偶然に見える出会い
角野と水族館デートをしたあと、自宅に帰りついてからフーッと軽くため息をついて落ち着いた、そこら辺りでふと頭を抱え軽く落ち込んだ。
おいおい。
なぜいい年して帰り際、あんなにはしゃいでしまったのか……
一回目のデートと同じくひっそりと一人反省会をし始めたものの、してしまった事はもうしょうがない…と早々に諦め、寝て忘れることに―――
と思った時、スマホに着信があった。
もうかなりどうでもいい気分で、誰からなのか…と画面を確認すると
(お、角野)
『家に無事、帰宅です。今日はお疲れ様でした』
「………」
(相変わらず、色気の無い、業務連絡のようなメール……)
何回デートしても、”兄のように気楽に付き合える男”
そういう立場から抜けられないのではなかろうかと、今度は本気でガックリと落ち込みそうになりながらもメールを短く返す。
『お疲れ。じゃ、また明日』
送信してからソファーにドンと倒れ込み、テレビを付けたままふて寝していたら、またスマホに着信がきた。
(今度は誰だ?)
『はい。明日の仕事の為、お風呂に入った後すぐ寝ます。小宮さんも早く寝るんですよー。では』
「………」
(いつもなら、さっきの返信でやり取り終了のはず)
おっと珍しい…とじんわりテンションが上がったが、今日の反省を生かし、ここは浮かれず大人の対応をしよう。
『そうだな、明日の仕事のため俺も風呂はいったらすぐ寝る。おやすみ』
自分ではとても平凡で無難、だと思うメールを返してから
「ふっ」
スマホを見ながら怪しくほくそ笑んだ。
*********************
1月、第三週の金曜。
小宮と飲むため待ち合わせ場所へと電車に乗って向かい、駅の改札を出ようとすると背後から低い声で呼びかけられた。
「坂上」
「―――お、小宮。今日は直帰か?」
「そう」
振り返り、短く言葉を交わしながら改札を出て、そのまま他の人の邪魔にならないよう少し先まで歩いてから後ろにいるはずの小宮へとまた視線を戻すと、
どうやら一人ではなく、またまた女性と一緒のようだ。
二人は改札付近で何かを笑顔で話していたが、すぐに小宮は「では」という感じで彼女に頭を下げ、こちらへと歩いてくる。
(というか、ほんと、会う度に違う女に絡まれてるな)
「取引先の人か?」
近寄ってくる小宮に手を上げ、まだ改札前にいる女性を見つつ尋ねると、面倒くさそうに返された。
「いや。ちょっと前に知り合いと飲みに行ったとき、いた女性」
「へー」
暗めの浮かない返事をしてから、なんともいえない気分で小宮を見る。
「じゃ、行くぞ」
小宮はそんな俺に苦笑いをしたあと、サッサと先に歩き出す。
その後を小走りで追いかけ、隣に並んで歩きだしたとこでまた小宮を眺めた。
(おい、横顔も男前ってどういうことだ……)
心の底から切なげに、ホーっと深いため息をついた俺に気が付いた小宮は、鋭い視線で冷たく睨みつけ嫌そうに顔をしかめた。
「不審者発見」
「誰が不審者だ」
それからお互いの仕事の出来事などを楽しく話しながら、目的の居酒屋へと向かっていると、腕時計で時間を確認した小宮がボソボソッとつぶやく。
「退社時間過ぎてるから、この道だと角野に会うかもな」
「お、角野さんか。今日は誘わなかったのか? 俺は全然構わなかったのに」
俺に気を遣って誘えなかったのかと思い、今度からは気にすんなよ…と肩を叩き笑顔で伝えると、小宮は「そうか?」とかなり気のない返事をしてから俺をチラ見した。
「……会ったらまた愚痴、聞くのか?」
「愚痴? ……あーあれ? や、どうだろ。聞くかもなー」
「ふーん」
そんな会話をしていると、うっすら見覚えのある若い女性が、道の反対側からこちらに向かって可愛らしく手を振っているのに気が付く。
(おや? あの子は確か、小宮のファンだったような)
「小宮さーん!」
(……やっぱりか)
大きく呼びかけられた小宮は、声がした方へとヒョイと顔を向け誰なのかを確認すると、口の端だけで微妙にイラっとし浅く息を吸う。
それをフッと吐きだしてから普段の爽やかな営業笑顔を手早く作り、小走りで近づいて来た彼女に挨拶をした。
「偶然ですね、氷室さん」
「はい。でも、会えたらいいなーとかちょっと思ってました」
そして彼女がこちらにもニコニコと会釈をしてきたので、笑顔で会釈をし返したが、そこでもう俺への興味はゼロになったらしく
すぐに小宮の隣へとスススッと寄ってピタっと張り付き、ものすごい勢いで喋り始めた。
「あれから、メールについて聞きました?」
「いえ、特には」
「えーそうなんですか?」
「……はい…」
「なんで聞かなかったんですか?」
「それは―――」
何のことかは分からんが、とあることに関しての追及を氷室さんが小宮にし始めていることは分かる。
(いや、お前も大変そうだよな)
まるで取り調べをされているかのような会話を聞き、ここは助け船を出したほうがいいのだろうか…と悩んで二人を眺めていたら
「でも今日も寒いですねー。小宮さんは手袋とかしないんですか?」
急に氷室さんが小宮の右手を取って胸元まで引き上げ、温めるかのように両手でギュッと包み込んだ。
小宮は目を細めて一瞬だけ営業笑顔を消したがすぐ元に戻し、適当な会話の合間にさりげなく手を下に抜こうとしている。
「大丈夫ですよ。体温が高いんで暑がりなんです」
若い女性に積極的なアピールをされている小宮のそばに立つ、フツメン36歳の俺はそっと視線をそらし、横を通る人の流れを眺めている振りで居心地の悪さをごまかしていると、見えた。
(おぉっと、あれは角野さんじゃないか?)
「すいません、そろそろ……」
女性に別れを言い出している小宮に早く知らせようと、肩を勢いよくポンポンと叩いて角野さんが歩いている方向を無言で指さす。
するとどうやら角野さんの方も気が付いていたようで、小宮が「お…」と軽く手を振るとすぐに小さく手を振り返し、トコトコとこちらに向かってくる。
たどり着いた角野さんは、俺・氷室さんと「どーも」と挨拶を交わしたあと俺に笑顔で話し掛けてきた。
「久しぶりですねー」
「うん久しぶり。いま帰り?」
「はい、そうです。えっと、坂上さんは今から小宮さんと飲みに───」
「そうそう。角野さんは?」
「私ですか? んー、帰りにスーパーに寄る位ですね」
うわっ寂しい! 大げさにのけぞって反応した俺を見て、「あははは」と楽しそうに角野さんが笑う。
「そうなんです。じゃ、寂しい女は家に帰ります」
「今度は一緒に飲みに行こうな」
俺らに手を振り歩き出したそうとした角野さんの肩を、行こうな…と同時にトントンと叩いた。
そして小宮も俺の言葉に続き
「じゃあな、お疲れ」
彼女に声を掛けたんだが、軽い会釈だけで黙って角野さんは駅の方角へと歩き出した。
(あれ? 小宮と喋るのを避けた?)
思わず振り返って小宮の顔を見ると、その後姿を見ながら軽く眉をひそめており、気にして振り返った俺の腕をトンと一回叩いてすまなそうにする。
「ごめん。ちょっと行ってきていいか?」
「おう、いいぞ」
それから小宮は氷室さんにも無言で会釈をしてから、早足で角野さんに駆け寄っていく。
氷室さんと俺は何となくその場で並んで立ったまま、離れた場所で話し始めた彼らをぼんやりと眺めだし――――
・
・
・
「どうしたんですか」
追いかけてきた事に、なんだ? と疑問顔をして立ち止まった角野の前に立ち、少し前かがみで首を傾けてから得意げにニヤっと怪しく笑う。
「ふっ。いや、もしかしたらさっきの氷室と俺を見てて、角野が焼きも―――」
「焼いてませんから」
(まだ最後まで言い終わってない……でも見てたのは、見てたんだな)
あまりにも素早くかぶせ気味に否定された事に、嘘くさく悲しそうにうなだれてからまた顔を上げる。
「そうか。でもまぁ、それは横に置いといて」
人差し指に力を込めて、角野のおでこをドスっと突き
「せっかくだし、一週間ぶりに俺らも手、繋いでおくか?」
いつものようにふざけてみせると、角野が小さく頷き言った。
「はい、繋ぎます」
「繋ぐのかよ」
普段のノリができず、思わず動揺してしまった俺をみた角野は、鼻からフンッと息を抜くような笑いをしたあと、俺から逃げるかのように一歩後ろに下がる。
「いえ、繋ぎません」
「角野……?」
・
・
・
……
……
小宮……お前、いま、おでこツン、とかしたか? うわー。
ツンされた角野さんは、うなずいて何かを言い……
あ、小宮が怒っている―――ふり、だなありゃ。
ん? 角野さんの手を握ろうとして逃げられた……と思ったら、また握ろうとしている。おっと、そしてまた逃げられたが、またまた手を追いかける小宮。
―――って、何やってんだアイツ。
「………」
遠目から見ても伝わってくる、小宮の分かりやすい好意のだだ漏れっぷりに
(まさか俺の知らぬ間に、二人は付き合い始めたとか?)
そんな事を思いつき、腕を組みながら面白がった視線で二人を眺めていると、隣に立っていた氷室さんがひとりごとのようにつぶやいた。
「気を惹くのがうまい……」
「―――気を惹く?」
突然何を言いだすのかと不審感を全く隠さずに問いかけると、二人の方へと視線を向けたままの氷室さんが不満そうな声を出す。
「いえ別に。小宮さんって、ああいう大人しそうなタイプが好きなんですか?」
再び、はい? と隣を振り返り、氷室さんの顔を眺め
(小宮が角野さんの事を好きなのを知ってい―――)
……いやまぁ。あの小宮を見てれば、そりゃ「そうかも」と疑うわな。
とりあえずは適当に、話を合わせておけばいいか。
「それ、誰の事かな」
「角野さんです」
「角野さん? うーん。小宮から聞いた話では、結構気が強いみたいだけど」
「そうですか? 二人で話してもあまり反応が無いので」
どこが? と言う感じで冷たく返してきた氷室さんを見て、さっきの小宮に対する追及ぶりを思い出す。
(たぶん、面倒くさいと適当に流されたのでは……)
ただ、決して大人しくは無い角野さんネタを、もう楽しそうに生き生きと話す小宮の姿をそこでふと思い出し
「ぶ。うはははっ」
思わず軽く吹き出し盛大に一人で笑ってしまい、はい? と危ない人を見る目つきで振り返ってきた氷室さんに、俺はうんうんと笑って頷きながら機嫌よく話し掛けた。
「や、確かに角野さんは気が強いというよりは、なんというか(笑)―――まぁでも、彼女が小宮のタイプなのかと聞かれれば怪しいが、かなり可愛がってるんで、そのとき好きになった人がタイプ…ってパターンだと俺は思うけど」
俺が明るく楽しく喋り終わったあと、
「……へー」
妙な迫力で角野さんを見つめている氷室さんの口から発せられた、冷静ながらも嫉妬心あふれるその一言を聞いたとたん、気づいた。
(―――やばい。俺は余計なことを言った)
「あーえっと……」
(すまない、ごめん)
心の中で角野さんに手を合わせて謝罪し、氷室さんをこれ以上刺激しないよう、もう喋らず黙って静かに小宮の帰還を今か今かと待っていると
しばらくすると気を取り直したらしい氷室さんが、小宮たちの方へとタタタッと駆け寄り、小宮に───
話し掛けるのかと思いきやサッと角野さんの腕を取って組み、親しそうに寄り添って何かを話しかけている。
(ん? そんなに仲良さそうには見えなかったけど)
自然に俺も氷室さんの後について小宮らに合流すると、氷室さんがお願いしている所だった。
「角野さん。一緒に駅まで帰りませんか?」
どうやら意外だったらしいお誘いに、少し戸惑った様子で氷室さんを見た角野さんだったが、すぐに軽く笑ってうなずいた。
「あ、はい。いいですよ」
角野さんたちの会話をまた眉をひそめつつ黙って眺めていた小宮は、俺が来たことに気づくと、さっきはごめんな…という感じで手を上げる。
「そろそろ行こうか」
「おー、そうだな」
それから小宮は、氷室さんの方へ向き直ってニッコリと笑い掛けた。
「じゃあ、もう行きますんで」
そのあと角野さんのそばへと寄ると首を傾けてグイッと顔をのぞき込み、破壊力抜群のいい笑顔で角野さんの二の腕に右手を添える。
「お疲れさま。じゃあ、また月曜日にな」
「はい、また月曜に。小宮さんもお疲れ様です」
小宮は、歩き出した角野さんを寂しそうに目で追いつづけ、そしてそんな小宮を振り返って見た氷室さんが無表情になっていく。
(小宮、お前。やっぱり、分かりやす過ぎだろ―――)
今のこの状況をハラハラした気分で見つつ、角野さん大丈夫だろうか……と心配していたら、小宮がとても雑に声を掛けてくる。
「行こう」
いつものごとく、小宮は先にスタスタと目的地へ歩き出した。
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