第21話 いいこと、ボーイ?つぎの事件よ
次の日の朝、僕が部屋で着がえていると、ドアホンが鳴った。こんな朝はやくにと僕がいぶかっていると、まもなく、母親と若い女の子のものらしき華やいだ会話がきこえてきた。
(あの底ぬけの明るさは・・・)
どうやら怜奈のようで、僕はおどろいた。学校がえりに寄っていくことはよくあっても、遠回りになるので、朝迎えにくることはほとんどなかったのだ。淳之介、はやくきなさいという母親の声にうながされて階段をおりていくと、やはり玄関には怜奈がいた。
「ハーイ、ジュン。―脱いで」
怜奈はせっかく着たばかりの僕の無印のカーディガンを脱がせると、かわりに、バッグから新品のベージュのカーディガンをだして、僕に着せかけた。そして玄関の姿見にうつった僕をみながら、
「うん、思ったとおり。ちょうどいいね」
と満足そうにいうと、さあ行こうと僕の手をひっぱって外にでようとした。
「ま、待って」
僕は怜奈をひきとめると、あらためて姿見を見なおした。
「ん?」
「これさ、イーストボーイじゃないか。女ものじゃないか」
「そうよ。いいじゃない、『ボーイ』っていってるんだし」
「そういう問題じゃなくてさ。恥ずかしいんだよ、イーストボーイなんて有名すぎて、すぐにレディースだってばれちゃうよ」
僕が脱ごうとすると、怜奈はあわてて僕の手をおさえた。
「あっ。ストップ、ボーイ」
「・・・なに語呂合わせしてるのさ」
「大丈夫よ。イーストボーイは女ものだけど、左前なのよ。彼氏からもらった服を着てるってイメージなんだってさ。一口メモ」
「つくりは、そうなのかもしれないけどさ」
「いいこと、ボーイ?これはね、まえに何かのお祝いで叔母さんが送ってくれたんだけど、なにを血迷ったかLサイズなのよ。わたしには大きいからしまっておいたんだけど、さっき、ジュンなら華奢だしちょうどいいかも、って思いついたの。着なきゃ、もったいないじゃない。さあいいかげんに動きなさいな、このエンストボーイ」
「―でも」
いちばんの問題は、ネイビーと色こそちがえど、怜奈が今まさにイーストボーイのカーディガンを着ていることだった。けれどそれはなんとなく言いだしかねて、僕は結局むちゃくちゃ恥ずかしいままに、怜奈にそとに引っぱりだされた。
学校に着くと、
「へえ、二人おそろいでイーストボーイでご登校とは・・・やるじゃないか、淳之介君」
と池内君がにやにやしながらやってきた。からかわれて怜奈は、
「へへっ」
とむしろ嬉しそうにわらった。それから彼女はじぶんの席にいって、
「ちょっと怜奈、なに見せつけてくれちゃってるのよお」
などとまわりの女の子たちからもからかわれ、そのたびに上機嫌になっていった。人から注目されるのが楽しくてたまらないのだから、まったくヤツはつよい。
(それにくらべて・・・)
僕はおずおずと弥生ちゃんに朝のあいさつをして、案のじょう、
「―おはよ」
とひどくそっけない返事に、内心縮みあがった。それから僕はびくびくして愛内さんを待っていたけれど、こちらは想像していたよりもっと恐ろしかった。登校してきた彼女は、あいさつはしてくれたもののすぐ気づいたらしく、
「イーストボーイ、か・・・」
とつぶやいて去っていった。
(こ、怖い・・・)
これはどうやら、僕と怜奈の性格のちがいとかそれだけの問題じゃなさそうだと、僕は勝手にじぶんに都合のいい結論をひきだした。実際問題、女性はこわいのだ。そうだ、きっとそうだと、僕はひとりうなずいてじぶんをなぐさめた。
そうだ、女性はこわい。その日の放課後生徒会室に行くと、梓お姉ちゃんは僕と怜奈のペアルックにきたないものでも見るように目を細め、唯にいたってはさもさも嫌そうに顔をそむけた。怜奈が朝あれだけ騒いでいったのだから唯は知っているはずなのだけれど、いかんせん昨日から口をきいてくれないので確認のしようがないのだ。それでも梓お姉ちゃんはさすがに大人の対応というか触れずにいてくれて、
「さて、校長室に行くわよ。淳之介、まずはこれに記入して」
と『報告書』と書かれている用紙をさしだした。
「これは?」
「今回の愛内さんの事例について、概要を書いて。それによって、報酬をもらえることになってるわ」
そういえば、と僕は生徒会発足当時(といってもつい最近のことだけれど)、梓お姉ちゃんが言っていたことをおもいだした。そして十分後、僕は今回のあらましを記入し終えて、僕らは連れだって校長室へとむかった。校長室のドアのまえで、梓お姉ちゃんは一瞬僕らをふりむくと、いった。
「ただ、校長はなかなかの難物よ。気をつけてね?」
「?」
僕らがその意味について理解するまえに、梓お姉ちゃんははやくもドアをノックしていた。
「どうぞ」
と年輩の人らしい声が中からこたえた。
僕らが入っていくと、校長は感嘆するように声をあげた。
「ほほう。美形生徒会と話には聞いていたが、これほどとは。・・・おい君、うらやましいなあ。これほどの美少女にかこまれて仕事ができるとは」
後半は池内君のほうをむいて言って、
「なっ・・・」
と声をあげかかった僕をさえぎるように、
「校長、ここにいる高梨淳之介は男です」
と梓お姉ちゃんが説明した。
「何?その美少女が、男だと?」
「―もちろんです」
憮然とする僕に、校長はことばを継いだ。
「そうか。では高梨君、君によいあだ名をつけてやろう」
「はあ・・・」
「玉無君・・・なんてどうだ?くふふ・・・ひひひ・・・ぶひゃひゃうひゃひゃひゃ」
おもわず拳をにぎりしめて一歩出かけた僕を、梓お姉ちゃんが手で制した。歯ぎしりする僕などまったく意に介さずさんざん笑いぬいたすえに、校長はようやくあらたまったように聞いてきた。
「さて・・・会長がここに来たということは、なにかまた問題を解決してくれたわけだな?」
「はい」
「そうか。発足間もないのに、たいしたものだ。―いや、生徒会には、ほんとうに感謝しているんだ。問題が起こるのを未然にふせいでくれているわけだからな、大助かりだよ。もう感謝の気もちでいっぱいおっぱいといったところだ」
「―感謝の気もちなんて、これっぽっちも伝わってこないんだけど?」
怜奈がぼそりとつぶやくのに、僕らはうなずいた。それから梓お姉ちゃんが、
「校長、これが報告書です」
とさっき僕が記入した紙を提出した。
「ふん。ふんふん。ほお、今回はそこの少年少女と巨乳少女が解決したのか。めずらしいな、会長以外の人間にそれが務まるとは。今季の生徒会は優秀のようだな・・・それはともかく、レベル2といったところかな」
「そんなところでしょうね」
苦虫をかみつぶす僕と弥生ちゃんをよそに梓お姉ちゃんが答えて、唯が小声できいた。
「お姉ちゃん、レベル2って?」
「事件の難易度よ。レベル5まであるの。でも相性もあるからレベル1だから簡単、ともじつは限らないのよ」
ふり向いて唯にそう説明してから、梓お姉ちゃんはあらためて校長に向きなおった。
「レベル2ということは・・・東京ディズニーリゾートの宿泊券つきペアチケット、といったところでしたね?」
ヒュー、と僕らは歓声をあげた。おもっていたより賞品がよかった。でも、うなずいて机の引き出しから賞品を出しかける校長に、梓お姉ちゃんはいった。
「それで、今度は何ですか?」
「ん?」
「なにかまた、お願いごとがあるのでしょう?そうでないと、校長がそんなにすなおに我々の要求に応じてくれるはずがないですから」
校長は、頭をかくようにした。
「―たいしたものだなあ。まったく、とてもじゃないけれど君が女子高生とは思えんよ。まあ、とりあえず今回の報酬をわたしておこう」
そうして封筒を梓お姉ちゃんにわたしてから、校長はまじめな顔になっていった。
「じつは次は、べつの高校の事件をおねがいしたいのだ」
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