第13話 脈をうつのをやめたら、もはや気もちではございませんわ
「愛内さんが?そんなに問題がある人とは、おもえないよ。たしかに内気かもしれないけどさ。何かのまちがいじゃないのかい?」
確認する僕に、シャムは首をふってこたえた。
「ジュン様のおっしゃるような問題なら、たしかにございませんわ。おやさしい方です。でも、おやさしすぎるのですわ。お気もちのまわりに、殻のようなものをつくりはじめていらっしゃるのです。もうこれ以上、気もちを動かさずにすむように。これ以上、傷つかずにすむようにと・・・」
「―それに何か、問題があるのかい?」
「大ありですわ。言ってみれば、どこに行っても、誰といても、実質ひきこもっているようなもの。このままいくと、彼女はほんとうに無感情な方になってしまわれますわ。ツンデレどころか、ツンツンになってしまいますの」
「でも、それだって、彼女の身をまもる方法のひとつなんだし・・・」
同じように内向的な人間として、僕はなおも食いさがった。しかし、シャムもゆずらなかった。
「それは、そうなのですけれど。やはり私としては、彼女のおやさしいお気もちが、そのおやさしさのまま発揮されるような方になっていただきたいですわ。脈をうつのをやめたら、もはや気もちではございませんわ」
うーん、と僕はうなった。そこに、梓お姉ちゃんがいった。
「なるほどね。だいたいの症状はわかったわ。淳之介、シャムは気もちに関してはエキスパート。そこは、彼女を信じて大丈夫よ。それで、私たちはどうすればいいのかしら、シャム?」
「比喩的にいえば、彼女の殻づくりは工事中といったところですわ。要は、それをやめさせればいいんですの。彼女自身で、そんなもの必要ニャいとおもわせるように仕向けるのですわ」
「わかったわ」
梓お姉ちゃんはシャムにうなずくと、僕、池内君、弥生ちゃん、怜奈をみまわしながらいった。
「あなたたち、おなじクラスだったわね?ちょうどいいわ。何とかしてみせなさい」
僕らは、同時にため息をついた。なるほど、梓お姉ちゃんの言うとおり、生徒会の仕事というのは相当にやっかいな代物のようだった。すくなくとも、僕の想像していたより、何千倍も。しかし僕らのなかには、ひとり、超絶楽天家がいたのだった。
「いいわ。それならみんな、明日のお昼やすみ、私の席のまわりに集まって。お弁当をもってくるのよ。そこで、私がすべて解決してみせるわ」
怜奈が自信満々にいって、梓お姉ちゃんが眉をひそめた。
「―ほんとうに大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。そんなにむずかしく考えることないわ」
僕らはみんな内心で危ぶんでいたけれど、なんとなく怜奈の勢いにおされるように、うなずいた。
そして僕らはつぎの日の昼休み、約束どおり、怜奈をかこむようにお弁当を食べていた。教室中が僕らに注意をひかれているようだったけれど、生徒会のみんなは大して気にとめるふうでもなかった。
(ま、いいか・・・)
僕もサンドウィッチを頬張っていたけれど、ふいに、唯の顔がひょいと眼前にあらわれた。
「おいしい?」
「あ、うん。おいしいよ」
「お兄ちゃん、マヨネーズついてるよ・・・子どもみたい」
唯は小指で僕の唇のはしを拭きとると、そのままぺろっとなめた。怜奈がちらりとこちらに視線をはしらせるのがわかった。それから弥生ちゃんが、
「ジュンちゃん、その卵のやつ、開けてみて」
と僕のサンドイッチを指さした。そして僕が卵サンドをふたつに分けると、そのなかにじぶんのエビフライを入れてくれた。
「あ・・・ありがとう」
「食べてみて」
「うん・・・ああ、エビフライ卵サンドになった。おいしいね」
「よかった。―ジュンちゃん、唇にタルタルソースが・・・」
しかし、弥生ちゃんの指が僕の口にとどくまえに、怜奈の苛だたしげな声がわって入った。
「ねえ、あんたたち、何やってるの?おままごと?」
かなり自覚はあっただけに頬を染めてうつむくしかなかったけれど、内心、僕は怜奈をうらんだ。あとすこしで、弥生ちゃんの人差し指を感じることができたのに・・・。
「ジュンもジュンよ。なんであんたの口からは都合よくマヨネーズだのタルタルソースだのがこぼれてくるのよ。ちゃんと食べたものをおさめておくこともできないわけ!?」
いきりたつ怜奈を、梓お姉ちゃんが冷静にいさめた。
「ムチャ言わないの。淳之介の口は、りそ○銀行前橋支店の金庫じゃないのよ」
「あ・・・あんたのりそ○銀行前橋支店の評価はどうなってるのよっ」
「ともかく、嫉妬はみにくいわよ」
怜奈は激高したように立ちあがった。
「フン。―まあ、みてなさい。アンタのいうおバカなコミュ力で、ものごとがいかに簡単に解決するかを」
そのまま怜奈は窓際のほうへ歩いていって、
「―大丈夫かい?」
と池内君が首をすくめるなか、なんとひとりでお弁当を食べていた愛内さんにそのまま話しかけた。
「ねえ愛内さん、よかったら私たちといっしょにお食事しない?」
(うわあ・・・・・・)
僕らはかたまった。教室のみんなが耳をダンボのようにして聴いているのがわかった。
「え?・・・ああ、ありがとう・・・。でも、いいわ。私ひとりでごはん食べるのが好きなの」
愛内さんがいうのに、となりに座っていた唯が
「―そりゃ、そうだよね」
とつぶやいて、僕も小さくうなずいた。しかし怜奈はなおも、
「でもさあ、みんなで食べたほうがおいしいよ」
と食い下がった。
「―あの破壊的なセンスの悪さは何なのかしら?」
と今度は梓お姉ちゃんがつぶやくのに、弥生ちゃんがおもわずといった感じで、こくりと首を縦にふった。
「―いいって。ありがとう。それに私、みんなのこと知らないし」
当然なのだけれど、愛内さんの拒絶の調子がさっきより強くなって、さすがの怜奈も見えない手に押しもどされるように、そこを退散せざるをえなくなった。おまけに怜奈はこちらに戻ってくると、教室中の注意を一身にあつめていることも知らぬ気に、大きな声でいった。
「ねえみんな、生徒会室に行かない?」
(〇×△※□・・・・・・)
僕らがまるで知らない人に話しかけられたかのように食事を続けているので、ようやく怜奈もじぶんがひどくやり損っていることには気づいたらしく、
「なによお・・・」
と不承不承に座りなおした。それからしばらくして、愛内さんも教室からいなくなり、ほとぼりもさめた頃になって、
「終わったことは、しょうがないわ。生徒会室に行きましょう」
と梓お姉ちゃんがいった。
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