第18話 四月の風は平等に美少女のスカートも揺らす
僕のもくろみは、単純明快だった。シャムを、呼びだす。猫で彼女の心をなごませて、仲よくなる。梓お姉ちゃんがいつ必要とするかわからない以上、シャムは学校のどこかで待機しているはずだった。しかし、シャムはなかなか姿をみせなかった。
(まさか梓お姉ちゃんの指笛にしか反応しない、とかいうんじゃないだろうな。冗談じゃないよ、飼い主は僕なのに・・・)
僕がやきもきしながらもう一度指笛をふこうとした時、でも、植込みからガサガサッと音がして、ようやくシャムがあらわれた。僕がほっとしながら、
「ねっ」
と振り返ると、愛内さんは、
「きゃああっ、かわいいいっ」
とはじめて高校二年生の女の子らしい黄色い声をあげた。
「ホワイトタイガーの赤ちゃんねっ?」
「・・・ここはボリショイサーカスの控室かい?そんなものが、いるわけないじゃないか」
「ねえねえ高梨君、それならこの子は誰?」
「シャム猫だよ。僕が飼ってるんだ。僕が学校にいるときは彼女もいて、呼べばくるんだよ」
「しまったなあ。せっかく今日のお弁当のなかにマタタビ入ってたのに・・・のこして持ってくればよかった」
「―どこの家のお母さんが、愛娘のお弁当にマタタビ入れるのさ」
「ねえ高梨君、あそこの自販機で熱々のお茶を買ってきたら、この子飲むとおもう?」
「愛内さん、『猫舌』ってことば知ってるかい?熱くないミルク的なものなら飲むとおもうよ」
結局愛内さんは甘いミルクコーヒーを買ってきて、ペットボトルのキャップにすこしずつ入れてやっては、シャムになめさせてやった。もともと甘いもの好きのシャムも、よろこんで喉をごろごろ鳴らしながら飲んでいた。それから愛内さんは僕をみて、聞いてきた。
「高梨君、この子、芸とかしないの?」
「芸かあ・・・」
人間のことばをしゃべるという究極の芸があるけれど、これ以上おおっぴらにするわけにもいかなかった。僕はすこしかんがえて、
「そうだ、僕が合図すると、ひとつだけ、どうしても人間のことばに聞こえるようなことを言うんだよ」
とでたらめを言った。一言くらいなら、まあ偶然そう聞こえる程度ですまされるだろうという目算だった。こんなことをやるのは初めてだったけれど、うまく合わせてくれよシャム、と僕は心のなかで祈った。どうしても、彼女をよろこばせたかった。愛内さんが興味しんしんといった目で見つめる中、僕は、冷汗でじっとりと湿っているシャムの体を抱きあげて、前にすわらせた。そして、
「いくよ、シャム。せーのっ」
とパンと手をうった。
「ラ・・・ライオンっ」
すると何をおもったか、シャムはそう一声叫んだかとおもうと、パッと全身の毛を逆立ててみせた。
(・・・・・・ふむ)
一発ギャグを要求したつもりはないし、追いこまれた感がものすごかったけれど、まあ、及第点といえた。一瞬の間をおいて、
「きゃはっ。きゃははははっ。すごい、すごいっ」
と愛内さんは笑いころげた。
「すごいわっ。ほんとうに、『ライオン』って聞こえるねっ。もう一回、もう一回」
そして愛内さんは、シャムがまた
「ライオンっ」
とやるのに、きゃっきゃと大喜びした。しかし、愛内さんが三回目をやらせようとすると、たまらなくなったようにシャムが抱きついてきて、耳元で早口でささやいた。
「ジュ、ジュン様、この女、ちょっとしつこいんじゃニャくて?こんな未完成の芸を何度も人前でやらされるのは、なかなかの屈辱ですわっ。まるで友達に、じぶんの50点の顔の写真を勝手にネットでアップロードされたような・・・」
「なんで猫がそんな気分を知ってるんだよっ。いいから、やってくれよ。喜んでるじゃないかっ」
猫は耳がいいから、僕も愛内さんに聞こえない程度の小声でそうささやきかえして、またシャムにその芸をつづけさせた。百発百中というのか、愛内さんは、シャムが「ライオン」をやるたびに、
「うふふふ・・・きゃははははは」
と笑いころげた。
(―かわいいなあ・・・)
教室では見せたことのないその笑顔に、僕はみとれた。ほんとに、まったく別のひとみたいだった。
(教室では、きっとずっと気をはりつめていたんだろうな・・・)
まったく、もったいないことなのだ。こんなにキレイでやさしい女の子が、ちょっと垢ぬけないとか内気だとかいうだけで、一顧だにされない。ほんとは、
(もしかして、愛内さんって・・・けっこういいんじゃないかな?)
とおもった男だっていっぱいいるだろう。でも、クラスで幅をきかせている活発イケイケ女子の、
「ねえ、あの子、ちょっとイタクない?」
の一言で、なんとなくみんなそんな気分になっちまう。結局、元凶はいつだって『みんな』なのだ。そんな寄せ集めのあやふやな雰囲気にたよらないで、しっかり自分の目でみれば、愛内さんが魅力的な美人であることにすぐ気づくのに。
「よしよし・・・」
そんなことをかんがえながら、シャムの体をなでてやっている愛内さんを僕はぼんやりと眺めていたけれど、ふと、まずいことに気がついてしまった。しゃがみこんでシャムに気をとられている愛内さんの膝小僧のその奥に、白い三角形がのぞいている。
(あっ・・・)
その純白の清楚なパンティにおもわず目をうばわれていると、ふいに愛内さんが顔をあげた。
「きゃあっ」
僕の視線に気がついた愛内さんは、悲鳴をあげてスカートをおさえながら、体勢を変えた。
「ご・・・ごめんなさいっ」
僕は真っ赤になって顔をそむけて、あやまった。でもつぎの瞬間、愛内さんは信じられないようなことを言いだした。
「こちらこそ、ごめんなさいっ。変なものをお見せして・・・」
「―な、何をいってるんですかっ。愛内さんのようなきれいな女性のパンティを、男はみんな見たがるものなんですよ」
(・・・ぼ、僕のほうこそ何をいっているんだ?)
おもわず激情にかられてそう口走ってしまってからようやく気づいて、僕は恥ずかしさのあまり下をむいた。顔が、オーバーヒートして熱かった。
「あの・・・」
その声におずおずと顔をあげると、愛内さんもまた真っ赤になっていた。
「はい?」
「あのう・・・それなら、高梨君も嬉しかったんですか?私の、パンティをみて。正直に言ってください」
「も・・・もちろんです」
「―そうですか。それなら、いいんです。・・・な、何をいってるんでしょうね、私?じゃ、じゃあ、そろそろ教室にかえります」
立ちあがって、その場を去ろうとする愛内さんの手首を、僕はにぎった。
「あ、ちょっと待って」
せっかくここまで距離を近づけられたのだ。この機会を逃がすわけにはいかない。
「はい?」
「よかったら、今度、猫カフェでも行きませんか?ほら、男ひとりだと気まずいし・・・」
一瞬間があって、
「はい。―よろこんで」
と愛内さんはにっこりと微笑んだ。そうして去っていく愛内さんのうしろ姿をながめていると、植え込みがガサガサとゆれて、えっとおもう間もなく、
「さすが、ジュンちゃん。でもまさか、こんなにうまくいくとはね」
ととつぜん弥生ちゃんがあらわれた。
「うわあっ」
僕はおもわず飛び退った。それから驚きのあまり息をはずませながらあらためて眺めなおすと、弥生ちゃんは両手にたっぷりと葉の茂った、木の枝をもっていた。
「―それをもって、植え込みのなかに隠れていたわけ?弥生ちゃんって、そういうキャラだったっけ・・・」
僕のことばには取りあわず、弥生ちゃんはいった。
「すごいじゃない、ジュンちゃん。お仕事にかこつけて美少女と仲よくなってパンチラまで楽しんで。つぎの猫カフェのお約束をとりつけちゃうあたりは、ホスト顔負けね」
「???や、弥生ちゃん?ことばにものすごいトゲがあるんだけど・・・もう少しで愛内さんと友達になれそうなところまでいったのに、喜んでくれないの?」
すると弥生ちゃんは、ようやくにっこりといつもの微笑みを取りもどした。
「冗談よ。ね、言ったとおりでしょう?ジュンちゃんがジュンちゃんらしくいるだけで、女の子の心を癒すことができるのよ」
「ねえ、ほんとに?ほんとにさっきの冗談だった?すっごく怖かったけど・・・」
「ところでジュンちゃん、猫カフェなんて知ってるの?」
「いや、実は行ったことないんだ。愛内さん、猫が好きそうだったから・・・」
「やっぱりね。たしかにあの泥棒猫・・・ウフン、愛内さんは、動物に弱そうね。いいわ、私がとっておきの猫カフェを紹介してあげる」
「―弥生ちゃん?いま、なんか一瞬ものすごく剣呑な単語が聞こえたけど・・・トラ猫とかとまちがえたんだよね?」
「ジュンちゃん、そろそろ行かないと、授業におくれるよ。いっしょに帰ると愛内さんにあやしまれるから、さきにもどってるわね」
そういって弥生ちゃんは歩きかけて、ふいにこちらをふりむいた。
「?」
「ジュンちゃん・・・私のパンティも、やっぱり見たいの?」
「え?えええっ!?弥生ちゃん、どうしたの?さっきから、変だよ・・・」
あわてる僕をよそに、弥生ちゃんは僕をじっと見つめたままだった。
「見たいの?」
四月のあたたかい風がさっと吹いて、彼女のスカートの裾をわずかにひるがえした。僕は、こくんと唾をのみこんだ。
「えーと・・・うん、・・・そりゃあ・・・見たいよ、もちろん」
僕がそう認めると、
「ふーん・・・」
そういっただけで、弥生ちゃんは僕をおいて、さっさと踵をかえして校舎に戻っていった。
「今のは・・・どう答えたら、正解だったわけ?」
しばらくして、僕が茫然としながら足もとに目を落としてたずねると、シャムは、
「ニャー」
と鳴いて、片目をつむってみせた。
(な・・・何がニャーだよっ、しゃべれるくせにっ)
腹がたった僕は、素知らぬ顔でどこかへ行ってしまおうとするシャムのうしろ姿に、
「ライオンっ」
と声をかけた。シャムの全身の毛が逆立って、一瞬マリモのようになった。思わずやってしまってから、ようやく気づいたシャムはおずおずとこちらをふり向いて、
「フーッ」
と今度はほんとうに怒ったようにうなった。そしてシャムもどこかへ行ってしまって一人になると、チャイムの音が聞こえてきた。僕はあわてて教室へと走ってもどった。
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