理想の身長差


 

 まぁ小宮さんが体温高いのは事実だし……という不本意そうな角野の頷きを見たあと「そうだろ~」と笑いかけ、DVDの再生が始まったテレビ画面へと視線を向けた。


「……お、新作予告だ。早送りするか?」

「します」

「分かった」


 体を起こしつつ角野の肩から手を外し、リモコンを右手で持って早送りボタンを押しながら左手でコーヒーを飲む。


 一分ほどで映画本編が画面に現れたんでコーヒーとリモコンをテーブルに戻し、また壁にもたれ角野のそばに寄り添って座ったとき、気づいた。



 ───おや?

 そういや、なんか今日は角野が妙に素直なような。



 イチャイチャ出来るようわざと狙って色々動いていたのは確かだが、隙間なくベッタリ寄り添っているという今の状況を改めて見直す。


(これは角野が嫌がりそうな体勢……のはず。しかし受け入れられている)


 あ、俺からの「あーん」は拒否はされたか。


 いや、違う。いつものように冷たい視線を浴びせてこなかったし、キスされそうになっても思いっきり逃げようとはしてなかった。


 俺はいい男的なアホな事を言っても、後ろから許可なくハグしても笑って優しく返されただけで、それに宅配がキッカケとはいえ今までほとんど話さなかった元カレとの近況まで教えてくれたし。



「………」


 自宅で二人っきり、だからなのだろうか?

 それとも俺が彼氏ということに違和感が無くなってきてるのか?


 というか。


 なぜ俺は今、『冷たく邪険にあしらわれないとちょっと寂しい』とか思ってしまったのか。




 真っすぐテレビを見ている角野を何度もチラ見していると、普通のトーンで「どうしたんですか?」と尋ねられる。


 すでに映画を観始めてしまっているんで、このまま静かに鑑賞するのが礼儀的には正しいんだろうが、なんだか無性にいつも通りの邪険な扱いをされたくなってきてしまう。


「あーいや。うん、そのりんは耳も可愛いな…と」


 正直、角野の耳に全く興味は無い。

 無かったんだが、急に構われたくなりとっさに無駄なちょっかいを掛けた。


「……はい?」


 映画に集中していた角野が『唐突に何言ってんだ?』てな戸惑い顔で勢いよくブンッと振り返ってきたので、ここぞとばかりに耳たぶを素早くつまんでちょっかいをかけ続ける。


「でもな、おでこも鼻も眉毛も口も、全部可愛いと思う」


 耳たぶから手を離すと今度は角野の前髪を触り、手のひらで滑らすように前髪を上げおでこを出したあと優しく顔をのぞき込む。


「……はい?」


 段々とイタイ人を見る目つきになってきている角野のおでこから手を離し、スッと顔を近づけた。


「あ。そのりんも俺のおでこに触ってみ───」

「触りません」

「え、こないだ映画館で触りたそうにし───」

「してません」


 かぶせ気味というか、もの凄い早さでツッコミを入れられた事に心の中でほくそ笑みながら、角野がまだ持っていたマグカップを奪いテーブルに置く。


「そういや、お家デートで映画鑑賞といえば手をつなぐのが定番だよな」


 嘘くさい真剣な顔で言うだけ言いジッと反応を窺っていると、角野は俺から視線をそらしテレビがある正面に顔を向けた。


「つなぎません」

「俺はつなぎたい」

「無理です───って、なんで手を握ってるんですか!」

「手が勝手に動いた」



(やばい。邪険にされた方が、普通にイチャつくより楽しい)



 ペチペチと自分の手を持っている俺の手を叩き抵抗してくる角野のことをちょい爆笑して眺めつつ、今度はからかっていない甘いだけの雰囲気を出す。


「園ちゃんの手が温まったら離すんで、とりあえず映画観よう」

「いえ。カイロがあるんで、すぐに離してもらって大丈夫です」

「カイロ?」

「はい」


 角野が俺の背後を指さしたんで、その指の先にあったカゴの中を見ると本当にカイロが入っている。


「………」


 握っていた手を離し、無言でカイロを一個手に持つ。

 角野の前に俺の手とカイロを掲げたあと、真面目に聞いた。


「彼氏の右手とカイロがここにあります。温まるなら、そのりんはどっちを選ぶ」


 すでにもう面白がっている角野に素で即答されてしまう。


「迷いなくカイロで」

「却下だ……てか、ちょっとは迷え」


 静かにカイロをカゴに戻すと角野が今日一で楽しそうに笑ったんで、つい調子に乗ってまた手をつなごうとすると「映画、巻き戻して下さい」と冷たくあしらわれた。









 あれからはちょっかいを掛けることなく映画を観終わり、買ってきていた惣菜で夕飯を済ませた20時ごろ。



 そろそろ帰るか…と立ち上がった俺について歩き、玄関で靴を履こうとした角野を止める。


「あ、ここでいい」

「え?」


 慌てたように見上げてきた角野に微笑みながら、うんと頷く。


「たぶん外寒いし」

「そうですか」


 このあと会話が途切れ、まだ別れるのが惜しいという視線が絡み合った───気がしたんだが、角野は俺の視線からススッと逃げサッと顔を落とした。



(いやいや。場の雰囲気は、いい流れになってるんだけどな)



 普段ならここでお別れのキスぐらいは当たり前にするんだが、それを避けるかのような角野の態度を見て今日はもう諦めた。


(そう、角野に対しては焦らず、本気でゆっくり迫った方がよさそうだ)


 ただ「じゃこれで」とこのまますぐに帰るのが惜しいのは確かなんで、靴を履き直すふりでしゃがみながら明るく話し掛ける。


「来月のホワイトデーは俺の家で過ごす?」

「そうですねー、何にもしないんなら行きます」

「なるほど……まぁ、そこは追い追い考えるということで」

「あははっ」


 玄関で片足の膝をつけてしゃがんだまま顔だけを上げ楽しく喋っていると、角野がふいに小さく笑った。


「いつもは見上げてるんで、たまに見下ろすとなんか新鮮ですね」

「そうかもな」


 何だかそこで妙に角野に触りたくなってきてしまった俺がチョイチョイと真顔で手招きすると、角野が「なんですか?」と屈んで顔を近づけてきた。


「ちょっとごめん」


 両手を角野の脇にするっと差し、力を入れずに背中に手を当て抱き寄せる感じで立とうすると、自然と角野も俺の両腕を持ったんで、体を寄せ合った状態で仲良く立ち上がったあとお礼を言う。


「どうも」


 さっきまでとは反対の、慣れたいつもの身長差が現れたことで普段通り俺が角野を見下ろし、お礼の言葉につられたように角野が無防備に俺を見上げ「いえ」と優しく答えた瞬間、吸い込まれるように目と目が合い全くそらせなくなる。



(おっと、これは───)


 焦らずゆっくりいこう…と決心した途端に、こういう機会が訪れてしまうとは。

 きっとここは押していい場面だ。だが、いくべきかどうか。



「………」


 ただ、瞬時に「どうする」と思いっきりためらったはずが、恐ろしいことに俺の手は無意識に角野の髪を柔らかく触っていたようだ。


(しかし、一日に二回の失敗はさすがに……)


 男のプライドを賭けた心の葛藤を隠しつつ、とりあえずは余裕たっぷりの小宮を装い愛おしげに髪に指を差し入れる。


 差し入れた指で髪をクシャっと握ると、気持ちが読めない微妙な表情を角野にされたんで反応に困り、眉を寄せて何となく微笑めば角野も困ったのか小さく笑う。そして同時に笑みが消えたそのとき、恐る恐る顔を寄せた。



 かなりの至近距離で動きを止め、問いかけるように角野の様子を一旦窺うと、窺われたのに気づいたのか伏し目がちになっていた角野が視線を上げ、微かに背伸びをして俺へと近づく。


 俺から逃げず背伸びをして数センチ寄ってきた、その仕草を角野がしてくれた事に勢いづき、唇に重ねるだけの軽いキスをしたそのあと、うつむき加減になった角野からゆっくりと体を離し、髪をもう一度撫でながらまた至近距離で顔を眺める。


(───大丈夫そう、だ)


 髪を撫でた手を素早く動かし後頭部に添えると、今度は力強く角野を引き寄せた。







「フフフフン……」


 まるで初彼女と初ちゅーした中学男子ばりに、とても機嫌よく駅までへの道を鼻歌交じりでルンタッタッと歩いている途中、ふと「また月曜日に」と玄関先で手を振っていたさっきの角野を思い出す。



 ───可愛かった。



 それにずっと一緒にいても窮屈じゃないのがいいよな。

 次のお家デートでは膝枕をお願いしてみようか。

 いや、俺の膝の上にのせてギューってするのも捨てがたい。


 あー角野が作った料理を食べたいな。作ってくれるだろーか。

 待て。俺の家に来るなら、俺が作った方が彼氏としての好感度が上がるか?



 幸せ気分でこれからの付き合いをアレコレ妄想して歩きながら、まずは「小宮さんが好き」と言わせることを次のささやかな目標にしよう……とほのぼの考え、


 あとはまぁ、気長に待つのは待つが、この際「早めの押し倒し」も狙っておこう…とグッと自分に気合いを入れた。



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