第26話 クッキーモンスターはいつだって直球勝負

 そのまおみちゃんという女の子の家に着いてチャイムを鳴らしてから、怜奈が僕の顔をのぞきこんできた。

「ねえ、どうしたの?シリアルな顔して」

「ぼ・・・僕、どんな顔してるの?」

「ははあ、さては彼女の女友達から品定めされるのがこわいのね?大丈夫だったら」

「うん、まあそれもあるけど・・・」

そのときまおみちゃんが出てきて、さすがにソフトボール部だったというだけあって、いかにもアクティブな感じの女の子なのだった。

「ひさしぶりィ。へええ、ほんとだ。これは言われてなかったら男の子ってわからないなあ。二人とも、きれいねえ。カップルというより、美少女姉妹だね」

「へへっ。お似合いでしょう」

「似合う、似合う。怜奈ちゃんにぴったりだよ、その彼」

どうやら合格したらしいと少しはほっとしながら、うふふと得意気な怜奈といっしょに僕はまおみちゃんの部屋へと上がった。

 部屋にはすでにブルボンの缶入りクッキーと温かいコーヒーが準備されていた。

「ああっ。私、あのクッキー大好きなのっ」

怜奈はそう目を輝かせると、僕らが

「とつぜん押しかけてごめんなさい」

「いえいえ」

なんて会話をしている間にも、すでにクッキーモンスターと化していた。僕もじつはこのクッキーは嫌いじゃないので、どうぞご遠慮なくとまおみちゃんにすすめられるままに手をのばして、わずかにはやく届いた怜奈の手にはねのけられた。よくみると、怜奈の指には二枚のクッキーがはさまっていた。

「あのさ、いっぺんにおなじものばくばく食べるのやめてくれないかな。白いチョコレートが真ん中にのったやつ、もうすでになくなってるじゃないか。僕もそれがいちばん食べたかったのにさっ」

僕がたまらずそう抗議すると怜奈はまおみちゃんのほうをみて、いった。

「ねえまおみちゃん、このあいだネットでみたんだけど、女の子が嫌いな男ランキングの一位は、いちいち細かい男なんだってっ」

「ことばのトゲが、ぜんぶわかりやすく僕のほうを向いてるんだけどな」

そうしてやりあっている僕らをながめながら、まおみちゃんはため息をついて笑った。

「―いいなあ、幼なじみで恋人なんて。理想的よね」

「へへっ。まあね」

食べる手をまったく休めないまま、クッキーモンスターはしれっと言った。

「なによお、その自信、腹たつわねえ。―まあ、でもそうよね。たしかに淳之介君は美少年というか美少女というか、まあアレだからふつうは心配になるんだけど・・・」

(・・・あ、アレ?)

「でも、ふたりには小さい頃からの絆があるわけだし、おまけに彼女の怜奈ちゃんは超絶美少女とくるんだから・・・ふたりの間を裂くものなんて考えられないってわけか」

「そういうことだ」

クッキーを頬張りながら、怜奈は気もちよさそうにいった。まおみちゃんは笑いながら、うーんとうなった。

「やっぱりその余裕、腹たつなあ。よおし、ちょっと意地悪しちゃおうかな。―わからないよ怜奈ちゃん、淳之介君だって男の子なんだから。怜奈ちゃんより上の存在があらわれたら、ぐらっとしちゃうかもよ」

「ない、ない」

クッキーをコーヒーで流しこみながら、怜奈はフフンとばかりに笑った。

「よーし・・・じゃあ、こんなのどう?怜奈ちゃんは小三のときに淳之介君と知りあったのよね?それならその前・・・たとえば小一のころに淳之介君と仲のよかった女の子が、また戻ってきたりしたら?おっとりした物静かな和風の黒髪美少女で、しかも巨乳!どう、淳之介君?そそられない?」

クッキーに伸ばしかけた怜奈の手がぴたりと止まって、僕はわきの下にじっとりと汗がにじむのを意識した。

「ん?うーん・・・ま、まあ、悪くないかもね」

とりあえずあたりさわりのない返事をかえすと、怜奈も動揺を見せまいとするかのように言った。

「だ、大丈夫よ。私だってけっこうムネあるし・・・まあ、あれほどじゃないけど・・・」

「ん?うーん、怜奈ちゃんスタイルもいいからなあ。―じゃあ、こういうのは?もっとさかのぼって、淳之介君がまだほんの子どもの時期に、となりに住んでいたお姉ちゃんが戻ってくる、なんてさ。あ、淳之介君はこういうの弱いんじゃない?『淳之介、お姉ちゃんがいるんだから心配しなくていいのよ』みたいな。武道をやっている凛とした姉御タイプの美少女。どう、淳之介君?」

「う、うん。なかなかいいポイントついてくるね」

僕はハンカチをだしてそっと額の汗をぬぐいながらいった。

「ふ、ふん。べつに平気よ。私だって、けっこう強いし・・・」

ぱらぱらと音がするので見ると、怜奈がクッキーを無意識のうちに手で握りつぶしてしまっているのだった。

「そっかあ。そういえば私たちのチームでも評判だったものね、怜奈ちゃん。『ファッションモデルみたいな顔して、なにあの怪力女!?』ってさ。・・・失礼、ほめ言葉よ。これもダメかあ。あ、でもいいの思いついた!もう幼なじみどころか、生まれたときからいっしょにいる究極の存在。妹ね。しかも、血はつながってないの。かっわいい甘えん坊タイプでさ、『お兄ちゃァん』なんてやられたら、さすがの淳之介君もあぶないんじゃない?」

「―ま、まあ、妹はあくまで妹だよね」

「そうよ。まさか・・・いや、ありえないわよ。ジュンの妹は、私の妹だもの」

まおみちゃんはさわやかな笑顔でいった。

「これも、だめかあ。降参、降参。これなら怜奈ちゃんに勝てるだろうっていう存在を妄想してみたんだけど・・・しょせん妄想は妄想ね」

きゃはははと二人の女性は声をあわせて笑って、でも怜奈のはめずらしく明らかにつくり笑いで、こめかみがひくついていた。僕はこっそりハンカチをにぎって、掌の汗をしみこませた。

 それから怜奈が、言いだした。

「ねえ。ところで、まおみちゃんは恋人とかいないの?」

「うーん。好きなひとはいるんだけど・・・」

「ええっ。だれ、だれ?おなじ高校の人?」

「ううん。中学はおなじだけど」

「ええっ。ねえ、卒業アルバム見せてっ」

(うまいっ。いいぞ、怜奈。ただ・・・)

計算したのか、偶然なのか。怜奈のことだから部屋に上がるなり、

「ねえ、卒アル見せて」

くらいのことは言いだしかねないのだ。クッキーでうまいこと気がそらされ、さっきの話題でちょうど話をもちだすのに不自然でないくらいの間ができた。どうもやっぱり偶然っぽいが、まあ結果がよければ何でもいい。僕らは、まおみちゃんの卒業アルバムをのぞきこんだ。

「この人。淳之介君みたいに美少年ではないけど、でも、さわやかスポーツマンって感じでしょう?」

頬を染めながらいうまおみちゃんに僕らは口々に同意しながら、こっそりと他の写真に目をはしらせた。いない。

(ごめん、まおみちゃん。決して君の恋人の話に興味がないわけじゃないんだけど・・・)

僕は、ページを繰りながら、いった。

「へえ、まおみちゃんってああいう人が好みなんだね。じゃあ、このクラスでは誰がいい?」

「えっ?・・・うーんと、そうねえ・・・かんがえたことなかったけど・・・」

まおみちゃんが困っている間に、僕はまたさっとそのクラスの写真をみて、森崎正弘も、あの絵のモデルになった少女らしき子もいないことを確認した。それから、怜奈がわって入ってきた。

「ねえ、部活動の写真みせて。その人、何部?」

(おっ、うまい。そうか、美術部が見られれば一発か・・・)

きょうは冴えている怜奈に、まおみちゃんがうれしそうに応じて、部活動の写真のページを開いてくれた。そして、ほんとうに申し訳ないのだけれど、野球部の写真を指さしながら説明してくれるまおみちゃんにうなずきながらも、美術部のほうにこっそり目をやった。

(―いた・・・)

まちがいない。森崎正弘のとなりにいる少女は、まさにあのモデルの女の子だった。しかし、どうやってそこに話を持っていったものだろう・・・?そう思い悩んでいると、

「ねえ、この子だれ?」

と怜奈がその女の子を指さした。

(うわあ・・・)

これが怜奈だ。まよわずど真ん中にストレートを投げ込むこのつよさ。まおみちゃんが好きなひとについて熱弁をふるっている最中なのも、おかまいなしだ。

「えっ?う、うん・・・」

とうぜん戸惑いながらそちらをみて、でもそれからまおみちゃんははっと息をのんで言った。

「―知ってるんだ。どうして?」

「ええっ?」

こんどは怜奈のほうが驚かされて、僕はそのまおみちゃんの暗い声からも、じぶんのわるい予感が最悪のかたちで当たっていたことを知った。

「死んだのよ、その子。つい最近、交通事故で」

予想どおりのことばがまおみちゃんの口からもれて、僕はおもわず目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る