第8話 頭のよさというのはやさしさと同義なのよ

 HRが終わり、昼休みの時間になって、僕がプリントやなんかを机の中にしまっていると、

ドンッッッッ

と上からお弁当が降ってきた。見あげると、怜奈が険しい顔で仁王立ちになっていた。

「なんなのよ、あの高飛車王女はっ。なにがお姉ちゃんなのよ、ジュンとどういう関係なのよっ」

予想されたことだったのでたいして驚かず、

「―まあ、一言でいえば、昔となりに住んでいた幼なじみのお姉ちゃんだよ」

と僕は相手の気をそらす意味でも、わざとゆっくりじぶんのお弁当をバッグからとり出した。怜奈はいらいらした様子でそのあたりの椅子をひきよせて、僕の机の横にすわった。それから彼女は、僕の食事にまで喰ってかかってきた。

「なによ、サンドウィッチとコーヒーって。気どっちゃってさ。新幹線のお弁当じゃないんだから」

「あのね、苛立っているからって、そんなとこにまで・・・ちょ、ちょっと、怜奈」

「なによ」

「君のお弁当、『柿の葉寿司』じゃないか。どっちが新幹線のお弁当だよ」

「うるさいわね、好きなのよっ。ママに頼んでつくってもらったの。―ねえ、そのチキンカツサンドとこの柿の葉、交換してよ」

「せめて寿司にしてくれっ。ぜんぜんつりあわないじゃないか。クリリンと人造人間18号くらいつりあわないじゃないか」

「ちょっと、クリリンに謝りなさいよ」

僕らがそうしてやりあっていると、前にすわっていた弥生ちゃんがふりむいて、うふふと笑いながら、じぶんのお弁当を僕の机のうえにおいた。

「ほんとね。二人とも、新幹線のお弁当みたい」

「弥生ちゃん、いま君のお弁当のうえに『深川めし』って書いてあるのがみえるんだけど?」

「ああ、ママがお弁当屋さんでパートしているの。いつもいろんなお弁当をもってかえってきてくれるのよ。ねえ、ジュンちゃんのサンドウィッチ、唯ちゃんがつくったの?」

「ああ、うん。あいつ、僕がパン好きなの知っているから・・・」

僕らがそうして話していると、怜奈がつんとしたまま横槍をいれた。

「ふん。シスコンなのは知ってたけど、まさかお姉ちゃんまでいるとはね」

「あら。シスコン・・・って何、優木さん?」

弥生ちゃんがふしぎそうに、怜奈にたずねた。

「怜奈でいいわ。シスターコンプレックスよ」

「ふうん・・・ジュンちゃん、修道女フェチなのね」

若干ランクの下がった微笑みで弥生ちゃんがいって、僕はコーヒーにむせて咳きこんだ。

「そっちの『シスター』じゃないよっ。僕の変態偏差値がどんどん上がってるじゃないか。そもそもシスコンじゃないからね」

そこに池内君が爽やかな笑顔で僕のとなりの席にやってきた。

「やあ、君たち、駅弁みたいなものばっかり食べてるな。栄養のバランスがわるいんじゃないのかい?」

そう言って彼は、『カップヌードル キング』をドンと机のうえに置いた。誰もつっこまなかった。けれど池内君はまったく意に介せず、

「ところで君たち、どうするつもりだい?副会長と書記、どちらで出るんだい?」

と話をすすめた。そういえば、と僕らは顔を見あわせた。

「私は書記がいいなあ」

とまずは弥生ちゃんがいい、

「俺も副会長ってガラじゃないかな。淳之介君が出るっていうんで、おもしろそうだからのったけど」

と池内君がつづいた。

「私はどっちでもいいな。じゃあ、副会長にしようかな」

と怜奈がいって、

「僕は正直、書記がいいかな」

と僕も態度を決めかけた。するとそこに、

「あなたは副会長よ、淳之介」

と声がして、

「うわあっ」

と僕らはいっせいに驚いて、うしろをふり向いた。いつのまにか梓お姉ちゃんがうしろの席に座って、ざるそばを食べていた。

 「あ、梓お姉ちゃん。―んと、生徒会長。いつからいたんですか?」

驚くと本音がでてしまうもので、僕はおもわず自然に「梓お姉ちゃん」という人前ではいささか恥ずかしい呼称を口にして、あわてて言いなおした。それから心のなかで、やはりこの人は僕にとってはどうしたって「梓お姉ちゃん」なんだなと認めざるをえなかった。

「また人の眼ばかり気にして。『梓お姉ちゃん』でいいのよ。敬語なんて使うんじゃないの。気持ち悪いわね」

そんな僕にまた顔をしかめて、梓お姉ちゃんがいった。それから、驚きからさめた怜奈がかみついた。

「ちょっとアンタ、さっきからなんでジュンにいろんなことを押しつけるのよっ。みょうに自信をもっていらっしゃるようだけど、あんたはジュンのこと、何もわかってないわ。ジュンに生徒会役員だの副会長だの、向いているわけないじゃない。私がサポートしてあげなきゃ・・・」

「ねえ、いちおう聞いておきたいんだけど、あなたが淳之介に副会長は向いていないとか、じぶんには向いてるとか、そう考える根拠は何なの?」

眉ひとつうごかさないまま、梓お姉ちゃんは聞きかえした。

「そ・・・それは、ジュンなんてめちゃくちゃシャイなんだし、私みたいにすぐ誰とでも仲よくなれちゃう人とは正反対で・・・」

「―フン。フフン。・・・ヘッ・・・」

「―ねえ、少しでもいいから、その内心の嘲りをかくす努力をしていただけると助かるんだけど?」

「ああ、失礼。あまりにも予想どおりというか、無能な人間の典型みたいな答えだったから・・・。そういえば去年の生徒会役員たちも、みんなそんなこと言ってたっけ」

「な・・・何ですってっ」

「ねえ、おかしいと思わない?いくらなんだって、生徒会役員への立候補者がゼロなんて。そもそも、去年の生徒会役員たちはどこ行ったんだって話でしょう。しかも、さっき石川先生も言ってたけど、私みたいな美人が生徒会長なのよ。お近づきになりたい学生たちがわんさかいたって、不思議じゃないわ」

「―さっき、石川先生『美人』なんて言った?」

怜奈がそう確認して、弥生ちゃんが首をふった。不満そうな女性陣とは対照的に、僕と池内君とは、それもそうだな、と顔を見あわせた。

「結局、自信を失っちゃったのよ。去年の生徒会役員たちはね。最初は、どこかの誰かさんみたいに、『コミュ力には自信があります』なんて胸張ってたけどね。そうやって、目につきやすいところばっかりに意識がいく人間にかぎって、中身をきたえる努力を怠っているものなのよ」

とんとんと自分の頭をつついてみせながら梓お姉ちゃんがいって、怜奈の歯ぎしりの音がきこえてきた。

「そして、そんな噂が広まっちゃったのね。『生徒会の仕事はむちゃくちゃ厳しいらしい』みたいな・・・。『大事なのは笑顔』とかなんとか、『1+1=2』みたいなことを得意気にいいたがるおバカな人につとまる仕事じゃないのよ。頭がよくないと、ぜったいに無理なの。あー、おバカなあなたにもわかるように言っておくけど、私がいっている『頭』っていうのは、お勉強ができるできないのことじゃないわよ。地頭のこと。そして、淳之介にはその地頭のよさがあるわ。それに何より・・・やさしさがね。どうせ言ってもあなたにはわからないと思うけど、頭のよさというのはやさしさと同義なのよ」

「くっ・・・」

怜奈が歯を噛みならすなか、梓お姉ちゃんは平然とあとを継いだ。

「淳之介がシャイで、人前に出るのが苦手なら、それでも結構。無理する必要はないわ、そんなのは私がやるから。それより淳之介の頭のよさとやさしさが、生徒会には必要よ。まあ、あなたも副会長でもなんでも、やりたきゃやってもいいわ。組織にはいろんなパーツが必要だから、おバカなあなたのコミュ力とやらも、必要でないこともないわ」

後半は怜奈にいって、いつのまにかざるそばを食べ終わった梓お姉ちゃんは、がたりと椅子から立ちあがった。そして2,3歩帰りかけてから、ふと思いだしたように僕をふりむいて、いった。

「そうそう淳之介、最初のタスクをあげるわ。書記をもうひとり、見つけてちょうだい。じぶんで考えられる頭を持っていて、やさしい人じゃないとダメよ」

「で、でもさ、僕らが当選するかどうか、まだわからないよ」

「大丈夫よ、このままいくと、まちがいなく信任投票になるから。この人でいいかどうか、〇か×かで確認するだけのね。そんな選挙で落ちることなんて、まずないわ」

顔の横に二すじ垂らした髪が顔にかかるのをうるさそうにはねのけながら梓お姉ちゃんはいって、それから踵をめぐらしてさっさと帰っていった。

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