第3話 多数決にはかかと落とし
それから、HRの時間になった。石川先生が、
「まず、学級委員長をきめなければいけませんね・・・誰か、立候補者は?」
と聞いて、だれも手をあげなかった。いつものことだ。しかたがなく先生が、
「では、推薦したい人は、いますか?」
というと、教室がざわつく中、ひとりの元気そうな女の子が手をあげた。
「愛内さんが、いいと思います。去年も同じクラスで、学級委員長やっていたから」
そういわれて、窓際のいちばん前に座っていた女の子がびくっと肩をふるわせて、それはさっきの、僕にまちがって話しかけてきた女の子なのだった。縁なしのメガネをかけていて、内気そうで、真面目そうで、たぶん成績もよくて、よくみると顔だちはととのっているのだけれど、なんとなくそれが目だたない。いかにも、学級委員長をおしつけられそうなタイプだ。
「ほかには?」
と先生が聞いて、もう誰もいなかった。
「では愛内さん、どうですか?」
聞かれて、愛内さんはもじもじしながら言った。
「・・・あのう、正直、私よりふさわしい人がいっぱいいると思いますけど・・・」
そのことばに、教室中にしらけた雰囲気がひろがった。ため息をつく奴までいた。それを愛内さんも敏感にかんじとって、いたたまれなくなっていることが、僕にはなんとなくわかった。内気な者どうしの勘だ。
「んー、でも・・・ほかにいますか?」
もうほんとうに形だけといった感じで先生がいって、先生もふくめて教室中が、もうはやく決めちまってくれよと思っていたのだ。その理不尽なプレッシャーが、愛内さんひとりの細い肩に襲いかかった。そして先生が、
「いないか・・・困ったなあ・・・」
とため息をついたとき、彼女はとうとう限界をむかえたように、そっと手をあげた。
「あ・・・じゃあ私、やります・・・」
愛内さんのそのことばに、安堵の拍手がひろがったけれど、そこに感謝の意はみじんもなかった。実際、
「やりたいんなら、もったいぶらないで最初っからやれよ」
なんてつぶやく奴までいたのだ。じぶんも明らかに加害者のひとりでありながら、ひどいなあ、と僕は愛内さんに同情した。しかし残念ながら僕自身、学級委員なんていちばんやりたがらない人間のひとりだったのだ。
そこからは愛内さんの司会進行で、図書委員だのなんだの、いろいろな委員を何人か決めなければならなかった。ここもなかなかに難航したのだけれど、どうにか決めきって、その場を締めなければならない立場に追いこまれた愛内さんの一言から、ちょっとした問題がおこった。彼女はクールに、
「みなさん、ご協力ありがとうございます。まあ、これらの委員は、活動も多くないので、そんなに大変になることもないと思います。だから、安心して、といいますか・・・よろしくお願いします」
といった。それに、図書委員になった、さっき愛内さんを委員長に推薦した元気な女の子がかみついたのだ。
「えー、そんなことはないよ。ウチ、去年も図書委員やったけど、本の整理とか、苦情への対応とかで、めっちゃ大変だったよ」
そのことばに、彼女の友達らしい、これは保健委員をひきうけた女の子が、
「そうだよー。べつに学級委員だけが大変なわけじゃないよ、みんな大変なんだよ」
と加勢して、彼女らの怒りが、なんとなく教室中に広がってしまったのだ。
(あー、ちがう、ちがう・・・)
僕は、まずいな、と唇をかんだ。ちがうのだ。たしかに愛内さんの言い方もすこし悪かったのだけれど、彼女のちょっとつめたい投げだすような話し方は、彼女の内気さから出るもので、悪意はまったくないのだ。伝えたかったことだって、大変じゃないから安心してねというメッセージだ。しかし、もはやほかの委員たちも、
「学級委員になったからって、いきなりそんなえらそうに上から目線で来られてもさあ」
「そうだよ。下で一生懸命やってるほかの人たちに失礼だよ」
などと怒りはじめ、教室中がそれにうんうん頷きはじめてしまっていた。愛内さんはといえば、つめたい視線を下におとして、かたまっていた。
(とことん損をするタイプだなあ・・・)
僕は、そんな彼女をみながら同情にたえなくて、なんだかそわそわしていた。内気さにも、いろいろなタイプがある。顔を赤くして、
「すいません。すいません。そんな意味じゃなかったんです・・・」
と謝りつづけるようなタイプなら、傷もそんなに深くならないだろう。愛内さんは、じつはそれよりもっともっと内気なのだ。彼女はもはや傷つききって、手や足のさきまで冷えきって、動けないのだ。そしてそれがまわりから見ると、冷たく開き直って、ふてくされているようにも見えてしまう・・・。
(こういうことが理解できてしまうじぶんの内気さも悲しいけど・・・)
僕はなんとか彼女を助けたくて頭をひねって、ここはじぶんも少しばかりは犠牲になるしかない、と決意した。こういう怒りには、要は水をさしてやればいいのだ。
「あ、ごめんなさい。じつは、僕図書委員ならちょっとやってみたいような気もしていて・・・。今さらなんだけど、ゆずってもらえないかなあ?」
なんていって、別のほうに話題をもっていけばいい。おそらく、なんとなくこの場はおさまるだろう。僕は、手をあげかけた。そこに、
ダアンッッッッッッ
というすさまじい音がして僕らはみんな椅子のうえで飛びあがった。何ごとかとみると、愛内さんのうしろの席の男が、椅子にすわって腕組みしたままで机にかかと落としをきめていた。驚いたことに、机はまっぷたつに割れていた。
(あれはたしか・・・)
池内薫クン。武術をやっていて、ケンカがめちゃくちゃに強いらしいというもっぱらの噂だった。それでいて不良グループに属するようなことはなく(そもそも僕らの高校は都立の進学校なのだ)、誰ともつるまず、まさしく一匹狼だった。先生さえも彼をおそれた。浅黒い肌に切れ長の眼がするどく光るイケメンで、栗色にそめた髪をポニーテールにしてうしろで縛っていた。そして池内君は、
「うるせえっ」
とまずは一喝してから立ち上がって、いった。
「てめえら、あいつに委員長押しつけといて、ちょっと失言したくらいでガタガタ言うんじゃねえっ。みんな大変?なら、てめえが委員長やってみろよ。みんな同じなんだろ?」
それから、フンとばかりに唇をゆがめると、続けた。
「気にいらねえんだよ。てめえら、さっきまで正義感に燃えたようなツラして気もちよく怒ってたじゃねえか。おい、えらそうなのに腹がたつんじゃないのか?今の俺なんて、まさしく上から目線でおまえらに話してるんだぜ。俺になにもいわないなら、さっきまでの正義面はウソだったってことになっちまうぞ。―どうした?なにも言わねえのか?」
すっかり静かになった教室をにらみまわすと、最後に吐きすてるように、彼はいった。
「―てめえら、ひとりになったら、怒ることもできねえのかよ」
そしてまたどっかりと椅子にすわって、腕組みしなおすと、彼は愛内さんにうながした。
「お騒がせした。―続けて」
「は、はい・・・」
そして愛内さんがあたらしい議題を提出して、そこからはすべてが粛々とスムーズに進行した。僕のほうはといえば、―やるねえ彼と、そのあとなんとなくニヤニヤがとまらなかった。
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