小宮が思えば、角野に思わるる


 

 なぜ戦う話になったのかは不明だが、漂う雰囲気からしてどうやら俺の態度が角野のツボに入ったらしい。


 その残念そうな顔とは裏腹に、優しく髪を撫でられている。



(こんな風に長く触られるのは初めてなような)


 すでに調子に乗ってはいたが、髪を撫でている角野の柔らかい雰囲気に更にどんどん調子が上がり、今のふわふわした状況を目をつむってしばらく堪能したあと、膝枕から体を起こして角野のすぐ横に立膝をついて座った。


(俺と付き合うの早まった、と思われてもいなかったようだし)


 後悔しているのではと不安で引き気味だった最近の悶々とした気持ちが消え、角野が言う所の無駄に格好つけた、無駄に自信がある小宮が素早く帰ってくる。




「そのりん、おいで」


 目の前の彼女に向かって甘く両手を広げ、俺の胸に飛び込んで来いと女子に人気の爽やかな笑顔で『さあ…』と促す。


「え、嫌です」


 いつものごとく素で即拒否されたが、分かってるから…とうんうん頷き手を広げたまま語りかける。


「園。そうやって逃げられると余計に構いたくなるから、素直に飛び込んできたほうが無難だぞー」


「え、嫌です」


 また拒否られたが、これは照れているだけだ。



 自己都合で勝手に即決し、両手を広げた体を前に出して勢いよくガバッと抱きしめ角野の肩に顔をうずめながら、ちょっとだけ思っていた事を面倒くさそうに伝えた。


「上戸との飲み会断ろうかな」

「はい?」

「今回のに参加したら、延々と誘われ続けそうな予感がするんで」


「なるほど。えっと、じゃあ、小宮さんのいいようにしてください」

「そうか。あと───」

「はい」


 肩から顔は上げたが、まだ抱きついたままで大げさにフーッとため息をつく。


「社長からの ”角野さんを大事にしてないでしょ光線” が毎日凄いんだけど、あれ何とかならないだろーか」


「あはははっ。なんですかそのウルトラマン的な攻撃は」

「俺、こんなに一途で誠実で、園を大事にもしてるのに酷いよな」

「ソウデスネー」

「そのりん、なぜ棒読み」


 楽しいがずっと抱きついている訳にはいかないんで、名残惜しい仕草で角野の体からソロソロと離れ、全身に抱きついていた両手を肩に置き直した。


「それはさておき。あの光線を止めさせるために、小宮に愛されてますアピールを社長にコツコツしていこう」


「え、そういうの一番苦手なんで無理無理~」

「………」


 手を横にブンブン振り断ってくる角野の肩に手を置いたまま、至近距離から目だけでつらさをジッと訴えていると、もの凄く嫌そうな顔で反抗されてしまう。


「そんな ”可哀想な俺” な顔をしてきても、無理なもんは無理ですからね」

「園、俺の立場も考えてみろ」


「えー大丈夫ですって。基本社長は格好よくて素敵な小宮さんが大好きですし」



 格好よくて素敵、を特に強調した笑顔の角野に背中をトントンと叩かれ、それに敏感に『ん?』と嬉しさ溢れる反応をしかけたのを隠すため、とっさに真剣な表情を貼り付けた。


「……まあな。よし、分かった。園も俺の事が大好きみたいだから、ここは俺らからにじみ出る幸せオーラで社長に納得してもらうことにしよう」


「大好き?」


 眉を寄せ不服そうにつぶやいた角野の言葉を、全く聞こえなかったフリをして両手を持ち、目を合わせながら握った手を自分の方へと軽く引っ張る。



 急にチャラっとした雰囲気が消えたことに軽く目を見開いた角野が、俺寄りの前かがみな姿勢になったところで二の腕へと両手を動かし、顔を角野の耳元に寄せたあとゆっくり首元へと近づけていく。


 すると、一連の動きを目で追っていた角野がふいに俺の頭へと顔を向け───焦った勢いで体をザッと斜め後ろに少し引いた。


 またどうせいつもの条件反射だと思い、迷うことなく今度は頬に近づいたが、次は横にサササッと本気逃げされる。


「え?」



(園、お前。いま二段階でちゅーを避けたな)



「あ、えっと……」



 なぜ今更避けるのかと戸惑う俺と目を泳がせている角野が、ただただ見合うだけの時間が数秒続き、それからふとこの気まずさを先に何とかしようと思い立つ。


(まぁまずは……)


 まだ触っていた角野の二の腕から両手を離し、作り笑顔でよっこいしょと立ち上った。


「園、ごめん。ビール飲みたいんで冷蔵庫、開けていいかな」

「あ、はい。どうぞ」


 俺が笑ったことでホッとした角野を横目に見ながら冷蔵庫を開け、お土産のビールを取り出してから部屋に戻り、テーブルにわざとコンと音を立てて缶を置く。


 その音と同時に角野が窺う感じで声を掛けてきた。


「柿の種とポテチありますけど、食べます?」

「食べる。あ、そこにあるインテリア雑誌みててもいいか?」

「いいですよ」


 立ち上がって台所に行った角野がガサゴソとおつまみを用意しているのを、雑誌を手に取りつつボンヤリと見ていたんだが、逃げた角野の姿を思い出すと徐々に徐々に気分が落ちてくる。


(なんでだ! と責める程でもないのが、また……)




 用意したおつまみをテーブルに置いた角野が再び隣に座っても気分が上がらず、無言で壁にもたれてお酒を飲み、雑誌を読んだりテレビを見たりをひたすら続けていたら、分かりやすく拗ねだした俺を角野が振り返って見てきたのに気づく。


「小宮さん。なんか機嫌、悪くないですか?」

「ん? いや全然」


「そうですか……あの。さっきのなら、嫌がって避けた訳じゃないんで……」

「へー」


(そんなざっくりした言い訳をされると余計に落ち込む)


 すまなそうにする角野に適当な返しをしてから黙り込み、怒っているのではなく乙女心ならぬ男心が傷ついた事を察してもらおうと、不機嫌さだけを延々とアピールし続ける。


 その重い沈黙状態のまま五分ほど経つと、角野は俺をチラ見してからいじっていたスマホをテーブルに置き、聞こえるか聞こえないか位のため息をついたあと、隣で胡坐をかいて座って雑誌を見ている俺の顔を冗談ぽくのぞき込んできた。


「小宮さん男前なんで、真顔だと怖いんですけど」

「怖い男前なのは生まれつきなんで」


 雑誌から視線をそらさず淡々と対応してくる俺にムッときたらしい角野が、テーブルにあるコーヒーを手に持って小さめの声でイラッとつぶやく。


「私、年上と付き合ったはずなんですけど」

「はい? 俺も年下と付き合ってると知っておる!」


 年上だから何なんだ! とキレ気味に返事をした俺に角野が肩を震わせた。


「ふ、知っておるって」


(武士かよ)


 俺も思わず自分で自分にツッコんだ。


 しかし角野はさすがに爆笑しちゃいけない場面だと理解しているのか、片手で口元を抑え必死に笑いを我慢している。


「………」


 言い間違いで場の空気が変に和んでしまったが、笑われた事にまた拗ねてしまう小宮36歳。


 そのせいで普段通りに戻るせっかくのタイミングを逃してしまい、しつこく無表情で雑誌を意味なくパラパラめくりずっと淡々と眺め続けていると


 そんな俺を見た角野も、諦めた感じにテーブルに向き直ってテレビに視線を向け、黙って座っているだけの時間が刻々と過ぎていく。




(そろそろまた構ってきて欲しいが、自分からちょっかいを出すのは悔しい)


 再びの沈黙状態が十分ほど過ぎた頃、もう角野が折れて先に『ごめん』と謝ってくれないだろうか……とかぶつくさ思っていると、目の前に突然そのりんの手とポテチが現れた。


「食べますか?」



 どうしようか。


 ここで意地を張って食べない…という選択肢を選ぶと、今後して欲しい時にアーンをしてもらえなくなるのが簡単に予想できる。


 ───仕方がない。ここは折れて食べてやることにしよう。



 そこで不機嫌さはアピールしたまま素早く口を開けて食べ、そして素早く口を閉める。


「柿の種も食べますか?」


 今度はお皿に盛った柿の種が目の前に出されたんで、黙ってうなずいたあとひとつかみ取り、テレビを見るフリで雑誌から顔を上げ静かにモソモソ食べていると、角野が俺の顔をのぞき込んで言った。


「もうちょっとしたら、お散歩にでも行きませんか?」


 とりあえずは不機嫌な顔をしてみせてはいたが、正直なとこもう仲直りしたかったんでこれ幸いと無言で「ん」とうなずくと、角野が俺から顔を背け肩を微妙に震わせている。



(いや、どう考えても子供扱いされている)


 ただ、でもまぁ。仲直りのためだろうし、好きな相手だからご機嫌を取ってくるんだろうし、今のそのりんの行動も可愛かったし。


 ───仕方がない、素直にこのノリに乗ってやろう。



 お散歩発言のあと楽し気に再びスマホを手に取った角野を横目に、ボソボソとつぶやいてみる。


「散歩行くまで、またゴロ寝しようかな」


 角野はスマホをいじっていた手を止め、愛想なく俺の方を振り向いてから小さく笑う。


「別にいいですよ」


「ん」


 偉そうにうなずきながら足に乗っていた雑誌をポンと床に投げ、座ったままズリズリと移動した。



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