小宮が角野を手に入れるまで

憂鬱な月曜日



 小宮に「行こう」と言われ、予定していた居酒屋に向って歩き出したんだが、どうも角野さんらが気になりチラチラと後ろを振り返る仕草をしていると


「どうした?」


 小宮が不思議そうに俺を見てきた。


「や、うん……」


 言葉を適当に濁したあと、おずおずと尋ねる。


「もしかして、角野さんと付き合いだしたとか?」



 それを聞いた瞬間、フッと顔をほころばせた小宮は


「そうだな……」


 俺と同じように言葉を濁し、口元に手を当ててしばらく沈黙する。


「いや、正確に言うと付き合ってはいない。でもお試しのデートはしてる」

「お試し?」


 なんでまた? と振り返った俺を見て「そう…」と頷き苦笑いした小宮は、正面に向き直って遠くを見たあとゆっくり口を開く。


「なんというか、人としては好かれてるようなんで―――」

「ふーん」


 おどけて喋ってはいるがまだ少し苦笑いが残っている、そんな小宮をしばらくひっそりと眺める。



 まぁ詳しい事情は分からないが、


 長かった片思いが、片思いのままで終わらずに済みそうな可能性が出てきた事を喜ぶとして、雰囲気を変えるようにドンっと小宮の背中を強めに叩く。


「それならやっぱり今日、角野さんを飲みに誘えばよかったな。久々に俺も話したかったし」


 残念だなー、とここに角野さんがいない事を惜しんでいると、目が笑っていない満面の笑みを浮かべた小宮にすげなくお断りされる。


「話さなくていい」



(おい、なんでだ小宮)


 なんでそんなに嫌がるんだ…と小宮に問いただそうとしたが、ちょうどそのとき目的の居酒屋へと到着してしまい、なんとなくうやむやになってしまった。



 そして店に入って席に座り、最初の一杯がテーブルにきたタイミングで、気になっていた角野さんについての話題を再び出すことにし―――



「そうそう。さっき話を聞くまでは、なんで角野さんが小宮を軽く無視したんだろう? と疑問に思ってたんだが」


 女性店員に愛想よくお礼を言っていた小宮をからかってみると、小宮は「何のことだ?」と片眉をクイッと上げる。


「―――無視? あーアレか?」


 いま思い出しました風に嘘くさく答えられたので笑けてきてしまい、手を伸ばし肩をドンドンと大きく叩きつつ更にからかい口調を続けた。


「そうだ。小宮もすぐに追っかけただろ。あれだよな、お試しとはいえデート相手が他の女といい感じで手を握り合ってたら、そりゃ気分が悪いよな」


 すると小宮が、なに言ってんだ? てな感じで再び片眉を上げる。


「はい? いや、あの程度なら角野は全く気にしないぞ」


 今度は俺の方が、なに言ってんだ? となり恐る恐る小宮に言った。


「いやいや。全く気にして無い子が、あんな態度とらないと思うけど?」


 小宮は急に苛立った表情になってしばらく沈黙し、本当はこんなことお前に言いたくないが……という雰囲気で静かに喋りだす。



「どうだろ。角野はデートしたら楽しそうにしてるし、たまに今日みたいな反応をする時もある―――ただ距離が縮まったと思っても、その次の瞬間にはスルスルっと逃げられるんだよ」


「………」



 ―――いかん、小宮が珍しく弱気だ。俺の呪いが効きすぎたか?


 仕方がない。


 小宮と比べれば、かなり乏しい恋愛経験しかないが

 友人として誠実に応えてみよう。



「や、えっと。なんというかな」


 普段通りの ”俺って格好いい” てな雰囲気に戻り、ん? と面倒くさそうに顔を上げた小宮に話し掛けた。


「俺が勝手に思うにだけどな。あの避けられたあと喋ってた二人の空気感を見て、付き合ってるのか? とすぐ疑った位なんで、以前よりは友人以上だと意識されている気がする」


 とはいえ、初めて会ったときにもそう思ったんで自信は無い…と笑ってみせてから、軽い口調に戻す。



「ただほら、小宮はふざけるクセがあるからな。角野さんもお前がどこまで本気なのかが分からずに、つい引いた対応をしてしまうのかもしれないぞ」


「……そこの努力はしている。だけどな、真面目一直線にひたすら口説くのって、つまらなくないか?」


「ははっ、まぁなー。でもお前が言うように、全く気にしてないのにあんな風に避けられたんなら、単に小宮の行動に呆れ果てて喋りたくなかっただけ、って可能性も捨てきれないけど」



 いや、仲は良さそうだったし、それは無いか―――と、最後にハハハッと明るく笑い飛ばすと、小宮は苦笑いをしてからおかしそうに目を細めた。


「結局のとこ、見込みは薄いって結論になってないか?」


 そのあと、ふと思うことがあったような様子になり、持っていたグラスの中の氷をカラカラと動かしながら何かを考え込みはじめる。


 表情のない真顔で物思いにふけっているせいでか、やたらと男っぽい色気を出してきた小宮に見とれつつ、お通しを美味しく食べ始めた俺は


「や、でも。はたから見ればお前らは両想いにしか見えないんだが、分かんないもんだよな」


 普通のトーンでぼんやり言ったあと、思い出した。


「あっ、小宮」

「ん? なんだ?」

「すまん、大したことじゃないんだが」

「うん」


「俺、氷室さんに余計なこと言ったかも」

「は? なに言ったんだ……」







   *********************






 週明けの月曜日。


 14時過ぎに営業から「ただいま」と事務所に戻ると、書類室からヒョコっと顔を出した角野がお迎えしてくれた。


「あ。おかえりなさい」



(お、なんか、今の可愛いかった)



 ドアの前で立ち止まり、やっぱり髪は短い方がいい…と改めて和んでから自分の机へと向かい、書類室の窓から見えるその姿をずっと目で追っていたら、視線に気づいたのか角野がこちらを振り返ってきた。


 振り返ったのに合わせて優しく微笑むと、少し間が空いたあと角野が首を傾げる。


「なんですか?」


「ふっ、いや別に。……そういえば、メールでも送ったけど今度のデートの行き先希望あるか?」


 机の上に置いたカバンからパソコンを取り出しつつ聞くと、ファイルを手に書類室から出てきていた角野は思い出したかのように「あっ」と小さな声を出す。


「そうでしたね、どうしようかな」


 自分の椅子に浅くトンと座って難しそうな表情でつぶやいた角野は、ファイルを手に持ったまま一点を見つめ、何かを悩んでいるようだ。


 悩んでいる角野を隣でふーんと眺めていたんだが、なぜだか急に不安になってきてしまい


「あーまだ日にちあるし、特に希望ないなら俺に全部任せてくれていいんで」


 明るい笑顔でこの話題を早く終わらせるかのようにササッと告げると、角野も「あ、はい」と笑って机に向かい仕事を始めた。




 そこからしばらくは二人して仕事に集中し、今日の仕事はほぼ終わった様子の角野が手をあげウーンと伸びをしたのをきっかけに、また喋り出した。


「そういえば、坂上さんとは遅くまで飲んでたんですか?」

「んーそうでもない。22時位には切り上げて帰ったし」

「へー。またあの和食屋さんで?」

「いや違う。今回は中華系の居酒屋に行った」


 角野の方へと体を向け、机に寄りかかった姿勢で坂上との飲み会がどうだったかを笑顔で話してはいたが、


 飲み会のあとから機会あるごとに色々と思い悩んでいたからなのか、金曜の事を思い出すと一気に憂鬱な気分になってきた。



(氷室、いい加減そろそろ俺のこと諦めてくれないかな……)



 だいたい、二人きりでのお誘いを断る・連絡先の交換拒否・好きな人がいる・お前には全く興味が無いと匂わす・他の男を探せと暗に伝える、


 これだけのお断り条件がそろえば、大抵の女子は「これは無理」とすぐに引いてくれるんだが。


 まぁそう。彼女は大抵じゃない方の女子なんだろうな……

 あれだ。まずは、社長経由の飲み会を断るとこから始めてみるか。




 これからの展開を頭で考えるのと同時に、角野とも適当な会話をポツポツとしていたが、会話が途切れたのをきっかけにまた黙って仕事を再開する。


 静かな時間が10分ほど過ぎた辺りで、どうも気が散って集中できない仕事の手をピタッと止め


「あーもう! 俺はなんだか、しんどくなってきた……」


 急に投げやりに言い放ち、おでこをドンと机にぶつけ、勢いよくグッタリと体全体で突っ伏した。


 え? と驚いて振り返り、突っ伏している俺をしばし眺めていた角野だったが、普段とは違う本気の疲労感を雰囲気から感じ取ったらしい。


「えっと、取引先の人が持ってきてくれたお菓子がありますけど。食べますか?」


 珍しく優しい声を出して、小宮を労わってくれる気分になったようだ。



(お菓子か……)


 じっと動かず机に突っ伏したままどうするかを考え、


「食べる」


 短く伝えると角野はおかしそうに小さく笑ってから立ち上がり、のんびりとした動きでポットに近づきお茶の用意をし始めた。


 待っている間もずっと突っ伏していたせいか、半分起きて半分寝ているというフワフワした状態で気持ちよくまどろんでいると、角野が俺の背中をポンポンと叩いた。


「小宮さん」


 呼ばれた…とムックリ起き上がり、机にもたれ掛かりながら片手でけだるげに頬杖をつく。


 机の空いたスペースに「はい」とお茶を置いた角野は、焼き菓子が入っている箱を取りに行ってから自分の席へと座ると、箱の中身を傾けて見せてくる。


「どれにします?」


 ツツツーッと椅子ごと角野に近寄り中身を見たが、正直どれも同じにしか見えない。


「角野に任せる」


 どれにするかをまるごとお任せすると、角野が焼き菓子の種類をザッと目で確認しはじめ、その間も半分寝ていた時のけだるい気分でじっと待機していると、お菓子から俺へと視線を移した角野が眉をひそめてきた。


「小宮さん、寝不足気味ですか?」

「ん? んーそうかもな」

「休み明けなのに……じゃあ小宮さんは、激甘っぽいブラウニーにします」

「あーうん」



 俺の返事を聞いてからブラウニーとやらを手に取り「はい」と渡してきたので、受け取ろうと手を出したが、お菓子を持った角野の右手を見て


「手首、細いなー」


 何気なく言ったあとなぜか無性に触れたくなり、スッと俺も右手を伸ばしサイズを測るかのように角野の手首に指を絡めてつかんだ。


「―――え? 小宮さん、お菓子を取りましょうよ」


 なんか、角野に色気のない見当はずれなことを言われたのがおかしくて


「あーごめん」


 とりあえず意味なく急につかんでしまった事を素直に謝って、角野に笑いかけてからお菓子を受け取るため手を離そうとした。



 ―――離そうとしたんだが、


 なんとなく気がつけば軽くうつむいている状態になり、つかんでいた手首をゆるく引っ張りながら自分も体を寄せ


「角野はさ――」


 伏せ目がちに耳元まで顔を近づけ小さくつぶやき、角野の右肩に正面からストンと頭を乗せもたれかかった。


「俺が女性に対して誠実じゃないと、本気で呆れてたりす―――」



 ガチャガチャっという音と共にドンっとドアが開き、カツカツというヒールの音がしたあと、遠慮のないパワフルな声が事務所に響き渡った。


「ただいまっ、あらやだ! ごめんなさい!!」


 待望の乙女シーンを見れた事で、声がかなりうわずっている。



(なぜだ、なぜ今なんだ社長)



「おかえりなさい」


 うろたえている様子の角野の肩から頭をゆっくりと上げ、義務的に社長に挨拶を返し、うつむき加減のままで椅子をスススっと後ろに引いて自分の机へと戻った。


 それから大きく息を吸い社長へと視線を向けると、その視線を感じた社長が俺の顔をふと見た瞬間


「そう、今日はいつになく、いい天気よ。お…おほほほ~~」


 焦った声音こわねで言葉を発したあと気弱く高笑いをし、そそくさと自分の席へと向かっていく。


「………」



 いや、状況に流されて会社で恋愛モードに入ってしまった俺が全面的に悪い。

 悪いんだが、


 ――――登場の仕方が毎回タイミング良すぎだろ。


 社長には乙女センサーでも付いてるのか?



 席にたどり着き静かに座った社長は、さっきの事を探りたいのか、そわそわとした落ち着きのない浮かれた動きをしている。


 当たり前だが聞かれても答える気は更々ないので、ひたすら全身から「聞くな」オーラを冷たく出して無視を続けつつ、社長のためにお茶を用意している角野をチラ見する。


 変に中途半端に終わってしまったさっきの出来事を、角野がどう思っているのかが全く分からない。


(なんだかもどかしい……)


 モヤモヤした気分で机に向かい仕事をしていると、角野が淹れたお茶をズズッと飲んで多少落ち着いたらしい社長が、何事も無かったかのようないつもの口調で話し掛けてきた。



「小宮さんは、今日はもう出かけないのかしら」

「あーはい。そのつもりですが」


 やばい。このパターンには嫌な予感しかしない。


「じゃあ、16時からちょっと付き合ってちょうだい」

「16時から、ですか?」

「そうよ。定時に帰る予定にはしてるから準備しといて」


 これに逆らったところで、無理矢理にでも連れていかれる気はするが、逆らわなければずっとこのままだ。


 よし、断ろう。


「ちなみにそれ、仕事ではなく氷室さんとのお茶会とかなら、溜まってる仕事を片づける方を優先したいので遠慮させてもらいたいのですが」


 真面目に社長の目を真っ直ぐ見ながら、強くはっきりと伝える。


 するとばっちり正解だったようで、俺と見合っていた社長の目が大きく上下左右に泳いだ。


 しかし、急にフンッてな強気な態度になった断られるのが何よりも大嫌いな社長様は、湯呑を手に取って勢いよくズズッとお茶を飲み、その湯呑を机にドンッと置いたあとニッコリとした笑顔を嘘くさく作る。


 それから嫌味ったらしく言ってきた。


「そうね。私的な事より、し・ご・と、が優先よね小宮さん。偉いわぁ」


「………」



(しまった、言い返せない)



「でもね、取引先と親睦を深めるのも、し・ご・と、よ小宮さん。だから一緒に来てくれるわよね、小宮さん?」


「―――はい、分かりました」

「良かった。……ふふふ、楽しみだわ」



 社長は嬉しそうに目をキラキラ輝かせ、弱々しく「そうですね」とまた同意の返事をした俺にニンマリと笑いかけてきた。



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