第12話 シャム猫のいる生徒会室

 「シャムっ」

僕と唯がおもわず声をあげると、シャムは片目をつむってみせた。僕はシャムに歩みよって、思わずまた頬の肉をつまんで左右におもいきり引っ張っていた。

「いたたたたた・・・ちょっとジュン様、やめてえっ」

「何ウインクなんてしちゃってるんだよっ。こんなところで何してるんだよ、おまえ隠しごとが多すぎるだろっ」

「だってだって・・・と、とにかくお手を離してえっ」

騒ぐ僕らに微笑みながら、梓お姉ちゃんがこちらにやってきた。

「まあまあ、いいじゃない淳之介。もともと私があげた猫なんだもの、私と仲よくしていたっておかしくないでしょう」

「それはそうなんだけど・・・」

たしかに、シャムは梓お姉ちゃんの家でうまれた子猫をおすそわけしてもらったのだ。

「猫は、勘がいいからね。私が引っ越したあとも、シャムは私の家をかぎあてて、しょっちゅう遊びにきてたのよ。それで生徒会の仕事も、手伝ってもらってたわけ」

「だから、しょっちゅう家を留守にしてたのか・・・。じゃあ、梓お姉ちゃんは、僕よりずっと前からシャムが話せることを知っていたんだね?」

「もちろんよ」

僕は、あわててシャムを問い詰めた。

「おまえ・・・よけいなことをお姉ちゃんに話してないだろうなっ?」

「あら。私たちの仲で『よけいなこと』なんてないでしょう。それとも、何か私に隠したいことでもあるの、淳之介?」

その鋭い切れ長の眼でじっと見られると、

「そ、そういうわけじゃないけど・・・」

と僕は目をそらさざるをえなかった。そんな僕に、うふふと笑いながらシャムがいった。

「それなら、時すでに遅しかもしれませんわよ、ジュン様。何たって姉様ときたら、ジュン様のお話をきくのが何よりの楽しみなんですから。二言目には淳之介、淳之介と・・・」

そこまで言いかけたとき、シャムの頭ががくっと前に落ちた。

「よけいなことを言うんじゃないの、このバカ猫」

手刀をつくったまま梓お姉ちゃんがいって、その頬にすこし赤味がさしていた。それをみて僕のほうも、顔が熱くなってくるのをどうすることもできなかった。

「・・・の、脳震盪をおこしかけましたわ・・・」

シャムがようやく顔をおこすと、梓お姉ちゃんは気を取りなおそうとするように、みんなのほうに向きなおった。

「そ、そうだわ、話の途中だったわね。心の闇を見きわめるのは、このシャムの仕事よ」

でも、無理もないことだけれど、みんなはすっかりかたまっていたのだ。それから、ようやくすこしは驚きからさめてきたらしいみんなは、一言づつ絞りだすようにいった。

「じゅ、淳之介君、それ・・・。ペットショップで買ったら20万はするぜ」 

「まさか、ジュンの飼い猫が、あの女からもらったものだったなんて・・・悔しいったらないわっ」

「ひさしぶりねえ、シャム・・・。ジュンちゃんに似て、きれいになったわ」

「どうしよう、お兄ちゃん・・・。『水戸黄門』の再放送、録画してくるの忘れちゃったよお・・・」

シャムがほんとうに心の闇を見きわめられるというのなら、まずこの人たちから始めたほうがよさそうだった。

「大丈夫よ、唯。『水戸黄門』なら私がぬかりなく録画してあるわ。こんどお姉ちゃんの家へ見においで」

シャム、もうひとり追加ね。僕がそうして内心つっこんでいるのも知らず、怜奈が手をあげて質問した。

「ねえ、なんで猫にそんな芸当ができるわけ?ちょっと信じられないなあ」

「バカねえ、あなたは。猫といえばツンデレ、ツンデレといえば猫。シャム猫なんて、そんな猫のなかでもツンデレ中のツンデレ、ザ・キングオブ・ツンデレじゃない。気もちを隠すことに慣れきっているシャム猫のまえに、隠せる気もちなんて存在しないわ。シャムにとって、人間の心の闇の在り処なんて・・・アルセーヌ・ルパンにとっての、りそ○銀行前橋支店の金庫の在り処のようなもの。そもそも、隠していることにすらならないわ」

「梓お姉ちゃん、いまの比喩にはちょっと問題が」

僕はやんわりとたしなめた。それからお姉ちゃんは、シャムに尋ねた。

「ところで、どう?最近、なにか問題をかかえている学生さんはいるかしら?」

シャムは、こっくりとうなずいた。

「短期的にどうこうということではニャいのですが・・・長期的にみると、かなりまずいことになりそうな学生さんを発見しましたわ」

「ふうん。どなた?」

「ジュン様とおなじクラスの・・・窓際のいちばん前にすわっていらっしゃる方ですわ」

池内君が、おどろいたように声をあげた。

「すると俺の前ってことは・・・学級委員長じゃないか」

僕らは、顔をみあわせた。

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