角野の傾向と対策(1)



 俺は今、地味に機嫌が悪い。



 角野の元カレの佑くんと遭遇した週明けの月曜日。


 角野が本屋に行くと知って「俺も行く」と手を上げホイホイとついて行き、そしてその帰り道、軽い感じで「お茶でもいくか?」と笑顔で誘うと


「買った本を早く読みたいので、今日はこのまま帰ります」


 迷いなく速攻でお断りをされた。

 どうも角野の中ではこの小宮より、読書の方が優先順位が上のようだ……



 あと本屋にいたとき角野のスマホに元カレからメールが来ていた。

 何の用事だかしらないが、無視せず返信していたのが気に食わない。



 それから角野。


 ここ三週間、俺としては好意をかなり態度や言葉に表してきたつもりだが、いまだ小宮のことを異性として少しも意識していないのか?



 最近の角野の態度からすると、自分で言うのもなんだが、以前よりは人としても男としても好かれてきているとは思う。


 だたそれでも兄に対するような接し方で緊張感が一切なく、微かにでも俺にドキドキなんぞしている雰囲気は全く無い。


 だから、たぶんだが、俺が角野を本気で好きで口説こうとしている……なーんて事態は今更あり得ない、そう思い込んでいる可能性も高そうだ。



 ───というかな、角野。


 彼氏と別れたとたん食事やお茶に頻繁に誘ったり、何かと一緒に行動したがったり。そしてその度に「彼女になれ」「もし俺が彼氏なら」などと、言ってみたり。


 隙あらばお前に触れようとしたり、元カレと冷たい視線を交わし合ったり。

 特に用事もないのにメールを送ったり、電話をしたり。

 お前が俺に何かしてくれる度に、愛おしげな笑顔を見せたり。



 こんなアプローチを、好きでもないただの同僚の女にするわけないだろーが。


 まさか誰にでもこういう事をしているとか思ってる訳じゃあないよな? ……いやまあな、そう思わせた原因が少しは俺にあるかもしれない事は不本意だが認めよう。


 ただもし本当にそう思っているなら、いいか、よく考えてみろ角野。


 この小宮が誰かれ構わずお前にするような対応をしていたら、今の倍は女性に付きまとわれているはずだろ? まずそこにすぐ気づけ。



 どうする。やはり角野みたいなタイプに好意が本気であることを分からせる為には、真面目な告白を真剣にすることが一番なんだろうか。


 しかし脈が全く無いのが明らか過ぎて、今すぐ行動するのにはかなりのためらいがある。が、待ちすぎると知らぬ間に他の男にかっさらわれていた、てな事にもなりかねない。


 ここまできてそんな最低な結末で落ち着いたら、俺は泣く。






  *********************






 火曜日の朝、角野に伝達事項などを伝えてから外回りに出かける準備をし「行ってきます」と事務所を出ようとすると、社長が社長出勤してきた。


「おはよう」

「「おはようございます」」


 二人同時に挨拶を返すと、社長はウムと軽くうなずいたあと俺の方へとクルッと素早く顔を向けた。


「小宮さん。今日の帰社予定時間と、今週と来週で仕事のあと空いてる日がいつなのか教えてちょうだい」


 いつものごとく突然に予定を聞いてきたが、出かける直前だったこともありドアの方へと歩きながら笑顔で申し訳なさそうに答える。


「あーはい。ただ今は急いでるので、後からメールで知らせてもいいですか?」

「構わないわ」


 そう言って社長は自分の席へと向かって行った。






 そしてその日、会社へと戻りながら俺は悩んでいた。


(告白するにしても、もう少し異性として意識してもらわないと勝算が低い)



 角野を照れさせ、かつドキドキさせる行動や態度を今よりもっと意識的にすればいいのだろうか。んーそうなると、今の冗談めかしたやり方ではなく、甘く迫るという作業になってしまう。


 ……無理だ。角野相手に下手な色気を出すと大惨事になりそうで怖い。



 これといった良い考えも浮かばないまま会社に着いてしまったので、多少投げやりな気持ちで事務所のドアに手を掛けた。


(あーもう、なんとかなるだろ……)

 




「ただいま―――て、危ないだろ」


 勢いよく事務所のドアを開けると、角野が脚立に乗ってヨロヨロと高い場所にある書類箱を取ろうとしている所だった。


 素早く掛け寄り背後から背中を支え、そしてもう一方の手で取ろうとしていた箱を持ち上げると、角野が驚いたように振り返ってくる。


「あ、すいません。ありがとうございます。というか、やっぱり小宮さん背が高いですね」


「そうだな。でも危ないから、急ぎの時以外はこういうのは俺に頼れ。無理すると脚立から落ちて怪我するぞ」


 ここぞとばかりに優しくすると角野はそれを「大丈夫ですよ」と素でかわし、それから俺に分かりやすいようにか書類棚の一点を指さした。


「じゃあ、早速ですが。それとあれを移動させて、それで……」

「……俺は急ぎの時、といったはずだ」



(そういう業務的な感じで、頼って欲しい訳じゃあない)



 戻って来たばかりの俺に遠慮なく仕事をテキパキと言いつけてきた角野にブツブツ小さく文句を吐きつつも、ハイハイと頼まれた通りに動く。


 角野は「すいません」と一応はすまなそうに箱を受け取りながら、俺の顔を見てフンッとおかしそうに笑った。


「なんだかんだ言いつつ、ほんと優しいですよねー」

「―――そうか?」


 珍しく「本当に優しい」などと褒められたので照れてしまい、思わず顔全体が緩みそうになる。


 しかしそこはグッとこらえ、頑張って不機嫌な雰囲気のまま作業を続けたあと、かなりのいい気分で椅子によっこいしょと座った辺りで気が付いた。


(いやいや、角野でなく俺が照れてどうする)





 しばらくは溜まっていた仕事を真面目にこなしつつ自分の単純さに一人静かに反省をしていたが、パソコンに向かって黙々と仕事をしていた角野が苛立った感じで振り返ってくる。


「小宮さん、これ分からないんですけど」

「ん? 何が分からないんだ」


 ハイハイと立ち上がって角野に近寄り尋ねたとき、フッとひそかに思いついた。


(ここで体を密着させたらドキドキしてもらえないだろうか)


 

 お、そうか。普段は脇にしゃがみこんで教えるんで、意外にいけるかもしれない。



 角野が座っている椅子の背に左手を乗せ、後ろから抱き込むような体勢にしてからパソコンの画面をのぞき込んで右手にマウスを持つ。


「だから、これはな───」


 そして両手で頬杖をついてパソコンの画面を見ている、そんな角野の顔の真横に自分の顔を接近させながら説明をし終え、笑顔で横を向く。


「これで分かったか?」


 角野は問題が解決しました、という納得した様子になり


「あ、なるほど」


 そう言ってから俺が立っている方へと勢いよく振り向いたが、たぶん思っていたより至近距離に俺の顔があったのだろう。


「え。というか、近い」


 驚きのあまりか、速攻で俺のおでこに手のひらを当てグイッと後ろに強く押された。


 いきなりだったのと前のめりで立っている姿勢だったせいか、押された勢いで俺の大事な首が不自然にグキッと曲がってしまう。


「いや、そんなに強く押すなよ」


(それにな、そんなに嫌がらなくてもいいだろ)


 邪険な扱いにじわじわとムカついてきたので、怒った表情をワザと作り眉間にシワを寄せながら突き放すように言い放つ。


「首が痛い」


「わっすいません。首、大丈夫ですか?」


 目を泳がせて動揺し、もの凄く焦った感じで謝ってきた角野は、思わずといった感じで手を伸ばして俺の首を優しく両手で挟んだあと、心配そうに上目遣いで顔をのぞき込んできた。


「………」



(待て待て角野。これは何なんだ。お前からは滅多に触られないからドキドキするだろ)



 頭の中では胸キュンした小宮がバタバタと走り回っていたが、それを気づかせまいと、いつものシラッとした表情を見せてから少し笑顔を作り


「……あー。全然大丈夫だから気にするな」


 そう伝えてからかがんでいた体を伸ばして立ち、何事も無かったかのように自分の机へと戻って真剣に仕事をして―――


 いるフリをしようとした辺りで、再び一人静かに反省した。


(いやだから、仕掛けた俺がドキドキしてどうする)



 もういい。そうだよな。

 惚れている方がデレるのは、当然といえば当然の結果……



 まだパソコンの前に座って平然と仕事をしている角野の後姿を眺め、そんな諦めの境地に達していた時、


「た・だ・い・ま」


 社長がバーンとドアを無駄に全開し、なんだか機嫌が良さそうに帰って来た。

「お帰りなさい」を言おうとドアに体を向けると、社長に命令される。


「小宮さん。今日の帰り、ちょっと付き合いなさい」



(俺の都合を先に聞けよ……)


 心でぶーたれながらも、今日は特にこれといった用事も無かったので笑顔で頷いて返事をする。


「はい、分かりました。ちなみに、何に付き合えばいいんですか?」


 社長はスーッと自分の机へと歩きながら答えた。


「ちょっと新年会の件で、氷室さんとお茶するだけよ」

「………」



(おいおい、そのお茶会に俺が付き合う必要性がどこにある)



 自分の予定通りに事が運んだので満足そうな表情をしている社長を、少し疲れた気持ちで眺めていたら、前に氷室が事務所に来たとき二人でキャッキャとはしゃいでいた時のことを思いだす。


(となると、またあの意味のない会話を延々と聞く羽目になるんだな)


 面倒くせーと、一気に気分がドーンと落ち込み

 てか、新年会の件って一体なんだよ……と大きくため息をついた。



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