第25話 女子ソフトボール部のクリスティアーノ・ロナウド
それから僕らは、森崎正弘に美術室の絵のあったことを思いだして、窓の外からひとつひとつ教室をのぞいてまわった。それはたしかにあったけれど、あの絵とはあきらかに別物で、僕らはあきらめて引き上げることにした。そこからの最寄駅はちょうど森崎正弘の家の方面だったから、僕らは校門をでると、さっき来た道をちょうど引き返すようなかたちとなった。途中で下校中の女子中学生たちとすれちがって、あっ、と振り向いてから、僕は怜奈のあからさまな軽蔑の視線とかちあった。
「なあに、ああいうのが好きなの?」
「・・・ちがうよ」
僕はスマホをいじくって、森崎正弘の描いた、制服を着た少女像の絵をもういちど見せた。
「ああ・・・ほんとだ。あの制服ね」
「ここは彼の通学区域だから、かんがえてみれば当たり前だね」
「―ジュン。また見つけた」
怜奈は左側を指さして、その先にはこぢんまりとした公園があった。僕はスマホで確認してから、
「―うん。まちがいないね」
と、それもまた森崎正弘の絵のモデルになった公園であることを認めた。
「なんでさっきは気づかなかったのかなあ?」
「角度、だろうね。森崎正弘本人の視点でいえば、学校から家に帰ってくる途中の、この方向から見ないとわかりにくいみたいだね」
「―あのブランコのあたりかなあ?」
怜奈が言うのにうなずいて、僕らは公園へと入っていった。
「ここだね。ちょうどこの辺から描いたかんじだ」
ブランコを立ちこぎしながら、僕はいった。その絵はなにか好きな画家の影響でも受けたのか、みょうに空が強調されたおかしな角度にはなっていたけれど、切りとられた風景としてはここでまちがいなさそうだった。
「ねえ、懐かしいね。私たちも小学生のとき、こうやってよく帰る途中でいっしょにブランコこいだよね」
思いだすように微笑みながら怜奈がいって、でも、それから首をかしげた。
「ただ・・・。今回の調査は空振りかなあ。ようするに、簡単なことだったのよね。森崎正弘は、じぶんの幼いころからの身の周りの風景を、ただ懐かしんで描いただけ・・・」
僕も、かるくため息をつきながら笑っていった。
「まあ、きっちり確かめられただけでも一歩前進さ。ここまで来たんだから、最後までいちおう調べておこうよ。怜奈、さっきの制服の中学校出身の友達はいないかい?」
「何をする気?」
「あの少女像のモデルを確認しておこうとおもって。たぶんおなじ美術部の同級生といったところだろうけど、でもほら、恋人とかかもしれないし。卒業アルバムをみれば、わかるかもしれないよ」
「ふーん。几帳面ねえ。森崎正弘は、私たちと同級生だったわね?それなら・・・ああ、ソフトボール部の試合でその中学校とあたったことあるかもしれない」
スマホをかちゃかちゃやって連絡先を確認している怜奈をみながら、
(―ああ、そういえば・・・)
と僕は思いだしていた。怜奈は中学のときバレーボール部だったけれど、その運動神経のよさを買われて、ときに陸上部だのソフトボール部の試合に“出張”させられていたのだ。
「あった!もう何年も話してないけど・・・」
探しあてた怜奈に、僕は頼みこんだ。
「ほんと!?お願い、いちおう試してみてよ」
「ふーん。わかった」
そういって呼びだし音を聞いている怜奈を、僕もかるくブランコをこぎながら待った。少しして、くぐもった小さな声らしきものが漏れてきて、
(よしっ)
と僕はそのあとの展開を待ちうけた。
「あっ。こんにちは。私、優木怜奈。覚えてる?ほら、3年前にソフトボール部で試合して、ユニフォーム交換したんだけど」
(ユニフォーム交換?)
僕は首をひねった。女子ソフトボールの試合でも、そんなクリスティアーノ・ロナウドみたいなことやるんだな・・・。そして、電話ごしにも声のトーンが高くなって、
(キャーッ。久しぶりい、どうしてたァ?覚えてくれてたんだ、うれしいっ)
なんて声が響いてきて、相手はすぐ思いだしたようだった。
(女の子って器用だなあ・・・)
じぶんで頼んでおきながら、なんとなく僕は憮然とした。何年も話してない他校の学生が、そんなに懐かしいわけないじゃないか。
「もちろん覚えてたよお。ユニフォーム脱いだときのまおみちゃんの腹筋、すごかったもん。6パックに割れててさあ」
(いや、クリスティアーノ・ロナウドじゃないか・・・)
僕は内心おもわずつっこみながら、おかまいなしにすすむ怜奈たちの会話に耳をかたむけた。
「あの試合、懐かしいねー。ああ、あれ?すごいね、覚えてるんだあ。あれね、つっちー。あんな深いところで逆シングルで捕った球を一塁で余裕でアウトだもんね。ウチの自慢のショートストップよ。ああ、それ?それね、ミキティ。逆方向にあれだけ強い打球飛ばせるのって、彼女くらいよねー。さすがはウチの5番打者だわ。ああ、うんうん、それはタカちゃん。あのツーベースすごかったよねー。あきらかにシングルの当たりなのに、足の速さだけでダブルにしちゃったからね。われらが斬り込み隊長よ。ああ、それ?それはね、もっちー・・・っていうかさ、あたしのこと褒めなさいよ」
気づくといつのまにか怜奈がキレはじめていた。
「なんでアンタさっきから私を無視してチームメートばっかり褒めるのよっ。私4番よ、あの試合でもホームラン打ったでしょうがっ」
僕はあわてて止めに入って、小声でささやいた。
「何やってるんだよっ、そんなことどうだっていいじゃないか。ケンカしてせっかくの情報源を逃がしたらどうするのさっ」
怜奈は不満顔でぷっと頬をふくらましていたが、しぶしぶまた電話にむかった。
「―あ、ごめんね、つい。私カッとしやすくて・・・ママにもよく言われるの。悪気はないのよ。ん?ああ、そうそう、彼氏。うん、もちろん3年前のと同じだよん。へへっ。別れないよー、そんなの」
(・・・ん?)
「それでさ、私たち今、まおみちゃんの中学校の近くにいるの。お宅訪問してもいい?うん、彼氏といっしょに。そうそう、3年前の約束を果たしておこうとおもって。えへへ。―ふむふむ、近くにユニクロ・・・ふんふん・・・」
僕はまた勢いをつけてブランコをこぎはじめて、怜奈の電話がおわると同時に、
「なに、僕は彼氏ってことになってるわけ?」
と確認した。
「もちろんよ」
当然のように怜奈がいって、
「やれやれ、プレッシャーかかるなあ・・・」
とため息をついてから、僕はブランコの揺れに体をあずけるように、そのまま前方へと飛びだした。
ぶわっ
と一瞬空に近づいたような浮遊感があって、僕は地面に着地した。
(・・・あれ?今の―)
「大丈夫よ、いつものジュンでいればいいのよ」
後ろから声をかけてくる怜奈をふりむいて、僕はあいまいにうなずいた。
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