誠実で一途な彼氏の葛藤 (1)



「正式に」という驚きの答えを貰ったあと、乗せられた手を握りながらジンワリとその余韻に浸っていると、何かを感じたらしい角野が後ろをなにげにふと振り返った、その瞬間


 うわーっ!! てな落ち着きないバタバタした挙動不審な動きをし、俺がギュッと握っていた手をブンッと邪険に離された。


(なんだ?)



「なんか注目浴びてて恥ずかしいんで早く出ましょう」

「俺は平気だけど」

「小宮さんと違って、視線を浴びることに私は慣れてないんです!」



 焦る角野に追い立てられるかのようにパパッと清算し、ササッとカフェから出ると、一階へと降りるためにビルの狭いエレベーターホールへとススッと向かう。


(俺はまだあのカフェに居て、しばらくイチャっとしたかった)

(いい雰囲気だったのに……)


 角野への不満をブチブチ心で吐きながらも、ポツンと二人っきりでホールに立ちエレベーターの到着を静かに待っていたが、


 何となく隣に立っている角野の方を振り返り、そのまま眺めるようにずっとジッーーとしつこく見下ろし続けていると、角野が俺を不審げに見上げてきた。


「なんですか?」



(すでに俺は恋愛対象になってるんだよな)


 すぐには返事をせず、忘年会の帰りに告白した時ドーンと奈落の底に突き落されたアノ言葉を思い出しながら、真剣に角野の顔を黙って眺め続ける。


(しかも迷ったとはいえお付き合いをOKしたという事は、俺のことをソコソコは好きになっている―――)



「ふっ」


 思わず上から目線のフフン…とした笑みを浮かべつつ、角野の肩に力強く手を置き、偉そうで強気な自信たっぷりな態度でお願いをする。


「角野。俺のこと『大和くん』又は『ダーリン』って呼んでみろ」

「………」


 瞬時に無表情になった角野はプイッと顔を正面に戻し、


「まだ、呼びません」


 冷たくかわしてから、エレベーターの階数表示の動きを熱心に目で追いだした。


「―――残念。今すぐ呼んでいいのに」



(まだ、とかさり気なくつけてるし)


 それに態度はいつも通り冷たいくせに、言ってることはそんなに冷たくない……


 お、今のはまさかのツンデレ。

 やばい、それ可愛いんだが。



 バレないよう表情は全く崩さず、心の小宮だけでひそかに身悶えていたんだが、それと同時にさっき起きた出来事の実感がジワジワと湧いてくる。


 急にテンションがいそいそと上がってきた、丁度そこでエレベーターが到着したので仲良く乗り込み、勢いよくポンと1のボタンを押してから後ろを振り返り、角野の頭に手を乗せた。


 顔を覗き込みながら目を細めて微笑むと、軽く目を見開いて見上げてきた角野と視線が合う。


 その黙って見つめ合う沈黙状態が数秒過ぎた頃、手を後頭部へと滑らせつつ斜め上へと軽く力を入れ、更にもっと視線が近づいた角野に再び目を細めて微笑みかける。


 それから目線を口元へと落とし、

 ゆっくりとかがみながら角度を付け顔を寄せ―――



「あはははっ」



 ───えっ?


 あはは?

 



(マジかよ角野……もうあと数ミリで、だっただろ……)


 ぐったりと力なくうなだれ、つぶくように名前を呼ぶ。


「角野」


 一気に脱力している俺と至近距離で目が合った角野は、くしゃっとおかしそうに笑っていた顔を少し横にそむけ、今度は軽く握った右手を口元に当てクスクスし始めた。


「……なんで、笑う」


「え。だって小宮さんとちゅーするとか、まだ変な感じで。あ、一階に着きましたよ」


「………」



(変な―――? 照れたってことか?)



 いやしかし、例えどんな理由があったとしても。二度目の未遂ともなると、さすがの俺でもガッカリを通り越し、深く深く気分が落ち込んできている。


 久々に心が折れかけながらも、呑気を装ってエレベーターをそそくさと先に降りていく角野の後を、ちょっと待て…と急いで追い軽く腕を取って立ち止まらせた。


 そしてエレベーターホールに人の気配があまり無いのをいいことに、柱の影になっている壁際までスルスルと角野を誘導し、俺に連れられるがまま壁を背にした角野の斜め前に立つ。


 壁に片肘をあてた、まるで口説いているかのようなイケメン体勢になった所で、大げさすぎるほどドスンと頭を落とし、暗くうなだれてみせた。


「角野―――なにげにサクッと今、俺の心は傷ついている」


 そこそこ本気が入った状態で力なく告げると、思っていたよりダメージを受けた様子の小宮に角野が、……まぁいつも通りの流れではあるがかなり焦ったようだ。


「すいません。その嫌がった訳ではなく、同僚の期間が長かったんで何というか……真剣な顔されると妙に笑えてきてしまいまして」


「というか、前にも未遂があっただろ」

「あれは、まーなんというか。驚いて動けなかっただけです」

「………」


(―――なるほど)


 壁に肘をつきグッタリとうなだれた状態のまま、心の中で一人納得していると


「えーっと」


 小さめの声が聞こえたと思ったら、自分の頭の上でうなだれている俺の方へと角野が顔を上げてきた。なんとなく視線を横にずらして見ると、そこには見事な困り顔になっている小動物が。



(あーちょい大げさにしすぎたか。ただ、ワザとそうしたんだけどな)


 すぐにでも「気にするな」と言ってもいいんだが、この小動物をまだまだ見てたい気もする。どうしようか。もう少しだけごねて困り時間を長引かせたくなってきた……


 

 ───いや、やめておこう。

 これ以上角野で楽しむと、後で俺がまた一人反省会をする羽目になってしまう。



「ごめん。気にするな」


 素早く体を前に出し壁にあった手を頭にポンと乗せると、角野が力をスッと抜きうつむく感じで顔を下に向けた。


 が、俺が素早く近寄ったせいで距離感が掴めなかったのか、うつむきかけた瞬間、俺の胸にドンとおでこが当たった。


「おっと」


 反射的に一歩後ろに下がると、ぶつかってしまった…てな照れた様子になった角野が、気まずそうにはにかみながら少し目線を上げ、俺を見た。


「………」


(なんだおい、今の可愛いな、おい)


 突発的に沸き起こったたまらない気持ちの勢いのまんま、ギューっと角野の頭を片手で強く抱き寄せ、頭頂部に顔をスリっと寄せる。


「そのちゃん……」


 急に顔面を胸に強く押し付けられた角野は、息苦しそうな仕草をしながらゆっくりと俺の背中に手を回し、一度だけ俺と同じようにギュッとしたあとトンと叩き、そして言った。


「しばらくは、ここまで、ということで」

「………」


(待て、それは一体どういう意味だ)


 思わぬセリフに思いっきり動揺し、ギュッとしていた体を離してからシレっと立っている角野の顔の前までかがみ、しっかりと目の高さを合わせてから尋ねる。


「ここまで、とは?」

「ハグまで」

「しばらく、とは?」

「分かりません。でも小宮さんは、さっき待つからと」


 角野は、俺の質問全てに恐ろしいまでの速さでかぶせ気味に返事をしてきた。



(―――なるほど)


 再び角野の斜め前に立ち、壁に片肘をあてた姿勢に戻ったところで、今のセリフについてじっくりと考えはじめる。



 正直なところ、気持ちがハッキリ決まる前に答えを急がせたのは事実だ。

 しかも正式に付き合いましょう、となったのはほんの数十分前で。


 だから、普通なら待つべきだろう。

 以前はハグでさえ押し戻されていたのを考えれば、まだマシ―――


 だがしかし、俺らはいい大人同士だし……

 それに俺は一年以上もこの時を待っていた……

 違和感だけが問題ならば、待たずに徐々に慣らすという手も……



 そこでウダウダと考えるのを止めふと顔を上げると、眉をひそめて首を傾げた角野が不審そうに俺を見てきている。


(いや、ここは素直に折れておこう。速攻で嫌われたくない)


 渋々ではあるがとりあえずは諦める踏ん切りがついたので、角野の目の前へと移動して手を伸ばし、後頭部を柔らかく撫でてから真面目に伝えた。


「分かった、気長に待つ」



 このあと、積極的に迫ることを…まぁ一時的にだが素直に諦めた俺を見て、ちょっと安心した様子になった角野とビルを出て並んで歩き出す。


「というか、もう遅いしご飯食べて帰るか?」


 歩いている途中に時間も時間だしと一応な感じで尋ねると、悩む様子もなくバッサリと断られた。


「んーいえ。作り置きがあるので帰ってそれ食べます」

「………」


(普段通りの対応すぎて、なんだか俺は寂しい)


 カフェでポンと手を置かれた時の、その余韻が全く消えてしまっている。

 いや、角野は元々こういうタイプなんだろうけどな……


「へー。それ、俺も食べに行こうかな」

「………」


 寂しさのあまり構って欲しくなっただけで、変な下心など全くなく、本気で行こうとも考えていなかったんだが、淡々とした口調だったせいかそこが却って怪しく聞こえてしまったらしい。


 角野が疑いの眼差しを俺に向け、程よい加減でひたひたと冷たい視線を送ってきている。



 しかしその座りきった目つきを見たとき、気づいた。


(その目は……あれだ、チベットスナギツネ)


 思わず吹き出したあと人差し指で角野の肩を楽しくツンツンとつつき、しっかりと目を合わせてから素敵に微笑んだ。


「ちょっと言ってみただけだ。もし仮に行ったとしても、安心しろ。何もしない」

「―――そうですか」


 本気じゃなかった…と言ったはずなのに、なぜかまだ角野が疑いの眼差しを嘘くさく向けてくる。


「角野……俺は誠実で一途な彼氏だ。だから、もう少し信用しろ」


 二の腕を掴みつつ悲し気に訴えると、角野がふざけた感じでフッ…と笑う。


「信用? 前に小宮さんは、『男の ”何もしない” ほど信用できないセリフはないよなー』と、楽しそうに言ってましたが」


「………」



(そんな記憶は全くない。でも俺が言いそうなセリフではある。しかしこのまま放置だと、角野の家でまったり…てなイベントが先延ばしに―――)



 ―――よし、ごまかそう



「安心しろ角野。その男に俺は入っていない」


 ごまかすなら堂々とをモットーに胸をドーンと張って言い切ると、角野がちょっと口元をほころばせたあと真顔になり、そのあと落ち込んだ様子でガックリ頭を落とした。


「今ので、つい笑ってしまった自分が」

「お、それって。俺のことをつい可愛い…と思った、とか?」

「……思ってません」



 そこからしばらくは機嫌よく角野をからかい、そして駅前の広場を抜けて改札へと足取りも軽く歩いていると角野のスマホが鳴った。


(まさか、またですか?)


 立ち止まり、カバンからスマホを取り出し画面を確認した角野は、あっ…とつぶやいたあとフイッと俺を見上げ


「すいません、ちょっと」


 そのまますぐ応答ボタンをタップし「はい」と出ながら、邪魔にならないようにか改札口の端へと歩き出す。


 俺は角野の後ろに付いて歩き少しだけ離れた場所に並んで立って、通話相手と親しそうに話している姿を静かに眺めた。


(誰からなのか気になる。でもわざわざ聞き出すのも……)



「また家に帰ったら電話するんで」


 その言葉のあと電話を切った角野が振り返り、軽く笑って改札を指さした。


「すいません。じゃ、帰りましょう」


(あーたぶん、今のは元カレじゃないな)


 一点の曇りもないさっぱりとした表情と仕草を見て安心し、角野の頭に手を伸ばしクシャクシャっと片手でかき回しながら笑顔でうなずいた。


「あーうん、そうだな」



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