俺と付き合ってくれないだろうか



 駅前の広場で急に立ち止まることになり、俺と向かい合ったと思ったらふいに顔を手で挟まれ、突然「いい加減に気づけ」と言われた角野は


 顔の方向が嫌でも小宮へと固定されてしまっている状態で、何秒か目を見開いて俺と視線を合わせたあと、おや? と戸惑った感じで急に目を泳がせ、それから何とも言えない表情に変化し無言のまま目を伏せた。



 その黙ったままの角野を見ていたら、急に意味も無く不安になってきて

 ───そして思った。


(待て待て。まさかこのまま速攻で、振られるんじゃないのか?)



 とりあえずはと両手をパッと頬から離し、今から起きるであろう状況を回避しようと考え出すと、角野がいまいち腑に落ちない様子で首を傾げながら怪訝そうに聞いてきた。


「あの。私は今、小宮さんに告白されたんでしょうか?」


 それ以外にどう聞こえるのかと、いつものノリでツッコミそうになったのをグッと我慢し、営業モードでの丁寧な返事をする。


「はい、そうです」

「なるほど……」


 角野はゆっくり答えたあと軽くうつむき加減になり、それからその場で向かい合わせに立ったまま30秒以上の沈黙が続いた。


 そしてひたすら黙って何かを考えていた角野が、今度は悩んだ表情で恐る恐る尋ねてくる。


「やっぱりいつもの冗談でしたって、オチだったりとかは」

「冗談じゃないし、オチもないし、酔ってもいない」

「そうですか……」

「………」


 真面目にきっぱりと断言したのにも関わらずまだ腑に落ちないのか、微妙に疑問顔でまた首を傾げ、伏せ気味の訝しげな目をし、再び黙り込まれてしまい―――



(なんでそんなに、不信感丸出しなんだ角野)


 なぜにこうも俺は信用されないのかとガックリした気分にはなったが、もうこの先が見えない状態から早く脱してしまいたい。



「───普段の素行が悪くて、すいません」


 俺はいま信じてもらえなくて困っている…そんな雰囲気を全面的に出しながら、いかにも途方に暮れた感じで恨めしそうに謝罪をすると


 角野はフホっとおかしそうに息を吐き、笑いをかみ殺して答えた。


「まーはい、確かに」




 おかしそうにしていた角野が徐々に素に戻っていくのをジッと眺めていたが、ふとこのままずっと突っ立って話すのもどうかと思いだし、


「とりあえず、座ろう」


 広場のベンチを指さしてから、角野の二の腕を軽く押す。


「あ、はい」


 角野が頷いたので二人でベンチへと向かって歩き並んで座った。



 座ってすぐ、角野が寒そうに縮こまる動きをしたのに気づく。


「あー寒いよな、ごめん」


 サッと立ち上がって近くの自販機へと行き、なんとなくホットカフェオレを二本買って一本を「ホレっ」といつものように少し雑な仕草で手渡すと、


 角野は「どうも」と頭を下げ、両手を差し出してカフェオレの缶を受け取りつつ、ちょっと目尻を下げた困り顔で俺をクイっと見上げてくる。


(お、それなんだか、小動物みたいで可愛いんだが……)


 思わず顔を軽くほころばせ、「いえいえ」と頭をポンと叩いてから体全体を角野の方へと向けてゆっくりと腰を下ろす。それからできれば振られる確率を少しでも下げたいと、膝に手を組んで置いた少し前かがみな姿勢で真剣に話し掛けた。



「角野」

「はい」


「さっきも言ったけど、俺は角野のことが女性として好きで、彼女になって欲しいと本気で思ってる。だからよければ俺と付き合ってくれないだろうか」



 さっきよりも返事が必要とされる内容の告白をされた角野は、動揺した視線で俺をしばらく眺めてからスッと真面目な表情になり、軽くうつむき加減になる。


 そのうつむいた姿勢のままで、何かを思い出すかのような考えているかのような様子になったあと、体全体に力が入ったのが分かった。


(……どうする。これはお断りモードに入ったような気が)


 たぶん今の俺をはたから見れば動揺感なんぞゼロで、余裕たっぷりの男前な小宮なんだろうが、実際のところはお経を唱えるかのごとく、


 「振られたくない、振られたくない───」


 心の中で同じ言葉をブツブツ繰り返しつぶやいているだけのただのオッサンと化していると、角野が小さい息を長めに吐いて顔を上げ、困り果てた硬い表情でこちらを見てきた。



「角野」


 どうしたらいいのか…そう思いながら名前を呼ぶと、角野は緊張した面持ちで口を開き、そして言った。


「私、小宮さんをそういう対象として見たこと無くて」


「………」



 ───角野、お前。


 もう少し何か前置きするとかして、気を遣ってくれ。

 体当たりで、奈落の底に突き落とすな……




 ある程度の覚悟はしていたものの、こうもきっぱり「対象じゃない」と言われてしまうと、思いのほかダメ―ジを受けてしまったらしい。


(そうか……そうだよな……やっぱり、まだ早かったよな。なんで俺はさっき、とっさにあんな事を言ってしてしまったのか)


 自分でも嫌になるほどの最大級の後悔をしながら、分かりやすくドンドン落ち込み力なくうなだれると、固まって落ち込んで暗くなった俺を見た角野が焦り始め


「あ、いえ。そうでなくて……」

「えっと、動揺してて、色々飛ばした言い方になってしまって……」


 そんな事を次々言いながらベンチにもたれていた体をサッと起こし、どう答えようかと必死な感じで眉間にしわを寄せ視線を下げた。


 そして深いため息をついたあと、ゆっくりとした口調で話し始めた。



「えーっと。小宮さんの事は一緒にいると楽しいし、同僚としては好きなんです。だけど付き合う事は無いだろうなと思ってたし、考えたこともなくて」


 角野は一生懸命な感じで、さっきの言葉の説明をする。


「それに、まさか女性として見られているとも全く思ってなかったので」


 だからなんて言ったらいいのかな…という、悩んだ顔をしてまた少し沈黙をしたあと


「なんていうか、いま考えてはみたんですが。どうもやっぱり、恋愛対象としても好きかと今更ながら聞かれると全く分からないし、恋人になる想像もできなくてですね……」


 最後は言葉を濁し、俺をまた困った様子で見てから首を傾げた。



 かなり正直な気持ちを伝えてくれているみたいが、これはもしかしたらやんわりとお断りされているのかもしれない。


 だけどもし、いま言っていたように俺と付き合うことを考えてみた事が無いだけ、で本当に「分からない」と悩んでいるだけなのなら、とりあえずもう深く考えず試しにでも付き合ってみてくれればいいんだが。


 そうこの際なんで、もう一度だけ付き合って欲しいと押してみよう。



 頭の中で何をどう言おうかと整理しながら目線を下に落とし、手に持っていたペットボトルを動かしつつ黙って考え、そして思っていることを素直に伝えようと決めた。


「角野。俺も角野を好きになるとは思ってなかったけれども一年ほど前から気づけば好きになってた。だけど、二人きりの同僚だし彼氏もいるしで諦めようと何度か考えたりもした───」


「それでも一緒にいると楽しいし落ち着くし、たぶん相性もいいんでやっぱり好きだと毎回そこに戻ってどうしても諦められなくて。それにな、角野に冷たくされても怒られても、呆れられても」


 そこで、少しそらしていた目線を角野に合わせた。


「まぁなんというか。角野が何をしても言っても、可愛くて嫌いになれないんだ。だから……」


 だから、軽い感じからでも付き合う事を考えてくれたら嬉しい……続けてそう言おうとしたんだが、どうも目の前の角野が動きを止めて固まっている気がする。


 どうしたのかと気になり少し体を前に出し顔を近づけると、あからさまに驚きの表情をした、と思ったらズザっという音がしそうな勢いで後ろにのけぞられた。



(えーっと。これは、どう受け止めたらいいんだ)



「角野?」


 思わず不安そのものの表情をして角野と何とか視線を合わせようとすると、その視線の全てがワザとらしくサッとそらされる。


 変な事を言った自覚は全く無かったが、もしさっきの発言のどこかに引かれてしまったのなら何とかしたいと、下出に出る感じで話し掛けた。


「……あの、俺は何か変な事を言ったか?」

「あ、いえ。変だと思った訳ではなく……」


ゆっくりと気を取り直すようにベンチに座り直した角野は、またまたさっきと同じく困り果てながら


「そうじゃなくて、なんというか」


戸惑い気味にそう言ったあと少し間をあけ、申し訳なさそうに口を開いた。


「急に実感が出てきまして」


「あーえっと。なるほどな……?」

「はい」


 よく意味が分からなかったのに、つい「なるほど」と分かった風に返してしまったが―――それは、いい方での実感なのか? それとも悪い方なのか?



 疑問に思って角野を凝視すると、いまだ戸惑ってはいるようだが、さっきの返事のあとやっと俺と視線を合わせてくれたので、特に追及するのは止め目を合わせたまま話を続けることにした。



「えっと、それで角野。もし言ってたように悩む余地があるのなら……とりあえず、何回かしっかりとしたデートして試してみないか。それでやっぱり男として好きになれないダメだ、と思ったらサッサと逃げていいからさ」


 角野の目を真っ直ぐに見てお願いをしたあと、不安な気持ちを隠した普段の明るいノリで尋ねてみる。


「どうだろ?」


 また何とも言えない表情をされてしまったが、角野はふいに視線をスッと下げ静かに考え込んだあと、ふとまた顔を上げて俺を見た。


 俺がいつもの条件反射で、ん? と口元だけで笑って問いかけると、角野は急にドーンとうつむき、―――そしてなぜか、落ち込んだ様子になってしまう。



(いやいや、なんでお前が落ち込むんだよ……)


 押しすぎて真面目な角野には少しプレッシャーになったのか?

 んーいや、追い込むほど必死には押してないはずだぞ。



 どうしたと心配になり、手を伸ばして背中をトントンと叩いてからできるだけ穏やかな声を出す。


「そんなに難しく考えず、もっと気軽に考えてくれたらいいんだけど」


 すると角野が思い切った感じで勢いよくグイっと顔を上げ、大きく息を吐いた。


「とりあえずは、今まで通りの関係で過ごしてみませんか」



 今まで通り?


 言われた瞬間的には「それでもいいよ」そう言いかけた。

 言いかけたが、だがしかし。


 角野は、俺とお試しでデートするのも嫌なんだろうか。

 というか、これは振られたのか? なんか曖昧な答えだな。


 でも今までと同じ関係を続けるなら告白した意味がないだろ。

 だから、角野――――



「それは、無理だな」


 思わず心の声がそのまんま出たその勢いで、また思わず本音が続けて出てしまう。


「少しでも可能性があるなら俺は角野を彼女にしたいし、そうなるよう行動する。だからきっぱりとお断りされるまでは、今まで通りは無理だ」


 スラスラと言い終えたあと、ふと気が付いた。



 おや、まさかだが。


「じゃ、お断りで」と、きっぱり振られるきっかけを

 いま俺は、自ら作ったんじゃなかろうか───



(角野は今のをどう受け止めたんだろうか)


 不安になってチラッと前を窺うと驚きの表情で俺を見ていたが、窺われた事に気が付いたらしい角野はゆっくりと前に顔を出し、首を大きく傾げてのぞき込んできた。


 ……がしかし、さっき無意識に拗ねた発言をしてしまった気まずさで、ブン! と顔を横にそむけ意味なくムッとした表情をしてしまう。


 そんな仕草を見た角野が目を見開き、ブホッとおかしそうに吹き出した。


「なんか小宮さん、反応が社長に似てきてません?」

「………」


(社長に似てきた? それは───)



「嬉しくねー」


 おかしそうに吹き出されてちょっといじけたせいか、邪険にポンと言い返したあとなんとなく黙り込んでしまい、感情がいまいち不明で変な顔をしている俺を見て角野も黙り込む。


 そのうち、これはどうしたらいいのかな…と、角野がもう何度目かの困り果てた様子になってきたのに気づき、何気にまた窺う感じでチラ見したのだが、


 眉を下げた角野と目が合った瞬間、こんな状況にも関わらず不覚にももの凄くおかしくなってきてしまった。


(やっぱりそれ、小動物ぽいよな)


 可愛い…と目元を柔らかく緩めた視線で愛おし気に微笑みかけたら、角野がウッとひるんで固まり、速攻でサッとうつむかれてしまった。



(おっと、俺の素敵な微笑みに角野がひるむなんて珍しい)


 元々が単純なのか、ただそれだけのことでやけに機嫌が良くなり、事務所で二人でいる時のようなくだけた雰囲気で再び角野に話し掛ける。


「なんというか、俺の事を男として好きになれるかどうかは―――まぁ知り合って長いし、今更ただただ考えるだけじゃ答えはでないと思う。付き合ってみないと分からない事の方が多いしさ」


 角野は話し掛けられたことで少し安堵したのか顔を上げ、今までとは違い普段通りの淡々とした口調で肯定してきた。


「まー確かにそうですね。かなり今更ですし」


 なぜかここで、これはイケるかも…とつい調子に乗ってしまい


「だからこの際、遊ぶ程度の感覚でいいんで、仕事帰りだけでなく休みの日にも出かけて食事したりしよう。初めは同僚として好きってだけの気持ちで全然構わないし、俺はそれだけでもかなり嬉しいんで」


 たぶんだが、さっき断られたんであろうデートに懲りもせずニコニコ誘ってみると、不審げに俺をみてきた角野に今度は淡々と否定された。


「何がこの際なのか、全く不明ですが」

「……まあな」



 また拗ねた俺がおかしかったのか角野は口元を少し緩ませたんだが、すぐ素にサッと戻って俺の胸元ら辺に視線を落とし、静かに何かを考えたあと


「ただなんか思わず、はいと返事しそうになりました」


こう言ってきたんだが、


(もう押すのも限界ぽいな、そろそろ諦めどきか……)


密かにそんな事を考え一人落ち込んでいた所だったので、一瞬何を言われたのかが分からず無言で前を見つめていると、角野が淡々と続けて言ってきた。



「やっぱり小宮は無理無理~ってなったらサッサと逃げていいんですよね」

「………」



(一体どんな心境の変化があったんだ。しかもすでに逃げる気満々って)


 まぁもう、別にそれでもいいんだけど……

 いや待て。やっぱりよくないよな。



「角野。出来ればすぐには逃げない方向で考えろ」


 逃げていいとは言ったがアレは嘘だ…てな気持ちで体をグイッと前に出し、ベンチの背に手を乗せて眉をひそめ、多少強引な物言いをすると、


 同じく眉をひそめ、ん? てな顔をした角野が冷たい視線を浴びせてきた。


「……話、180度、変わってますが」

「いえ、今のは、出来ればって意味なんで……」


 とたんに弱気で丁寧になった俺が面白かったのか、


「それならまぁいいです」


 角野がいつものノリで答えたその姿を少しだけ眺めたあと、ベンチに置いていた手を動かし角野の肩にのせ真面目に伝える。


「分かった、じゃあ決定ということで。日は改めて決めよう」



 角野は素直に「はい」と返事をした。




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