングアウトしたとたんに、漫画だのラノベばっかり読むようになってさっ」

「―だ、だっておもしろいのですもの・・・。いままでガマンしてきたわけですし・・・」

「そうよそうよ、漫画よんで笑ってる猫なんて、なんだか不気味だわ。猫らしくなさい。それに最近、太ってきたみたいよ。みっともない」

「そ、それはお嬢が『俺の塩』ばっかり食べさせるからですわっ・・・」

「口ごたえするんじゃないのっ」

いきりたつ唯のあとを、池内君がぼんやりと引きとった。

「―まったく『俺の塩』をひとり五〇個ももらってもなあ。レベル3の賞品より、2の賞品のほうがよかったんじゃないか?」

そのことばではっと思いだして、僕はシャムに聞いた。

「そうだ、レベルといえば・・・。最近、心の闇をかかえた学生さんはいないのかい?」

「いニャいこともございませんわ・・・ニャふふふ・・・」

僕は漫画をシャムからとりあげた。

「ああっ。ジュン様っ・・・」

「いニャいこともニャいなら、どうして言わニャいのさっ」

「あっ、ジュン。猫語になってるっ」

怜奈のことばにみんなどっと笑って、僕は顔を赤くした。

「う、うるさいなっ・・・」

シャムもニャふふふとしばらく笑っていたけれど、やがてすこしはまじめな顔になって、言った。

「進路をきめるこの時期は、誰しもすこしはナーバスになるもの・・・。それをいっていたら、キリがございませんわ」

「ああ、そうか・・・。三年生ならみんな多かれ少なかれ不安定にもなるよね」

「ただ・・・」

「ん?」

小首をかしげるシャムを、僕はうながした。

「それでもやっぱりすこし気になる方が・・・」

「う、うん、誰さ。じらさないで、はやく言いなよっ」

せかす僕に、シャムはようやく名前を口にした。

「姉様」

「姉様って・・・梓お姉ちゃん?まさか・・・」

僕らは、顔を見あわせた。

 一拍おいて、僕らはわらった。

「まさか」

「そうよ。あの会長ときたら・・・もう憎たらしいくらい動じないんだから。平気よ」

それでもシャムは、思案顔をくずさなかった。

「たしかにふつうの方なら、見落としてしまう程度なのですけれど。姉様にしては、すこし脆くなっているというか・・・心の平衡を欠いていらっしゃる気がどうしてもいたしますわ」

「―もしそうだとするなら・・・どうしてなんだい?」

「それは、わかりませんわ。さすがのシャム猫にも、姉様の心は読みきれない。ガードの堅いこと堅いこと・・・りそ○銀行前橋支店の金庫のごとし、ですわ」

「―ん?」

「デジャブ・・・」

怜奈がつぶやくなか、シャムは力なく首をふりながらいった。

「ただ姉様のお友達にも最近ひどくショックをうけたらしく、落ちこまれていらっしゃる方がいて。それと関係があるのかなとおもったり、おもわなかったりですわ。―わかりませんわ」

なんとも頼りないシャムのことばに、僕らはうーんとうなった。そのとき突然、生徒会室のドアの外から声がきこえてきて、僕らはびくっとした。

「学生のトップが揺れているとあれば、重みがちがう。これは、捨ておけないな」

「誰っ?」

怜奈の問いただす声に、ドアがゆっくりと開けられ、その人影は中にはいってきた。校長だった。

 僕らはなんとなくがっかりした。

「―なによ、今の。ヒーローの現れかたじゃない」

「ほんとよ。しかも、外で立ち聞きしてたみたいよ」

「気もち悪い・・・。お兄ちゃん、追いはらってよ」

しかたなく、僕は校長にきいた。

「ところで、校長先生。なにかご用でしたか?」

「うん。ちょっと、エロい気分になって・・・」

一瞬僕らはことばをうしなったけれど、しばらくして口々にささやきあった。

「―聞きまちがいじゃないわよね?」

「・・・うん。私も、頭が真っ白になったけど。生徒会室を風俗かなにかと勘ちがいしているのかしら?」

「―爺さん、いまの教育委員会にたれこんだら、ヤフーのトップニュースにでるぜ」

池内君のことばに、校長はあわてたように言いなおした。

「・・・ああ、まちがえたんだ。ほんとは、若々しい青春の気を吸いに、と言いたかったんだ」

「―なにがどうなったらそんな言いまちがいをするのよっ」

けがらわしそうに言う怜奈を、しかし、校長はうまくいなした。

「ま、まあ、いま大事なのは水谷君じゃないか」

実際校長より梓お姉ちゃんのほうがはるかに気にかかる僕らは、うまく誘導された。校長はにやっと笑いながら、つづけた。

「水谷君もそのお友達も、ふだんなら生徒会が出動するほどの程度でもなさそうだが。なにぶん、あの会長がいないとこの学校は立ちゆかないのでな。今回は二人あわせて・・・うーん、レベル2ということでどうだい?」

「もう一声っ」

そういう怜奈を、池内君があわててたしなめた。

「怜奈ちゃん、これ以上『俺の塩』もらって、どうする気だい?」

「あっ、そうかあっ。―やっぱりレベル2でいいわ」

「いいだろう。じゃあ、さっそくたのむ」

そういって生徒会室を出かけてから、校長はまたにんまりと笑いながらこちらをふり向いた。

「―ただ、レベル2とはいっても毎回賞品はちがう。レベルがおなじなら同等の賞品、というだけだ。この間はたまたまあんな感じだったが・・・基本的にレベル2より3の賞品のほうがいいのは当然だ」

そのままドアを閉めて、高笑いしながら校長は出ていった。やはり梓お姉ちゃんがいないとダメなのだと、僕らは脱力しながらも身にしみて実感させられた。

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