成功させたいイベント(1)



 腕を組む程度のことでさえ「考えとく」と考えながら言われてしまい、角野は本当に彼女になったのだろうか…という疑惑が芽生えてきた土曜日。


 駅で待ち合わせをし14時半ごろ映画館に到着した俺らは、予約していたチケットを発券したあと売店へと向かい、今はのんびりと買い物をしているところだ。



 二人で売店のメニューボードを見上げ何を飲もうかと考えていたら、隣に立っている角野が急にブツブツ迷いだす。


「うーん。ポテトとチュロス、どっちも食べたい」

「………」


(お前。さっき、値段高いしドリンクだけでいいですよねーとか言ってなかったか?)


 おいおい…と隣をサッと振り返ると、結構な真剣モードであごに手を当て悩んでいる。思わず大股で角野の背後に回ってから肩に両手をトンと乗せ


「そのちゃん。このあと夕飯が控えてるからどっちかにしような」


 肩をモミモミしながら注意すると、前を向いたまま悲し気につぶやかれた。


「セクハラ」

「……彼氏が彼女の肩を揉んだだけだろ」




 結局チュロスを選んだ角野とふざけた言い合いをしつつ仲良く劇場に入り、二人分のドリンクを手に持ったまま、よっこいしょと席に座る。


 そして自分のアイスコーヒーをひじ掛けのドリンクホルダーに入れてから、まだ立ってゴソゴソ座る準備をしている角野の腰をツンツンと突いた。


「ジュース、ホルダーに入れとくぞ」

「すいません」

「あーでも。真ん中の使うと手つなぎにくいから、そっちに入れる?」


 俺らの座席の間ではなく角野の左側にある端のホルダーを指さし、映画鑑賞中に手をつなぐ気になるかもしれない旨をにこやかに伝えると、軽く体を後ろに引いた角野が、まさかっ…と目を見開く。


「んな、大げさな」


 角野のわざとらしい驚きの反応に素でツッコミを即入れしてしまったが、この返しのせいで俺のささやかなお願いがスルッと流される羽目になったようだ。


「あはは。いえ、手の事なんか気にせず間にドンっと置いてください」

「………」



 付き合い始めて一週間が経つが、毎日会っている割には相変わらず角野が彼氏扱いしてくれない。───いや、まぁな。


 まだ手を出してないってだけで、前々から恋人未満的な親しさの仲だったし、はたから見れば十分彼氏に見えるんだろうけど。


(あの時、つい『気長に待つ』と言ってしまったが)


 警戒心ゼロに見せかけといて、しっかりと薄めの壁で俺をブロックしている角野をそっと隣から伺えば、なんでだかチュロスを前に首をウーンと傾げている。


(はい? ドーナツ相手に、何をそんなに悩んでいるんだ)


 うつむき加減で眉を寄せて座っているその姿を不審に思いジーッと見つめていたら、俺の視線に気が付いた角野も不審げに振り返ってきた。


「なんですか?」

「いや。何をそんなに悩んでいるのかと」


 そこで、お行儀悪くチュロスの先を俺に向けブンッと振った角野は、ふてくされた口調で突き放すように言い放つ。


「小宮さんも食べるなら、先にかじってもらおうかな、とか考えてたんです」

「んー別にいらない」

「そうですか」


 いらない…と答えたとたん俺に向けていたチュロスを自分の胸元へと戻し、口を開けて一口かじったのをなにげに笑って見ていたんだが、ふと思いつく。


(ん? まさか。……食べると言ってたら、あーんしてくれるつもりだったとか?)



 お、しまったっ。それなら「いる」と張り切って答えたのに。

 というか角野。どうせなら、もっと分かりやすい可愛い仕草をしてくれ───



 期待と疑いが混じった、いまいち確信がもてない曖昧な気持ちでこそこそ怪しく横目で探りを入れていると、またまた不審そうに角野が振り返ってくる。


「なんですか、小宮さん?」

「ん? えーっと」


(せめて呼び方だけでも、もう少し彼氏っぽく……)


 さっきから色々グジグジ思っているのをごまかすように小さくフンッとため息をついてから隣に手を伸ばし、斜めに流されている前髪を指で触った。


「……前髪が伸びたな、と」

「あぁ、切ったの年末ですしね」


 俺の悶々とした気持ちも知らず呑気な声を出した角野はこちらを見上げて笑う。


「髪、前みたいにまた肩下くらいまで伸ばす?」

「どうしようかな、と考えてます」


 角野が喋るのを聞きながら前髪にあった手を横髪へと移動し指を絡め、そして気を惹く様に髪を軽くつまんで引っ張ってから甘く伝えてみる。


「今の、短い方が似合うと思う」

「そうですか?」

「俺は今の髪型が好きだ」


 本心から気に入っていると褒め、指で髪を触ったまましばらく見つめれば、角野も俺の顔を柔らかい視線で数秒見つめ返したあと、珍しくふんわりと嬉しそうな笑みを浮かべ


「小宮さんも今のおでこを出す髪型の方が似合う───」


 言いながらひたいへと手を伸ばしてきた。


 その笑みに応え俺も目を細めて優しく微笑み返し、是非そのりんに額を触って頂こうと少し顔を前に出した、その時、ブザー音が大きく鳴った。


「あっ」


 場内が暗転し映画の予告が始まると、角野の興味が俺から速攻でスクリーンへと移り、触れようとしていた手をスッと降ろしササッと前を向いてしまう。


「………」


(おっと、付き合いたての彼氏が映画の予告に負けた)


 どうやら、俺とイチャつくより予告の方が観たかったらしい……



 ウキウキ楽し気にスクリーンを見ている角野の横顔をしばし眺めたあと寂しく正面を向き、素敵にたそがれながらチューっと手に持っていたアイスコーヒーを飲んだ。


(てか、俺と角野がいい雰囲気になったら邪魔が入る呪いにでもかかっているのだろうか……)






 残念ながら…いや、やっぱりあれから何事もなく映画を観終わり、予約している夕飯までのあいだ目的もなくふらふらとショッピングモールをさまよっていると、角野が「あ」と小さく叫び、カバンに手を入れスマホを取り出した。


「電源切ったままでした。小宮さんは大丈夫ですか?」

「あーうん。俺はマナーモードが基本だから大丈夫」


(でも、着信があったかぐらいは確認しとこう)


 ポケットに手を入れスマホを取ろうとした時、なにげに角野と目が合う。


 なんとなく口元だけで笑いかけると、角野は何かを思い出したような様子をみせたあと軽い息を吐き、ワザとらしい笑顔でニッと笑い返してきた。


「そうだ。着信の度に『誰から?』て彼女に聞かれるのが嫌だから、でしたっけ?」

「………」


(お前は、ほんと、記憶力がいいな)



 見たとこ嫌味を言っている感じではなく、単に面白がっているだけのようだが、でもまぁここは今後の付き合いに影響しないように


 ───とりあえず言い訳だ。



 改めてかがみ込むように振り返り、とても機嫌よさげに隣を歩いている角野の二の腕を持ってから顔をのぞき込む。


「えーっと。違う」

「違う?」


 角野が首を傾げて俺を見上げてきたのに視線を合わせ、ニッコリ優しく微笑み真面目な声で俺の誠実さをアピールする。


「そう。今は、園子との時間を邪魔されたくなくてマ───」

「あははっ、嘘くさい」

「………」


 かぶせ気味に大きく笑って俺のセリフを中断させた角野は、おかしそうにウンウンうなずきながら正面を向き、そして持っていたスマホの電源ボタンを片手でドンと押しながら


「さすが小宮さん、くさいセリフ言い慣れてますよね。面白い」


 今までと変わりない同僚なノリで深く深く感心してくれた。



(いや。いまのは、決してウケ狙いではなかったんだが……)



「で、着信はあったのか?」


 顔をのぞき込むためにかがんでいた体勢を元に戻し、やけに楽しそうに笑顔で歩いている角野に寂しく虚しく問いかけると


 そうだった…と素直にスマホへと視線を落した角野は、スマホを持った手をブンッと降ろしてからまたふいっと俺を見上げてきた。


「えっと、まだ画面が立ち上がってなくて。小宮さんは?」

「今から見る」

「そうですか……あ、そろそろ」


 再び画面を見て、何度かタップした角野がのけぞった。


「───うわっ」

「うわっ?」


 小さな驚きの声に思わずまた軽く顔をのぞき込み、どうした? と確認しようとしたんが、その時スマホを見て歩いていた角野がヨロッと後ろに倒れかける。


「危なっ……」


 急いで角野の背中に手を添えよろけた体を支えたあと、土曜で混雑しているショッピングモールの人波に巻き込まれないよう、支えたその手で背中を強めに押し壁際へと連れて行く。


「メールか?」

「あ、はい」

「面倒くさい相手からだったとか」

「いえ、別にそういうのでは……」


 心配そうな俺と目が合った角野は気の抜けたボンヤリした返事をし、それからフッと視線を目の前を歩く人へと向けたあと俺へと視線を戻す。


 そして何ともいえない表情で目線を上下に動かして俺をジロジロ眺め始めた。


「───なんだ?」

「いえ。なんでそう普通にしてるだけで目立つのかなー、と」

「目立ってるか?」

「はい」


 俺が周りの注目を浴びている…と言いたいらしいが、そんなのはいつもの事だし慣れているんでどうでもいい。それよりも「うわっ」の答えをあやふやにしてごまかされた気がするんだが。



(というかここ一週間、全くイチャついてくれなかった恨みをそろそろ晴らしてもいいだろうか?)



 そこで背中にあった手をさりげなく腰に回して引き寄せ、角野の頭に俺の顔を接近させてから上から目線の静かな低音を出す。


「ふーん。注目を浴びるくらい俺が素敵な男だと角野は思ってるんだな」


 呑気に機嫌よく友達ノリでデートしていた角野は、がっつりと寄り添われた事に微かに動揺し目を泳がせた。


「素敵かどうかは怪しい……」


 正式に付き合っている手前、「全く思ってない」と以前のようにキッパリと言い切るのは悪いと考えたのか、恐る恐る風な否定でこの場を流そうとされたので、上から目線を崩さず片眉を上げてみせる。


「素敵だと思ってない相手と付き合ってるのか?」

「えーっと」


 窺うように横目で少しだけ見上げていた角野に更に顔を近づけ、今度はしっかり向き合って語り合おうかいな…と角野の腰に両手をスルッと回したとき


「……椅子が空いたんで座ってメール打ちます」


 ヘラっと笑ったあと思いっきり目をそらした角野は、すぐそばにあったモールの休憩用ソファーへとスススッと横移動し、端っこにちょこんと座ってから無駄にスマホを真剣に眺めだした。


(あ、またごまかして逃げやがった───)


 追いかけるように俺もそれに続き、角野のそばに出来るだけ近寄って座ってからソファーの背もたれの上に右手を置いて足を組み、ついでに左手を角野の手の上に乗せる。


「えーっと」


 数分前から急にベタベタしだした俺を困惑気味に振り返ってきた角野は、スマホを裏向きに持ち直してから膝の上にある自分の手を見た。


「……なぜ、手を握ってるんですか?」

「んー彼氏の愛情表現?」


 一応は微笑んで首を傾げたが、今度はスマホを裏向きで持ち直された事にイラッときている。まさかそれは、俺に画面が見えないよう隠したんじゃないだろうな。



(誰からだ? と聞きたいが、さっきの今でこの単語は出しにくい)


 いい大人の男が着信があるたびに、元カレか? と疑うのがみっともないのはいい加減分かっている。分かってはいるんだが、もの凄く気になるんだ。



「手を離してくれないとメールが打てないんですけど───」


 たぶん本気ではなく半分はふざけたノリで文句を言い出した角野だったが、ふと俺が訝しげな視線で自分を凝視していることに気が付いたようで、突然パッタリと口を閉じ喋るのを止めた。


(おっと、疑ってたのがバレたか?)



 この際だ。機嫌の悪さを前面に出して原因を察してもらうか?

 いや、それこそ大人げなさ過ぎだろ。


 よし。普段通りふざけて、何でもないフリを───



「……角野、さっき『うわっ』て驚いてたのはなんだったんだ」


 ため息交じりで手をさすさすと撫でながら小さく尋ね、我慢できなかった…と悔しそうに手を離した俺を見た角野は「あぁ…」てな小さく笑いを含んだ息を吐き出して肩を揺らす。


 そして離された手でスマホを操作したあと、体を軽く寄せて画面を俺へと向けた。


「ほら、これです」



(お。見せてくれるのか?)



 ちょいテンションが上がり、隠しきれない機嫌のよさでフフフン…と目を細めてから右手を角野の肩に回し、全身を抱き込む形でスマホを覗き込んだ。


「───母親からもの凄い履歴が付いてるな」

「あははっ。そう、映画観てる二時間でこんなに送られたら怖くないですか?」

「なんでまた」


 ぴったりとくっついて喋っている今の状況を心の底から楽しんでいると、ふいに角野がペシペシと自分を抱き込んでいる俺の腕を叩く。


「公共の場でベタベタしないでください」

「気にするな」

「気にします」



 なんなんだ、酷くないか角野?


 二人っきりの事務所で軽くじゃれるのもダメ。

 休みの日も外ではダメと拒否されたら、あとはもう部屋でしか……


 ───おぅ、なるほどな。




 思いついたことがバレないよう、とりあえずは渋々な仕草でゆっくりと肩から手をどけ、ベタベタするのを諦めたふりで角野との間に距離をとった。


 そのあとソファーにゆったりと体を預け、メールを返信しはじめた角野の姿を少しだけ眺めたあと自分もスマホをポケットから出して意味なく画面を見る。


 そこからしばらくたった頃、うつむいてスマホを触っている姿勢のままでシラッと伝えた。


「あのさ、スルー予定のバレンタインデーだけどな」

「はい」

「日曜みたいだし、どうせならその日にデートしない?」


「はい、別にいいですよ」

「お、よかった。じゃ、俺の家と角野の家。どっちに行く?」


 シラッと二択を提供すると、俺と同じくスマホを操作していた角野が視線をサッと俺の横顔へと向け、はい? と戸惑った声をだす。


「家?」

「そう。イベントと言えばお家でまったりだろ」

「誰が決めたんですか」

「ん? 俺?」


 目が合うとよからぬことを企んでいるのがバレそうなんで、視線を外したままシラシラッと会話を続けていると、角野がなにげに小さくふっと笑い俺に顔を近づける動きをした。


「そういえば、誰からか着信ありました?」


 その言葉を聞き、そして覗き込まれるような気配を感じたとたん、つい無意識でスマホをサッと胸元にあて角野から画面を勢いよくつい隠してしまう。


「───あ」

「ふーん」



 あ、いやっ。違うんだ。今のは単なる条件反射なんだ角野。

 決してお前に見られたらヤバイことがあるとかそういう訳じゃないぞ。



 黙りこんだままくるくると表情を変える俺に、分かりやすく不快げな空気をビシバシぶつけてくる角野。


(やばい……これからは素直に着信相手を教えてくれなくなるんじゃ……)


 自分勝手な理由で軽く焦りつつも、たぶん女子には甘く素敵に見えるであろう余裕ある微笑みを浮かべてから、そっと角野の両手を取る。


「そのりん」

「はい、なんでしょう」

「愛してる」

「最大級に嘘くさいんですが」



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