第4話 生徒会長も幼なじみですッ、以上ッッッッッッ

 HRが終わると、始業式のはじまる時間で、僕らは体育館に移動しなければならなかった。

(さて。行きましょうかね)

伸びをしながら立ち上がると、肩に手がおかれて、ふりむくとそこに、池内薫君が立っていた。僕らははじめておなじクラスになったわけだし、話したことなんてなかったけれど、どういうわけかその時の僕は、それをあまり意外にもおもわなかった。

「やあ。よかったら、いっしょに体育館へいかないか?」

さっきとはうってかわっての爽やかイケメンスマイルで彼はいって、僕も、

「もちろん。よろこんで」

と微笑んで応じた。クラス中が僕らにこっそり注目しているのがわかったけれど、僕はさっきの一件ですっかり彼が気に入っていたから、なんとも思わなかった。いっしょに歩きはじめて少ししてから、

「なあ、さっき手をあげて、何をいおうとしていたんだい?」

と池内君は聞いてきた。

「するどいな。気づいていたんだね?」

「ああ。君の表情は、委員長に同情している顔だったよ」

「うん。だから、さりげなく話題をかえるつもりだった。図書委員がやりたくなった、とかなんとかいって」

僕が正直にそういうと、池内君はため息をついた。

「やっぱりか。君にまかせておけばよかったな」

「そんなことはない。あれは、よかったよ」

僕のことばに、今度は池内君は苦笑した。

「よくないよ。また、やっちまったってところさ。あとで、俺のほうこそ正義感で気もちよく怒っていたんじゃないかって、いたたまれなくなったぜ」

「なんでも、満点のふるまいはむずかしいよ。―でもほんとうに、あれはよかったよ」

僕がくりかえすと、池内君もすこしはなぐさめられたようだった。

「そうか。それならいいんだけどな。まあ、何にしても正義感ってのは、怒るっていう以外の方法で発揮されるべきだな」

そういってから、あらためて気がついたように、池内君は僕に手をさしだした。

「池内薫だ。よろしく」

「高梨淳之介です。こちらこそよろしく」

僕らは握手して、僕はひさびさに、親友をえられる予感がしていた。どういうわけか昔から僕のまわりには女の子ばかりいて、同性の友達はすくなかったのだ。僕は、うれしかった。

 ところで、始業式や全校集会なんてものが意味のないつまらない儀式であるのはどこでもおなじだろうけれど、僕らの高校にはひとつ名物がある。

「生徒会長の話」

とアナウンスがあるだけで、僕らの眠気はさめ、なんとなく身構える。そんな緊迫感のなか、長いストレートの黒髪を高い位置でポニーテールにした、新選組の美剣士を連想させる凛とした少女が、颯々と壇上へあがっていく。ただ、ここにいるみんながこんな時、

(生徒会長だ)

とか、

(水谷梓さんだ)

と思うのだろうけれど、僕の場合はすこしちがっている。僕は、

(梓お姉ちゃんだ・・・)

とおもう。そして、いっしょに遊んだ幼いころを思いだす。今でこそすこしばかり遠くへ引っ越してしまったけれど、一個歳上の彼女は僕が小学校へ入学するまで、隣りに住んでいたのだ。だからそれこそ僕らは、姉弟のように育ったといっていい。小学校、中学と別だったけれど、高校に入って、つまりちょうど一年前、彼女が壇上にあがったとき、僕は懐かしさに胸がしめつけられるような気がしたものだ。それは、今もかわらない。そして、

「みなさん、少しだけ集中して聞いてくださいッッッッッッッッッッ」

と、マイクがキーンと共鳴をおこすのもかまわず、梓お姉ちゃんの裂帛の気合いが体育館をつんざく。いつものように。

「生徒会役員選挙が近々おこなわれますッ。生徒会長一名、副会長二名、書記三名ッ。立候補者を募りますッ。もちろん私もふたたび生徒会長に立候補するつもりですッ。以上ッッッッッッッッッッッッ」

またしてもマイクがキーンと共鳴をおこすなか、僕らはいつのまにかウワアアアアアッッッッと拍手している。拳をつきあげる者までいる。梓お姉ちゃんのすさまじい気合いに、僕らもおもわず反応してしまうのだ。梓お姉ちゃんは、ぜったいによけいなことは言わない。必要のないあいさつもしない。伝えたいことだけを、伝えきる。以前、僕らが盛りあがっているのにもかかわらず、その集会で司会役をつとめていた教師が平然と水をさしたことがあった。

「おいおい水谷、短いよ。生徒会長なら、ほかに話すべきことがあるだろう?」

苦笑いしながら、生徒指導を担当する国語科の沼口先生がそう言ったのだ。バスケ部顧問でもある彼は、体育会系なのに理屈っぽくて、僕はちょっと苦手なタイプだった。だから、すでに壇から下りかけていた梓お姉ちゃんが、

「何を、でしょうか?言うべきことは言い終わりましたが」

といぶかしげに言ったとき、僕は内心で彼女に声援をおくった。そして、梓お姉ちゃんとしては本心から不思議でそう聞いたにちがいないのだけれど、あきらかにムッとしたらしい沼口先生は、それでも困ったような苦笑いのまま、続けた。

「だからさあ。何かほかにあるだろう?事務的な連絡だけじゃなくて、みんなの模範になるような話とかさ、生徒会長なんだからさ」

「まさか。私に、事務的なこと以外、みなさんにお伝えする資格はありません」

毅然として梓お姉ちゃんはそういって、それはまったくもって正論に僕には思えたけれど、沼口先生はもはやイライラを隠しきれなくなってしまった。

「あのなあ。事務的なことでも、言い方っていうものがあるんだよ。ただ事務的なことを無味乾燥に伝えられても、人間ってのは聞いてくれないものなんだよ。そういう人前での話し方みたいなものを勉強するのも、生徒会長をやることの意味だろうが」

―アンタはさっきの盛りあがりが見えなかったのかとあ然とするようなことを沼口先生は言いだして、それを梓お姉ちゃんはクールな表情のまま聞いていたけれど、

「そうですか」

と一言いうとまた踵をかえして、壇上にのぼっていった。

(えっ。お姉ちゃん・・・)

どうする気だろう、とはらはらしながら見つめていると、梓お姉ちゃんはふたたびマイクの前にたって、とつぜんいちばん前にならんでいた学生をさっと手でさし示した。失礼にならないよう人さし指でなく五本指だったけれど、お姉ちゃんがやると、手刀のようにもみえた。

「失礼ですが、あなたッッッッッッっ」

「は、はいっ」

指名された男子学生は直立不動の体勢になった。

「さっきの沼口先生のお話を、もう一度おっしゃってみてくださいッッッッッ」

「ええっ!?はい、あの、―えーと・・・」

生徒指導担当の沼口先生は、梓お姉ちゃんのまえに15分だか20分だか、ともかく長々と僕らに話をしていたのだ。焦りながらもまったく思いだせない様子の男子学生に、

「では、さっきの私の話はッッッッッッ」

と梓お姉ちゃんがたたみかけると、

「はいっ。最近一カ月で盗難事件が5件も起こりましたッッッッッ。貴重品はかならず持ち歩いてくださいッッッッッ。以上ですッッッッッッッッッ」

こんどは雷にうたれたように、その男子学生は梓お姉ちゃんと一字一句ちがわないことを叫んだ。梓お姉ちゃんは三度それをやったけれど、三度ともおなじことが繰りかえされた。三度目がおわると、

「もういいっ」

と沼口先生の怒号がひびいた。顔が真っ赤になっていた。

「調子にのるのもいい加減にしろっ。いいか、そんなものはな、社会に出てからはまったく通じないんだよ。いちばん大事なのは、礼儀・・・」

息をきらせながらそう叫びかけた沼口先生に、

「先生ッッッッッッッッ」

と梓お姉ちゃんは呼びかけた。そしておもわず黙ってしまった先生に、いった。

「失礼なことは、重々承知ッッッッッッッ。あとでかならず、国語科職員室におわびにうかがいますッッッッッッッ。ともかくこれ以上、みなさんの貴重なお時間を奪いたくはありませんッッッッッッッッッッッッ」

そういって僕らに一礼すると、梓お姉ちゃんはさっさと壇上を降りていった。僕らはおもわず拍手しかけたけれど、

「静かに。―やめなさい」

という苦々しげな校長先生の声に制された。僕はそのとき、梓お姉ちゃんのクールな顔に、すこしほっとしたような表情がうかんだのを、見逃さなかった。梓お姉ちゃんは、そんな拍手を望むような人ではないのだ。

 そんなことを思いだしながら、今回も生徒会選挙の情報だけをつたえきって颯爽と壇上をおりていく梓お姉ちゃんを、僕はなつかしく眺めた。となりの池内君が、

「なんだか日本刀で斬りかかってこられるような・・・ものすごい気迫だな」

とさすがに武術家だけになにか感じたのか、首をすくめた。それに僕が、

「ただしいよ、そのイメージは。梓お姉ちゃんは道場の娘だからね。剣道三段、むちゃくちゃに強いんだよ」

と応じると、

「梓お姉ちゃん!?」

と思ってもみなかったところに池内君がくいついたものだから、僕はあわてた。

「あ、いや、実はね・・・」

と僕が彼女と幼なじみであることを説明すると、池内君はようやく納得して、それから内心ちょっと気にかけていたことを聞いてきた。

「それで、彼女とは高校にはいってから、話したのかい?」

「いや。学年もちがうし、なんとなくその機会がないんだ」

と僕はいった。

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