第15話 美少女との尾行はキャラメルポップコーンのお味

 僕と弥生ちゃんは話しあって、とりあえず愛内由里さんという人についてもっと知らなければどうしようもないという結論にたっした。といっても今日怜奈がおおっぴらに注意をひいてしまった以上、いきなり話しかけるようなのはためらわれた。僕らは結局、探偵のようにこっそりと彼女のまわりを嗅ぎまわることからはじめなければならなかった。次の日僕らは、昼やすみ愛内さんが図書室にいくのを確認して、放課後には、こっそり彼女を追っておなじ電車に乗りこんだ。

「ねえ、何だかわくわくするね・・・。はい、ジュンちゃん」

「ポップコーン・・・。弥生ちゃん、映画鑑賞じゃないんだよ?」

「いいじゃない。キャラメル味よ」

そうして弥生ちゃんは何粒かポップコーンをつまんで僕の口におしこんだ。

「んっ・・・」

「ジュンちゃんは、愛内さんから目を離さないで」

それから僕は、弥生ちゃんがかいがいしく口にはこんでくれるポップコーンを味わいながら、前の車両で本をよんでいる愛内さんを監視しつづけた。たまに弥生ちゃんの指をなめてしまったりもして、そのキャラメルポップコーンはいろいろな意味で甘かった。でも、ふいに昨日の、

「ところで・・・ふたりタッグにしたのは仕事のためよ。デートじゃないんだからね?」

という梓お姉ちゃんと、そしてめずらしく彼女に同意する怜奈の、すさまじい威圧感なんかが思いだされたりした。僕は、あわてて顔をひきしめた。

 僕はそうして、かなり弥生ちゃんに気をとられながらも愛内さんに注意していたけれど、彼女はいつまでたっても降りる気配がないのだった。埼京線が赤羽をすぎたころ、弥生ちゃんが不審そうにいった。

「ねえ、おかしいわ。東京都在住じゃないと、都立高校には通えないはずよ?」

「そうだっけ?」

「うん。私も編入してきたから、そういうのはよく知ってるんだけど」

結局愛内さんは武蔵浦和でようやく降りて、また乗り換えて、僕らは彼女に気づかれないように、それでいて見失わないように尾行するので大変だった。彼女が東浦和の閑静な住宅街の、とある一軒に入っていくのをみとどけて、僕らはほっと息をついた。

「東浦和・・・。思いっきり埼玉県ねえ」

小首をかしげる弥生ちゃんに、僕はたずねた。

「それって、やっぱり変なことなの?」

「ちょっとね。都立高校だもの。このお家もけっこう年季入ってるし、ずっと住んでいる気配よね。まあ、受験のときだけ住民票を東京都に入れたとか、中学校の校長の特別な許可をもらったとか・・・かな?」

「なにか、事情があったのかもね。せっかくここまで来たんだから、彼女の中学校を調べてみたいね。ここから、いちばん近い中学校でもあたってみようか」

「うん・・・あ、ちょっと待って、ジュンちゃん」

そういって弥生ちゃんは携帯をとりだすと、なにやら調べはじめた。そして、

「ビンゴ!」

と微笑んで、僕に画面をみせてくれた。

「本校の愛内由里さん(中3)が埼玉県中学校英語弁論大会に出場・・・。ほんとだ、名前でヒットしたね。学校のホームページに、二年前の情報がまだ残っているのか。しかもこれ・・・中高一貫校じゃないか」

「ね。私立の中高一貫校をわざわざ途中で抜けてまで都立高校・・・まちがいなく訳ありだわ」

「行ってみようか、その学校に」

「うん。ダメもとね」

そして僕らはまた電車にのって、彼女の母校へとむかった。

 もちろん僕らはたいして期待していなかったし、着くまでに話しあうなかで、それはほとんど確信に変わった。たとえ愛内さんを知っている人に会えたところで、何か探りだそうとしたら不審がられるだけだ。そもそも他の高校の制服を着ている僕らが、入りこめるかどうかすら怪しいものだ。しかし、やはりやってみるものだ。その学校の校門のまえに立って、さっそく僕らは手がかりをみつけたのだ。

「ジュンちゃん、あれ!」

弥生ちゃんが指さしたその先に、交通安全標語の立看板があって、そこにはたしかに「愛内由里」の名前があった。

「『想像して! 次の瞬間 血まみれで 車輪の下で あえぐ自分を』・・・な、なんでこんなのが交通安全標語コンクールで校内金賞になるのさっ」

「・・・なかなかキャパのおおきい学校みたいね。―というか、ふつうこういうのって、俳句じゃないかしら?」

僕らがそうして立看板をのぞきこんでいると、校門の前で「さようなら」と学生たちに声をかけていた、30歳くらいのボーイッシュな女性の先生が話しかけてきた。

「あら、なかなか効果的なのよ、その標語。それをみて、信号のまえでふと立ちどまる人が増えたわ」

「それはそうかもしれませんけど・・・」

「先生たちの会議でも揉めに揉めたけどねえ。じぶんの教え子の作品だったのもあって・・・私が強引におしたのよ。あのときはまだ若かったからねえ」

「『若かった』って・・・せいぜい2年前のことですけど・・・」

弥生ちゃん、つっこむのはそこじゃない。でも、せっかくつかまえた手がかりをはやく確かめたい僕をよそに、ふたりの女性たちはヒートアップしはじめた。

「な・・・何で知ってるのよっ。女にとって2年は大きいのよっ、このホルスタイン娘」

「ホ・・・ホルスタイン!?かりにも教育者がそんなこと言っていいんですか!?」

「私、べつにアンタの先生じゃないもんねーだ」

だから、そこじゃないというのに。僕はやきもきして待っていたけれど、一瞬あいた間をねらって、どうにか口をはさんだ。

「先生、愛内さんのことをご存知なんですね?」

「ご存知なら何だっていうのよ。ほかの学校の前でいちゃいちゃするんじゃないわよ、いけすかない。なによ、つるんと生っ白い顔して・・・アンタ、ゆで卵?」

「は・・・はぁ?」

「ダメよ、ジュンちゃん。先生にむかって『はぁ?』なんて言っちゃ」

「ほんとよ。これだからガキは嫌ね。アンタも彼女なら、もうちょっと教育しなさいよ」

「はい、先生。すみません」

(・・・ん?)

「先生、愛内さんをご存知なんですね?私たち、彼女のお友だちなんです」

「ああ、そうなの。私の教え子の友だちなら、教え子も同様ね。いいわ、お茶でもご馳走してあげる。その歌舞伎の女形みたいなガキも連れてきなさい」

「はい、先生。―ジュンちゃん、はやく」

(ん・・・)

彼女たちの背中をおって、僕はとぼとぼと校門をくぐった。

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