第23話 君の背中を追いかけて

 僕らは二手にわかれて情報を集めることになった。僕と怜奈は今回のターゲット、森崎正弘の絵について調べあげ、池内君と弥生ちゃんと唯は彼の学校にいって、校長から話をききだす。梓お姉ちゃんはほかの仕事もくるかもしれないので、携帯で指示をだしながら生徒会室で待機。こういう割りあてになったのは、梓お姉ちゃんが分担のことを言いだしたとたん、

「わたしジュンと。わたしジュンと。わたしジュンと!」

と怜奈が猛烈に主張したからだ。おそろいのカーディガンでそういうことをやられるとかなり気恥ずかしいし、実際池内君をのぞく6つの白い眼にかこまれて相当にまいったけれど、これが怜奈なのだ。とにかく僕らはまずはネットで、それからその学校に行っている池内君に電話してそこの校長にも聞いてもらって、できるかぎり彼のコンクールでの受賞歴を調べた。そして入選作としてネットにアップロードされているものはもちろんそのまま、ないものは国会図書館で『○○美術館学生絵画コンクール作品集』みたいなやつをあたってスマホで写真におさめ、彼の絵をあつめた。次の日僕らはふたたび生徒会室に顔をそろえ、情報を確認した。

 「ふーん。つまり、こういうことね?その校長から、ウチの校長に聞いていた以上の情報はほとんど得られなかったと。でも、森崎正弘の家の住所と、いまの彼女といっしょにいるところの写真が手に入ったのは、収穫ね。ただ・・・いかに校長とはいえ、どうしてそんな写真をもっているのかしら?」

「ウチの校長の友達なら、どうせろくなやつじゃないよっ」

いぶかしげに言う梓お姉ちゃんに、唯が口をとがらせて応じた。それから怜奈が、みんなで共有したその画像をスマホでながめながら、

「なんていうか、ふつうの男の子と女の子ってかんじねえ・・・。この男も、ぜんぜんプレイボーイに見えないけどなあ」

とズバリといった。

「まあ、ねえ。それから淳之介たちがあつめてきた絵だけど・・・。図書室。どこか小高いところから見た校庭。制服を着た少女像。公園・・・だけど、変な角度ね?やたらと空が強調されてるわ。それから、飛行船・・・これは何かしら?石?飛行船に石を投げているのかしらね。―なんにしても、統一がないというか・・・彼がなにを好きなのか、まったくわからないわね」

ため息をつきながら梓お姉ちゃんがいった。

「でも・・・」

弥生ちゃんがぽつりと言いだして、僕らはいっせいに彼女のほうを見た。

「意外にいいですよね、この絵。生意気なようですけど、学生の描いた絵なんだし、べつにそういう期待はまったくしていなかったのに。どの絵にも、なんというか、温かみのようなものがあって・・・」

「じつは、私もそうおもったわ」

「あ。きのう、ジュンともふたりでおなじこと言ってたのっ」

梓お姉ちゃんと怜奈が同意した。

(そうなんだよな・・・)

と僕も内心うなずいた。この森崎正弘は高校二年生、僕と同い年だ。そして僕らの年頃でも、たとえばバンドをやっている友達の音楽なんかもそうだけど、ある程度のレベルに達しているものは意外におおい。ただ、心がうごかないぶん、頭をうごかしてほめ言葉をかんがえなければならない点では共通している。何かがたりない、というやつだ。僕らに他のことを一瞬わすれさせる、何か。しかしきのう森崎正弘の絵を見たとき、

(―あ)

と吸い寄せられる感覚が、たしかにあった。それが何なのか、まだ具体的には言えないけれど。

「なんにしても、まだ情報が足りなさすぎるわね。こういう時は、地道にいくしかないわ。きのうは唯たちがその学校に行ったのよね?じゃあ今日は念のため顔ぶれをかえて、淳之介たちに行ってもらいましょう。どちらにしても大人数だと目だつしね。唯たちは、なにかできることを考えなさい。そういうわけで淳之介、森崎正弘の周辺をもうちょっと洗ってみて」

「まかせて!」

怜奈が僕のかわりに、梓お姉ちゃんにうけあった。みょうに張り切っていた。

 その学校に着くと、僕らはまずはスマホを見ながら、森崎正弘の家へとむけて歩いてみることにした。この距離ならおそらく自転車通学だろうけれど、ゆっくり彼の下校風景を共有しておくのも悪くはなかった。ただ、とりあえずその間怜奈がべらべらしゃべり続けていたというだけで収穫もなかったので、僕は森崎正弘の自宅近辺ですこしかんがえた。

(―そうだ)

僕はこの前弥生ちゃんとやったことを思いだして、怜奈に聞いた。

「ねえ、この人、たしか小学校のときも何か賞をもらってたよね。どの小学校だったっけ?」

「え?えーと・・・」

スマホで調べなおしてから、怜奈は小学校の名前を口にした。検索してみると、案のじょう、ここからすぐの距離だった。

「よし、行ってみよう」

「ラジャー!」

そうして歩きかけてから、僕はなんとなく言った。

「こないだのときもさ、こうやって弥生ちゃんと愛内さんの母校に行ったりしたんだ。そうしたら、手がかりがみつかってさ」

僕はそのまま歩いていって、ふと、怜奈がついてきていないことに気がついた。

「怜奈?」

ふりむくと、怜奈はなぜかうつむきかげんに立ちどまっていた。

「はやく行こうよ。日が暮れちゃうよ」

急かすと、怜奈は顔をあげて言った。

「むりだよ、こんなやり方じゃ。さっきだって、結局なにもなかったじゃん」

「え?―何だよ、とつぜん。さっきまでノリノリだったのに。・・・そりゃそうかもしれないけどさ、こうやって地道にあたっていくしかないじゃないか。梓お姉ちゃんも言ってたように」

「私たちは私たちのやり方でやろうよ。最短距離があるかもしれないじゃない」

「私たちのやり方って・・・なにか、いいかんがえでもあるの?」

「・・・」

黙ってしまった怜奈を、僕はうながした。

「ね。行こうよ。歩きながらかんがえよう」

しかし怜奈はそっぽを向いて、強情に立ち止まったままだった。こうなるとテコでも動かないことを、僕は小さいころからの付きあいでよく知っていた。

「じゃあさ、怜奈は怜奈で手がかりをあたってみてよ。とりあえず僕は、その小学校へ行ってみるから。おたがいに携帯持ってるんだしさ、連絡とりあおう」

そう言ってひとり歩きだすと、うしろから声が飛んできた。

「ジュン」

もうきりがないのでかまわず歩いていくと、

「やい、ジュンっ」

と声がするどくなった。それでも無視して行こうとすると、こんどは声のかわりに実際にものが飛んできて背中にくいこんで、僕はあまりの衝撃に一瞬息がとまった。

(・・・×△※□&○)

おもわずその場にうずくまってしまいながらかろうじて後ろをふりむくと、石が転がっていた。気がつくと怜奈が走り寄ってきて、僕の顔をのぞきこんでいた。

「ジュンっ。大丈夫!?ケガはない?」

僕は激痛にたえながら、なんとか声をしぼりだした。

「・・・耳をうたがうよ。なにが『大丈夫!?』だよ。君が投げたんじゃないかっ」

「だ、だってかよわい女の子のなげる石くらいでそんなに痛がると思わなかったもん」

「かよわい女の子って・・・君このあいだバッティングセンターのストラックアウトで、かるく球速100㎞超えてたじゃないか。君はふつうの女の子の運動神経じゃないんだよっ」

「―そ、そういえばジュンより速かったものね・・・」

「もういいよ。君は勝手にひとりで調べてろよっ」

本気で腹がたってきた僕は、痛む背中をがまんして立ちあがろうとした。

「あっ。待って、ジュンっ。ケガの様子を確認しなきゃ・・・」

「いいって、もう。君といっしょにいると、ろくなことがないよっ」

「―え?」

「ん?」

立ちあがろうとして、でも、ふいにその怜奈の寂しげな声にうろたえて、それができなかった。

「・・・そうなの?」

「ん?いや、その・・・」

「今までそんなこと、言ったことなかったじゃん。弥生ちゃんとか生徒会長とかがあらわれて・・・ジュンは私がじゃまになったんだよ」

「な・・・何バカなこといってるんだよ」

僕が立ちあがるのを止めようとしていたせいで、いつのまにか怜奈はしゃがんだまま、僕のうしろから抱きつくような格好になっていた。するとまた背中の痛みがぶりかえして、

「―つっ・・・」

と僕は顔をしかめた。

「あっ。ジュン・・・」

あわててまた気づいたように、怜奈は僕のシャツをカーディガンごとたくしあげた。

「な・・・。よ、よせよ怜奈」

「いいじゃない、男の子なんだし、背中くらい。ああ、血は大したことないけど、ひどく青くなってるわ・・・」

それから怜奈はなにを思ったか、僕の傷口に唇をつけてぺろっとなめた。

「―ひっ!?な・・・何やってるんだよっ」

「殺菌・・・」

「よせよ、そんなの。指の傷とかならまだ分かるけど・・・こんなの、見たことないよ。人が来たら、どうするのさ」

僕は、あわてていった。ふたり道端にうずくまって、女子高生が男子高生の裸の背中をなめている。こんなのほんとうに、見たことがない。

「お願い。これくらいしかできないもの」

押さえつけられて、僕はしかたなく、されるがままになっていた。怜奈はしばらくそうして僕の背中で舌をちろちろ動かしていたけれど、ふいに、

「ごめんね」

とぽつりといった。

「うん・・・」

「私ね、ダメなの。感情のコントロールが、どうしてもできないの。それが好きであればあるほど、そうなの。オトナにふるまうことができなくなるの。さっきだってね、気づいたら石を投げていたの。わざとじゃないの」

人に石をぶちあてておいて「わざとじゃないの」もないものだが、すくなくとも怜奈が本気であることはたしかだった。それに怜奈がこんなにしっとりときわどいことをいうのもはじめてで、僕はドギマギした。彼女はたしかにいつも好意をむきだしにしてくれるけれど、むきだしすぎてというか陽性すぎて、逆にわかりにくいところがあるのだ。そもそも怜奈がここまでしょんぼりすること自体がめずらしかった。僕はかわいそうになった。

「いいんだよ、怜奈。もう怒ってないよ。それに、さっきは僕のほうもすこし冷たかったし」

「そうお?―うん、そうよね。ジュンだって、ちょっと・・・いや、かなり悪いよね」

「ん!?そ・・・そうかな!?」

「そうだよ。最近のジュンって、ちょっといけすかないんだ。なにが『弥生ちゃァァァァァァん』よ。なにが『梓お姉さまああああああっ』よ。気もち悪いったらないわ」

誓ってもいいけれど、「弥生ちゃん」はともかく、「梓お姉さま」などといったことは僕は一度もない。悪意をもって頭のなかでリフレインさせているうちに、きっといつのまにかそうなってしまったのだろう。そしてあっというまに元気をとりもどした怜奈は、タチのわるい酔っ払いみたいに僕にからんできた。

「ああ、悪かったわね。どうせ私は、『ジュンちゃァん』なんてあまーい声だせないわよ。―かと思うと、『淳之介っっっ』みたいな凛としたタイプにも、あんたまんざらじゃなさそうだもんね。なんなのよあんた、はっきりしなさいよっ」

もともと僕のうしろから抱きつくような体勢だったのけれど、ことばとともに怜奈の力がつよくなって、最後は万力のようなという形容をとおりこしてキングコブラかなにかに締めあげられているようだった。

「痛い痛い痛い痛い痛いっっっっっっ」

必死でギブアップの意味で彼女の腕を平手でたたいて、ようやく怜奈は力をゆるめた。僕は息をせいせいさせて、シャツをズボンにたくしこみながら立ちあがった。へとへとだった。

「だから・・・石ひとつですんでよかったじゃない。ね?」

「・・・うん」

僕をまっすぐにらみつけながらいう怜奈に、僕はうなずいた。うなずくしかない。

「ああっ、もうこんな時間だよ、ジュン。日が暮れちゃうよぉ、はやくその小学校行きましょう」

まるで僕の非であるかのようにいって、さっさと怜奈は歩きだした。

(い、石でも投げてやろうかな・・・)

僕はその背中を見ながら、唇をかみしめた。

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