長年の男友達



 角野と帰りに出かける約束をしたあと終業時間まではほぼ無言で仕事をし、それから角野が行きたいと言っていたお店があるデパ地下へと二人で向かった。



 自分が買いたかったものをおごってもらえるせいなのか、角野はそこそこ機嫌がよさそうに見える、というかたぶん機嫌がいい。


 しかし今日中にどうしても彼氏との状況を確認しておきたかったので、どっちにしてもそのいい気分を落とすのならばケーキを買う前にしようと思い、いつも通りのふざけた会話の後に


「そういえば」


 思い出したかのように話を切り出した。



「あのさ、いらないお世話かもしれないんだけど、なにが原因で彼氏とケンカをしてるんだ?」


「───ケンカですか?」



 その話題ですか……てな感じで俺を見上げてきた角野が、軽く眉間にしわを寄せ小さく笑ったまま口ごもっているので、苦笑いしている顔を上から見下ろしつつおどけてみせる。


「良かったら話、聞きますが?」


「はは、どうも。まー色々ありまして。でももうケンカしているとかでは無く……」


 そんな曖昧な感じで語尾を濁されたので、なんとなく角野の頭にポンと手を乗せしばらく眺めてから、もう少し詳しく聞かせてくれ…としつこく会話を続けた。


「そうか、じゃあ仲直りはしたけど、まだ少し怒ってるとかか?」

「えっと、そうではなく、いわゆる距離置き中ってやつで」

「………」



(ん? いま、距離置き中って聞こえた気が―――)



 驚きのあまり瞬時に動きが固り、思わず立ち止まって角野を凝視してしまう。

 そして、それを見た角野が


「小宮さん…それ、驚きすぎでは……」


 ブホっと勢いよく吹き出した。



(まさかだが、この流れだと別れるかも)


 ニンマリと緩みそうになった口元を手で覆いグッとひそかに引き締めてから、心配そうな口調と表情を即座に作り更に詳細を知ろうと再び切り出した。



「あ、ごめん。結婚秒読みかと思ってたんで……それは、いつから?」

「えーっと、一週間位前からで」

「一週間……それ、彼氏が言い出したのか?」

「はは。いえ、私です」


「なるほど、───もしかして、別れるつもりだとか」

「まーそこら辺を考えるための冷却期間なんで、今はまだ何とも言えませんねー」



 俺が「へーそうなのか」と返事したのをキッカケに、黙って二人で歩き出す。



(どうも彼氏が何かしでかしたらしい。それなら今すぐ行動したいが、やはり別れを決めるまでは様子見か? いやでもな―――)



 俺は頭をフル回転させ、今後の対応をどうしようかと一人必死に考えていたら、そんなことを俺が考えているとは知る由もない角野が真っすぐ前を見たまま、何気なくフッと言葉が出たような感じで話し掛けてきた。



「なんていうか───昔から知ってる幼馴染と付き合うと色んな事が絡み合って、いざ逃げだしたいって時でも簡単には逃げられないもんですね」


「あーまあな、そういうしがらみもあるだろうな」



(今のだと、かなり別れたそうに聞こえるんだが)


 もっとしっかり表情を見て角野の気持ちを知りたいと、かがんでガッツリ顔をのぞき込もうとした時


「だからね小宮さん。もし今の彼と別れて次があるとしても、長い付き合いがある相手はできれば避けたいな、とか思ってます」


 そう言った角野は、何かを吹っ切ったかのように腕を前に上げウーンと伸びをした。



 ───おいおい、長い付き合いっていま言ったか?


 てか、それは幼馴染レベルの相手のことだよな?

 小宮はまだまだ、そのレベルには達していないはずだ。


 いやしかし……



 軽い動揺をしつつ、まさか今のは「彼氏と別れてもお前と付き合う気はない」と牽制けんせいされた訳じゃないよな…と横にいる角野の方を、うかがうように何度もチラチラ振り返っていたら


「でもまー、長い付き合いだけが問題ではない、とは思いますけどね」


 自虐的に小さく笑った角野が深いため息をついた。

 


 どうやら何となく言ってみただけのようだと判断し、長い付き合いの男友達……いや小宮でも全く問題は無い! と力を込めてうなずきながら同意の返事をした。


「そうだな。俺もそう思う」



(上手くいくかどうかなんて、付き合ってみない限り分かるわけがないだろ)


 心の中でも角野に強く訴えていた辺りで、目的地であるデパ地下の店に着いた。



 そのお店で言っていたとおりに一番高いであろう品を二つ選んだ角野は、店員に渡された袋を胸の前に掲げ笑顔でお礼を言ってきた。


「ありがとうございます」

「いえいえ」



 購入後はすぐにデパートから出て、二人で並んでまた歩き


「ま、愚痴とか言いたくなったら、いつでも聞いてやるから」

「あはは。ありがとうございます」


 そんな会話を穏やかな笑顔でしたあと駅で手を振り別れた。



(お、そういえば。何が原因で彼氏と揉めたのかを聞きそびれてしまった───)


 ただしかし、ケンカの原因も気にはなるっちゃーなるが、とりあえずいま現在二人が距離を置いているのは動かしようの無い事実だ。


 だからとりあえず「小宮を次の彼氏にしてもいい」そう思ってもらえるよう、角野の周りをひたすらチョロチョロすることに決めた。



 ―――まぁな、今でもたいがいチョロチョロはしているが、距離置き中なら今までより手を出せる部分が確実に増えるだろう。


 それにすでに好きだとなってから、そろそろ一年が経とうとしている。

 ここで角野を手に入れられなかったら、もう諦める方がいいよな。






   *********************






 小宮と飲みに行く約束をした11月中旬。


 待ち合わせ場所に向かって歩きながら「小宮はどこにいるんだろか」と探していると、駅前のベンチに座って仲良さそうに話している角野さんと小宮の姿が見えた。


(おぉっ。あれは、あの、角野さんだ)



「お前は、角野教の信者かよ」


 嫌そうな顔をした小宮に、そんなツッコミを入れられるくらい角野さんネタを聞くのが楽しみになっていた俺は久々に会えた…、というかその姿を見れた事にちょい感動し、少し立ち止まって遠目から二人を眺めてみた。



 いつものごとく女、いや男からも視線を向けられている小宮は、その視線を完全に無視して角野さんの方に体全体を向け、彼女の横顔をジッと見ながら嬉しそうにしている。


 横に座っている角野さんは少しうつむき加減でスマホを見ていて、それから小宮の方へとフイッと顔を向けて何かを喋り出す。


 すると小宮は急に興味なさげなシラッとした表情になり「うんうん」とつまらなさそうに頷きながら、その話を聞きはじめ―――



「おー角野さんだ。久しぶり」


 手を上げながら近づき笑顔で声を掛けると、彼女も笑顔になったあと立ち上がった。


「あ、本当に久しぶりですね。なんか懐かしい気が」

「そうそう、1年以上前だよなー」

「はい。それくらいかと」

「なんか会えて嬉しい」

「あはは、どうも。私も嬉しいです」



 角野さんとそんな会話をしていたら、小宮のことを大好きな女性達が彼女のことを「敵認定」していた姿がふと頭に浮かんだ。


(その勘、あながち間違って無かったよな)


 それから彼女が敵認定された大元の原因である小宮の姿を見ると、なぜかムッツリとした態度で座ったまま角野さんを眺めている。


(しかしな。この小宮がこの角野さん相手に右往左往してるとは、誰が思うだろう)


 喋りながらそんな二人を面白く交互に見ていたが、小宮の心境を知っている者としては今後この恋はどう展開していくんだか……とかなりの勢い楽しみになってきた。



 とりあえずは角野さんの肩に手を乗せ軽くポンポンと二回叩き、


「でも元気そうで良かった。おーそうだ、あの件の愚痴ならまたいつでも聞くよ」


 ”あの件”を強調しながら彼女に笑って伝えると、はいはいってな感じで面白がった表情をした角野さんがこれまた意味ありげに答えた。


「あ、それ是非にお願いします。相変わらずなんで」


「相変わらずですか……。や、ただ愚痴とは関係なく前から俺と角野さんは、うん、きっといい友達になれそうだと思ってて」


「あははは、実は私もそう思ってました」



 すると会話している俺らを見ていた小宮がイラッとした表情を見せた、と思ったら立ち上がって角野さんの腕をつかみ自分の方へと引き寄せ、俺には絶対に見せないであろう笑顔で彼女に話し掛ける。


「角野、もう帰るだろ? 改札まで送る」

「え? あ、はい帰りますが……送るのはいいですよ、すぐそこですし」

「すぐそこでも、送る」

「そうですか? 別にいいのに……じゃ坂上さん、また」


 角野さんは俺に会釈をして手を振り、小宮は俺に「すぐ戻る」と言ったあと彼女の背中を軽く押し、二人は並んで駅まで歩きだした。





「一緒にいたから、今日も誘ったのかとばかり」


 本当にすぐ戻って来た小宮に尋ねると、不服そうな顔で返事をされた。


「今日は用事が出来たと言われた」



(これは、少し機嫌が悪いな……)



 不機嫌な小宮を横目に見ながら店へと向かって歩きつつ出来るだけ当たり障りの無い話を続けていたんだが、なんだか返事がほとんどないので一人で話し続けるのが嫌になり、機嫌が悪い原因であろう人の話を振ってみた。


「そうそう。また角野さんネタあったりとか」

「お前は、ほんとに角野が好きだな」

「や、好きとかではなく、お前がいたぶられる話を聞きたいだけだ」

「………」


 かなり嫌そうな顔をされてしまったが、しばらく沈黙していた小宮は「あーそうだな」と何かを思い出したかのようにニンマリ笑う。



「こないだ冗談で『モテ過ぎて辛いんだ』って言ったらな、『もうおっさんなんで、すぐモテなくなります』と笑われて───」


「あと知り合って一年くらいは『顔がいいだけの役に立たない厄介な男』だと思ってたらしいぞ。ちなみに『厄介』なのは、いまだ継続中だそうだ」



 言い終わったあと片眉を上げながら小宮はニヤっと笑った。


(だからなんで、それで嬉しそうな顔になるんだか……)



「ははっ。相変わらずで」

「まあな。たださ、かなり優しめ対応してるはず、なんだけどな」


 俺を見ながら苦笑いをしている小宮を、笑いながら見ていたら


「自虐ネタはこれで終わりな。それと、今日はもう角野の話はしない」


 ぶっきらぼうにそう言ったそばから、また何かを思いだした表情をした小宮はフッとおかしそうに息を吐き、それから激甘の微笑みを浮かべ顔全体でニヤけた。



(―――ヤバイっ。今の小宮、マジで気持ち悪い!)



 だがしかし「キモイぞ」とはとても言いにくい雰囲気だったので、「なんだその顔は」と爆笑したいのをグッとこらえ、友人として適当に流すことにした。


「ふーん。分かった」



 それから店までは無言でサッサと歩いていたんだが、ふと気づいた女性の視線の先を何気に見るとやはり小宮がいる。またか…と思いつつも、そのままなんとなく小宮の観察をしてしまい―――



 身長は俺より頭一つ高く180以上あるよな。


 整った顔立ちだが中性的ではなく男性的なタイプだ。年齢より若く見える外見をしているけども、そこはかとない色気がある落ちつきも兼ね備えている。


(……や、何なんだこの、見れば見るほど腹が立ってくる物体は)



 ムカつく気持ちで、何度も俺の隣を歩く小宮の姿をチラチラ眺めたあと


「男前だな、小宮」


 思わず小さくつぶやくと、それが聞こえた小宮が顔をしかめながらこっちを振り返り、あの氷点下の冷たい視線で俺をガッと強くにらんできた。


「坂上、お前、さっきからなんだか気持ち悪いぞ」

「いやな……それ、お前にも言いたい―――」

「なんだそれ。男前の俺がキモイ訳がないだろーが」

「………」



(いやさっきの微笑みは、かなりキモかった)


 そう反論しようとした時、まだ俺をにらんでいた小宮が、ん? と斜め上を見て何かを考えると急に不安げな表情になり、そのあと冷たく言い放った。


「まさか、冗談でなく、本気で、俺を口説こうとしてる訳じゃあ、ないよな?」

「……小宮、それは無い……」



 ―――なんだか、もの凄くムカついてきた。


 小宮、俺はお前が好きだ。友人としてな。

 ただ今更ではあるが


「俺って格好いい」と冗談ではなく、本気で言うのは止めた方がいい。

 それに見たとこ「角野はいつか必ず手に入る」てな余裕もなぜか感じる。


 だから角野さん、俺は君にお願いがある。

 コイツをもっと焦らせ、困らせ、怒ってくれていいぞ。


 陰ながらの全力応援と、呪いを掛ける作業はしておく。



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