焼けぼっくいじゃない方に火がつく


 

 ピッチピチの新入社員がオフィス街に溢れだす、桜な季節の四月。


 俺と角野が付き合いだした事は、

 社長もそろそろ何となく感づいてはいるらしく───



 というかな。


 告白をしてデートをし始めて俺らが段々といい雰囲気になってきた辺りから、恋愛バラエティを毎週欠かさず見ている視聴者ばりに、俺と角野の仕草や会話をドキドキワクワクしながら常に観察していた人だ。


 そんな乙女社長が、俺らの変化に気が付かない訳がない。




 しかし角野と付き合いだして三ヶ月目に突入したんだけれども、なんというか。

 最近、ボンヤリと考え込んでいる姿をたまに見るようになった。


 何度か「疲れてるのか?」と声は掛けたが、ボンヤリの理由について俺に相談する気は今のところ全く無い感じなんで、あまりしつこくせずにそっと見守り続けている…という状態だ。



 ただ、俺よりも社長の方が角野の変な態度に敏感に反応したのは、必然といえば必然。


 今日も社長はお出かけをする直前まで、『まさか、あんた浮気でもしたんじゃないでしょうね……』という両目をフルに使った疑惑ビームを、隠すことなくガンガン俺に放ってきていた。



 ……社長。それ濡れ衣なんで俺にビームを当てるのはもう止めてくれ。


 ボンヤリ考え込まれているとき以外は、以前のまんまの仲良しこよしカップルなんだ。というか、そんなに気になるなら俺の代わりに社長が理由を聞いてくれて全然構わないし。



 ただな。


 一緒にいる角野が考え事をしてるのを見る度に、俺と付き合ったのを後悔してるんじゃないかと不安になるし、なぜあの時「はい」と言ってくれたのかと疑問にも思う。


 それに、角野が好きだ…と確実に実感してから付き合ってる俺とは違い、向こうはまだ三ヶ月前と同じ程度の『好き』なのかもしれない。


 おっまさか、相変わらずキスから先に進めないのはそれが原因なのか?


 いや待て違う。

 『すぐには無理』と初めに宣言されたからだ……



 まぁ、清くない関係になるまでに時間を掛けるのは「待つ」と言った手前、別に構わない。半年以上先になることはないだろうし。───ないよな? 角野。


 とはいえ。もう少しスキンシップがあってもいい気がする。


 そう、たま~にでいいから向こうからギュッと抱き着いてきて「小宮さん好き」とか可愛く言ってくれないだろうか。もうこの際、百歩譲って邪険な物言いでもいい。


 一度くらいは角野に「好き」だと言ってもらって、心の安定を図りたい。






 真面目に仕事をしている角野を頬杖をついて切なげに眺めつつ、「惚れたもん負けだな」とか下らない事をウダウダ考えていたら、さっきから何なんですか…と言う冷たい視線で振り返られてしまう。



「ん? いやお兄さんの結婚、神前式だろ? なら、披露宴とかどうするんだろうと思ってた」


 ウダウダする前に話しをしていた、”お式に着物で参列するんで母親と打ち合わせ中” というのを誤魔化しに使わせて頂き、喋りながらよっこいしょっと体を起こす。


「あ、それ私も尋ねたら、一般的な披露宴ってのはしないみたいで、式に参列した親戚だけで料亭に行って豪華な食事会するらしいです」


「へー料亭か。でも、それなら後から二次会とかあるんじゃ」

「するみたいですよ。小さなレストラン借り切って」

「……ふーん。それ、園も参加?」


 前々から気になっていた人物が頭にフッと浮かび、つい無意識で一瞬の間を取ってしまったせいなのか、仕事をしながら喋っていた角野が手を止めて俺に視線を向けてきた。


「いえ。兄とお嫁さんの職場や学生時代の友人ばっかりみたいなんで、私は参加しないことにしました」


「へー。まぁ式と食事会で、すでにかなり疲れてるだろうしな」

「はい。それに、二次会のノリも苦手なんで」

「あーなるほど」



(よかった。そうか、行かないんだな)


 別に角野が祐くんと会ったとしても今更二人がどうにかなるとは思ってないが、気心しれた幼馴染だし二次会がきっかけで、また仲のいい友人に戻る可能性は否定できない。


 なので参加しないのならそれに越したことはないんで、ちょっと安心したし角野が人見知りで本当に良かった。



 机に置いてあったスケジュール帳をめくり予定確認をしているフリをしながら、つらつらと一人心から満足していたら隣からの視線をヒシヒシと感じる。


「どうした」


 角野の方を勢いよく振り返り機嫌よく笑いかけると、なぜか複雑な顔つきで「いえ」と首を微妙に傾げて苦笑いされた。


「なんか。意外に小宮さんが浮気したらすぐに気づくかも……とか思ってました」



 ───俺、そんなに分かりやすいだろうか。







 ********







 四月中旬の土曜日。


 三ヶ月記念と称した二回目のお家デートを角野家でするため、昼前に自宅を出て駅のホームを歩いている途中、半月ぶりに坂上からメールが入った。


『来週の金曜あたりに上戸と後輩の女性と飲みに行くことになった。小宮も誘えと言われたんだが来るか?』



 どうしようか。時間さえ合えば俺は行ってもいいんだが、まだボンヤリが続いている角野に黙って女性がいる飲み会に行くのはかなり躊躇ちゅうちょする。


 よし。ここは、角野にお伺いを立ててから返事をしたほうが無難だ。



 頭の中ですばやく考えをまとめたあと、坂上への返信は後回しにすることに決め、とりあえずは角野の家へと向かう電車に乗った。




「あのさ。ここに来る途中に坂上からメールがきて、上戸と後輩の女性との飲み会に誘われたんだけどな」


 家に着き部屋に入れてもらい、これから定位置になりそうな紺色のクッションに座りつつ角野に話し掛けると、小さな声でボソッと返事をされた。


「あーあの上戸さん」


「そう、あの上戸。でも、『女性がいる飲み会は心配だから行かないで~』って園が言うなら断ろうと思って……って、え?」



(なぜだ。なぜそんなに目を据わらせた冷たい視線で俺を見てくるんだ、そのりん)




 ・

 ・

 ・


 小宮さんの今の言葉に悪気が全く無いのが手に取るように分かるだけに、この冷ややかな視線を止めたいのは山々だし理不尽なのも気づいてる。


 でも彼女だと紹介されただけで、何もしてないうちから上戸さんに速攻でうっとおしがられた事実に結構落ち込んでるんで、その ”全く心当たりがない” というオトボケ顔が妙にムカツク……


 そういえばあの飲み会の時も、能天気に「ただいま~」と戻ってきた小宮さんに、はねた髪を直しつつ『上戸さんと合わない』と笑顔なく目で訴えかけてみたが、小宮さんのご機嫌がやけに良くなっただけだった。


 フォローする約束は……と思ったが、ちょっと可愛かったのであれは許す。



 ただ、半年程前に相談する女と浮気されて彼氏と別れることになった、そんな私の目の前で、


「また相談に乗ってね」

「俺で良かったらいつでも」


 とかいう会話を社交辞令でもしたのはどうなんでしょう。

 そこは「機会があったら」程度でいいんでかわしてほしかったです。


 上戸さんが、気に食わない女に息子を取られた姑のような視線で私を見ていたことに気づいて、助けようと気を遣ってくれた坂上さんの爪の垢を、一時間ほど煎じて二リットルほど飲んでみたらどうでしょうか。


 不特定多数に無駄な愛想を振るからいつも変な女を惹きつけて後からアタフタと困り、そして最終的には私が巻き込まれるハメになるんですよ。


 もう「バーカ」とか言っていいかな?



 でもたぶん「バーカ、バーカ」と本当に言ったとしても、小宮さんは軽く眉を上げて驚くだけで、怒ることなく『よーしよし』的な甘やかしスルーをしてくるのは目に見えてる……


 とか言いつつ小宮さんの事は嫌いじゃない。ただなぜか、前よりも好きになってくるにつれ付き合っていく自信も、敵と戦う気力も無くなっていくんですが……


 ・

 ・

 ・



「えーっと。まだ返事してないから、どうにでもなるぞー」


 沈黙状態を解消しようと少し体を寄せ、おどけたノリで角野の前に顔を出すと、角野は冷たかった視線を和らげ、手を胸の前で横に振って笑みを浮かべた。


「いえいえ。二人きりじゃないし坂上さんもいるんで、行ってきてください」

「そうか?」

「はい。あ、買ってきてくれたケーキ出しますね」

「うん」


 角野が立ち上がり台所へと向かうのを見送ったあと、この空いた時間に坂上にメールを送っておこうとスマホを手に取って承諾の文章を素早く打つ。


『飲み会、いまのとこ参加OK。もし仕事でダメになったらまた連絡する』



 送信を押したあとはのんびりとテレビを観ていたんだが、ふと台所にいる角野を見ると、手を動かしながらもボンヤリと何かを考え込んでいる様子だ。


(もの凄く気になる……)


 ここはもうお手伝いでもして気を紛らわせよう…そう思ってサッと立ち上がったとき、着信音が鳴る。


 どうやら坂上から早い返信が来たようなのでまたクッションに座り、テーブルに置いたままでスマホをタップしメールを読むと、角野への伝言もついでに書いてあった。


『分かった。詳細は後日連絡する。角野さんには三人だけの時に飲みに行こうな、と伝えといてくれ。じゃあな』



「園、坂上が『三人だけのときに飲みに行こう』ってさ」


 スマホから顔を上げボンヤリ角野に坂上からのメッセージを明るく伝えると、「え?」とこちらを振り向いた角野がすぐにパッと笑ってうなずく。


「あ、ほんとですか? 是非にって伝えといてください」

「………」


(園ちゃん? なんだその、とってもいい笑顔は)


 急に元気になったような角野の態度に軽くイラつきつつも、「伝えとく」と笑顔で答えてから立ち上がって台所へと歩いて行き、ケーキが載ったお皿を手に取る。


「園。ずっと気になってたんだけど、なんで最近ボンヤリ考え事ばっかりしてるんだ」


 角野は皿を持った俺を見上げると、目を大きく見開いた。


(しまった。イラつきが顔に出てたか?)


「そんなにボンヤリしてました?」


 角野は苦笑いして俺から目線をそらし、言い訳を考えている感じにうつむいて動きを止めてしまう。



 いやいや、責めたんではなく心配したんだ……と焦り、うつむいてる角野の顔をグイッとのぞき込んでから、普段のふざけた軽いノリで会話を仕切り直す。


「あーえっと。気づかぬうちに俺が重い男になってて、ウザイと思ってるとか」

「いえ、重いどころか、恐ろしいぐらい程よいですけどね」

「じゃ俺に大事にされ過ぎて怖い、とかいう幸せな乙女の悩み───」

「あはは」


 おかしそうに角野が顔を上げてコーヒーが載ったお盆を持ち歩き出しだしたので、安心した俺も後をついて歩き出し、ケーキとコーヒーをテーブルに交互に置いたあと仲良く定位置に座る。


(どうする。ここはずっと見守るだけにしてもいいんだが、聞きだした方がいい場合もあるんだよな)



「園。別に何もないならいいけど、何かあるんなら相談に乗るぞ」


 表情を観察しつつゆっくりともう一度尋ねると、目をスーッと細めた角野が「いえ大丈夫です」とフォークを手に持ち、ケーキを殺すかの勢いで力強くぶっ刺した。


「……あの、そのりん? 俺、今は邪険にされたくない気分かもしれない」

「それは『してほしい』という定番の前振り」

「……違う」

「じゃあ、頂きます」


 刺して切ったケーキを何事も無かったかのように食べ始めた角野はテレビの方へと視線を向け、


 俺も苦笑いしたあと同じようにテレビを見てコーヒーを飲んでいると、テレビに新入社員の集団がインタビューされているニュース映像が流れ、それをジッと見ていた角野がふいにしんみりとつぶやく。

 

「若いっていいですねー」

「うん、いいよな」


 角野が俺に視線を向けた。


「なんか私が言ってる意味と違うように聞こえるのは、気のせいでしょうか」

「……気のせいだろ」


(なんでそんなに、やけに突っかかってくる)



 コーヒーを置いてケーキを大きく切りながら、何がキッカケでこうなったのかと、今日ここに来てから起こった出来事を最初から思い出してみる。



 お土産のケーキとお酒を渡したまでは普通だった。


 で、座って坂上に飲み会に誘われたと伝えたあと、最近のボンヤリの理由を聞こうとした、だけのはず───なら、この二つのどっちかが原因だ。



 隣でまたケーキを食べ始めた角野を改めて振り返ってしばらく眺め、それから肩をツンツンと指でつついた。


「いま思ったんだけどな、どうせなら園も飲み会に行くか? たぶん大丈夫だろうし」

「いえ、今回は遠慮しときます」


 普通だ。じゃあ飲み会は関係ないとみた───ん? いや待て、さっき坂上からの三人だけの時に…という誘いには笑顔で行くと言ってたような。


「あっ。もしかして、上戸のこと苦手だった?」


 角野は一瞬だけ動きを止めて微かに悩んだ仕草をし、ケーキに視線を落としたまま小さな声で答えた。


「まぁ、はい」


 よっしゃ、当たりだ。これが突っかかってきた原因とみた。───が、いや待て。さっき後輩の女も来ると笑顔で言ってしまった。


 おっと、そっちも気にしたのかもしれない。



「なるほど。それで、実は飲み会に行って欲しくない……とか?」


 なんて答えるのかと気持ちワクワクして待っていると、再び悩んだ角野がまた小さな声を出す。


「まぁ、はい。でも、微妙にしかそう思って無いんで気にせず行ってくだい」

「分かった」


 返事の後もしつこく自分を観察してくる俺を、ほんとに嫌そうに見てきた角野とバチッと目が合ったんで、ふーん…と目を細めてニッと笑いかけたが、


 角野はムッとして俺からブンッと素早く顔をそらし、イラッとした仕草でフォークを皿に置いた。



───お、そのりんが拗ねた。



 思わず角野のそばに少し寄って手を伸ばし、寄ってくる俺に気づいてこっちを見てきた角野の頭をよしよしと撫でる。


「俺は上戸よりそのりんの方が大事なんで、今度また誘われた時は断るからもう拗ねるな」


 からかう気満々でウンウンと頷いてみせた俺に全力で否定する角野。


「いいえ、全然拗ねてませんから」

「はいはい、拗ねてないよな」

「だから違う……」


 頭にある手をペシペシと払ってくる角野が真顔になってきたとこで、やばい…と楽しくからかうのを一旦中断してお茶の時間を再開し、やっとこさ二人ともケーキを食べ終わったんだが───



(ソファーが欲しい)


 俺は彼氏のはずなんだが、そばに寄ろうとするとなぜか角野に警戒されるんで、無理なく自然な流れでイチャイチャだらだらと過ごせ、いざというとき押し倒しもしやすいソファーがこの部屋に欲しい。


 ……まぁそれだけが目的ではないが、あってムダにはならないだろう。



 洗い場にお皿を置きに行ったその背中を眺め、いつものごとくウダウダしていたら角野が戻ってきたので、さっきまでの雰囲気を変えるために…という言い訳を自分にし、狙っていたアレをしてもらおうと気だるげな姿勢で口を開く。


「園。俺、ちょっとゴロ寝したい」

「いいですよー」


 しかし、俺がズリズリと座った状態で移動してくるのを見て角野が動きを止めた。


「何してるんですか?」

「ん? 恋人っぽく膝枕をしてもらおうと」


 言いながら膝の上に素早くドーンと上向きに寝ると、角野に邪険にされる前にこっちが先に不機嫌な顔を作る。


「というかな。なんで俺が近寄るたびに毎回そんなに警戒するんだ」


 不服モード全開でワザとらしくぶーたれてくる俺を数秒黙って眺めた角野が、ニンマリと口元を緩めたと思ったらおかしそうに笑いだす。


「あははっ、いえそれはあれです。小宮さんが理由なく寄ってくるときは何かを企んでて危険だ、と体が勝手に判断してまずは逃げようと動くクセが」


「ふーん。付き合うの早まったと思われてるのかと」


 不服感満載でブチブチ大人げなくごねていたら、自分が彼女だということを角野が思い出したようで、膝にある俺の頭に手のひらをのせて一度撫でてからフンッとまたおかしそうに笑われた。


「それは思ってないですけど。ただもう小宮さんのお友達に会うのは、どうしても必要なとき以外は避けたいなーとは考えてました」


「なるほど。───あ、坂上もか?」

「あ、いえ。坂上さんは平気です」


 今度は違う意味で不服感満載になったが、ここは ”嫉妬などしない余裕ある大人” としての俺を角野にみせるいい機会……


 だとは思うが、今更なんで素直に大人げなくまたごねた。


「ふーん。お前、実は俺より坂上の方が好きだろ」

「あははっ。坂上さんの方が好きだったら、小宮さんと付き合ってませんって」


「……ふーん。俺の方が好きなんだ」

「えーっと。まぁ、そうですね」

「ふーん」



(へー。ふーん。……まぁな、期待してた可愛いのとは違うが、そのりんは俺のことが好きだって言ったんだよな)


 嬉しいのがバレないよう心の中だけで思いっきりジタバタ喜び、顔の方は不機嫌状態を保っていたはずなんだが、


 突然ブホッと大きく吹き出した角野が膝に寝てる俺に顔を少し近づけ、それから残念そうにため息をつきながら髪をゆるゆると撫でてきた。


「なんか、戦う気力がちょっとだけ沸いてきました」




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