続・憂鬱な月曜日



 抵抗むなしく、───というほど大した抵抗はしていないが。


 結局は社長に言われるがまま16時には一緒に会社を出て、行きつけの喫茶店にて氷室と合流し三人でのお茶会が始まった。


 いつものごとく二人はキャッキャとはしゃぎだし、そして二人の前に座った俺もいつもの様にウンウンとうなずき、笑顔で適当にやり過ごしている。



(てか、この二人は何でこんなに仲がいいんだ?)


 歳は離れているけれども基本の性格が似てるんだろうか。

 そういや角野と社長だと、こういうはしゃいだ会話しないよな。



 楽しそうな二人を椅子の背にもたれて眺めながら職場での角野をボンヤリと思い浮かべていると、そんな俺に社長が目線を向けウフフと思わせぶりに笑う。


「小宮さんたらボーッとして。何を考えてるのかしら?」

「はい? あーいえ別に」


 もたれていた体を起こして背筋を伸ばし、お二人の話はキチンと聞いてますよと、笑顔でよっこらしょと椅子に深く座り直したのと同時に


「でも今日、小宮さんも来るとは思ってませんでした」


 氷室がニコニコと俺の顔を見てから社長に話し掛け、彼女と顔を見合わせた社長は「そうなのよ」と大きくうなずいた。


「事務所に置いとくとロクなことしないから、一緒に連れてきちゃった」


 ロクなこと? と首を傾げる氷室に、社長はまた思わせぶりにウフフと笑う。


「ほら、またね、イチャイチャしてたのよ」


 社長は俺の方をキャッと肩をすくめて振り返り、あれは何だったのかしら? と目だけでウキウキ尋ねてくる。


 氷室も俺の方を勢いよく振り返ってきた。


「………」



 ―――帰りたい。


 なんでまた寄りにもよって上司に、いい歳して自身の恋愛事情を女子高生ノリで追及されるという、こっぱずかしい事態になってるんだ。



 乙女モード全開の社長をしばらく眺め無言の抗議をしてみたが、今回に関しては見逃す気が全くないらしい。もう楽しそうに俺の返事をひたすら待っている。


 だがしかし。


 ここで彼女らの期待に応え「はいはい、アレはですね…」などと事細かに説明する義理はない。


 だから困った感じで大げさなため息をつき


「いえ、決してイチャイチャなどは致しておりません」


 平坦な口調でバカ丁寧に答えたあと興味なさげにテーブルへと目線をサッと落とし、置いてあるコーヒーカップを触って何とな~くごまかそうとした。


 が、そんな答えでは社長の乙女心は満たされなかったようだ。

 軽く身を乗り出し、不服そうに口をとがらせ責められた。


「じゃあ、あの胸キュンな行動は、まさか誰にでもしてる事だとでもいうの?」

「いやいや、胸キュンって……それに誰にでもしませんから」


 思わず顔の前で手を大きく左右にブンブン振って否定した俺を、社長は胡散くさそうにジッと見つめ、それからクルッと氷室の方に向き直って彼女に顔を近づけた。


 そして横目で軽蔑した視線を俺にわざとらしく送りつつ、こそこそ話をするかのように口元を手で隠す。


「こういう経験豊富な女慣れした男には気を付けなさい。すぐ二人だけの世界を作って、すぐ手を出してきて、適当に遊んで飽きたらすぐにポイ捨てするんだから」


「社長……」

「実際にね、去年―――」


「社長」


 力なく組んだ腕をテーブルにぐったり置き、まだ余計な事を言いたそうな社長を呆れ声で止めていると、テーブルに置いてあった携帯にピピッと着信が入った。


 画面をのぞき込んで誰からかを確認した社長様は、


「ちょっとごめんなさい」


 素早く席を立って店の外へと向かい、そしてその場に俺と氷室が残った。


 二人っきりになった為とりあえず何かの会話をしようとしたんだが、なぜか話を振る度に氷室は一言だけしか返してこず、そのあとはムッと黙りこむ。


 毎度この繰り返しなので、どんな話を振っても会話がすぐに終わってしまう。


 こうなるとこちらも話し掛けにくくなり何となく沈黙してしまうと、ふいに氷室が俺をチラっと見てから視線を下に向け、深くて長いため息を悲しそうに吐き、それからまた俺をチラっと見た。



 おいおい……なんだその、とっても構って欲しそうな空気感は。

 ただな、正直なとこ。俺は今、そこそこ機嫌が悪いんだ氷室。


 ということで。


 ずっとそういう態度をとるのであれば、もう社長が戻るまでこの沈黙状態のまま待機してしまおう。



 氷室から視線をそらし、ゆったりと力を抜いて椅子に浅く座り背もたれに体を預け、それから窓の外の景色を眺めて暇をつぶそう―――とした途端


「小宮さんって、角野さんと付き合いだしたんですか?」


 ニッコリした笑顔で氷室が唐突に尋ねてきた。



「はい? ―――あ、いえ」


 思いっきり気を抜いた瞬間に声を掛けられたので間抜けな声が出てしまったが、すぐにちゃんとした姿勢で椅子に座り直す。


「角野とは、まだ付き合っていませんが」


 真顔で返事をし、で? と不審そうに首を傾げると


「へー。まだ、付き合ってないのに職場でイチャイチャしてるんですか?」


 軽口っぽいふざけた表情をしながら両手で頬杖をついたあと、氷室は笑って俺と同じように首を傾げてみせた。



(おっと、今の言葉にはちょっと悪意があったぞ)


 まさかだが、ここから氷室お得意の「角野さん酷い。小宮さんが可哀想……」とかいう、超展開な流れに持ち込もうとしているのではなかろうか。



 さっきのに返事をする前に氷室の顔を眺めてどう答えるかを少しだけ考え、角野には怒られるかもなーとか思いながらも、シラッと明るく認めることにした。


「はい、してますよ。角野の事が好きですし───」


「それに何というか、困った顔が可愛いくてついちょっかいを出したくなるんで、いつも自分から積極的にイチャイチャしにいってますね」


 穏やかながらも嬉しそうに目を細めて思いっきりのろけたあとカップを手に取り、照れたようにヘラっと笑ってみせてから、うつむき加減でコーヒーを飲む。



 あー美味しい…と美味しくコーヒーを頂いていると、心の底から心配そうな声が前方から聞こえてきた。


「私、小宮さんは今、幸せじゃない気がします。もの凄く無理してるように見えますよ」


「………」



(凄い。―――お前はいつも予想の斜め上を行くな)



 思わず持っていたカップを置き目を見開いて顔を上げると、


 そこには ”気持ちをもてあそばれている不憫な小宮さん……” といった表情で、俺を心配そうに見つめている氷室がいる。


(いやいや。俺はどんだけチョロイ男だと思われてるんだか)


 というかな。その ”角野が小宮をもてあそんでる” ってやつは、ちょっとでも角野の性格を知ってる人なら、悪い冗談にしか聞こえないと思うんだ。


 それに、どう考えても角野よりお前の性格の方が面倒くさい。



 ただ、この状態の氷室をこのまま放置すると新年会の二の舞になりそうなので、とりあえずは不愉快で不可解だ…という表情で首を傾げる。


「そう見えます? うーん、なんでだろう」


 まだ心配げにしている氷室を見ながら傾げていた首を元の位置に戻し、とろける甘さで微笑みながら本心からの大げさな幸せアピールをした。


「角野と一緒にいられるだけで幸せなんですけどね」

「………」


 氷室の目が分かりやすく死んだところで、電話を終えたらしい社長が元気よくテーブルに戻ってきた。


 その場に漂う微妙なギスギス感もなんのその、ドンと椅子に座った社長は楽しそうな笑顔で俺らに話し掛けてくる。


「お待たせ。遅くなってごめんなさい。途中で、角野さんからも電話が来たので」



(お、何か面倒な問題でも起こったのか?)



「角野? 何かあったんですか?」


 名前が出たので気になり、どうしたんだと眉をひそめ心配そうにすると「大したことじゃないの」と社長は手をヒラヒラさせた。


「高田さんが近くに来たので事務所に寄ってくれましたよ、という連絡をしてくれただけ。でもついでにその電話で高田さんと話してたの」


「へーそうですか」



(ほんとに大したことじゃないし……)


 一気に電話についての話に興味が無くなり、素早く女性二人の会話を眺めるだけの態勢をとった。



 しかしうちの会社にくる営業の中で角野とあれだけ親しいのは、たぶん高田だけだ。たまに俺より高田の方が好きなんじゃないか? と思うくらい仲が良い


(―――高田はまだ事務所にいるんだろうか)


 イライラッと高田のことを考えていると、今日のお茶会の振り出しに戻ったかのように、社長がまた思わせぶりに「うふふふ…」と笑い俺を見てきた。


(おっと、やばい。また乙女モードに入ったか?)


「何ですか?」


 警戒した笑顔で見返すと、急に外面用の営業笑顔を浮かべた社長が前置きも何もなく唐突に言った。


「小宮さんは、また結婚したい、とか思ってるのかしら?」



(いや。―――保護者モードだったようだ)



 まるで娘の彼氏を見定めるかのような視線で見据えられ、彼女の実家で親と会っているかのような空気感がテーブルに漂う。


(なぜに突然、そこまで飛躍した話になるんだ社長)


 結婚どころかまだ俺らは正式に付き合ってもいません……と、若干引き気味な対応をしそうになりつつも、出来ればしたい…程度で収める当たり障りのない答えを返す。


「結婚? そうですね、いい相手がいればしたいですけど」

 

 すると見定め視線をゆるめた社長は、ちょっとウキウキしはじめた。


「そう。じゃ、いいお相手がいたらもう結婚前提で付き合っちゃたらどう?」



 ―――いえ社長。言いたくはないですが、それ以前に角野が俺と付き合うかどうかも怪しいです。



「……まぁはい、そうですね」




 そのあと変にまったりとした沈黙が十秒間も続き、そして今度はなぜか急に遠い目をし何かを思い出す風になった社長が、誰とはなしに話し始めた。


「そういえば、ほら。年末に行った忘年会の帰り」

「あぁ、メンテナンス会社とのですか?」


 違う話題へとそれたことでホッとした俺が簡単な相づちを打つと、社長はまだ遠い目をしながら話を続ける。


「そうね。それでその時、引田さんが『二次会に行きませんか?』って珍しく角野を誘ってたのよ」


(おや? ―――それ、初耳なんだが)


「あ! 私、その引田さんって人に会った事あるかもしれません」


 そこで今までずっと静かに話を聞いていた氷室が目をキラリンと光らせ、かなり食い気味に会話に加わってきた。


 社長は驚いた様子でパッと隣を振り返り、目を見開いて氷室を見る。


「あら、そうなの?」

「はい。背が高くて細めの、大人しそうな人ですよね」


「そうそう。人あたりが柔らかい草食系ぽい感じの。だからちょっと意外だったのよね。遅くなったら帰りは送ります、とかまで言ってたし……。ま、結局のとこ角野はお断りしたみたいだけど」


 社長が不思議そうにボソボソっと言った、そのセリフを聞いた氷室は人差し指をピンと立て明るい笑顔で伝えた。


「あ、それ。ロールキャベツ系男子ってやつじゃないですか?」

「ロールキャベツ系?」

「はい。普段は草食なのに、二人っきりになったら豹変して肉食系になる男子のことです」


 その言葉を聞いた途端、劇的に元気になった社長の目もキラリンと光り、氷室にちょっと…と手招きをしそばに来させたあと内緒話っぽく話し出す。


「やだ、じゃあ。角野さんてば、実はもう裏では引田さんから猛アタックかけられてたりして―――」


 そこで顔をハッと見合わせた二人はそろって口元を両手で押さえて肩をすくめ、少し間をおいてから身をよじらせ楽しそうに声を上げた。


「「キャーッ!」」



(おいこら待て。何がキャーだ。俺はちっとも楽しくない)



「その二次会も実は二人っきりで……とかいうお誘いだったとか」

「二人っきり? しまったわ。少し離れた場所から見てたから、そこら辺が分からないわ」


「きっとそうですよ。それで───」



 引田と角野の恋愛模様を、妄想全開でキャーキャーと楽しそうに喋り続ける二人をしばらくは我慢して笑顔で眺めていた。


 ……が、この二人は、たかだが引田が角野を二次会に誘った位でどこまで話を広げるんだ。


 しかしさすがに妄想とはいえ、角野と引田の熱い恋物語を延々とノンストップで聞かされるのはさすがに気分が悪い。


 徐々に徐々に機嫌が悪くなってくるのが自分でも分かったが、不機嫌さを顔に出すのは大人げないし営業としても失格───


「でも引田さんって、角野さんと意外に合うかもしれないわね」

「あ。二人とも真面目そうなんで、お似合いかも…と私もいま思いました」


 いや。顔に出るのを抑えるのもそろそろ限界になってきた。



 お前らそれワザとなのか? と深いため息を吐き、胸の前でガッチリと腕を組んでから背筋を伸ばして椅子に座り直す。


 そして話題を引田から他へと移すため、少し大きめの声で強引に割り込んだ。


「……で、他にはどんな何系男子がいるんですか?」


 するとすっかり俺の存在を忘れていた様子の社長が楽し気なまま振り返り、氷室もこれまた楽しそうに微笑んで俺を見た。


 二人の視線がこちらに向いたタイミングでニッコリと顔全体で笑い、優しく「それで?」といい感じの笑顔で首を傾げてみせたのだが


 ───どうやら、小宮の機嫌の悪さは隠しきれなかったらしい。



「あらあら、おほほ~」


 社長がちょっと焦った感じになりいつもの高笑いでごまかそうとしたが、それでも素敵ないい笑顔でひたすら自分を見てくる小宮が、かなり怖くなったんだろう。


 初めから決めていたかのように社長は店内の時計をチラっと勢いよく確認し、それから納得した表情で大きくうなずく。


「いやだわ、ごめんさい。もうこんな時間だったのね………小宮さんはもう帰ってもいいわよ」


「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えてお先に失礼します」


 帰宅許可から間髪入れずに返事をし、サッとカバンを手に取って立ち上がると軽い笑顔で二人に会釈をした。


「お疲れ様でした」


 挨拶のあとは、ちゃっちゃと喫茶店を出る。


 そして店から数歩ほど歩いた所で、ずっと気になっていた角野に電話を掛けようと、カバンに入れていたスマホを素早く取り出して手に取った。



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