うん、雰囲気は悪くない



 水族館を回り終えたあとは、夕食のため予約していたお店に仲良く向かう。


 店員に個室へと案内され、対面になっている席で運ばれてくる料理を食べて話をしているうちに、いつのまにやらまた新年会の話になった。



「そういえば、新年会で角野が席を立った時」


 うつむき加減で料理をつつきながらポツポツと俺が喋り始めると、角野がフォークで鶏肉を刺してから顔を上げる。


「あぁ、氷室さんとですか?」


「そうそう。そのときに社長が、俺と角野の『二人は事務所でいつもイチャイチャしてるのよ~』とか、みんなの前で嬉しそうに言い出して」


 角野は食事の手を止め、小さく「はい?」と叫んだあと呆れた感じで頭をカクンと前に倒した。


「……なに言ってんですかね」

「俺も、その場でそう思った(笑)」


 そのあと何とも言えない沈黙が続いたが、基本的に社長がすることに関しては俺ら二人とも諦めが肝心だと悟っているせいか、


 早々に二人して沈黙を破り、ふざけた会話をすることにし───



「……まーでも、激走型の乙女ですし」

「そうだな。ただ今年に入ってから、乙女心がアップグレードしてるぞ」

「アップ……マジですか……」


「マジです。―――でもまぁ、社長の期待に応えてイチャイチャしてみせるのも面白いかもな」



 俺はしてもいいぞ……と、とてもいい笑顔で角野に伝えると、悩むことなく笑顔で手をブンブン振られた。


「小宮さんとイチャイチャ? 無理無理」

「………」


(いやいや。イチャイチャに見えるような事は、結構してると思うんだが)


「無理?」


 角野の冷たい返しに対して不服いっぱいの顔でつぶやいたあと、何かを企んだ表情でテーブルから軽く身を乗り出し


「じゃあ一度、試してみたらどうだろう」


 そう言って片眉を上げた俺を見た角野は、思いっきり警戒しサッと身構えた。



 身構える角野に口元だけで優しく微笑みかけながらテーブルにあった人参をフォークで刺し、ニッコリと差し出す。


「じゃ。まずは、アーンから」


 挑戦的で素敵な笑顔と共に差し出された人参を、冷たい視線でチラ見した角野は


「しません」


 速攻で拒否った。



「……仕方ない」


 ガッカリ感を前面に出しながら人参を引っ込めたあと、ため息をつき


「ならせめて、手を握って熱く見つめ合い『そのりん、やまとたん』ってひたすら呼び合わないか?」


 そんなことをしてる俺らを想像すらできなかったが、まぶしそうに目を細めた熱い視線でウットリと語り掛けると、角野の冷たい表情が崩れた。


「ふっ」


 お、案外ウケた。


「でも、しません」


 が、やはり拒否られた。



「そうか、それなら―――」


 そうは言ってみたものの特に次のプランがなかったので、とりあえず両手で角野の頭をガシっとつかんでみたが、力いっぱい後ろに下がられてしまう。


(いや、そんなに警戒するほど変なことはしない……)


 即座に手の力を抜くとスーッと元の位置へと戻ってきたが、思いのほか角野が面白がった顔をしていたので、


(よし、この際、本気でイチャイチャしてしまえ)


 愛情たっぷりにニッコリ笑い、頭に両手を添えたままゆっくりと俺のおでこを角野のおでこへと近づけていく。



「熱、無いですから」


 素早い動きで俺のおでこに手を当てられ、勢いよくグイッと押し戻された。



(―――そのりん、ここは流されて欲しかった)



「角野……イチャイチャは、雰囲気とノリが大事で」


 意気消沈ぽくガックリ肩を落とすと、角野は素で淡々と返してくる。


「知ってます。でも付き合ってないですし」

「え。でも、もうすぐ付き合うし」

「……その根拠のない、無駄な自信は一体どこから湧くんですか」


 両手で頬杖をつき呆れた顔で首を傾げた角野に対し、同じように俺も片手で頬杖をつき首を傾げ、余裕ある大人の男らしく寂しそうに微笑み普段より低めの声を出す。


「酷いな、ずっと手を繋いで寄り添って歩いていたのに」


 哀愁を漂わせたつもり、の切ない表情でしばらく黙り、最後に愛おしげに優しく笑みを浮かべてみせた。


「………」



 数秒後、うっ…と言葉に詰まった角野が頬杖をついていた両手で頭を抱え、小さくグッタリとつぶやく。


「やばい、小宮さんが格好よく見えた」


 どうやら悲しんでいるようだ。



 俺の顔面の素敵さに負けてしまったその姿を、頬杖をついたまま勝ち誇った視線でフフンと眺めていると、角野がヨロヨロと顔を上げたので


 頭をポンポンと叩いてから、お試しのイチャイチャをしつこく続けた。


「これからずっと、そのりんって呼んでいい?」

「却下で」

「そうか、なら、そのたん……」

「違いが分かりません」


「んーじゃ、そのその? そのぴょん? あっ。のこぽん、ってのもいいな」

「のこぽんは、どこからきたのか……」





 食事を終え店を出て最寄り駅へと二人で並んで歩いている途中、お酒を飲んだのと疲れからか眠そうにボーッとしてる角野に気づく。


(おっと、夜道だしこけないようまた手を繋ごうかな……)


 水族館で拒否されなかったことで、つい調子にのってまたスッと手を出すと、条件反射のように「はい」と角野がポンと手を乗せてきた。


「………」


 一瞬の沈黙のあと我に返って動揺し、しばらく固まった角野。



 元カレと付き合ってた時の名残りが出たのかもなーと、微妙に複雑な気持ちになったが、ここで手を離すほうがよっぽど気まずくなる。


(まぁ、気にするほどのことでもないし)

 

 逃げられないようガッチリと手を繋ぎなおしてから、笑って顔をのぞき込む。


「ボーッと歩いてると危ない」



 そのまま何事も無かったかのようにいつも通りの会話をしていたが、ふと繋いでいる手をジッと眺め、そのまま角野の顔へと視線を移す。


「なんですか?」


 見られていることに気づいた角野が、俺を見上げて素で質問してきたのに、少しだけ間を空けてから小さく笑って答えた。



「いや。こういうデートらしいデート、最近してなかったなと思って」

「そうなんですか? あ、仕事帰りに会うのが多かったとか」


「そうそう。ご飯食べに行ったあと飲んで、それで―――」

「それで?」

「―――まっすぐ家に帰る」

「あははっ」



 夜道独特のフワフワした雰囲気の中楽しそうに笑う角野を見て、繋いだ手をちょっと上に挙げてみせてから正面を向き口を開いた。


「角野は俺とデートして楽しい?」

「はい? 急にどうしたんですか」


 角野が不審そうになったのは分かったが、そこはもう気にせず静かに返事を待っていると、角野が普段通りの日常会話口調で言う。


「えーっと。はい、楽しいですよ」


「ふっ。俺は角野の事が好きだから、もの凄く楽しい」


 多少自嘲気味な響きを含ませながらも、正面を向いて歩いたまま珍しく穏やかに、かつ楽しそうに喋る俺に対して、少しだけ角野は戸惑った様子で再び見上げてきた。


「───あ、はい」



 そんな会話をしていたら、駅に着いてしまう。




 今日は途中までは同じ電車なのでしばらくはまだ一緒にいられるのだが、


 やはり新年会の帰りに何か俺に聞きたそうにしていた事と、別れ際にされたあの態度がずっと気になっており


(終わった事として、スルーした方がいい気もするんだけれども)


 どうするかと悩みつつ改札近くで繋いでいた手を離し、角野の正面へと立ってかがんだ姿勢で目線を合わせた。


 なんだ? とうかがうように目を合わせてきた角野に、気になっていた…という気持ちを特に隠しもせず真面目に尋ねる。


「俺に聞きたい事や、言いたい事が何かあるんじゃないか?」


 えっ…と目を泳がせた角野は、少し引き気味で小さな声を出した。


「なんというか、―――今はいいです」

 


(おや。まだドンと頼るほどの信頼性が、俺にはまだ無いのだろうか……)



 今はいい、と言われた事に納得していない表情で眉をひそめ


「そうか?」


 そう言ったあと角野の首筋へと手を伸ばし、特に抵抗もなく手を添えられたままの、角野の目を真剣に見ながら伝える。 


「気になることがあれば、素直に言ってくれた方が俺は嬉しい」


 いつになく真面目な小宮の言動に、角野はあわあわとした動きになり


「あの。そんな大げさな事ではなく、彼女になったら聞こうかなっていう程度の軽い事だったので……」


 つぶやくように答えたあと、また軽く目を泳がせた。



(彼女になったら?)



 たぶん角野はあまり深い意味はなく言ったんだとは思うが、一年以上前から悶々と想い続けてきた身としては、その言葉だけで嬉しくなってきてしまう。


(それって結構、前向きじゃないか?)


 心はパーッと明るくなっていたが、顔は真面目なまま角野をしばらく眺めてから


「角野……」


 惚れた弱み丸出しで思わずガシっと抱きつこうとすると、胸元辺りに両手を当てられ思いっきりグイッと押し返された。


「なぜ、そうなる」


 


 微妙な、まぁ主に角野が戸惑っていた感じの雰囲気が漂ったが、角野の頭へと手を乗せながら


「じゃ、帰ろうかな」


 明るく言ってみると、同じく角野も明るく返してきた。


「はい、帰りましょう」



 電車に乗ったあとも、乗り換え駅で角野と別れる時まで機嫌よく会話を続ける。


 そして隙あらばイチャイチャしようと、好き好きオーラを出しまくっていた俺に向かって、電車を降りていく角野がいつもよりも更に呆れた感じで手を振った。


「じゃあ、また明日」

「そうだな、また明日」


 電車の中からとてもいい笑顔でブンブン手を振り返してきた俺を見て


「あははっ」


 角野は、おかしそうに目を細めてまた手を振り返してきた。



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