第20話 どちらの君も好きだけど
「弥生ちゃん!?」
僕はまずおどろいて、それから、内心でひどくあわてた。
(『おままごと』って・・・。まさか、もともと生徒会の計画だったことをばらすつもりか?そんなことをしたら、愛内さんはもう立ち直れないほど傷つくことになる・・・。なにを考えてるんだ、弥生ちゃん!?)
しかし、僕がなにか言おうとするまえに、愛内さんが立ちあがった。
「高樹さん・・・。なんで、―なんで私たちがここにいるのを知っているのよ」
「この猫カフェをジュンちゃんに教えたのは、私だもの。気になって、こっそり来てみたの」
ヒヤヒヤする僕をよそに、弥生ちゃんはあっさりと返した。
「な・・・。そ、そもそも『おままごと』って、何?高樹さんが、高梨君の幼なじみだったのは知ってる。でも、付き合ってるわけじゃないんでしょ?私たちをじゃまする資格なんて、ないはずよ」
「もういいじゃない、いっぱいしゃべったんだもの。私も、ジュンちゃんとおしゃべりしたいの。ねえ愛内さん、そうやってジュンちゃんをひきとめて、どうするの?」
「えっ?」
「ひきとめて、またおしゃべりして、仲よくなって・・・それから、どうするの?ジュンちゃんと、どうなりたいの?」
「そ、それは・・・」
愛内さんはたじろいだようにちょっと視線を落としたけれど、すぐ顔をあげた。
「だったら、高樹さんこそどうしたいの?高梨君とおしゃべりして、どうするの?」
「恋人になりたいの」
平然と弥生ちゃんは言って、僕も愛内さんも一瞬でかたまった。
「ジュンちゃんともっと仲よくなって、独り占めしたいの。そのために、転校してきたんだから。親が転勤族でね、小さいころ私は、いろいろな学校を転々としたわ。たまたま小6のときにいたところの中高一貫校に入ったから、そこからはずっと北海道だったけど。でもね、ジュンちゃんのことが忘れられなかった。いっつも高梨淳之介の名前をネットで検索しては、ああ、読書感想文コンクールで賞とったんだ、とかジュンちゃんの居場所を確認してたわ。そんな時に、親が東京に転勤になって・・・チャンスだ!っておもったの。両親が東京に住んでいるなら、都立高校にはいる資格はできるものね。私のいたとこはわりに成績のいい私立の学校だったから、せっかく入ったのにって親には猛反対されたけど」
(弥生ちゃん・・・)
いままでは尋ねてもはぐらかされていた質問だっただけに、僕は信じられない想いで聞いていた。弥生ちゃんは、ことばを継いだ。
「だから、聞いてるの。愛内さんは、どうしたいの?わるいんだけど、お二人の会話はずっとうしろで聞いてたわ。愛内さん、いじめられたから転校してきたんですってね。それはもちろん、お気の毒だとおもうわ。でも、そんなことで、私に勝てるの?ジュンちゃんといっしょにいたい一心で、転校してきたこの私に。しかも、ジュンちゃんを独り占めしたいのは、私だけじゃないのよ」
「・・・・・・」
愛内さんがことばをうしなったのを見て、弥生ちゃんは僕に腕をからめてきた。
「さ、行きましょう、ジュンちゃん」
やわらかい薄手のニット越しに、弥生ちゃんのおおきな胸を腕にかんじて、僕はいつのまにか立ち上がらされていた。
(―このまま行ってしまうと、愛内さんが・・・)
頭ではそう分かってはいるのだけれど、操り人形になったかのように体がいうことを聞いてくれないのだ。そのまま二、三歩行きかけて、でも、ふいに僕は弥生ちゃんにとられている逆側の腕に、つよい衝撃をかんじて立ち止まった。
(えっ!?)
気づくと、僕の肘を、愛内さんが強くつかんでいた。
「待って」
ふりむく僕らに、愛内さんはいった。
「いいわ、高樹さん。あなたの質問に、こたえてあげる。私も・・・私もね、高梨君とお付きあいしたいの。高梨君のことが好きだもの。だから・・・行かないで、高梨君」
僕は、おもわずおおきく目を見開いて、愛内さんを見つめた。彼女は、顔を上気させながらも、目をそらさなかった。弥生ちゃんがいった。
「やっと、本音をはいたわね。でも、大丈夫なの?どうせまた、逃げだすんじゃないかしら?」
「あら、『また』ってなんのこと?私、逃げたことなんてないわ。ただ、みんなで私に意地悪しようとしたから、一人をえらんだだけ。ねえお願いだから仲よくしてよって、尻尾をふらなかっただけよ。それに、こうも言えるんじゃない?もしクラス中のみんながよってたかって私をいじめようとして、私が孤立を守ったのなら、私はそのクラスのなかで誰よりもましな人間だったって」
(そのとおりだ、愛内さん)
僕は心のなかでうなずいた。
「あら、言うじゃない。でも、あなたにジュンちゃんのなにが分かるの?ジュンちゃんのことがほんとうに好きなのかしら?恋におちたっていったって、せいぜい昨日今日のことなんじゃなくって?」
「あら、ふしぎなお話ね。ラジオから流れてきた音楽に、とつぜん世界が変わるほどの感動で震えたとしたら、それを好きとはいわないの?」
「―ふうん。意外に口は、達者なのね。ただ実際は、どうなのかしらね?私も怜奈ちゃんなんかを見てるとじぶんが意気地なしにおもえるけど・・・あなたは私に輪をかけて意気地なしのようにみえるけど?」
「じぶんが意気地なしにおもえるなら、じぶんだけで勝手にそうおもっていればいいわ。高樹さん。いま私、やっと気づいたの。私はじぶんに、―じぶんの過去に、やましいことなんて一つもないわ。たしかに、他の人からみたら、私は引っ込み思案で、逃げてばかりで、臆病にみえたのかもしれない。でも、それはたんに、ほしいものがなかったから。目的地がなければ、ふらふらするのはあたりまえよ。いまの私には、ほしいものがある。どうしても、ほしいものがあるの。ここで逃げたら、私のこと臆病だとでもなんとでも言っていいわ。でもそれまでは―、私が意気地なしだなんていうことはゆるさない」
(愛内さん・・・)
きのうまでとはまったくべつの人間が、そこにいた。きのうまでの愛内さんも、いまの愛内さんも、僕はどちらも好きだった。でも・・・、
(すくなくとも本人にとっては、いまのほうが風通しがよさそうだ)
僕は内心ほほえんだ。しかし同時に、弥生ちゃんの口もとにもほほえみがうかんで、僕ははっとした。
「いいわ。それなら私たち、戦友ね。正々堂々と、やりましょう」
のばされた手に愛内さんは一瞬まごついたけれど、結局ふたりは、笑顔で握手した。
(弥生ちゃん!?まさか・・・)
それから弥生ちゃんは、あっさりといった。
「でも今日のところは、このままジュンちゃんをもらっていくわ。あしからず」
「な・・・何ですって?あなた、さっきまでの私の話、聞いてなかったの?高梨君はここで私とおしゃべりを・・・」
「あら。いくらお城の舞踏会が楽しかったからって、時がたつのを忘れちゃだめよ。猫カフェは料金前払いの時間制。さっきじぶんでお金払ったの、おぼえてないの?もうとっくに、二時間たってるわよ。だから言ったでしょ?タイムアップだって」
「えっ・・・」
あわてて腕時計を確認する愛内さんに、さらに弥生ちゃんはいった。
「それに・・・みんな見てるわよ」
気づくと店内中の視線が僕らにそそがれていて、愛内さんが真っ赤になってうろたえているすきに、弥生ちゃんは僕の腕をとって、さっさと店外に連れだした。
「ねえ・・・いつあんなの思いついたの?」
電車のなかで、ドアにもたれかかって外をみつめている弥生ちゃんに、僕は声をかけた。
「え?」
「お見事だったよ。愛内さんの気もちを徹底的にゆさぶって、外につれだして・・・。でもあんなの、愛内さんが僕を好きになってくれることが前提じゃないか。さっき弥生ちゃんが言ったことも、どこまでが本気でどこまでが演技なのか・・・。さっぱりわからないよ」
そういうと、弥生ちゃんはそのおおきな瞳でしばらく僕をみつめていたけれど、やがて、
「―ひ・み・つ」
とちいさな声でいって、また窓の外に目をやった。
週明けの月曜日の朝、梓お姉ちゃんが僕らの教室にやってきた。
「どう、淳之介?進行具合は・・・」
耳もとに顔をよせてそう聞いてきて、
「うん・・・」
と答えようとしたとき、教室中がざわめいた。何ごとかと僕らがドアのほうをみると、見なれない美少女がはいってきて、つかつかとこちらへ歩いてくるのだった。色白で細面の、すっきりした顔だち。ミディアムショートくらいのウエーブのかかった黒髪を、ワックスで濡らしながら無造作な七三に分けていた。吊り気味のつぶらな瞳と瞳の間隔がすこしあいていて、中華系のファッションモデルといったかんじだった。彼女は、僕のまえで立ちどまって、いった。
「おはよう、高梨君」
その声で、僕ははじめて気がついた。
「あ・・・愛内さん!?」
「うん。どうかな、こういうの・・・。似合わない?」
恥ずかしそうなその表情は、たしかに僕の知っている愛内さんだった。
「―似合ってるよ。すごくよく似合ってると思うな」
「ほんと?うれしい・・・」
そう微笑むと、
「じゃあ、また後でね」
と愛内さんはじぶんの席にもどっていった。教室がさわがしくなるなかで、梓お姉ちゃんは腕組みして、なぜか不機嫌そうにいった。
「さすがは、淳之介。もう解決したのね。ただ・・・色じかけで落とせといった覚えはまったくないけど?」
「ほんとよ。猫カフェのジュンちゃんって・・・サイテーだったわ」
前にすわっていた弥生ちゃんがふりむきながら梓お姉ちゃんに加勢して、僕は彼女たちの強烈な圧力からのがれるように、窓際の愛内さんに目をやった。すると愛内さんのうしろに座っている池内君がこっそりこちらを見ながら親指を立てていて、僕も微笑みをかえした。しかしそのとき、
「猫カフェってどういうこと?」
「ええ、生徒会長。ジュンちゃんったら、猫カフェに愛内さんを誘っていちゃいちゃと・・・」
などと隣でやっている二人以外にもうひとつ強烈な気をかんじて、僕は斜めまえに目をやった。いうまでもなく、怜奈がふりむいてこちらをにらんでいるのだった。漫画じゃないけれど、ゴゴゴゴゴゴという音を背景にのせたら似合いそうな、すさまじい眼力だった。
(な・・・なんで言われたとおりに仕事を解決したのに、池内君以外だれもよろこんでくれないんだ?唯なら、よろこんでくれるかな・・・)
僕は、唯の顔をおもいうかべた。しかし頭のなかで唯は、
「お兄ちゃん・・・しばらくしゃべりかけないでね」
とそっぽを向いてしまった。そしてその夜、家でまったく同じことがおきた。
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