角野とデート



 あれから週明けの月曜日。


 会社で角野と告白後お初に顔を合わせ


「おはよう」

「おはようございます」


 いつも通り朝の挨拶をしたそのあと、一瞬にして見事なまでに気まずい雰囲気が漂い、これまた見事に今までになくぎこちない会話をしてしまった。



 そのせいなのか。



「……あら。あなたたち、ケンカでもしたの?」


 乙女な事情には目ざとい社長が俺らの微妙な雰囲気に気が付いてしまい、好奇心いっぱいのワクワクした視線でソワソワ詮索をしはじめたので


「いえ、別に」

「気のせいです」


 二人そろってベタな逃げセリフを駆使しながら、乙女社長の探りをシラシラッとかわしてごまかす。


 そんな面倒な事態にもなってしまっており――――




 ただまぁ、その日以降はいつも通り日常会話だけをして接していた事や、嫌でも仕事の件で喋らなくてはいけないという二人きりな状況が幸いし、何となく自然に元通りに近い状態にまで戻りはした。


 ―――戻りはしたのだが


「デート」という言葉を言われそうな気配を察知すると、今はそれにあまり触れてくれるなオーラを角野がドーンと出してくるので、いまだ全く誘えていなかったりする。





  *******************





 そして仕事納めの木曜日、久々に仲良く一緒に帰っていた角野の頭を隣から見下ろしていたら、急激に不安感が込み上げてきた。


(このままだと休み明けには、うやむやにされてしまうのでは)


 あのあと冷静になった時、やっぱり小宮は無しだ…そう思われているのではないかともの凄く心配になってくる。


 だから大人の男ぶって、―――いや実際に年上だし、いいオッサンなんだけれども

 まぁ、なんというか。


 余裕で待っているフリ、をするのを止めることにした。



(でも今のこの状態で強気に攻めたら、普通に嫌われないか?)


 心ひそかにびびっているのを全面的に隠すかのように優しい声を出す。



「そういや今年は、いつから実家に帰る予定?」

「えっと、31から2日までですねー」


 その答えを聞いたあと角野の顔をグイッと覗き込み、多少強めな押しがある勢いでデートに誘う。


「そうか。じゃあ30日に、デートだ」

「デート……30日にですか?」


 正面を向いたまま、ぼんやりと受け流してくる角野の腕を腕を掴んで立ち止まらせ、


「そう、するだろ?」


 まさか無かった事にする気じゃないよな───そんな視線をユルく浴びせながら、ニッコリとした笑顔で待機していると、案外すんなりと呑気にすぐ返事をしてきた。


「あ、はい。大丈夫ですよ」

「昼ご飯の店、イタリアンと和食系のどっちがいい?」

「んー和食で」

「分かった。探しとく」







 そんなこんなで約束の30日である今日、無事に第一回目のランチデートをしている訳なんだが、


(俺のことをどう思っているんだろう)


 ぎこちなさがまだ残っている角野がご飯を食べている姿を、怪しくジーッと眺めつつそんな事を考えていたせいか、その視線攻撃に角野が耐えられなくなったらしい。



「小宮さん、食べないんですか?」


 何をずっと黙って見ているのか、とでも言いたげに首を傾げた角野に向かって、あぁ…と軽く笑みを浮かべてから真剣な顔を作った。


 そのまま少しの間だけ沈黙し、角野とガッチリ視線を合わせてから嬉しそうに微笑みかけ、男前にしか許されていない甘々なセリフを吐く。


「大好きなそのがやっとデートしてくれたんで、胸がいっぱいでご飯が喉を通らないだけだ」


「………」


 角野は冗談みたいにカッチンと固まってから何かを喋ろうとしたが、食べていた白米でむせたのか口元を手で抑えゴホゴホと咳き込みだす。



(お、なに言ってんだ小宮……と、冷静にかわさなかったぞ。)



 今までのように華麗にスルーされず、しっかりとした反応がもらえたのでフフフンとご機嫌がよくなり、甘々状態を保ったまま


「大丈夫か?」


 優しくいたわりの言葉を掛けたあと親切そうに手を伸ばして左肩をさすり、ニコニコと嘘くさい介抱をしばらく続けていたら、顔を上げた角野とバチッと目が合う。


 ん? とまた微笑みかけてから首を傾げると、咳き込んだせいで少し涙目になっている角野に責められた。


「突然、無駄に色気を出してくるから何かと思えば」


「ふ、そんなに動揺するとは思わなかったんで(笑) でもまぁ、デートできて嬉しいのは本当だし」


 機嫌がいいのを隠しもせずニヤっと笑うと、角野はからかわれてると思った時にいつもする呆れた表情で大きなため息をつき、テーブルに置いてあった水を飲んだ。



(ヤバイ。好きを隠さなくてよくなったことで、気持ちが楽になって、つい……)


 また振り出しに戻って、好きなのは嘘ではと不信感を持たれたり、本気で呆れられたりしたらシャレにならない。



 そこで顔をグッと引き締めてからうつむき加減で食事をし始め、そしてそれにつられて食事を再開した角野に言い訳をする。


「あーえっと。アピールを、ちょっと大げさにしたかっただけで───」


 目だけを上へと向けて、穏やかに真面目に伝えたあと


「からかった訳じゃないんだ。ごめんな、そのりん」


 真顔で素直に謝ると、角野は笑いが混じった息をブホッと吐いた。


「なんですか、そのバカップル風な呼び方は」

「んーそうか? じゃあ、そのたん、にしようかな」

「却下で」

「あ。俺のことも、やまとたんって呼んでくれていいから」

「………呼びません」


 徐々に徐々に角野の視線が冷たくなってきたのを感じたので、喋るのは一旦やめ、とりあえずは食事に集中することにした。





「角野は、映画とスポーツ観戦ならどっちが好き?」

「映画ですねー」

「ふーん。今日はこのあと散歩がてら買い物でも行くか?」

「あ、行きます」


 いつもと同じく、たまに視線を合わせながら適当な会話をする食事をし、そろそろ二人とも食べ終わるな…という頃ふと視線を感じた。


 どうしたと顔を上げ前を見ると、角野がつまらなそうな表情になっている。


「なに?」

「なんか。小宮さんの私服がダサかったら超面白かったのに…とか思ってたんですが」


「ダサ……いや今日の俺はごくごく普通だろ?」


 思わずニットとチノパンという自分の服装をうつむき加減で確認していたら、角野が「はい」と頷いたものの、とても残念そうに眉をひそめられてしまった。


「まーはい。服自体はごく普通なんですが……小宮さん、ほんと背が高い男前で良かったですね」


「うん、良かった。って、それ褒めてるのか?」

「はい、褒めてますよ」


 何度もウンウンと頷いてきたので、褒められたんなら一応は感謝をして褒め返しておこうと、俺も角野の服装をススーッと一通り眺めたあと、


「えっと。それなら、ありがとう。角野も今日は凄く可愛い、というか、いつでも何を着てても角野は可愛いけどな」


 照れた笑顔で、愛おしそうにかつ真心を込めて褒めた。


 照れる俺を見て一瞬で大きく目を見開いた角野は、テーブルにドンっとヒジをついた姿勢で両手をおでこに当て、軽く頭を抱え込みぐったりとうなだれてしまう。


「角野?」

「いえ……小宮さんも格好いいですよ」

「あーうん。ありがとう」


 お礼を再び言ってからぐったりしている角野を眺めてみると、可愛らしく赤面して照れている……訳ではもちろんなく、小宮の甘めな返しにただ単に精神的ダメージを受けただけのようだ───


 というか、こらこら。

 なんだその、聞いちゃいけない言葉を聞いたかのような態度は。



 なぜだか戦いに負けた気分になり、フツフツと意味不明な闘志が湧いて出てくる。


(ふーん、どうやら甘々が苦手っぽい。じゃあ、このノリをしばらく続けてやろうか)



 だが、もしかして。さっきのあれがノリでなくマジでうっとおしがられていた場合、「小宮ウザイ、無理」とここで完全終了してしまう恐れがある。


 だからとりあえずは、色気なくうなだれている角野の頭を意地悪くプスプスと指で鋭く突いて遊び、「…なにしてるんですか」とつぶやく角野に唐突に話を振った。


「褒められついでに聞くけど、俺を同僚として好きな所ってどこだろう?」


 今後の参考になるかと軽い気持ちで聞いたのだが、角野はうつむいていた顔を上げ、両手を頬にあてた頬杖をついてから俺の顔をジッと真剣に眺め始める。


「小宮さんの良いところ―――」


 どこだ? と悩んだ感じになったあと、ゆっくりと話し出した。



「うーん。自分が悪いと思ったらすぐに謝る所とか、私が八つ当たりとかしても軽く流してくれて怒らない、なんだかんだ言っても優しい所とかでしょうか」


「へー。そう思ってるんだな」


 思いかけず普通に良いところを挙げてくれたので、さっきまでの敗北感が綺麗に消え、かなり気分よくお茶を飲もうと湯呑を手に持ったとき、また俺を見てきた角野が頷きつつ続けた。


「はい、そうですね。まー例外は除くとしてですが、基本的にはどんな女性にも優しいですよね」


「……そうか?」


 やっぱり、というか前々からそうだろうな…とは思ってはいたが、角野は自分が他の女性とは明らかに違う扱いをされている事に、いまだ全く気が付いていないらしい。


 しかしここで「お前は特別なんだ!」と熱く語ったとしても、角野が俺に好意をもっていない状態では、確実に「あ、はい…」てな感じでドン引きされるのがオチだ。


(仕方ない、今からでも分かってもらおう)


 こういうのを鈍感って言うんだろうな…と、ひとしきり感心したあと


 ただ、どこが好きなのかを一度ハッキリと伝えた方が今後に為にもいいのではないかと思いたち、角野の顔を眺めながら好きになった理由を考えたんだが───


(うーん、具体的なハッキリとした理由が無い)


 そのまましばらく黙ってお茶を飲みながら色々懐かしく回想をしていると、


 「角野が好きかも」となった一年前、坂上と飲みながら嬉し気にあれこれ話していた時のことを思いだし、一人で小さくフハッと笑い、それから名前を呼んだ。


「ふ、角野」

「はい」


 顔を上げ返事をした角野と目をしっかり合わせてから


「俺は角野の―――本気でどうでもいい感じで、俺の事を邪険にあしらったりする所とか、軽口を叩くと冷たい視線を送ってくる所とか、女性に絡まれて困ってる俺を速攻で見捨てて逃げる所―――とかが、案外好きだ」


 好きな理由を満面の笑みで大々的に伝えると、角野は俺を不可解な表情で見て首を傾げたあと素でツッコんできた。


「……変態か!」



 思わず爆笑しながら「うん、そうかもな」と答えたが、このまま変態イメージでデートを終了する訳にはいかない。


「でもまぁな、そんな邪険な態度も含めて、結局は角野の全部が好きなんだろうな。それで―――」


 自分が言った発言を自分でフォローしてから違う話題へと移そうとすると、角野は楽しそうに喋っている俺を見てため息をつく。


「これから邪険にしにくい……」


 本当に悲しそうにつぶやいたので、また思わず爆笑してしまった。





 食事を終えて店を出たあと、言っていた通りに散歩がてらの買い物を一時間超ほどし、疲れた───と適当な喫茶店でまったりとお茶をしていた辺りで夕方になる。


 人の流れを眺めることができる窓際の席で斜めに向かい合って座り、少しけだるげな姿勢でぼんやりと外を見てコーヒーを飲んでいたら、氷室や社長との茶会をふと思い出す。


 

「そういえば新年会、8日になったらしい」


 俺と同じくぼんやりしていた角野は、紅茶のカップを持ったままフイッとこちらを振り返ってきた。


「あ、はい。聞きました。なんか社長いわく、ラグジュアリーな個室がある、無農薬野菜にこだわった居酒屋ダイニングでするらしいですよ」


「……女子会かよ」

「あははっ」



 お茶のあとは、今日はもう帰ろうか…という流れに自然となったので、駅へと向かい反対方向の電車に乗る角野を見送ろうとホームまで付いて行く。


 そして電車が来るまでのあいだ二人で立ち話をしていると、案外、いやあっさりとこの早い時間に別れることになってしまったことに、今頃ながら急に焦ってきた。


「俺、まだ時間あるし暇だから、角野の駅まで送ろうかな」


 はい? という表情をした角野は、即座に顔の前で手をブンブンと横に振って勢いよくお断りしてくる。


「そんなの、いいですよ。帰るまでに倍の時間かかるじゃないですか」

「そうか。でも、来年の4日まで園子に会えないのは寂しい」


 正面を向いて隣に立っていた角野に悲しげに言うと、その言葉を聞いた角野はこちらを見上げ微かに面白がった目をしてから白々しく眉をひそめた。



「小宮さん、何気にサラッと呼び捨てにしますよね」


「角野―――いつものことだが、肝心な部分を綺麗にスルーするんじゃない。それに俺らの場合は、名前を親しげに呼びでもしないとデートらしくならないだろ」


 ワザとらしくムッとした響きを含めると、角野はアハハと笑ってから


「まーはい、確かに。でも今日は意外に楽しかったです」


 おかしそうにそう答え、そのあとすぐホームに入ってきた電車に乗り込み、軽く笑顔を見せながら手を振って帰っていった。




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