第30話 ディズニー・マジックにかからない我が家のお姫様

 ディズニーランドホテルの窓からライトアップされたシンデレラ城を眺めていると、唯がバスタオル一枚の姿で浴室からでてきた。

「下着・・・つけてたほうが感じる?」

「くだらないことやってないで、はやくパジャマ着なよ」

一蹴すると、えへへと笑って唯はまた浴室へと入っていった。やれやれとため息をつきながら、僕はベッドに腰かけた。ビッグサンダーマウンテンの岩山が、むこうにぼんやりと見えた。

 唯はすぐホテル備えつけのパジャマを着てやってきて、僕のとなりに座った。

「どうしたの、お兄ちゃん?きれいでかわいい最愛の妹と二人っきりでディズニーランドホテルに泊まっているのに・・・そんなうかない顔して」

「―ごめん、そんなにじぶんが幸せな状況にいるなんて、知らなかったんだ」

「森崎正弘のこと?」

「それもあるけど・・・あのとき怜奈がいったこと、覚えてる?―ああ、唯は遠くにいたから聞こえなかったか」

唯は、笑った。

「まさか。あれだけ大きな声で目立ってたら、聞こえるよ。あの辺の人たち、みんな耳をダンボみたいにしてたよ」

「・・・そうか」

「鼻をピノキオみたいにしてた人もいたわ」

「―わからないな。そいつに何があったんだい?」

「ディズニー・マジックにかかったのね」

「やかましいよ。そんなかかり方するんだったら、誰もディズニーに来なくなるよ」

「でも、抽選で一名様は白雪姫になれるわよ?」

「ん?ん・・・うーん・・・」

「それで、それで?」

「―ああ、うん。いや、なんかさ。怜奈があれだけまっすぐなのに、僕のほうはふらふらして・・・恥ずかしいなって」

「ははあ、なるほど。ニブチンお兄ちゃんも、ようやく気づいたってわけね?―まあ、せっかくだし、寝ながら話そうよ」

そういうと、唯はそのまま僕のベッドにもぐりこんだ。

「ん?―どうして、僕のベッドに入るのさ」

「なによ。せっかくディズニーランドホテルに来たっていうのに、妹とべつのベッドで寝ようっていうの?冷たいお兄ちゃん。ふつうじゃないよ、そんなの」

「ど・・・どっちがふつうじゃないんだよっ。漫画じゃあるまいし、ふつうの兄妹はいっしょのベッドで寝たりしないよっ」

「そんなことないよ。たとえば十万人の兄妹がいたら・・・そうねえ・・・一組くらいはいっしょのベッドで寝てるとおもうよ?」

「ん?意外に客観的にものごとを見てるじゃないか。そのとおりだよ。それで、そういうのをふつうじゃないっていうんだよ」

「まあ、そんなことどうだっていいじゃない。それとも・・・さすがのニブチンも、反応しちゃう・・・ってワケ?」

「初々しく頬赤らめて、なに言っちゃってるんだよっ。お兄ちゃん、そんな下品な下ネタ言うように育てたおぼえはないからね」

「まあ、まあ。そういわずに・・・」

面倒になった僕は、電気を消してベッドにもぐりこんだ。すぐさま唯が背中にすり寄ってきて、話をつづけた。

「怜奈姉ちゃん、最近ものすごくあせってるよね」

「―そうなの?」

「『そうなの?』って・・・もうお兄ちゃんったらニブチン中のニブチンね。もしニブチンの全国大会があったら、東京都予選くらいは余裕で勝ちぬけるわよ。でも、そのまま全国制覇ができるなんて思わないでね?三重県になかなかの強敵がいてね、」

「話をすすめてくれないかな」

「―そうお?うん、とにかく、あせってるの。そりゃそうよね。今まではさ、恋人っていう立場じゃないにしても、ジュンは私のものよ、って自信たっぷりだったはずよ。幼なじみで、いつもいっしょにいて、おまけに怜奈姉ちゃん本人もスーパー美少女だもんね。実際、お兄ちゃんも怜奈姉ちゃんも、意外と、学校で告白されたりとか少ないんじゃない?」

思いかえしてみると、たしかにそうだった。僕はともかく、怜奈に手をだすやつも、本人の実力のわりにほとんどいなかった。だからこそさっきの森崎正弘のふるまいに、僕は激高してしまったわけだけれど・・・。

「そうねえ。いまの怜奈姉ちゃんの気もちをアニメの次回予告風にやってみると・・・」

「ん?」

「こんばんは!私、優木怜奈。最近のジュンったらさあ、ほんと気にくわないんだ。なにが弥生ちゃんよ、なにが梓お姉ちゃんよ。ちょっとアンタら、ツラ見せてみなさいよ。この美少女怜奈ちゃんに勝てるの?ん?フ、フン・・・ケンカ売るだけのことはあるみたいね。いいわよいいわよ、私とジュンには小三のころからの絆があるのよ、キ・ズ・ナが。ええっ?小一のころから?ええっ!?となりの家に住んでた?そ、そんなあ~。次回、シャム猫のいる生徒会室。『妹はある意味で最強の幼なじみ』。見てね!ちょっとジュン、今度は妹にまで手を出す気!?」

「・・・み、見たくないなあ、そんなアニメ・・・」

「この番組は『身近な暮らしを科学する』オカモト株式会社と」

「―ああ、あのコンドームの会社か・・・」

「『芸能人しかキャスティングしません』のMUTEKI」

「んー、AVの大手ね・・・」

「ご覧のスポンサーの提供でお送りしました、っと。唯役の声優は釘宮理恵さんに頼もう」

「引き受けてくれるかなあ、そんな会社ばっかりスポンサーのアニメ・・・」

「まあ、そんなとこよね。しかもお兄ちゃん、最近は愛内さんなんかとも仲いいし・・・。でもね、やきもきしてるのは、べつに怜奈姉ちゃんだけじゃないんだぞっ」

唯が背中におもいっきりしがみついてきて、その弾力に僕はあわてた。昔よくいっしょにお風呂に入っていたころの、ぺったんこのムネが思いだされた。まったく、いつのまにこんなに発育したものだろう・・・。

「ひ、ひっつくなって。―どういうことさ」

「『どういうことさ』?・・・ぐううううっ・・・。じゃあ、お兄ちゃんなら、平気?唯が超絶イケメンたちに囲まれて、いちゃいちゃしていても」

「ん?」

「いまと逆なら、ってことよ」

僕は、虚をつかれた。さっき、怜奈がナンパされているのを見たときの、なんともいいようのない感覚が思いだされたりもした。そうだ、そんなこと、かんがえたこともなかった・・・。そうして僕が、いまと逆の状況に唯をあてはめて想像にひたっていると、背中で彼女はすねたように言った。

「ふん。どうせ、平気なのよね。あーあ、こんなつめたいお兄ちゃん、持たなければよかった・・・」

つぎの瞬間、僕はおもわずふりむいて、唯の肩をがしっとつかんでいた。

「きゃあっ」

「ダメだぞ、唯。お兄ちゃん、そんなの絶対に許さないからねっ」

気づくと、唯が目をぱちくりさせていて、僕はしまったと、あわててまた背を向けた。少しして、

「・・・へえー、いまお兄ちゃん本気だったねえ」

と唯のうれしそうな声が聞こえてきた。

「うるさいっ」

「知らなかったなあ。お兄ちゃん、そんなに唯のこと好きなんだ」

「・・・・・・」

「『ダメだぞ、唯。お兄ちゃん、そんなの絶対に許さないからねっ』かあ。うふふふっ」

「たのむ、お兄ちゃんに自殺してほしくないならやめてくれっ」

「でも、嬉しかったよ。お兄ちゃん・・・」

また僕の背中にぴったりと体を押しつけてきながら、唯はいった。

「これで、今までむかむかさせられた分の・・・五千分の一くらいはお返しできたかな」

五千分の一か・・・。唯は唯でずっとイライラしていたんだな、と今さらのように僕はかんがえた。いわれてみると、あたりまえなのだ。僕なんてさっき、ちょっと想像してみただけで頭がショートしてしまったのだから・・・。

(勝手だったな、僕は・・・)

そうしてしずんでいると、唯が背中でいった。

「でもねお兄ちゃん、気もちはよくわかるよ」

「うん?」

「怜奈姉ちゃんも、弥生お姉ちゃんも、梓お姉ちゃんも・・・。みんな、お兄ちゃんと大事な記憶を共有している、特別な存在だものね。しかも、全員が女性としても超絶一級品の、スーパー美少女。だれだって、どうしていいかわからなくなるよ」

「そういってもらえるのはありがたいけど・・・そんなに甘やかしてくれなくてもいいんだよ」

「ううん、ほんとよ。ただ、いちばんお兄ちゃんといっぱいいっぱいいろんなことを共有しているのは、この唯ちゃんだっていうのを忘れないでね」

―わかっているさ、と僕はまた唯の、ずいぶんと大きくなった、あたたかなムネの感触を背中にかんじながらおもう。わかっているさ・・・。

「お兄ちゃん、こっち向いて」

「ん?」

また体を反転させて正面に向きなおると、唯は、チュッとかるく僕の唇を吸ってから、いった。

「おやすみ」

「―ああ、おやすみ・・・」

あまりにも自然なキスだったので僕もそのまま眠りにつこうとして、少ししてから、

(ん!?―って、いまのはまずいんじゃないのかな!?)

と、あわてて目を見開いた。でも唯のおだやかで、かわいらしい寝顔をながめているうちにどうでもよくなってきて、また目をつむった。まったく、キスしたら寝てしまうなんて、『眠りの森の美女』の逆じゃないか・・・。

               ◇

 もちろん、後日談はある。その一週間後くらいにむこうの校長から、つぎの絵画展にむけて森崎正弘がまた真剣に絵を描きはじめたとの連絡があった。どんな題材なのかという梓お姉ちゃんの質問に校長は不思議そうだったけれど、また次の日に、どうやら少女像らしいという返答があった。そしてようやく安心した僕らは、今度はこちらの校長にレベル3の事件の報酬を受け取りに行って、一人につき五〇個の『俺の塩』をもらった。唯がトッピングだのなんだの、そのたびに工夫してくれるおかげで、まあわりと飽きずに食べ続けてはいる。

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