成功させたいイベント (2)
(ま、誰が聞いてもさっきのセリフは『嘘くさい』と思うよな)
角野の両手を持ったままどっか遠くで自分で自分に呆れながらも、顔だけは真面目に「ごめんなさい」てな真剣な面持ちで見つめ続ける。
すると角野が「ふんっ」と諦めた感じの笑いを吹き出し、苦笑いで首を傾げた。
(やばい。付き合い始めて初のデートで、彼女がすでに諦めの境地に達している)
「まさか、さっきの全く気にしてない、とか?」
これまたワザとらしく思われるのでは…とか思いつつ、角野の顔色を窺う感じでおずおず小さく尋ねると、角野は驚いた風に両方の眉を上げたあとまた苦笑いをする。
「はい? いえまぁ、全くじゃないですけど……あーいうの、小宮さんらしいですし」
「俺らしかった、か?」
「らしかったです」
不審げな俺の返事に、はっきりくっきりと頷いて肯定した角野はスマホへとすぐに視線を戻しメールを再び打ち始めた。
(……てか。怒ってくれた方が嬉しかった、かもしれない)
少しだけ悲しい気分になってきてしまったが、それならそれで…と気持ちを切り替え俺もスマホへと視線をドンと落とし、何事も無かったかのように話の続きをまったりと再開することにした。
「で、バレンタインはどっちの家に行く?」
「あ、忘れてなかったんですね」
「うん、忘れてなかったな……」
変にこじれてきている寂しい気持ちを悟られないよう、ずっとスマホから視線を外さず淡々と喋っていると、角野がフイッと俺の方を向き戸惑った口調で聞いてくる。
「へー。小宮さんが実はイベントにこだわる派だったとは、なんか意外」
「……そうだろうな。ただ俺のお薦めは角野んち、だから」
「えー、なんでですか?」
「ん? 帰る時間が遅くなったとき、無事帰れたかどうかを心配する手間が省けるだろ」
「なるほど」
「あ、泊りでいいんなら俺の家でもいいぞ」
「………」
軽いノリで発したセリフに返事がなく黙られたままなのが気になり、顔を上げて角野を横目でそっと窺うと、ぼんやりとした視線ではあるがどうも俺を値踏みしているようだ。
(もうほぼ恒例の行事となってきているが、一応はこう言っておこう)
「そのちゃん。例え泊りでも、なーんにも、なーんにもするは気ないぞ。家で一緒にまったりしたいだけで」
「ふーん」
「………」
だから角野。俺はただ単に、二人っきりの自宅ならイチャイチャしてくれるかも、と思いついただけなんだ。
でもまぁな。確かにキスくらいはできるかもと、ちょっとは思った。
思ったけどな……
だが決して、そのよこしまな気持ちをお前に悟られる訳にはイカナイ。
「角野。俺は世間様に顔向けできないエロエロな事を無理矢理には絶対にしないし、それに今の時点での最大の目標は、お前と腕を組んで歩くというささやかな───」
「あはははっ」
なぜか俺の
「そのりん。それ、笑いすぎだろ……で、結局、どうするんだよ」
ちょいイラッとした俺の投げやりな言葉に、本気笑いで出た涙を指でぬぐっていた角野がうんうんと頷きながら笑いを含んだ声を出す。
「いえまぁ、お家デート自体は別に構わないんですけど」
「そうか。じゃ、角野家でのデートは決まりでいいんだな」
「あははっ」
まだ笑って確実な返事をしない角野を困ったように見たあと、そろそろ夕飯の予約時間が…とスマホの時計を指さしながら立ち上がったとき、柔らかくサッと腕がつかまれた。
はい? と横を振り返り、俺の腕をつかんでいる角野を不審げに見下ろす。
「なに?」
「いえ、こうするとソファーから立ち上がりやすいんで。それにこのまま何となく腕組んで歩けるかなー、とか思って。嫌なら離しますけど」
「……離さなくていい」
「あはははっ」
************
なんやかんやで楽しく過ごしたあの映画デートから二週間後の今、こうなっている。
「お邪魔します」
「はいどうぞ」
早めのお昼を外で食べ、二人でまったり過ごす為の買い物をしてから家へと向かい、部屋の鍵を開けた角野のあとに続いて玄関に一歩足を入れた。
なんだかちょっと緊張をしている可愛い角野の背中越しにヒョイと覗き込み、部屋の中をザッと確認する。
押入れがある和風な1DKで、ソファーもベットもなく、ちゃぶ台っぽいローテーブルにシンプルな色違いの四角いフロアクッションが二つ、全体的にさっぱりとした印象の───というか
「部屋に色気が全く無い!」
「……はいはい、すいませんね」
流れ作業で俺の失礼な言葉をかわした角野が、ムッとした顔で振り返ってきた。
「あ、いや」
悪い意味で言ったんじゃないんだと焦ってしまい、上手い言葉を考える前に適当なフォローをとっさにしてしまう。
「違う。これはこれで、実家に帰った感じで落ちつくからいいよな、という意味で」
「これはこれ? ……すいませんね。所帯じみてて」
「あっはっはっ、確かに……あ、いや。ごめん……」
玄関でのひと悶着のあと無事部屋へと入れて頂き、紺色のクッションが置かれている場所に「どうぞ」と座るよう薦められたんで、もう余計なことは言わずそこに「はい」と素直に座る。
俺が大人しく座ったのを見届けてから角野は定位置であろう黄色のクッションの上にちょこんと座り、スーパーの袋から買ってきた物をゴソゴソ出し始めた。
その仕草を見ていた俺とふと目が合うと、意味なくフハッと笑った角野が「なんか静かなんでテレビつけますね」と首を少し傾げた。
(……おっと。そのくつろいでる感じが、もの凄くいい)
会社にいる時とは違うそのりんの雰囲気にひそかに身悶えていると、突然すっくと角野が立ち上がり部屋の端にある棚へと向かう。
そして角野の動きを目で追っていた俺に、「はい」と小さめの四角い箱を手渡してきた。
「えっと、一応バレンタインデーなんで。どうぞ」
「あーうん。ありがとう」
スルーするとか言ってたくせに。
───まさか。この間、実はイベントにこだわる派だと聞いたから用意したんだろうか。となると、やっぱりそのりんは俺に甘い……
我慢できずムフッと一瞬だけニヤケてしまったが、すぐに真顔に修正して両手で箱を受け取り、大人の男性らしいゆったりした笑顔を浮かべながら包装紙をはがす。
「宇治の…ほうじ茶生チョコレート?」
「はい。私も食べてみたくて買ったんです」
「へーじゃ、一緒に食べよう」
チョコレートのフタを開けてからテーブルに置き、角野の方に無言で箱を押してからニッコリ笑いかけてみせると、俺の方へと箱がススッと押し戻された。
「あ、小宮さんが先に食べて下さい」
「………」
(いやいや角野。ここは、いちゃっとポイントではなかろうか)
わざわざまたちょっと箱を押し返し、角野に熱い視線を送りつつやんわりと微笑む。
「………」
俺の素敵な微笑みに、警戒心たっぷりの視線で応えてきた角野と目を合わせてから「ん?」と首を傾げてみせ、その状態でたっぷりとした間を取ってからおどけた仕草で口元を指さす。
それから、食べさせてほしいなと言わんばかりに「あーん」と口を開けると、いつもの冷たい目で角野が俺を見据えた。
と思ったんだが、角野はその冷たい顔をすぐにくしゃと崩し、おかしそうに笑ったあとチョコの箱へと手を伸ばした。
(お、やった。その気になってくれた)
付き合いたてのカップルらしいほのぼのした空気が漂いだす中、角野が箱に添えられていた平ぺったい竹の楊枝をチョコに刺し、それを持ち上げ俺へと……てなところで耳障りな電子音が高らかに鳴り響く。
「………」
(しまった。音が鳴るよう変更してたんだった)
念願のイチャコラがいい感じで始まった瞬間スマホに邪魔され、思いっきり気分が落ち目が据わった俺を横目に楊枝に刺したチョコをそそくさと箱に戻す角野。
「携帯、鳴ってますよ」
「知ってる……」
(誰、なんだ)
理不尽にイラつきながらスマホを手に取り、着信相手を確認する。
「……社長」
「社長? 何かあったのかな」
のほほんと聞き返してきた角野に「なんだろうな」と眉をひそめて答え、もの凄く機嫌の悪い声で電話に出る。
「はい、もしもし」
俺が電話に出たのと同時に立ち上がった角野が台所の方へ歩いていく。
社長の用事を聞きながらも角野の様子が気になって目だけを台所へ向けると、お茶を淹れるためかヤカンに水を入れコンロにかけているところで───
(てか、早くさっきの続きを始めたい)
仕事の件で掛けてきた社長の電話を素早く終え、台所にいる角野を速攻でまた見ると、俺の視線に気づいた角野がゆっくりと振り返り小さく笑いかけてきた。
「なに飲みたいですか?」
「あーうん、そうだな。緑茶とかある?」
「はいありますよ」
緑茶が入った二人分の湯呑をテーブルへと運んできた角野に「どうも」とお礼を言うと、自宅という事もあってか普段とは違いゆったりとした口調で「いえいえ」とクスクス笑いながら微笑まれた。
(なんだおい。可愛いな)
思わず雰囲気作りの為にしようとしていた雑談をすっ飛ばし、さっきの続きを促すかのように目元だけで笑いかけお願いする。
「あのさ。ほうじ茶チョコ、食べようかな」
言外に「あーん」を再び要求すると角野は戸惑った感じで目を泳がせたが、すぐに渋々っぽく楊枝に刺したまま箱に置いていたチョコを持ち、俺の口元まで運んできた。
どうみても照れているだけな嘘くさい渋々な仕草を見ながら嬉しそうに口を開けると、ブホッとおかしそうに吹き出した角野が「はい」とチョコを俺の口に入れ楽しそうに尋ねる。
「美味しいですか?」
「あーうん、美味しい」
「それはよかった」
「そのりんもどうぞ」
再び訪れたカップルらしいほのぼのした雰囲気に乗っかり、俺もお返しの「あーん」をしようと楊枝でチョコを刺す。
「いいです。私は自分で食べますんで」
「え、せっかくなのに」
嫌がる角野に「ほれほれ」とチョコを差し出し楽しく遊んでいると、ジーーーッと俺の顔を見始めた角野が大きなため息をついた。
「なんだろ。小宮さんに感じる、この何かが惜しい残念感は……」
「残念って……そのりん、それ、ちょっと酷くないか? でもな、この顔で完璧人間だったらそれはそれで女子は引くくせに」
まだ「ほれほれ」と楽しく楊枝を動かしつつ返事をする俺に、両手で頬杖をついた角野が今度は諦めのため息をつく。
「確かに、それはそうなんですけど」
そろそろ遊ぶのを止めないと本気で呆れられてしまう予感がしたんで、がっかりな表情を作ってから楊枝に刺したチョコを箱へと戻し、テーブルに置かれていた湯呑を手を取る。
「ただでも、園子。俺はしっかり働いてる男前で背も高い。それに性格も悪くないどころか優しくて気遣いも出来る。しかもお前のことが大好きだ。こんな優良物件な彼氏はそうそういないと思うぞ」
半分ふざけて半分は本気で淡々と俺の長所を教え、ついでに「角野が大好きだ」という事を改めて告げてみると、頬杖をついたまま角野がおかしそうに笑った。
「あははっ。なぜか心に全く響いてきません」
「……少しは響けよ。というかな、デート中くらいは俺のこと名前で呼んで欲しいんだけど」
「え、別にこのままでよくないですか?」
(───よくない)
もういい加減 ”同僚の小宮さん” から ”彼氏の大和” に呼び名を格上げしてほしい。
いつもの調子でふざけている角野のそばにススッと近寄り無言で頬へと手を伸ばすと、その俺の行動に角野の体が少し後ろに下がった。
まるで体に染み込んでいるかのような、そんな条件反射的な動きに軽く吹き出しながら素早く両手で頬を挟み、柔らかく角野を捕まえてから徐々徐々に顔を近づけていく。
「呼び捨てが無理なら『大和さん』でいいから、とりあえず一度呼んでみよう」
「……なんで寄ってきてるんですか」
「気にするな。それにたぶん、呼べば止まる」
ためらうことなく近づいてくる顔面に焦った様子の角野が、俺の胸に両手を当てながら早口で言った。
「えっと、大和さん」
「うん」
角野の鼻に俺の鼻が軽く当たったところで止まり、小さく返事をする。
思考が停止しているのか、今の状況から逃げようとする気配が角野に無いのを感じ、視線を下げ、そのままゆっくりと唇を近づ───
ピーンポーン♪
「あ」
「………」
雰囲気にのまれて固まっていた角野が、チャイムの音で我に返ったのが分かった。
俺の胸にあった手に力が入ると逃げるかのように後ろに押され、そのまま早い動きで立ち上がって歩き出した角野がインターホンのボタンを押す。
「はい」
(嘘だろ。今のは絶対にいけると思った───)
もう何の感情も湧かない状態で宅配業者とインターホンで話している角野の後姿を眺め、会話を終えたのを確認したあと力なく声を掛けた。
「……ごめん。トイレ借りていい?」
「あ、はい。そこです」
ふらっと立ち上がり、角野が指さしたとこへと大股で歩いてドアを開けすぐに閉める。そしてフタが閉まった状態の便座にどすんと座った数秒後、カクンと頭を下げた。
(自宅でもダメな気がしてきた)
トイレの中で俯いたまましばらく悶々としていると、ドアの向こうから宅配業者が去っていく音が聞こえる。
(よしっ)
意味なく張り切った気合いを入れて便座から立ち上がりドアを開け、台所のテーブルにダンボール箱を置いている角野へと歩いて行く。
「そのちゃん」
驚かせないよう名前を呼んだあと、背後から手を回しゆるめに抱きついた。
「えーっと。どうしました?」
「別に。それ、何が届いたんだ?」
「あーこれは」
「うん」
嫌がられなかったので、思いっきり言葉を濁した角野に抱きついたまんま話の続きを促すと、角野がフンッという苦笑いを漏らし少しだけ振り返ってきた。
「元カレさんの部屋にあった私の荷物───」
「へー」
(そうか、元カレに邪魔されたんだな)
生返事のあと腰に回した手に力を入れると、それが合図かの様に角野が宅配が来たことに対する説明を始める。
「私の家にあるカレの私物を先週宅配で送ったんで、あっちも返してきたのではないかと」
「ふーん。なんで今更」
(あの佑くんなら復縁のきっかけ用に取っとくだろーに)
「えーっと。また心配メールが送られてきた時『彼氏が出来た』と返したら、『私物を取りに行く』と言われたので、それで───」
「なるほど。それを断って宅配で送ったのか」
「まーはい」
「ふーん」
正式に付き合ってしまえば、彼氏が不安に思うことは避けてくれるだろう…という俺の考え通りに角野は元カレに対応してくれ、しかもちゃんと彼氏できた宣言もしてくれたらしい。
角野からは俺の顔が見えないのをいいことにニンマリと顔をほころばせつつ、実はとっても嬉しいのがバレないよう『どーでもいいけど』風に邪険な声をだす。
「……じゃ、そろそろ借りてきた映画でも観るか」
「そうですね、コーヒーでも入れます?」
「うん。勝手にDVD触って、準備しててもいい?」
「いいですよー」
角野から腕を離して機嫌よく部屋へと戻り、DVDをセットしたりお菓子を出したりしながら待機していると、コーヒーが載ったお盆をテーブルに置いた角野がストンと黄色のクッションに座った。
それを待っていたかのようにリモコンと自分のクッションを持って角野の隣へと移動し、もの凄い近くにクッションをポンと置く。
なんだ? と不信感丸出しで俺の動きを見ている角野にニッと笑いかけ、よっこいしょと隣に座ってから愛おし気に手を伸ばして頭をスリスリ撫でた。
「……あの」
「ここの方がテレビが見やすいし、壁にもたれかかれる」
「いいですけど、もう少し離れたほうが楽なんじゃないですか?」
「お、ごめん気づかなくて。しんどくなったら体ごと俺にもたれ掛かっていいぞ」
頭を撫でていた右手を角野の肩に回して力を入れ、俺がいる方へトンと押してもたれかけさせる。
「いえ、そうでなくて」
冷静にツッコミを入れた角野が体を浮かし俺から離れたんで、肩に手を置いたまま今度は俺から角野に寄り添いシラッと話し掛けた。
「ほら、俺、体温高いからくっついた方が温かいと思う」
言いながらリモコンの再生ボタンを押し、お盆からコーヒーを取って角野に手渡すと、マグカップを両手で受け取った角野は数秒何かを考えてから答えた。
「まーそうですけど」
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