小宮、手に入れようとする

小宮と氷室と、そして新年会と(1)



 角野と色気ゼロのデートをしたあと自宅に帰りついてから、よっこらしょとソファーに座ってビールをグイッと飲み、フーッと軽くため息をついて落ち着いた


 そこら辺りでふと頭を抱え、軽く落ち込んだ。



 ―――おいおい。


 今まで頑張って抑えてきたのに、

 なぜ今日に限って、楽し気に角野をからかってしまったのか……



 いい年して「そこかよ」てなところで一人反省会をし始めたものの、今更すぎるだろ…と早々に諦め、寝て忘れることにした。




 その後は淡々と休みを過ごし、正月に角野と「明けましておめでとう」メールを交わしたついでに


『次の予定は水族館と映画館。どっちがいい』


 心ひそかに「次はねぇよ小宮」とか思われてんじゃないかと恐れつつも、前置きも言い訳もせずシラッと2択で次のデートに誘ってみると


『水族館で』という返事がきた。






   *********************






 休み明けの4日に出勤し、軽く流す朝の挨拶をしてから事務所の準備をしている角野をよく見ると、肩まであったはずの髪がショートボブになっている。


「お。髪、切ったんだ」

「はい、そうなんです」


 ここは女子らしく、気が付いてもらえたことに対して機嫌が良さそうな返事をしてきたので少し近寄って正面に立ち、「何か?」と準備の手を止め見上げてきた角野の顔を眺めた。


「へぇ可愛い。角野は短めの方が似合うんだな」


 本心から髪型を褒め、それからなんとなく髪に触れたくなり、綺麗に揃っている毛先へと手を伸ばし指を絡めた、その時、


 斜め後ろから強烈な視線を感じまくり、反射的にサッと素早くそちらに顔を向けると


「おはよう……」


 ドキドキの表情をした社長が奥の書類室の窓から顔を半分だけ出し、グーにした両手を胸元に当てながら俺らを食い入るように凝視している。



(ヤバイ。乙女社長の乙女心に火がついている。というか、いたのか社長)



「えっと。───給湯室に行ってきます」


 変に居心地が悪い状態から逃げ出したかったのか、ポットを手に事務所を足早に出て行く角野を見送ってから、再び社長の方へと向きニッコリと笑って会釈をする。


「おはようございます。今日は早いんですね」


 社長は何か聞きたそうな雰囲気を出しながらも、軽く一度頷いてからゆっくりと自分の机へと歩いて行き座ったので、俺も自分の席へと向かい今日の仕事の準備を始めた。






 その日の夕方事務所に戻り、社長がいないのをしっかりと確認してから、朝にこそっと机に入れておいた紙袋を取り出し角野に手渡す。


「ほれ。お年玉」

「お年玉?」


 角野は少し驚いた表情で受け取ってから、中に入っていた手のひらサイズの箱を取り出すと中身を見て小さくつぶやく。


「お、チョコレートですね」


 そのあとこちらを振り返ってくる、その一連の動作を頬杖をつきつつ真面目な顔で眺めていた俺は、振り返ったのを合図に顔はそのままでふざけた口調で答えた。


「そう。俺の愛が重くて、ストレスが溜まってるかと思って」


「あはははっ」


 不意打ちをくらったかのように目を見開いてから大きく笑った角野は、なに言ってんだ小宮とおかしそうにする。


「でも、こういう高級なの自分では買わないんで。ありがとうございます」


 ニコニコと頭を下げながらお礼を言われ、それから楽しそうにまた箱を紙袋に戻してから自分のカバンに大事そうに入れた。



(角野は甘いもので釣るに限るな……)


 そんな腹黒いことを考えつつも、思いのほか喜んでもらえた事にちょっと気をよくし、体全体を角野に向けた姿勢で椅子に座り直してから笑顔で話し掛けた。


「今年は実家で何してた?」

「んー、まー毎年同じですよ」






   *********************






 仕事始めの4日以降は仕事が忙しかったおかげか、良くも悪くも何事も起こらず、平和に1月最初の週が過ぎ。


 そして気づけば年末に約束をした新年会当日になっており、店の前で待っていた俺らより五分ほど遅れて到着した氷室・広瀬・男性社員の三人と


「すいません。お待たせしまして」

「いえいえ」


 軽く適当な挨拶をかわし、寒いですから…とすぐに店内へと入れば店員が予約していた個室へと案内してくれた。



(あーなるほど。)


 中に入るとソファーベンチに挟まれたテーブルにオレンジ色の間接照明という、なんというか…東南アジア風? の雰囲気の部屋で思っていたよりは落ち着いている。


(以前のようなキラキラでなくてよかった)


 心の中で安堵していたら氷室がクイッと俺の服を引っ張ってきたので「はいはい」と彼女の隣に座る。


 俺のあとにつづいていた男性社員が、流れ的に空いていた俺の横に座ろうとすると、社長が自分の隣の席をポンポンと手で叩き彼を笑顔で呼んだ。


「あら、片岡さんはこっちよ」


 片岡は素直に「あ、はい」と、言われるがままに社長の隣へと歩いて行く。


 すると必然的に最後に部屋に入って来た角野が俺の隣に座る事になったんだが、満足そうな表情で自分と俺を交互に見ている社長に気づいた角野は、ソファーに座りながらチラっと俺を見たあと小さくため息をついた。



(社長、そこ、特等席だな……)


 目の前に座っている社長からにじみ出ている隠しきれないワクワク感に、思わず鼻からフンッと勢いよく笑いを吹き出し、角野を横目で面白く見ていると


 反対側の隣にいる氷室からの視線をひしひしと感じてきたので、とりあえずはと振り返って笑顔で話し掛けた。





 社長の簡単な挨拶から始まった新年会の、最初一時間位はワイワイと賑やかに皆が同じ話題で談笑していたんだが


「モテるかと思って料理を始めたのに、盛り付けが上手くなりすぎて狙ってた女子に引かれた」


 という片岡の笑い話から男三人がしょーもない話題で盛り上がっていたら、唐突に氷室が割り込んできた。


「角野さんと片岡さんって、同い年だったと思うんですけど」


 急に話を振られた片岡と角野は、氷室の方を見たあと二人で顔を見合わせ、そのあと当然の流れとしてお互いに年齢について話すことになる。


「角野さんも30なんですか?」

「あ、はい。片岡さんもなんですね」

「はい。でも角野さん、もっと若く見えますよ」

「あはは。ありがとうございます」


 そんな二人の当たり障りのない会話を横でなんとなく聞いていると、氷室が俺の腕をつかんで注意を引いてきた。


「小宮さんや社長は、初詣とか行きました?」

「あーいえ、言ってないです」

「あら、私は毎年行くわよ」



 そのまましばらく2対4での会話が続いてしまったが、四人で話している途中、俺の斜め前に座っていた広瀬が、ふいにジーッと角野を眺めて何かを考え出している。


 ―――と思っていたら、広瀬が急にポンと手を叩く仕草をしたあと勢いよく角野を指さし、いい笑顔で話し掛けた。


「角野さん。髪、切ったんですね。似合います」


 突然張り切った勢いで言われたので気圧されたのか、角野は一瞬だけ止まり驚いた様子になったが、


「え? あ、はい。ありがとうございます」


 すぐに軽く笑って遠慮がちに広瀬にお礼を言うと、俺の横にいた氷室が体をグイッと前に乗り出し片岡に向かって話し出す。


「えーホント前のより似合ってますよ。ね、片岡さん」



 また話を振られた片岡は、氷室の態度に多少の苦笑いを見せながらも、まぁ本心はどうであれいい大人の礼儀として


「はい、似合うと思いますよ。というか前の髪型、知りませんけど(笑)」


 聞かれた通りに褒めつつ周りの笑いもとった後、角野の方を見てくしゃとした笑顔でおかしそうに笑いかけ、そしてその笑顔を見た角野が、自然とつられた感じでフッと目を細めて笑い返した。



(―――こら待て角野。俺以外の男と、いい感じで微笑み合うんじゃない。)



 全くイケメンではないが人好きはかなりしそうなタイプの片岡に、警戒心が強めの角野が気を許しかけている雰囲気を感じ


 理不尽だとは分かってはいるが、お前はずっと人見知りしとけ…と角野に思いっきり苛立ってしまった。



 だがしかし。


 どうせこの後も何かにつけて氷室が片岡に角野の話題を振り続けるつもり、なのであれば。もうこの際、後から氷室が割り込んできたとしても、積極的に片岡と角野の会話の方に加わってしまおう。



 そこで正面を向いて座っていた体勢を角野たちの方へと向くように座り直し、片岡に向かって尋ねてみる。


「あ。角野が髪を切る前の写真がスマホに入ってますけど、見てみますか?」


 それを聞いた角野が、はい? という表情になった。


「なんで私の写真が小宮さんのスマホに入ってるんですか」

「ん? いわゆる隠し撮りだ」


「「………」」


 当然という表情でスマホを掲げて、正々堂々と言い切ったせいなのか、片岡と角野が同時に固まってしまったのがおかしくなり、顔を崩して笑いながら二人に向かって否定する。


「そんなことする訳ない。前の食事会で皆で撮ったやつですから」


 撮ったことを思いだし「あっそうだ」と納得した角野に、片岡がひっそりと話し掛けた。


「でも聞いた瞬間、なぜか本気で信じてしまいました」

「あ、片岡さん。私もです」

「私もよ、片岡さん」


 ふいに社長が真剣な顔で話に食い込んできたが、その三人の会話の内容にかなり不服があったので反論させてもらおう。


「隠し撮りは、されることはあっても、したことは一度もないので」


 驚くほどの速さでパッと顔を見合わせた三人は、自信たっぷりに腕を組んでいる俺を横目で見ながらコソコソ喋り出した。


「なんかムカついたんですけど」

「あ、角野さん。俺もです」

「私もよ、角野さん」





 楽しく過ごした新年会も終りに近づき、それぞれがバラバラに好きな行動をし始めた頃。


 年始で仕事量が多かったところにお酒が入ったせいなのか、急にどんよりとした疲れを感じ、思わずソファーの背もたれへと寄りかかって、周りが喋っている風景をボーッと眺めて休憩をしていると、


 なぜか悲し気な様子になっている氷室がウルウルな目でお願いをしてきた。



「小宮さん。わたし今日、落ち込んでるんです―――だから、頭ポンポンしてくれません?」


「―――はい?」


「してもらえたら、元気が出るかなーって」



 よく分からない展開ながらも、まぁこの程度のことを飲み会の席で「嫌だ」と強く拒否するのも大人げない。


 だからとりあえず体を起こしてから苦笑いを作り、義務的なノリで「はいはい…」と軽くポンポンと叩いてすぐにスッと手を引くと


「少し元気になりました」


 嬉しそうに言ってきたので「それはよかった」と笑顔で返してからテーブルに置いてあった水を飲み一息つくと、再び氷室が楽しそうに喋り出した。



 俺との話が一旦終了したあと氷室は広瀬や社長と会話を始めたので、さっきまでとは反対方向へと体全体を向けてけだるげに足を組み、ソファーの背もたれに左腕をドンと乗せ、疲れた雰囲気で「角野」と呼んだ。


「ふっ、なにを格好つけてるんですか?」


 振り返った角野が俺の仕草を見ておかしそうに尋ねてきたので、腕を乗せていた背もたれをトントンと叩き、ここに来いという身振りをしつつ邪険に返事をする。


「別に、格好はつけてない」


 そして俺に呼ばれるまま叩いた場所に近寄って来た角野に


「そのりん。疲れてきた」


 こないだ却下されたバカップル風で、早く帰りたいと小声で訴えた。



「……いやだから、そのりんは止めて下さい」


 前に一度呼ばれていたことで慣れたのか今日は吹き出す事も無く、真顔のまま単調な流れ作業で適当にかわしてくる角野の肩に手を乗せ、ウンウンと納得したようにワザとらしく頷いてみせた。


「角野。ほらそこは、いつものように『やまとたん』って返さないとな」


「いやいや。一度もそう呼んだこと無いですから」


 速攻でブンブン手を振りながら否定してくるのを、しつこくニンマリ楽しそうに眺めていたら、冷たい視線でしばらく無言の圧力を掛けられたあと、諦めた感じになった角野に脱力した返事をされてしまう。


「もう否定するの面倒になってきた」



 ため息とともに呆れてつぶやいた角野に、またまた楽しく言い返してやろうと、ソファーにもたれ掛かっていた体を起こした瞬間、横から腕をトンと叩かれる。


「小宮さん。なに話してるんですか?」


 氷室が話にまたグイッと割って入って来たので、そこから三人での会話をしばらく続けていると、


「すいません」


 角野が会話から抜けスッと立ち上がり、部屋を出ていこうとしたのを見た氷室が声を掛けた。


「あ、私も行きます」




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