小宮が伝えるまで

元カレとの遭遇



 12月に入ってすぐ、夕方のノンビリした時間に誰かと電話をしていた社長が、通話を終えるなり俺らの名前を呼んだ。


「小宮さん、角野さん」

「「はい」」


 二人して同時に顔を上げて返事をし、社長がいる方へと顔を向ける。


「メンテナンス会社との忘年会、第三週の金曜に決まったから。予定しといてちょうだいね」


「あーはい。分かりました」


 代表して俺が返事をすると、それを聞いて「よろしく」と頷いた社長はゴソゴソと動き始めたあと、勢いよくサッと立ち上がった。


「ちょっとお出かけしてくるわ。悪いけど今日はもう戻らないから」




 事務所を元気に出て行く社長を、二人で「いってらっしゃい…」と見送ってから、毎年「行きたくない」とごねる角野の方へグルっと体全体を向ける。


「もういい加減、合同忘年会なんて止めたらいいのにな」

「ほんとですよ。面倒くさい」


 角野は正面を向いたまま本当に嫌そうに眉をしかめたが、ふとチラッと俺の方を見て少しだけ申し訳なさそうな表情になった。


「でもまぁ、小宮さんにしてみたら取引先の忘年会に比べたら合同忘年会なんて楽だろ、と言いたいとこでしょうけど」


「あー確かに、取引先との飲み会はしんどい。それに年末年始は、挨拶回りで忙しくもなるしな」



 というか。


 そんなことは毎年恒例の出来事で、どーでもいいんだ。

 どちらかと言えば、このタイミングで角野と関わる時間が減ることの方が痛い。



(元カレがちょっかいを出してきていない今のうちに、出来るだけ二人で過ごすことを当たり前にしておきたい)


 しかしそんな考えがバレないよう、机に体を斜めにもたれかけさせたけだるげな姿勢をとり、さもご飯に行くのが当然…という雑な態度で誘う。



「それより、今週も金曜にご飯行くだろ?」


 だが仕事の手を止め椅子ごと俺の方を振り返ってきた角野に、「あ、すいません」と軽く頭を下げて謝られ、あっさりと断わられる。


「今週の金曜は実家に帰るんで無理なんです」

「実家?」


 数週間後の年末にも帰るであろう実家に、なぜまた今週行くのか…という疑問顔をすると、ニンマリと笑った角野が人差し指をピンと立て


「はい。なんと、兄が結婚することになりまして」


 意外でしょー、という楽し気な雰囲気で俺を見た。


「おーそれはおめでとう。ただ、付き合ったって聞いたの最近のような……」


「あはは。はい、半年でのスピード婚です。それで土曜の昼に食事会することになったんで、どうせなら金曜から行って泊まろうかと」


「なるほどな」


 俺とのご飯を避けた訳じゃなくて良かったと、そうかそうかと笑顔で頷いていたら、明るく喋っていた角野が急に暗い表情になる。


「ただ、これがキッカケで『結婚はいつなの?』と、母親からの風当たりが強くなりそうで嫌なんですが」


 顔を両手で挟んで大きくため息をついた角野に合わせて俺もため息をつき、ウンウンと大げさに同意してからさりげなく尋ねた。


「分かる。そういうの、うっとおしいよな───ちなみに、その結婚を迫ってる母親は、元カレを気に入ってるのか?」


「はい。まぁ小さい頃から知ってますし、別れた事もまだ知らないんで」


 投げやりに答えたあと机にグッタリとうつぶせた角野を見て、椅子ごとソロソロ近づき背中をトントンと叩いて励ます。


「でも、角野は元カレと結婚する気はないんだろ?」

「まーはい、今のところは」


 角野はゆっくりと顔を上げ、また両手で顔を挟んで今度は頬杖をつき遠い目をした。






 金曜になり、「よし帰ろう」と隣を振り返ると、角野が大きめのカバンを机にドンと置いていたところだった。


「そのデカイの、まさかお泊りセットか?」

「はい、そのまさかです」

「………」


(たかだか一泊二日で、そんなに何が必要なんだ)



 まぁ何が入っているのかは知らないが見るからに重そうなんで、駅まででも持ってやろうと置いてあるカバンをサッと奪うように持ち「じゃ、行くぞ」と歩き出す。


「あ、悪いからいいですよ」


 角野は俺から奪い返そうとカバンの取っ手部分に手を伸ばしたが、その動きを30cm近くはあるであろう身長差でヒョイとかわし


「これくらいなら、全然重くないから平気だ」


 ニッコリと笑顔を見せ、そのまま足早に事務所を出た。



「実家って、俺と同じ方向の電車だったけ?」

「はい、途中で乗り換えますけど。でもお茶菓子を買ってきてと言われているので」

「じゃあ、荷物持ちついでに付いてくよ」

「え、途中下車して買うので、時間掛かるかもしれませんよ」

「ん? 別に急いでないから大丈夫」





 お茶菓子の買い物を済ますと再び一緒に電車に乗り、ドアにもたれながら立ち話を15分程した辺りで角野が乗り換えする主要駅に着く。


 大きい駅のホームに電車がゆっくりと入っていくのを窓から眺めていた角野は、「あっ大輝だいき」と小さな声でつぶやいたあと、ん? と不審げに首を傾げた。


「なんでゆうくん……」

「大輝? 佑くん?」

「あ、大輝は弟でこの駅で待ち合わせしてるんですが、なぜか元カレが隣にいたような」



 なに? あの元カレと、ここで鉢合わせか?



(かなり未練がありそうな元カレと角野を、なるべくなら会わせたくない)


 会うのをどうにか阻止できないかと微かに動揺しながら考えていると、電車が止まってドアが開き、降りようとした角野が軽く俺に手を振って一歩足を出す。


「じゃ、また月曜日に。今日はありがとうございました」

「あっ。……いや、うん」


 ホームに降り立った角野はキョロキョロと辺りを見回しつつ、一つ離れたホームにいる弟の元へと歩き出し、それを電車から見ていた俺は何かを考える前に気づけばホイっとホームへと降りていた。


 そんな俺の気配を感じ何気なく振り返った角野が、電車の外にいる俺に気がつくと目を見開いて驚く。


「え、どうしたんですか?」



(これは、どう答えようか)


 一瞬だけ変な沈黙をしてしまったが、とりあえずは素直に本心を言おう。



「えーっと、元カレと鉢合わせして大丈夫かなと気になって───あと、荷物をしっかり持ちすぎて渡すの忘れてた(笑)」


 そのとき背後で電車のドアが閉まる音が聞こえ、目の前に立っている角野が申し訳ない…という顔になる。


「もう、なんかすいません」

「いや、全然気にしなくていいから」


 謝られる程のことじゃないしとニッと笑ってから、少しうつむき加減になっている頭に手を伸ばしてポンと置き、角野と目を合わせようと顔をのぞき込んだ。


「元カレと会うの平気か?」


 会いたくないのでは…と心配すると、小さく自嘲気味に笑った角野が顔を上げた。


「はい、まー少し気まずいですけど―――でもどうせ明日の夜、彼氏の家族が結婚のお祝いに来るんで、いやでも会う予定でしたし」


「………」



(おいおい、結婚は無理と振られた元カレが実家に現れるのかよ……)


 それに、今は角野の弟と一緒にいたようだし。


 こうなると、元カレ本人が角野に会いたくないと強く思わない限り、基本的に遭遇ゼロに持ち込むのはかなり無理な話なのでは。



 思わずマジか…と軽くうなだれ、角野の両肩に手を乗せながらガックリとつぶやく。


「幼馴染って面倒だな……」

「実家が一軒隣なのもイタイところです」


 角野が眉をよせておどけたあと、フッと吹き出すようにして顔を見合わせたせいか、場の雰囲気がなんとなく和みちょっといい感じの空気が流れた。


(お、ここはどさくさ紛れに角野と触れあっておこう)


 フフンと機嫌よく肩にあった両手を背中に回し、軽いノリでのハグをしようとしたとき背後から低い声が聞こえた。


「姉ちゃん」


 片手は角野に触れたままクルッと振り返ると、手を上げて近寄ってくる弟であろう男と不機嫌な顔をした元カレがいた。


「なんか目立つ人がいるなーと思って見たら、横に姉がいた」


 棒読みな弟の言葉にアハハと笑った角野は、俺を指さし面白そうに紹介する。


「この目立つ男は、同僚の小宮さんです」

「そうですか。姉がいつもお世話になってます」

 

 体育会系ぽいしっかりとしたお辞儀をした弟くんに元気な挨拶をされたので、俺も「こちらこそ」と笑顔でお辞儀をして挨拶を交わす。


 それからあの忘年会以来だった元カレにも「久しぶりです」と挨拶をすると、硬い表情で「そうですね」とそっけなく返してきた。



(こいつは角野に会いたくて弟くんに付いて来たんだろうか)


 そうだったらたぶん実家まで一緒に帰るつもり───もうこの際だ、俺も実家近くに用事があると言って付いて行……いや、今更無理だな。



 ブツブツと元カレを見ながらそんな事を思っていたが、角野らがそろそろ帰りますか…てな雰囲気になっているので、まだ持っていたカバンをここで渋々ながら「はい」と角野に笑顔で手渡すと、同じく笑顔で「はい」と角野が受け取る。


 ふとそこで横からの視線を感じ、視線元であろう佑くんの方に「なんだ?」と顔を向けると、俺を胡散くさそうに睨んできていた彼としばらくそのまま目が合ってしまう。


(いやいや。なんだその「人のものに手を出すな」的な視線は―――)


 ムカついた勢いで「お前のものだったか?」と首を傾げ、冷ための視線で対応すると、元カレはサッと視線をそらしてから角野に優しく親し気に声を掛けた。


「園子。その荷物、重そうだから持つよ」

「自分で持つからいい」


 その「持つ」「結構です」を繰り返すやり取りの最中にも、佑くんが彼氏っぽい空気感を出してくる事にかなーりイラつく。


 がしかし、俺らはいい大人同士なんで最後には笑顔で別れの挨拶をし、角野ら三人はホームの階段に向かって歩いて行く。


 しばらく三人の後姿を眺めたあと体の向きを変え、次の電車が来るのを待っていたら後ろから軽く腕をつかまれた。


「小宮さん」


 振り返ると別れたばかりの角野がいたので驚くも、何かがあったのかと心配になり体全体でぐるんと向き直る。


「どうした?」


 角野はさっき一緒に買い物したお店の紙袋をスッと前に出した。


「別れ際に渡そうと思ってたんですけど、忘れてて。まー最近お世話になってるお礼です」


「あーえっと。ありがとう」


 少し照れた感じで渡された紙袋を受け取るとなんだか妙に嬉しくなり、角野の背後に遠く見える元カレに視線を向けたあとまた角野に視線を戻し、それから手を伸ばしてほっぺたを軽くつねる。


「何か嫌なことあったら遠慮なく俺に連絡しろよ、園子そ・の・こ


 ニヤっと笑い彼氏の真似をして呼び捨てにすると、呼び捨てにされた角野は少し顔をしかめ、頬をつねる俺の手から顔を離しつつ嫌そうな声を出す。


「それ、さっきの真似しました?」

「した。でも俺が角野の彼氏になったら『その』って呼ぶつもりだから」


 今度は愛おし気に頭をスリスリと撫でると、角野は俺にからかわれたと思ったのか呆れた感じの息をフンッと強めに吐いたが、そのあとちょっと面白がった様子になった。


「はいはい。じゃあ小宮さんのことはヤマさんって呼びます」

「ヤマ……その呼び方、とてつもなくおっさん臭しないか?」

「名前の二文字を使ってるから、間違ってないはず」

「いや、大和やまとだから確かにそうだけどな──って角野、俺と付き合う気満々だな」


「………」


 角野といつもの軽口で楽しく喋りながらも、俺らのやりとりが気になるのかジッとこちらを見ている元カレを遠目にチラチラと見ていたら


 基本的に身内には甘い対応をしてしまう角野だから、もしかしたらだが。あの佑くんと頻繁に会うことでついほだされてしまい、ついヨリを戻してしまうのではないかと急に不安になってきた。



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