小宮と氷室と、そして新年会と(2)



 たぶん、お手洗いに行くつもり―――だったであろう角野に、女子独特のアノ妙に仲良さげな雰囲気を醸し出しつつ声を掛けた氷室は、後を追う感じで席を立つと角野の腕を持ち軽く組んだ。


 どうみても戸惑っている角野を引き連れた氷室は、俺らに「行ってきます」と笑顔で手を振ってみせてから一緒に部屋を出て行った。



(いや、嘘くさい。嘘くさ過ぎるだろ)



 決して仲良くなんぞない、であろう女子二人が出て行ったドアを眺め、氷室のまるで「私たち親友」と言わんばかりのノリにツッコんでいたら、片岡に「小宮さん」と話し掛けられる。


「小宮さん、お酒強いですよね」

「あーいえ。そうでもないですよ」


 そのまま当たり障りのない会話がまた始まった。



 そんなこんなしてる内に10分以上が経ち、氷室がスキップしそうな機嫌のよさで一人部屋に戻ってきたので、あれ、角野は? という意味を込めた視線でお迎えすると、ニッコリと笑い返される。


「角野さんは誰かからメールが来たらしくって、先に戻って下さいと言われたので」

「そうですか」



 氷室が席に座って俺らの話に交じり始めた辺りで、初参加の片岡がなんとなくといった感じで俺と社長に尋ねてきた。


「しかしYUKINO商会の皆さんは、仲がいいですね」


 すると俺が何か言おうとする前に、社長が俺と角野が座っていた席とを素早く指さしニコニコし出す。


「そうなの。特にこの二人は仲良くて。もうね、いつもイチャイチャしてるのよ」

「そうなんですか?」


 面白がった表情で俺を見てくる片岡に、今度は意味ありげな笑顔を作ってみせる社長。


「そうよ。だから外から戻って事務所のドアを開ける時は、ほんと、タイミングに気を遣うわ~」


「………」



 ───タイミング? 気を遣う?


 よく言う。


 毎回毎度、不意打ちで勢いよくドアを開けるくせにな。

 しかも最近は、存在を消す、という技も繰り出してきてるだろーが。




「イチャイチャって。六年も一緒にいるんで、ただ単に仲がいいだけですから」


 何を言ってるんだか…という苦笑いを浮かべ、こちらをガッツリ見てきている片岡と氷室にしっかりとした否定をすれば


「そう? まぁあれ位、小宮さんにしたらスキンシップ程度のことなのかしらね」


 更に上乗せでウフフと思いだし笑いをした社長が、俺を怪しい目つきで見てくる。



(あれ位とは、どれ位の事だ)



 変な含みを持たせた話に乗るのが、いい加減面倒になり


「社長」


 隣にいる氷室からの刺さる様な視線を体感しつつ、いい加減にしろ…と目を細めて笑ってみせると、


「やだ、怖いわ~」


 オホホホ風味な高笑いと共に、ごまかされてしまった。



 しかし、乙女社長の思わせぶりな台詞のせいで、主に俺と氷室の間に微妙な雰囲気が漂った、そんな時に角野が戻って来てしまう。


 なんにも考えてない軽快な足取りで部屋に入った瞬間、全員が一斉にザッと自分を振り返ってきたことにかなり動揺した様子の角野は


「あ、えっと戻りました……」


 当たり前の事を小さくつぶやき、一番手前にいた俺をチラ見する。


 そのあと自分をやけに見てくる氷室に「あ…どうも」と、再び動揺しながら会釈をしてみせたあとアハハ…と小さく笑い、トスッと静かにソファーに座った。



 そこからは、さっき部屋を出て行った時よりも更に大人しい態度でその場に座っていた角野だったが、しばらくすると角野の視線が、他の人たちと喋っている俺の横顔へと向けられている事に気づく。


 珍しい…と振り返り、口元だけで、ん? と、おどけた感じで微笑みかけると、少しだけ目を泳がせ目線をスッとそらされた。



 ―――おや。角野が変な気がする。



 どうしたと疑問に思いしばらく顔を眺めてみたんだが、特に変化はない。


 気にはなったが、ここは何事も無かったかのようにシラっとやり過ごすことにし、それから20分ほど過ぎた辺りで新年会が無事に終了した。







   *********************








「今日はタクシーで帰るから」


 店の外に出たあと張り切った声で俺らに宣言した社長は、すぐ前の道路で素早くタクシーを捕まえ、あなた確か同じ方向だったわよね。送るわ…と、お気に入りの広瀬を問答無用でグイっと引っ張り込んだ。


「じゃ、帰るわ」


 いつのまにやら乗せられていた感が強い呆然とした広瀬を横に従え、機嫌良さそうに手を振った社長は、運転手に「行ってちょうだい!」と叫んで颯爽と帰って行く。


「………」



 勢いよくタクシーで去っていく社長と広瀬を残った全員で呆然と見送り、そして全員がハッと我に返った瞬間、自然に顔を見合わせ同時に笑い出した。


「では、帰りましょうか」

「はい(笑)」





 店内が暖かったせいか外の空気の冷たさが気持ちがいい位で、もうフフフンと気分よく四人並んで会話をしながら歩いていると、五分ほど経った辺りですぐ横を歩いていた角野は寒くなってきたらしい。


 カバンを手に持ったまま、ぎこちなくマフラーを巻こうとしたのが横目に見えたので、持ち上げたマフラーへと手を差し出し、貸してみろ…という仕草をすると


「―――なんで、ですか」


 不信感でいっぱいの表情をしてこちらを見上げてくる角野に、親切そうにニッコリと笑ってから答えた。


「いや、マフラーを巻いてやろうかと」

「はい? いえ、いいですよ。巻いた後に面白がって首絞めてきそうですし」

「そんな幼稚なこと、40歳手前のいい大人がするはずないだろ」

「………」


 真顔できっぱりと断言した俺に、しますよね…というあからさまな疑いの視線を見せられたことで、多少意地になってしまい


「絶対にしないから、試しに渡してみよう」

「いえ、結構です。自分でしますから」


 笑いながら貸せと付きまとう俺に素で拒否る角野という、いつも通りの定番ノリでしばらく遊んでいると、横からドンッ――と、軽めの衝撃を受けた。



「ごめんなさい。歩いてたら酔いが回ったみたいで」


 衝撃元を振り返ると氷室がテヘな笑い方をしながら立っており、笑顔ですまなそうにしたあと、するっと俺の腕につかまってきた。


「ヒールだとよろけちゃって。ちょっとだけ腕、貸してください」


 

 もうこうなると「無理だ」と断るのも今更な状況なので、そのまま腕を組んで一緒に歩きだすことになってしまう。



(仕方がない。とりあえずはこのまま放置で、いい頃合いでさりげなく離そう)



「大丈夫ですか?」

「はい」

「ゆっくり歩いていいですよ」



 ――――というか、俺じゃなくて片岡につかまって欲しかったな。


 そんな気持ちを隠しながら、氷室に丁寧な対応をしていると



「すいません。この先のコンビニで、水を買ってきます」


 声を掛けるタイミングをうかがっていた様子の片岡が申し訳なさそうに俺に伝え、そして俺の隣にスッと視線を向けた。


 なんだ? とそちらを振り返ってみれば、片岡に向かって軽く手を挙げている角野の姿が。


「あ、私も一緒に行きます」


 思わず はい? と角野の顔を見たら俺に軽くうなずいてきたので、考える前に何気なく「うん」とついうなずき返してしまうと、


 それを見た角野は「じゃ」という感じで、また軽く手を上げてから、片岡が早足になったのに歩調を合わせサッサと先を歩いていく。



(―――あ。違うんだ角野。)


 いや、何が違うのか。……自分でも不明だ。




 先に歩いて行ってしまった二人に何分か遅れで追いつくと、片岡と並んでドリンクコーナーの前に立つ角野の姿が見えた。


 その買い物している場面を外からずっと目で追い、ぼんやりと眺めていたら、ふと角野が振り返り───


(お。目が合った)


 ニッと笑って手を挙げてみせ、嬉し気にニコニコとまた眺めると、角野は「なにジッと見てるんですか…」てな顔をしてフホっと小さくおかしそうに吹き出す。


 だがすぐに笑いを消して素になり隣に立っている氷室に会釈をしたあと、同じく俺の方を見ていた片岡へと顔を戻して買い物を続け、レジへと二人で向かった。



 清算が終わり、コンビニから出てきた角野は


「おごりだそうです」


 そう言ってから、こちらですという風に片岡の方へと横に手を差し出す。


「すいません。ありがとうございます」

「いえいえ。安いおごりですけど」


 ペットボトルを受け取りながらお礼を言うと片岡は笑って返事をし、一番最後に氷室に「はい」と手渡して色々と彼女に話し掛け始めた。


 それをキッカケに「任せます」という仕草を片岡にすると、笑顔で「いいですよ」という目線が返ってきたので、氷室から離れるように少し横にずれてから角野の方へと体を向け尋ねる。


「それ、今すぐ飲む?」

「あ、はい」


 その言葉を聞いてから自分が持っていたペットボトルのフタを開け、角野が持っていたのと交換する形で「ほれ」と手渡す。


 交換を済ませた角野はワザとらしく眉をひそめて俺を見上げ、戸惑ったような不審に思っているような口調で喋りだした。


「どうしたんですか。妙に優しい気がします」

「いやだから―――角野には、いつも優しいはずだけどな」

「えー、そうでもないですよ」



 愛を込めたつもり、の言葉と行動だったが、結果的にもの凄くどうでもいい感じで返されてしまったことに少~しだけムカついたので、

 

 重みをかけた手をドンと頭に乗せつつ顔を覗き込み、目を細め、低い声で嘘くさく脅かす。


「角野。……俺の優しさに慣れ過ぎて、鈍感になってるんじゃないか?」

「あはははっ」


 楽し気に笑い「すいません」と素直に謝ってきた角野に、お前はしょうがないな…と甘めに微笑みかけながら「よし」とうなずき、さぁ心置きなく飲めという動きをしたあと、ふと何気に横を振り返ると、


 俺らを見ていたらしい、納得顔の片岡や無表情の氷室とバチっと目が合う。



(いやいや。二人して、そんなにジロジロ見なくてもいいだろ)



 でもまぁ、別に彼らに言い訳するような事は何もしていないので、とりあえずは体調確認のため氷室に向かって優しく尋ねた。


「もう大丈夫そうですか?」

「はい、全然大丈夫です」


 それなら…と、二人に向かって笑顔で駅の方角を指さし、


「じゃあ、そろそろ行きましょう」


 言いながら角野の背中に手を添え行くぞと促し、女性二人を男が挟む並びで再び駅までの道をゆっくり歩き出した。





 駅に着くと、どうも角野一人だけが違う方面だったようなので、この間と同じく電車に乗るまでを見届けようと思い、改札に入った場所で


「角野を見送ってから帰りますんで―――」


 氷室たちに申し訳なさそうに告げると、あぁ…という顔になった片岡がくしゃっとした笑顔を見せた。


「はい。分かりました」

「じゃすいませんが、ここで。今日はお疲れ様でした」

「小宮さんたちも、お疲れ様でした」



 そんな別れのご挨拶を見ていた角野は、一応は俺に合わせて彼らと挨拶を交わしたものの、会話の切れ間ができるたびにずっと焦った様子で


「え、別に見送りはいいですよ」


 とかなんとか横で言っていたが全部スルーし、片岡と氷室が歩き出したのを見届けたあとは、「気にするな」と素早く角野の腕をつかみ目的のホームへと向かった。



 ホームへと連れ立って歩いていると、飲み会の終わり頃、一瞬だけ角野の様子がおかしかったことをふと思いだす。


 なんとなくの勘ではあるが、もしかしてと思い尋ねてみた。


「飲み会の時、氷室に何か言われたりとかしたのか?」


 角野は俺を見上げ軽く目を見開いたが、すぐに手を横に振り笑って否定をした。


「いえ。水野みたいな強烈なのは、そうそういませんから」


 そのあと、フホっとおかしそうに息を吐きだしてから楽し気に喋り出す。


「まーでも、なんというか(笑) 片岡さんはどうかと、氷室さんにかなりお薦めはされましたけどね」


「あーなるほど、な」



(てか氷室は、俺が角野を好きだと気が付いているのだろうか?)


 事と場合によっては分かりやすく牽制けんせいをしておかないと、エンドレスで男を紹介されそうだ…。その場合はどうしようか。反対に俺が、氷室に男を紹介するか?



 ホームへの階段を上りながら今後の対応を色々と考えつつベンチに並んで座り、よしっ角野に話し掛けよう…と、何気に隣を見れば


 ───おい、待て。なぜ、憂いを帯びた顔で考え込んでいるのか。


 数分前は明るく喋っていた角野が、うつむき加減で悩んだ表情をしている。



(やはり、さっきはごまかしただけで、氷室に何かを言われたのだろうか?)



 落ち込んだ様子の角野を見て急激に心配になり、体全体を隣に向けてから深く覗き込む感じで顔を近づけた。


 その気配に気が付いた角野が、何かを問いたそうな目で勢いよく俺をグイッと見上げてきた、その瞬間。


 思っていたより顔が近づいてしまった事に、お互い驚いたのかどうか。


 時が止まったかのように目をそらすことができず、ジッとしばらく見つめ合う、

そんな状況になってしまった。


 そして、普段の素行が悪いおかげなのか、

 無意識の条件反射で思わずスッと角野の頬に手を当て、更にもっと――――




「小宮さん!」


 遠めの背後から、緊張感ある声が聞こえた。



「………」



(───おい、マジかよ)




 角野と出会ってからの、この六年間。


 初めて色気ある雰囲気で見つめ合い、今までになくいい感じになった

 この貴重すぎる場面が、まさかの瞬殺……



 思いっきりガックリうなだれてしまいたい気持ちと体勢を、

 おらよっこいしょ――と、もうほぼ「気合い」と「年の功」だけで立て直し


 静かに目を合わせた状態のまま、角野の頭をポンと苦笑いで叩く。



 それから氷室がいるであろう方面へと、ゆっくり体全体で振り返った。



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