邪魔をするのは止めてくれ



 あれから店に入り、向かい合わせに座ってご飯を食べ、会社にいるのと同じ感覚でたわいのない会話をしながら


(角野は、一体どんなキッカケがあれば俺に興味を持つんだろうか)


 そんな事を心ひそかに考えていると、その角野がフッと動きを止めてこちらを見てきた。


「なに?」

「いえ、そういえば会社帰りに小宮さんとご飯食べるのって、初めてのような……」



(───それ、今頃気づくとか)



 やっと二人でご飯に行けると喜んだ、そんな自分との温度差に今日二度目のガックリ感を味わってしまったが、そんな事はおくびにも出さずに、俺もいまソレに気づきましたってな顔でなにげに彼氏の話へと持ち込む。



「お、そう言えばそうだな。ただ前にも誘ったが、その時は『彼氏が…』って断っただろ」


 それを聞いた角野は、フハッと息を吐いて笑いおかしそうにする。


「確かに。でも今から思えば、そんなの無視してご飯くらい行けばよかったかも」


 そして再びうつむき食事を始めたその姿をしばらく眺めたあと、会話を続けた。


「へーそうなのか。で、結局は何が原因で彼氏と距離置くことになったんだ?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「……あーうん、たぶん聞いてない」


 確実に聞いてはいないが、覚えてないな…という雰囲気を出しシレッと食事を再開すると、角野は小さく笑ったあと軽いしかめっ面を見せ、それから同じくシレッと答えた。


「職場にいたバイトの若い子に彼氏が手を出したんです」

「………」



(真面目な角野に浮気がバレるとは……)


 彼氏への同情と感謝が心に湧き上がってきた時、ふと疑問に思った。


「ん? いや、しかしなんで浮気がバレたんだ?」


 心の声がつい出た感じだったんだが、言ってからなんとなく角野の顔を見ると、かなりの冷たい視線をひたひたと俺に送ってきている。


「―――小宮さん。今の話で最初に掛ける言葉、それじゃない気がしますが」


「あ。そうだよな、角野みたいないい彼女がいるのに浮気するなんて酷いな彼氏!」


 慰めの気持ちを言葉に込めたんだが焦ったせいか超嘘くさくなってしまい、それを聞いた角野は「心が無い」とワザとらしくため息をついた。



「でもまーなんというか。相手の子が自分の彼氏についての悩みを彼氏に相談してきたことが始まりらしいんですが」


「あーあれか。相談されている内に『あなたが彼氏だったら良かったのに』とかなんとか言われて、イイ気分になってつい魔がさした……ってやつか」


「……。まーそれで、彼氏の職場近くで待ち合わせして二人で歩いている時に、その子に偶然会いまして」


「それでその子が、妙に親し気な態度を見せたんで彼氏が挙動不審になって、それを見て角野は浮気に気が付いたんだな」


「………。というか前々から、しょっちゅう二人っきりで会って相談に乗ってたのは知ってたので」


「なるほど。二人っきりで会うのは止めた方が……って彼氏に忠告したら『相談に乗ってるだけだ、俺を信じないのか?』とか言われただろ」



「小宮さん、全て経験済みですね?」

「………」



 角野の真顔のツッコミに思わず顔を見合わせ、それから二人同時にアハハハッと笑ってしまったが、ハッと我に返った角野が真面目な顔に戻った。


「いえ、笑える話ではなかったはず……」

「そうだな、笑う話じゃなかったよな」


 一瞬の沈黙が訪れたあと、気分を変えるかのようにヨイショと椅子に座り直した角野がまた話を続ける。


「それでまぁ浮気もそうなんですが。それが分かる前から、私には色々な制限を掛けときながら自分は私が嫌がっても無視して会い続けるって態度に、元々腹が立ってたというか」


「あーそうだ、俺と外で二人になるのはダメだと」


「はい、それもその一つで。ただ、小宮さんにも私にもその気は全くないとハッキリとは言ってたんですけどねー」



(待て。そんなにキッパリ断言されてしまうと、その気があると言い出しにくい)



「いや、全くないという訳では……」


 思わずうつむき加減でボソボソっと小さくつぶやいてみると、角野は「よく聞こえなかった」という感じで身を乗り出してきた。


「はい?」

「あ、いや、なんでもない」



 この会話のあとはしばらく静かに食事をしていたんだが、なんとなく顔を上げた時に目が合い「何ですか?」と首を傾げられたので、気になっていた事をここで尋ねる。


「で、いま角野は彼氏と、どういう状態なんだ?」


「んー結婚を断った時、彼氏に『じゃあ別れるってことか?』と聞かれて、その場は怒ってたんで『そうだね』とつい言ってしまい」


 角野はその時のことを思い出してるのか、悩んでるようなゆっくりとした喋り方で話してきたが、いま聞いた内容で導き出される結論は―――


「あー、売り言葉に買い言葉だったんで少し悩んでるが、とりあえずは別れたんだな」


「まーはい」

「そうか」


 そのまま静かな時間が過ぎると、だんだんと角野が悲しげな顔になってきた。


(ここは、グリグリと強めに頭を撫でておこう)



「つらかったらいつでも話聞くからな。ご飯もまた行こう」


 思いついたまま手を伸ばしグリグリしながら目を細めて優しく笑い掛け、次に慰めるようにポンポンと緩めに頭を叩く。


 それから何となく手を移動させ角野の髪を指で軽く触って遊びながら、かなり本気入ってる言葉を冗談めかして伝える。


「まぁこの際だから、一人寂しく過ごしてる小宮の彼女になってくれてもいいけどな」


 角野はフッと勢いよく息を吐き出しておかしそうに笑い、


「いえ背後に控えてるお嬢様たちが怖いんで、遠慮しときます」


 そう言って俺の手から離れるように体を後ろに引いたあと、少し困ったような表情になった。


「というか。冗談をいう時にまで、無駄に色気を出すのは止めてください」





  ***********************





 二人で食事に行った次の日、社長が朝っぱらからお出かけをしたのを見送ったあと、角野を横目で観察しながら昨日の会話を思い起こしていた。



 どうやら昨日の感じからすると、別れるかどうかをもう少しじっくり角野は考えたかったようだ。ということは、彼氏が必死になって頑張ればまだまだ復縁の可能性がある───


(よし。彼氏の事を考える時間より、俺といる時間の方を増やそう)



「角野。明日と金曜の帰りって空いてる?」

「帰りですか?」


 不思議そうにこちらを振り返った角野は、ちょっとの沈黙のあとうなずく。


「空いてますけど」

「お、じゃあ、明日は俺の買い物に付き合ってくれよ。で、金曜はまた二人でご飯に行こう」


 断るなよ……という強引な雰囲気を前面に出しつつも、顔はニッコリと笑って返事を待っていると、面白がった表情をした角野が軽く笑った。


「もしかして私、気を遣われてます?」


「ん? まぁそれもあるけど、気を遣ってるとしても、どうでもいい子は誘わないから安心しろよ」


「いえ、なにが安心なのかが不明ですが……」


 ワザとらしく眉をひそめてみせた角野の方へ体全体を向け、前に身を乗り出して顔を近づけた。


「あーそこは気にしなくていい。じゃ、行くのは決定って事で」

「はいはい」




 そんな約束をしたその日、機嫌よく営業から戻ると、同じくご機嫌な社長が戻った俺を見たとたん嬉しそうに言った。


「小宮さん、金曜日にね、あの食事会すること決定したから」

「………はい?」


 社長に返事をしないままススッと自分の席へと戻り、座りながら角野の方へと顔を向けると、それに気づいて同じくこっちを見てきた角野は胸の前で軽く手を振っておかしそうする。


「あ、わたしは別に行かなくていいみたいなんで」

 


(なんだ。角野が行かないんなら、二人でご飯に行く方がいいよな)


 

 さっそく社長にお断りするため「すいま――」と口を開いたとき


「小宮さん。この間、金曜は一応開けといてねって言ってたはずよね。店の予約も人数分でもう取ってるから」


 社長は有無を言わせぬ迫力で言い放ち、これで話は終わりと言わんばかりにプンと機嫌が悪そうに横を向いた。


 思わず角野を見ると静かに爆笑していて「諦めろ」という顔で頷いている。



(その迫力と行動力を、仕事にも使えよ社長)


 ここで無理やりにでもハッキリ「行きません」と断ってもいいんだが、たぶん断ったとしても、角野はバレたら面倒なんで食事には行かないと言うだろう。



 なんだかやけくそな気分になったので社長に背を向けるように頬杖をつき、角野に向かって「食事会に行きたくない…」てな悲しみの視線をひたすら送り続ける。


「今日、一緒に帰ろう」


 つぶやくようにお願いをすると、角野は可哀想な子を見るような眼つきで俺を見たあと、小声で「はいはい」と邪険な返事をしてきた。







 氷室たちとの食事会に強制参加が決まった次の日の仕事終わり。


 洋服を選ぶの手伝ってという名目で角野に買い物について来てもらい、一時間ちょい経って歩くのにも疲れたころ笑顔でお茶に誘った。


「角野、少しお茶してから帰ろう」

「あ、はい」


 それから一番近くにあったカフェっぽい店に適当に入り、丸いテーブルに案内され横並びで座った角野にまったりと話しかける。


「角野はこのメニューに載ってるカフェご飯的なものとか好き?」

「んーそうですね、好きですよ。でも量が少ないんで物足りない(笑)」

「ふーん。じゃ今度ご飯に行くときには、ガッツリ食べれる店を選ぼう」

「いえ、一応は女子なんでガッツリはちょっと……」



(なんか、二人で出かけようという会話に違和感を感じなくなってきている―――)


 ホッコリした気分でそんな事を考えていたら店員が笑顔で注文を取りにきたので、こちらも機嫌よくニッコリと微笑みかけ注文の品を伝えた。



 そこから30分ほどお茶をし、そろそろ帰ろうと二人でレジへと向かって歩き出すと、さっき注文を取った店員が「これ、落としましたよ」と紙きれを手渡してきた。


「あーすいません」


 特に深くは考えずサッと受け取ってポケットに突っ込み、そのままレジへと行って清算を済ましたんだが、店の外に出たとこで


「何を落としたんですか?」


 角野に尋ねられたので、ポケットに入れてたそれを確認してみる。


(名前? ID? 良かったら連絡ください?)



 おいおい、彼女かもしれない女性と二人でいる時にこんなのコッソリ渡すなよ……

 

 もの凄く迷惑だ…とイラッとし、その紙をクシャと潰して店の前のゴミ箱にポイっと捨てると、俺と一緒に紙を見ていた角野が「へー」と感心した様子になった。


「うわーこういうのって本当にあるんですね。モテると知ってはいましたが……もう歴代の彼女たちは、かなり苦労してきたんでしょうね」


 俺の顔を見つつ首を軽く横に振り、ため息まじりにそんな事を言われてしまう。


「あ、いやっ。そうでもないぞ。俺は彼女できたら一筋なタイプだし、好きな子にしか優しくないから苦労はしない」


 顔をのぞき込み速攻で真面目に否定をしたが、また首を軽く横に振る角野。


「いえまぁ、一筋なのとか、他の女を相手にしないってのはいい事ですけど、ただそれはそれで面倒が起りそうな気が」


「………」



 しかし小宮さんも大変ですねー、と他人事のようにアハハと笑う角野を見ていたら


 その気が全く無い相手を苦労して手に入れようとしている最中なのに。しかも普段から俺に寄ってくる女性と関わるのが、とても面倒くさいと思われているのに。


 そんな角野に改めて「小宮の彼女になるなんて無理」そう思わせた───かもしれない元凶の女を思い浮かべ、目の前にある店に戻って苦情を言おうかとかなり本気で考えた。



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