新たな敵認定?
店内に入って小宮が「予約してた小宮です」と告げると、女性店員に薄い壁で区切られただけの半個室席に案内された。
「こちらへどうぞ」
テーブルに向かって手を差し出した店員に、小宮がのぞき込む仕草で「ありがとう」と優しく労わるように微笑む。返事の代わりに店員は照れた笑顔を浮かべ視線を軽く下げた。
(───小宮、お前は相変わらず愛想がいいな)
はにかみ笑顔の店員をイラッとチラ見してからその流れで角野さんを見てしまったんだが、なんというか。少し残念な人を見る目で小宮の横顔をじんわりと眺めている。
(あれは、ホント若い女の子が好きですね、という生暖かい視線……)
ここは友人として小宮のフォローをするべきか否か。
ただするにしても、何といってフォローすればいいのか。
真面目に悩んでいる俺の気持ちなんぞつゆ知らずの小宮は、確実にさっきのキラキラ笑顔に興味を持ったであろう店員の前を颯爽と横切り、案内された個室に入ると笑顔でパッと後ろを振り向いた。
が、そこでじんわりと自分を眺めている角野さんにやっと気が付いたようだ。
えっ…と軽く目を見開くとしばし固まる感じで動きを止め、どうした? と不思議そうに俺を見てくる。
(知らん。俺を頼るな)
しかし基本的に優しい俺は、気持ちとは裏腹に小宮を無視することなく、分かりやすく店員の方へと視線を向けてワケを教えてあげた。
すると何を思ったか、小宮はふいにもの凄い上から目線で「フフン…」とご機嫌に笑い出し、彼女の背中にちょっと偉そうな態度で手を添えると、前に押す感じでトンとゆるめに叩いた。
「奥の席、どうぞ」
一瞬の間のあと、そうでなくて…という表情になった角野さんに、またフフン…と小宮が得意げに目を細め「ほら」と奥の席を薦める。
「はい」
諦めた声で返事をした角野さんが奥へと向かおうと一歩足を出したとこで、小宮が彼女が腕に掛け持っていたコートをさりげなく奪い雑に言い放つ。
「掛けとく」
「え。あ、すいません」
角野さんはお礼を言ってから椅子を引いて浅く座ると、窺う感じでそっと小宮に視線を向けておかしそうに小さく笑い、それからまだ個室の入り口で立っていた俺と上戸の方を見てきた。
小宮はコートをハンガーに掛けつつ角野さんの動きをこっそり見届けていたらしく、窺う視線と笑みに気づいた瞬間そこで上から目線がもろくも崩れ、彼女の後頭部を見つつヘラっと甘めに微笑んだ。
「やだ。なに、あの可愛い男前……」
小宮が角野さんに所々でデレる度、クラクラッと恋に落ちている上戸を横目に、俺も「上戸、奥へどうぞ」と親切に告げてから小宮の前の席に静かに座った。
上戸と俺に続き小宮が最後に席に座ったところで、俺がテーブルに置かれたメニュー表を一つ取り小宮に「ほい」と手渡す。
「とりあえずは、各々好きなのを適当に頼むか」
「そうだな」
角野さんと自分の間にそれを立てて開くと必要以上にグイッと顔を寄せ、再びの上から目線で「なに食べる?」と一緒に選びだした。
「
「最初はビールにしといて、桂花は後で頼めばいいんじゃないか?」
邪険に言い切ってからメニューの字をパパッと目で追った小宮は、「俺はくらげの冷菜にする」とすぐに品を決めて隣を改めて振り返り、ぶっきらぼうに聞く。
「決まったか?」
「うーん。海鮮炒めとあんかけおこげ、どっちにしようかと」
真剣に迷いまくっている角野さんの横顔をしばらく眺めた小宮は、呆れた様子でメニューに視線を戻したあとフンッと苦笑いし、困った子を諭す感じで軽く顔をのぞき込む。
「写真でみたとこ、ほぼほぼ同じ料理っぽいから、俺が好きなおこげがついてる方にしろ」
「いいですけど。カリカリのもの、ほんとに好きですね」
「丈夫な歯なんで。そうだ、今日も女子っぽく最後にデザート食べるんだよな」
「……女子っぽく、は余計では」
相変わらず態度は偉そーなままの小宮だが、どうも愛しさが隠しきれなかったようで、からかいに角野さんがムッとしたとこらへんで口元が微かにほころんでしまっている。
(いや小宮。彼女をかまいたい気持ちがダダ漏れ───)
慣れた雰囲気でサッと注文を決めた二人の前で俺は遠い目になりかけ、上戸は「やだ、あの表情は反則…」とメニューの影でつぶやく。
そんな俺らに小宮がブンッと勢いよく顔を向け尋ねてきた。
「そっちは決まった?」
「おう、俺は決めた。上戸は?」
「うんエビチリにする」
「上戸も最初はビールでいい?」
にっこり笑い掛けてきた小宮に「ええ」と上戸が張り切って可愛く首を傾げると、小宮は店員を呼びさっさと注文を済ませる。
そして注文を聞いた店員が立ち去った数分後にビールが運ばれ、全員がグラスを手に持ったところで俺が音頭をとった。
「じゃ、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
乾杯の挨拶を終えそれぞれがビールを飲みだしてしばらく経った頃、角野さんが「すいません」と立ち上がってから軽く頭を下げ個室を出て行くのを何気に皆で見送る。
そして角野さんの後ろ姿が見えなくなったとこで、上戸がワクワク顔で質問を開始した。
「ねぇ、いつから付き合ってるの?」
「ん? 二ヶ月ほど前からかな」
(なんだ? その、いかにもイイ男風な喋りは)
何でもない事のように投げやりに答える小宮に心で大爆笑しながらも、俺も上戸の恋バナに乗っかることにし半笑いで参戦してみた。
「小宮。でも、スルスルっと逃げられたまま、にならなくて良かったなー」
「え、小宮くんが追いかける側だったんだ」
「そう。こいつはな、日々涙ぐましい努力を───」
「坂上。とりあえず一度、黙ろうか」
今日二度目の凍えた睨みを俺に利かせた小宮は、会話の流れを変えるべく速攻で上戸に話を振ることにしたようだ。
「上戸。俺らに相談があったんだろ?」
「あーうん。でも緊急性はないから後でいい。あの大人しそうな角野さんと小宮くんの馴れ初めの方が興味あるし」
「や。それな、俺が小一時間は語れるぞ」
「坂上。お前が語るんじゃない」
真顔で淡々と不機嫌に小宮は俺を止めてきたが、またとないこの機会に今までの仕返しをしておこうと俺は笑顔で身を乗り出す。
「小宮、経緯は正直に話すべき───」
張り切って口を開いたそのとき、小宮のスマホから着信音が高らかに鳴った。
「………」
「ごめん。外、行ってくる」
相手を確認した小宮が俺らに謝りつつ席を立ち歩いていくのを、角野さんの時と同じく上戸と何気に見送っていたら、小宮とちょうど戻ってきた角野さんとが個室を出た先の廊下ですれ違う。
スマホを手に持っている小宮を見た角野さんは、どこに行くのかをすぐに察したらしい。「いってらっしゃい」という笑顔で小宮に手を振って見せただけですぐに歩き出し、そのまま個室へと帰ろうとした。
すると小宮が進行方向をふさぐかのように壁に片手をドーンと当てて彼女を引き留め、振り返ったその耳元にスッと顔を寄せると何かを真剣に喋っている。
角野さんは少し戸惑っているが、ゆっくりうなずき小宮に言葉を返す。
「あいつ、なんであそこで壁ドンとかしてるんだ」
やけに目立ってるだろ……と呆れる俺の隣で、上戸がうっとりとため息をつく。
「うわ、イケメンの壁ドンからの顔寄せ。自分じゃなくてもテンション上がる」
「上戸。……お前、今日は一体どうした」
───後から聞けば、このとき二人はこんな会話をしていたそうな。
「お腹空いた、園は?」
「はい空いてますけど、それをそんなにカッコつけて言う必要あります?」
「お帰りなさい」
小宮の素敵な壁ドンから解放され、静かな足取りで個室に戻ってきた角野さんにニッコリ笑い掛けた上戸は、次に俺の顔を見てから当たり障りのない会話を開始した。
「角野さんはどういう仕事をしてるの?」
「営業事務で、社長や小宮さんの補佐的な感じです」
「へーそうなんだ」
当たり障りのない会話をして五分ほどが経ち角野さんも場の雰囲気に慣れてきた頃、上戸が角野さんに向かって笑顔で手招きをしつつ身を乗り出す。
「ねぇねぇ、小宮くんと付き合って二ヶ月らしいけど、まだ敬語なの?」
「えっと、はい。ずっと敬語だったし、なんだかんだ言って年上なんで、今更急にため口にはしづらくて」
コクと頷いてから喋った角野さんに、遠慮ない先輩ぶった態度を前面に出して次の質問をする上戸。
「なるほど。でも今でこそちょっと老けて落ち着いた見た目になってるけど、小宮くんはまだまだモテそうだから彼女としては心配でしょ」
「あはは。まぁ確かに切れ間なくモテてるんで、心配と言えば心配ですが」
「そうだよねー。さっきも店員の子を気にしてたもんね」
おかしそうに首を傾げる上戸に対して、「あーあれは」と苦笑いで濁した角野さんを見た笑顔の上戸が、少しだけ責めるニュアンスでたたみかける。
「で、やっぱり今日は彼氏が心配でついてきた感じ?」
「……え?」
(え。───おいおい)
女性同士の会話をビールを飲みながら黙って聞いていたが、すぐに返事をせず眉をよせて戸惑っている角野さんの様子に、焦った俺が手を横に振りつつ素早く二人の会話に口を挟む。
「違う違う。上戸が来ると聞いた小宮が『じゃ角野も呼びたい』という流れで今日は来たんだ」
「あ、そうなんだ」
「そう。それに心配するような相手いないだろ───」
俺がいらぬ誤解を解こうとして何気に吐いたセリフに、思いっきりムッとした上戸が何か言い返そうとした、のと同時に小宮の低音が個室に響き渡った。
「ただいま」
戻ってきた小宮は個室に漂う微妙な空気に気づいたようで、ん? という表情になり、問いかける感じで俺らを順番に見ながらゆっくりと椅子に座る。
小宮は最後に角野さんに視線を合わせたが、角野さんは尋ねるようなその視線を程よく無視し、表情を変えることなく自然な感じで小宮の頭にスーッと手を伸ばす。
「お帰りなさい。外、風がキツかったんですか?」
淡々と聞いてから体を前に出した角野さんが、小宮の少し乱れ気味になっている部分の髪を撫でつけて直すと、髪を直された小宮はニンマリとした笑みを浮かべ偉そうに答えた。
「うん、キツかったな」
(……小宮。偉そうにしてても、嬉しさがダダ漏れ)
世話焼いてもらっちゃった、てな分かりやす過ぎる小宮のデレ姿を見てまた遠い目になりかけたとき、店員が料理が乗ったカートをカラカラと引いて元気よく現れる。
「お待たせしました!」
やっとこさ料理が配膳されたんでついでにお酒の追加注文をしたあと、「いただきます」とそれぞれが適当に料理を取り分けだし、先ほどまでとは違い皆で仲良く談笑をし始めた。
料理を食べ始めてから一時間ほど経ち、小宮が自分の近くにある ”麻婆豆腐” をせっせと角野さんの為に小皿に盛っているとき、上戸が唐突に角野さんに話し掛けた。
「二人は普段は何て呼び合ってるの?」
「あ、えっと」
ずっと俺ら同期三人の会話を静かに聞いていた角野さんは、麻婆豆腐をすくう手を止めて自分を見てきた小宮をチラッと一瞥してから返事をする。
「呼び方……。私は『小宮さん』ですね」
「え。二人のときでも?」
「はい」
「で、角野さんのことは何て?」
そこでちょっと何か迷った様子をみせた角野さんだったが、ふいに面白がった表情になると笑顔で口を開いた。
「えっと、小宮さんは『そ──」
「俺は『その』って呼んでるよな、角野」
答えの途中で邪魔するかのようにマーボーがこんもり載った小皿を角野さんの前にドンッと置いた小宮は、おい! てな咎める視線で角野さんの顔をのぞき込んでから首根っこを軽くつかんだ。
(そうか、聞かれたら恥ずかしい呼び方をしてるんだな小宮……)
かなり興味が湧きもの凄くからかいたくなったが、ここは大人の礼儀として気付かなかったフリをしよう。俺が優しくて良かったな小宮。
目の前にいる小宮が角野さんにワザとらしい不服顔でちょっかいを掛けている姿を、またまた遠い目になりながら眺めていたらば、隣から悲し気なつぶやき声が聞こえてきた。
「付き合いたて、っていいよね。幸せそうで」
思わず隣をサッと振り返ってみると、上戸が悲壮感たっぷりにチューハイのグラスを両手でギュッと持ち、俺に負けず劣らずの遠い目をしている。
(……上戸。不幸オーラがバンバン出てるぞ)
「上戸、相談があったんだろ。よかったら今から聞くけど」
あまりの悲壮感に心配になったのか、角野さんへのちょっかいを中断し上戸の方へと体を向けた小宮が、優しい笑顔で手を伸ばし肩をトントンと叩いて慰め始めると、上戸は目をキラキラっと輝かせて切なげに悩みを語り出す。
「実はね……」
そして、それをしばらく隣から見ていた角野さんの目は、徐々に生暖かいものとなっていった。
飲み会が終わり、小宮は角野さんと一緒に電車で帰ると言うので、タクシーで帰るつもりの俺と上戸は最寄り駅に着いたあと二人と別れ、近くにある乗り場に向かう。
タクシー乗り場に無言で向かっている途中、突然上戸が両手を上にあげて大きく伸びをしながら気持ちよさそうに言った。
「今日はイケメン補給してかなりときめいたんで、帰ったら夫に優しくできる気がする。あー、月一で小宮くんに会いたいわー」
「なんで、小宮にときめいたら旦那に優しくできるんだよ……」
「ただモテる男って、やっぱり最終的にあーいう地味なタイプに落ち着くんだね」
俺の呆れた返事を綺麗にスルーし、気のせいでは無い嫌味を吐いた上戸にため息交じりで言い聞かせる。
「まぁ角野さんが地味だとしても上戸には関係ないし、小宮が幸せそうだから別にいいんじゃないか?」
「ふーん。でも何か、あの二人見てると妙に邪魔したくなるのはなんでだろ?」
「……上戸、お前な」
「ふふーん」
「ふふーんって……」
(今のこの上戸の態度を、小宮に見せてやりたい)
俺は心の底からそう思い、とりあえず今後も小宮を呪っておこう───と決心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます