第10話 女は精いっぱいおしゃれした男の子より、結局スーツ姿の男が好き

 一年B組の教室をのぞくと、案のじょう、ひとりで食事をしている唯のうしろ姿がみえた。

(やれやれ・・・)

僕は教室に入っていって、

「唯」

と肩をたたいて、そのまま空いていた彼女のまえの席に腰かけた。一瞬びくっとした唯だったけれど、僕の顔をみると、

「お兄ちゃん!」

とぱあっと笑顔になった。しかしすぐに、じぶんが一人ぽっちなのを見られたことに気づいたらしく、もじもじしながら言った。

「べ・・・べつに、群れるのを嫌う美少女の孤高のランチとか、意識設定してごまかそうとかしてないからね?」

「う・・・うん」

「憐れみの目で『ねえ、私たちといっしょにごはん食べない?』なんて誘われたりしたら、『ごめんね、私ひとりでごはん食べるのが好きなの』ってぴしゃりと言ってやろうとか、そんなひねくれたことも考えてないからね?」

「・・・あのさ、そんなに寂しいなら、僕の教室に来ればよかったじゃないか」

すると唯は髪をかきあげて、ちょっと冷たい目でいった。

「ごめんね、私ひとりでごはん食べるのが好きなの」

「―お兄ちゃん悲しいよ。まさかついさっきのネタばらしを忘れるほど、妹がアホだなんて」

「完全にスタートダッシュに失敗しちゃったよっ。もうみんな仲よしグループ作っちゃったよっ」

「だから、言ったじゃないか。早めに誰かに声をかけたほうがいいよって」

「うるさいな。向こうからかってに声をかけてもらえるお兄ちゃんに、私の気もちなんてわからないよっ」

ぷっとふくれる唯をながめながら、僕はふと、いろいろな所からの視線をかんじた。

「ねえ、唯。なんだかみんながちらちらこっちを見ている気がするんだけど?」

「だから言ったでしょ。お兄ちゃんが美少年だからだよ」

「でもさ、僕は、自慢じゃないけどそういうあつかいには慣れてないぜ。キャラじゃないっていうか・・・」

「まあね。お兄ちゃんは、きれいだけど、影がうすいから」

「くっ・・・」

「でもね、女の子は肩書きやイメージによわいのよ。精いっぱいおしゃれした男の子より、結局スーツ姿の男が好き、っていうか・・・。なんとなくお兄ちゃんが先輩なのはわかるから、そのイメージだけで、この教室ではもてちゃうのね」

なんだかみょうにトゲトゲしている唯をみながら、僕はこの差し向いの体勢のせいか、子どもの頃をおもいだした。僕らはおおきなパンダのぬいぐるみがお気に入りで、ふたりとも抱きたがってはケンカになりかかって、そんなとき唯がいったのだ。

「ねえお兄ちゃん、かんがえてみれば、ふたりでいっしょに抱けばいいじゃない。ケンカなんてする必要ないよ」

そして僕らは、そのぬいぐるみの前と後ろからそれぞれ抱きついて、パンダごしに顔を見あわせて、にっこりと微笑みあった。たまたまやってきた母さんは、そんな僕らの姿を小首をかしげてしばらく眺めていたけれど、少しして今度はカメラをもってやってきて、パシャパシャと激写しはじめた。―

 そんなことを思いだしていると、唯はその沈黙の意味を誤解したらしく、そわそわしはじめた。

「なあに、お兄ちゃん、怒ったの?ひとりでいたから、ちょっと気もちがやさぐれて、皮肉っぽくなっちゃっただけじゃない・・・」

そうだ、唯はやさしい子なのだ。ただ、ちょっと気が弱いだけで。このまま、このやさしい子を、ひねくれさせるわけにはいかない。僕は、きめた。

「唯、生徒会に入らないか?」

僕がそういうと、いうまでもなく唯は、あっけにとられた。僕はこれまでのことを説明した。梓お姉ちゃんが僕らの教室にやってきてからの経緯を。唯は、顔を上気させて、大興奮した。

「梓お姉ちゃんに怜奈姉ちゃんに弥生お姉ちゃん!?すごいすごい、そんなことってほんとにあるんだね。でも・・・」

どうかんがえても向いていないとおもうと案のじょう尻ごみする唯を、ほんとうはじぶんも大いに不安なこともわすれて、僕は説得した。

「梓お姉ちゃんはさ、組織にはいろいろなピースが必要だっていうんだね。外にでていくのは梓お姉ちゃんとか怜奈がやってくれるみたいだしさ、僕らは、どうすれば学校がよくなるか、考えればいいんだよ。たしかに、僕らがそういうことに向いているかどうか、やってみなければわからないじゃないか」

「でも・・・」

「それに、入れば、生徒会室が部室みたいになるんだぜ。寂しくなったら、そこに来ればいいじゃないか。僕らもいるんだしさ」

それには唯はおおきく心をうごかされたようだった。うーんと腕組みする彼女の頭に手をのせて立ちあがりながら、

「まあ、考えておくんだよ」

というと、唯はうん、とはっきりうなずいた。

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