第28話 絶望という暗闇をはしるスペース・マウンテン

 次の日、僕が生徒会室で報告するのを、みんなは憂鬱そうな顔で聞いていた。話し終わると一瞬の間をおいて、

「なるほどね。お疲れ様。―さすがは淳之介、たった一日でそこまで調べてくるとはね」

と梓お姉ちゃんがいった。そして、

「あ。あたしも、あたしも・・・」

と手をあげてアピールする怜奈を、わかったわ、とうるさそうに制してから聞いた。

「ただ、それならどうしてあそこの校長はそれに気がつかなかったのかしら?」

「その女の子と森崎正弘は、高校はべつのところに進んだんだ。彼の高校は本格的に美術の道にすすむ人のための学校だからね。彼女のほうも絵は、彼の影響でやることはやったけれど、趣味の範疇をでない程度のものだったらしいよ。でも、二人の付き合いはもちろん高校に入ってからも続いていたんだ」

「となりの家だものね。高校2年生なら、16歳ってとこね。生まれたときから16年の付き合いの彼女が死んだら、そりゃあショックでしょうね」

僕らは黙りこんだ。少しして、池内君が口をひらいた。

「ただ・・・、こういうことを今いうと、嫌なやつに聞こえるかもしれませんが―」

「どうぞ」

言いよどむ池内君を梓お姉ちゃんがうながした。

「よくわからないのは、女の子たちのほうなんですよ。そりゃあ、森崎正弘のほうに女狂いをしたい理由があるのはわかりますよ?ただ、どうしてまわりの女の子たちがそれにつきあう理由があるのか、そのへんがちょっと・・・。どう見ても、純朴な男の子ってかんじで。淳之介君とか俺みたいなルックスならともかく・・・」

「あら。さりげなく自分もいれたわね」

にやっと笑って、梓お姉ちゃんはいった。

「そりゃあ、本気だからよ。森崎正弘は、酔狂で女遊びをしているわけじゃないの。もう、彼女の替わりを見つけようと、死にものぐるいなのよ。優木怜奈もいってたけど、持ち物、雰囲気、話し方・・・すこしでも彼女を想わせるものをもっている女なら、もう必死に声をかけているにちがいないわ。だからね、もちろんみんな彼女とはちがうわけで森崎正弘はすぐがっかりしちゃうから、結果的にはみじかい付き合いに終わるけど・・・、浮気ではないのよ。そのつどそのつど、本気なの」

「ねえ、私のことフルネームで呼ぶのやめてくれない?怜奈でいいんだけど」

「うるさいわよ、優木怜奈」

「―っ・・・もういいわ、アンタには頼まないわっ」

まったくもって無意味なバトルが勃発するなか、弥生ちゃんがしずかにいった。

「なるほどですね・・・。女の子は、全身全霊でアタックされているんだと思いこんでしまう。あながち誤解でもないから、タチがわるいですよね。森崎正弘の立場にたてば、あの子の亡霊に全力ですがりついている、といったところなんでしょうけど・・・」

「そういうことよ。他校のこととはいえ、ほっておけないわ。お互いに傷つくだけだもの、はやく終わらせなければ・・・。唯たちの調べによれば、今週末、森崎正弘とあたらしい彼女はディズニーランドにいく。そうよね?」

「うん」

唯はうなずいた。彼女たちは彼女たちできのう、情報収集につとめていたのだ。

「いいわ。私たちも、行きましょう」

意外なことばに僕らがあっけにとられているなか、梓お姉ちゃんはスマホを耳にあてた。

「もしもし、校長ですか?私、生徒会長の水谷梓です。―む・・・あの、この通話は録音しているのでそのあたりをお忘れなく。はい。今週末、例の仕事の関係でディズニーランドに行こうとおもいますので、4人分のチケット代の給付をおねがいします。2人分はこのあいだの賞品を使います。―しかし、取材費を好きなように使っていいとおっしゃっていたじゃないですか。むこうの高校もちですし、べつに校長ご自身の懐は痛まないのでは?・・・ははあ、さてはふっかけてポケットマネーにするおつもりでしたね。なにが『図星と煮干しは一字違い』ですか、あなたのすべてから腐りきったジジイの匂いがするわっ。何?『今のでひさびさに半勃ち』?くっ・・・」

梓お姉ちゃんは汚いものでも遠ざけるようにスマホを耳から離し、スピーカー機能に切りかえて通話をつづけた。

「いいですか校長、これ以上下品なことを言ったり私たちの要求を退けるようなら、この録音した通話を公開します。そうしたら校長の教育長の野望なんて夢のまた夢ですよ」

一瞬の間をおいて校長の、

「そうか。それなら君の要求を呑むしかあるまい。都の腐敗した教育体質を変えられるのは、私しかいないのだから・・・」

という声がスピーカーから流れてきた。

「―今さら何をかっこつけているんです?まったく似合っていませんよ。AKBの国歌斉唱くらい似合っていませんよ」

「しかし、女の子はおちゃらけた男がじつは・・・みたいなギャップに弱いものじゃないかね?」

「じつは・・・腐ったジジイでしたって?冗談じゃないですよ。いい歳こいて、男子高校生みたいなこといわないでください」

「そんなこといって、ほんとうは花芯のあたりにじんわりと熱い欲望のうごめきを・・・」

ピッとまよわず通話を切って、ふうっとため息をついてから、

「さあ、週末はディズニーランドに出張よ」

と梓お姉ちゃんは声をはった。おもわぬ展開におどろきながらも、僕らはウワアッと手をたたいてよろこんだ。それから僕は、ふと気になって聞いてみた。

「でもさお姉ちゃん、あの広いディズニーランドでどうやって森崎正弘を見つけるの?」

「大丈夫よ。唯たちの情報によれば、森崎正弘はスペースマウンテンが大好きだそうよ。あそこで張っていれば、すぐ現れるでしょう。ばれないように、交代制で二人づつ尾行することにしましょう。―それに今回は仕事は名目、まあ収穫があればいいわね、くらいのとこよ。たまには遊びましょう」

たしかに、ディズニーランドで森崎正弘を監視したところで、何がどうなるともおもえない。僕らは気を楽にして、うきうきと週末の相談にうつった。

 土曜日、僕と怜奈と池内君と唯は、くじ引きで負けた梓お姉ちゃんと弥生ちゃんの連絡を待ちながら、ディズニーランドを遊びまわった。そして、「ホシ発見!」のメッセージはすぐに来たものの、そのあとの連絡がなかなかこなかった。唯がこわいものが苦手なので、僕らはまずはイッツ・ア・スモールワールド、次はカリブの海賊と、わりと無難なアトラクションをえらぶことになった。カリブの海賊の列に並んでいると、となりにいた唯が、

「はい、お兄ちゃん。チュロス・・・」

と棒状のお菓子を僕の口もとにさしだした。そして僕が一口かじると、そのまま手をひいて自分も一口かじった。交互に食べるつもりらしかった。またさしだされたそのチュロスというお菓子をかじりながら、

「二本買えばよかったのに」

と僕がいうと、

「お腹すかせておかないと。昼はともかく・・・夜はみんなどうするのかなあ?ねえお兄ちゃん、二人でホテルで食べない?」

と僕の口もとについた砂糖粒を指でとってくれながらいった。

「ホテルで食べるのは、明日の朝にしない?夜は高いんじゃないかなあ」

僕がそういうと、前に並んでいた怜奈がいまいましそうにこちらをふりむいた。

「また兄妹のくせにいちゃいちゃして・・・。会長も会長よね、せっかくの東京ディズニーランドホテルのペア宿泊券、まよわず高梨兄妹にあげちゃうんだから。―まあ、たしかにジュンたちが解決した事件の賞品だけどさあ」

怜奈のとなりにいた池内君が、笑ってとりなした。

「それに、結局会長の判断しかないさ。いちおう高校の生徒会役員としての賞品なんだし・・・淳之介君と怜奈ちゃんとか、高樹さんが二人で泊まるわけにもいかないじゃないか。俺と淳之介君じゃ、BLになっちゃうしさ」

「BL・・・西武ライオンズね?」

「ちがうよ、怜奈ちゃん。BLっていうのは、ボーイズラブ・・・」

「池内君、こいつは分かって言ってるんだから、気にしなくていいんだよ」

僕がまた唯が口もとにはこんでくれるチュロスをかじりながら言うと、池内君は感心したように僕らをながめながら、うーんとうなった。

「それにしても、たしかに仲がいいよなあ。まあ、仲のいい兄妹は多いんだろうけど、君たちの場合なんというか・・・」

「男女のにおいがする」

後をひきとって怜奈がずばりといって、まあそうかな、と池内君がわらった。

「ここは昔っからそうなのよ。ちょっと唯、今夜ジュンといっしょに泊まるからって、変なことかんがえるんじゃないわよ」

「そんなこといったら、毎日いっしょに泊まってるもんねーだ。お兄ちゃん、ちょっとずれてるよ・・・」

唯は、僕の白いうすいニット帽をなおしてくれながら言った。怜奈は、フンとおもしろくなさそうに、舟にのりこんだ。

 「カリブの海賊」の舟がしばらく進んでから、前にすわっていた池内君がこちらをふり向きながら言った。

「淳之介君、さっきのイッツ・ア・スモールワールドもそうだけど―、どうもあまりに平和なんじゃないのかい?・・・うわーっっっ」

ちょうど滝壺に落ちるところだったのでおもわず池内君は叫んで、落ちきってからしばらくして、ぽつりといった。

「び、びっくりした・・・」

「―池内君、ちょっと反応がベタすぎるんじゃないかな?まるでディズニー初心者の見本じゃないか」

「しょ、初心者もなにも、俺はディズニーランドは初めてだから・・・」

その池内君のことばに女性陣は、

「ええーーっ」

と騒ぎたてた。

「どうしてですかっ?私、お兄ちゃんとか怜奈姉ちゃんと、もう何十回も来てるけど・・・日本人ならそれがふつうかと思ってた」

「ダメよ唯、そんなこと聞いちゃ。極道が猫耳かぶるわけにいかないでしょう」

「―あのさ怜奈ちゃん、君は武術家とチンピラを誤解してるんじゃないのかい?それにミッキーは鼠なんじゃないのかな・・・おっ、海賊がでてきたな・・・」

「あ。昔が懐かしい?」

「だからね・・・」

きゃっきゃと笑う唯たちの声をききながら、―そういえば唯や怜奈と何回もここ来たな、と僕は想いだした。そしておそらくは、森崎正弘も昔の彼女と・・・。そうおもうと、僕の胸は痛んだ。

(彼が今ごろはなんのアトラクションに乗っているかはしらないけれど―)

きっと、彼女とのことを思いだしているだろう。そして、あたらしい恋人に、むりやりにその面影を重ねあわせようとして・・・。

(ムダだよ、森崎正弘)

僕は首をふった。そのとき僕は、ようやく気づいた。スペースマウンテンが好きだったのは昔の恋人だったのかもしれないな、ということに。海賊の砲弾が飛んできて、ちかくに水しぶきが上がった。

 梓お姉ちゃんたちからつぎの連絡があったのは、もうお昼どきといってもいい頃だった。僕らはそのとき、ディズニーグッズのならぶお店のなかにいたけれど、連絡をうけてすぐそのレストランの前に集合した。梓お姉ちゃんと弥生ちゃんのもともと色白の顔が、どういうわけかさらに蒼くなっていた。

「どうしたの、お姉ちゃん?弥生ちゃんも・・・顔色がわるいよ」

「どうしたもこうしたも・・・」

梓お姉ちゃんはめずらしくげんなりしたように言った。

「あの二人、ずっとスペースマウンテンに乗りっぱなしなのよっ。もう何回乗ったかしら?わざわざディズニーランドまで来て・・・ほかのアトラクションに興味ないの?」

「見失っちゃいけないから、交替してもらうわけにもいかなくて・・・ああ、気もち悪い。もともと私はジェットコースター系苦手なのに・・・」

弥生ちゃんも憔悴しきっていた。

(やっぱり・・・)

その森崎正弘の度外れの執着ぶりに、僕はさっきの推測がただしかったことを知った。それから梓お姉ちゃんは、

「森崎正弘は、このレストランのなかにいるわ。怪しまれるといけないから、ペア3組に別れて行動しましょう。できるだけ森崎正弘のちかくのテーブルについてね、会話を聞きたいの。淳之介は私と。優木怜奈は池内薫と。唯は高樹弥生と。いくわよ」

とすばやく指示をおくった。まず僕と梓お姉ちゃんが中に入ると、そこは薄暗い夜のような雰囲気になっていた。僕らは食事を注文してからトレイを持って店内を歩きまわり、ちょうど空いていた森崎正弘たちのうしろの席に陣取った。

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