第24話 不来方の お城の草に 寝ころびて
すぐにその小学校に着いて金網フェンス越しに校庭をのぞきこんで、
「あ」
と僕らは同時に声をあげた。まちがいない。森崎正弘の絵のなかの、あの校庭だった。それから怜奈が目ざとく、
「ジュン、あれじゃない?」
とタイヤが埋められて登れるようになっている山のようなものを指さした。たしかに、あそこから見おろして描かれたような絵の角度だった。
「行ってみよう」
「うん!」
僕らは校門から入りかけて、すぐさま、
「おーい、なにか用かねーっっっ」
と、むこうの焼却炉のまえにいる用務員さんに呼びとめられた。
「私たちここの卒業生なのーーっ、ちょっとだけ見てもいいですかあーーっっ?」
すかさず怜奈がそう返すと、
「ああ、じゃあちょっとだけ見たらすぐ帰るんだぞーーっ」
と相好をくずして用務員さんはいった。怜奈はにっこり美少女スマイルでおおきく手をふって、
「さっ、行こう」
と僕をふりむいて駆けだした。
「ねえ、なんでそんなに平気で嘘がつけるの?」
その背中を追いながら、僕は不満げに聞いた。
「いいウソ限定よ」
怜奈はこともなげに答えて、さっそく一段目のタイヤに足をかけて登りはじめた。怜奈がひょいひょいタイヤからタイヤへと足をかけて登っていくのを下から追っていくと、自然と白い太もものその奥に水色のパンティがみえた。ふだんなら礼儀として目をそらすのだけれど、なんとなくその時は、
(―ふん、ざまあみろ)
という気分だった。僕はむしろその水色のパンティを目印のように眼にやきつけながら、タイヤの山を登っていった。小学校の遊具にしては本格的でなかなかの高さがあって、頂上に着いたとき、僕は息がきれていた。
「見て、ジュンっ。―いい景色」
怜奈にうながされて後ろをふりむくと校庭が一望できて、その後ろには山々がつらなっていた。
夕暮れ一歩手前のうっすらとした青空のもとに広がるそんな景色をながめながら、
(―なるほど、いい風景をえらんだなあ)
と僕は森崎正弘のセンスに共感した。そこに怜奈が、
「ねえねえ、今日の国語の授業でならった短歌、思いだすね。石川啄木のやつ」
と話しかけてきた。
「ああ。不来方の お城の草に 寝ころびて―」
しかし、怜奈が勝手に後をひきとった。
「―ちからある乳を 手にさぐらせぬ」
「それは与謝野晶子だっ。た・・・ただの青姦の歌になっちまったじゃないか。名句が台なしだよっ」
「ふん。なにが名句よ。上品ぶっちゃってさ。ほんとはそんなことばっかり考えてるくせに」
「な・・・何いってるのさ」
「さっき、私のパンティ見てたでしょう」
「・・・」
「ねえねえ、今日のおかずにするの?いいよ、べつに」
「そ、そんなんじゃないよ。下から登っていったから、たまたま見えちゃっただけだよ」
「へえ・・・。たまたまねえ。それにしちゃずいぶん長いことじろじろ見てたみたいだけどなあ・・・」
「う・・・」
「ねえ、見たければかっこつけないで、はっきりそういえばいいじゃない。私たちの仲で、遠慮することないのよ」
怜奈は、僕の手をスカートの裾にみちびいた。
「な・・・何してるのさっ・・・」
「ねえ、いいんだよ?その手を上げればいいだけじゃない。さっきよりずっと、はっきり見られるんだよ。こそこそチラ見する必要なんか、ぜんぜんないじゃない」
怜奈のおおきな澄んだ瞳が、じっと僕をのぞきこんだ。情けない話だけれど、僕は怜奈のスカートの裾をつかんだまま、かたまってしまった。怜奈はそんな僕の様子をしばらくながめていたけれど、どうしても僕が動かないとみるや、
「ふんっ。意気地なしっ!」
となかなかに刺さることばを投げつけて、うしろを向いてしまった。そして二三歩あるくと、腹にすえかねたようにドンッと音をたててタイヤに腰をかけた。
しかし、これが怜奈の魅力だと思うのだけれど、彼女は正真正銘のお天気屋というか、もうほんとうに気もちだけが羅針盤みたいなところがある。ふて腐れたように座ってすぐ、
「あっ」
と怜奈は声をあげて、こちらをふりむいた。その顔はあきらかに、
「ねえ、おもしろいもの見つけたよ」
といっていた。でもさすがに今じぶんが怒っていたことに気づいたようで、またフンっというかんじで前を向きなおした。それからしばらくそわそわしていたけれど、どうしても耐えきれないようで、ちらちらこちらをうかがう様子をみせはじめた。僕はおかしくなってきて、こちらから近づいていって声をかけた。
「どうしたの、何かみつけたの?」
怜奈は、―なによ、なにニヤニヤしてるのよ、などと口のなかでもごもご言っていたが、やがてあきらめたように、
「座ってみて」
と体を右に寄せた。そこは、となりから出ばってくるタイヤなんかとの関係で1.5人分くらいのくぼみになっていたけれど、まあ無理をすれば2人座れないこともなさそうだった。そして僕は満員電車の要領で体をちぢこめながら怜奈のとなりに腰をおろして、
(ああ―)
と息をのんだ。ぴったりだ。まちがいない。森崎正弘はこの視線で、ちょうどここに座って見た風景を絵に描いたのだ。怜奈は横目でそんな僕の反応をうかがっていたようだったけれど、
「ね?」
と得意気にいってきた。
「うん。まちがいないね。―たしか彼がこの絵でコンクールに入賞したのは、中学生の時だったよね?」
「うん。中三だったかな。ずっと覚えていたんだね。小学校のときにここに座ってよくながめていた、この景色を・・・」
僕らは意味もなくなんとなく感動して、しばらく森崎正弘とおなじ風景を、精神を、共有していた。それから怜奈が、こてんと頭を僕の肩の上にのせて、ぽつりといった。
「ねえ。私以外のパンティでオナニーしたら、その背中の傷がうずくからね」
「・・・」
―なんだかみょうな呪いをかけられちまったな、と僕は怜奈の乳液の香りにくるまれながら困惑した。
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