角野は特別
水野が角野に言い掛かりをつけた次の日。
仕事してます風の難しい表情で頬杖をつき、適当にサボっているのをごまかしながら隣にいる角野をたまにチラ見し二人でお茶した時の事を考えていた。
昨日は「角野が好きだから──」てなセリフを、いつものように軽くスルーをされなかったし、結構いい感じの雰囲気が漂った。
ま、友人対応でのいい雰囲気ではあったが……
でもたぶん、だが
角野を大事に思っている、その事が伝わったのが良かったような気がしている。
―――てか、待てよ。
ということは、俺の角野に対する好意うんぬんだけでなく「友人として大事にしてる」て事すらも、今まで感じてもらえてなかったってことなのか?
いや、まさかのまさかーだが。
他の女性たちと自分は扱いが大して違わない。
どっちかといえば扱いが悪いんでは、とか思われてたりしてな……
お、それ、ありえる気がしてきた。
うちの会社には他に女子がいないから対応の違いを感じることが無いだろうし、好意があるからこそちょい雑に扱って可愛がってる所もあるしな。
そういや会社の外でも押しの強い方に流されて、角野を優先することがあまり無いか。……いや、まあな。それは角野が速攻で逃げるせいでもあるんだが。
ただでも、そうなのであれば、かなりの今更ではあるが
角野は他の女と違う、ということに気づいてもらう必要があるよな。
*********************
更に次の日、うちの社長がいまだ気に入ってる広瀬のことを角野と事務所でなんとなく話していた。
「社長が広瀬さんとまた食事に行くみたいですよ。お店の子たち何人かも一緒ですけど」
「へー。でもどうせ社長のおごりなんだろ? しかし広瀬がまた食事をOKするとはな」
「一度社長とガッツリ話したことで、身の危険はないと判断したとか」
「あー確かに。社長は会って喋るだけで幸せを感じてるっぽいもんな」
そんな話をしていたら、こちらも社長のお気に入りであるアノ営業の高田が恒例の月一訪問として事務所に夕方現れ、社長と15分程にこやかに何かを会話をしたあと、いつものごとく帰り際に角野と親し気に喋り始めた。
しかし、さすがに一年以上の付き合いにもなると最初の頃にあった多少の緊張感がなくなっており、気を許した男女の仲の良さになってきているのが分かる。
(なんだか、俺と話してる時より楽しそうに見えてきた)
普通に…いやもの凄くムカついてきたのでその会話には加わらず、遠くから冷たい視線を高田にだけ向けてずっと送っていたんが、そんな視線にはもう慣れっこになった様子の高田は、俺の睨みを華麗に無視して角野と話し続け
そして社長に「一緒に出ましょう」と声を掛けられたのをきっかけに角野との会話を終えて、素直に事務所を去って行った。
高田が去ったあと、会社に初めてヤツが来た日のことを角野と喋っていたら、あの時もう少し俺が早く帰っていたら貢ぐのを防げたかもしれない……
なーんて今更なことを言ったりしていたのだが、ふと角野に「高田となぜ親しいのか」と追及した時のことを思い出し―――
「しかし角野は人見知りなのに、ほんと高田とはすぐ仲良くなったよな」
いま気が付いたかのようにポツンと寂しくつぶやくと、なに言ってんだ小宮…的な口調と視線で冷たく返された。
「そうですか? 短期間であれだけ会ってれば、嫌でも慣れると思いますけど」
(いやいや、それなら毎日会ってた俺は、最低でも高田と同じ位の期間で慣れてもらえたはずだろ)
「お、そうか? じゃ、なんで俺は仲良くなるまでかなり時間が掛ったんだ」
ザッと角野の方に体を向けながら「なんでだっ」と勢いよく尋ねると、角野が少し呆れた様子で話し始めた。
「まー高田さんは話しやすかったって事もありますけど───ただ小宮さんになかなか慣れなかったのは、人見知りだけが原因ではないんですが」
そこで仕事の手を休めた角野は、俺の方へと体全体を向ける。
「小宮さんが入社してすぐは、社長と出かけてばかりで話す機会があまりなくて。それから事務所にいるようになったかな、と思ったら離婚騒動が起きたじゃないですか」
「あーうん。そうだったかもな」
「はい。そのせいかあの頃は毎日かなり不機嫌で」
(確かに機嫌はよくなかった。だけど、そんなに酷かったか?)
「そんなに機嫌悪かったか?」
記憶を呼び起こしつつ真顔で返すと、角野は軽く何回もうなずき眉をしかめた。
「はい、話す時はいちおう笑顔でしたが用事がある時以外は喋らなかったし……それに黙ってる時の顔の迫力も凄かったです」
その時のことを思い出したのか苛立った雰囲気になった角野をみて、ここは素直に謝ることにした。
「そうか、ごめん。自分の事で精一杯だったのかもしれない」
すると角野はフハッと吹き出し、いえいえ…とおかしそうに口元をニンマリと緩める。
「ふっ、いえ。その時は離婚騒動が起こってる事すら知りませんでしたし、それに新しい仕事に離婚にと大変だったんだろうなと今なら思えるんですが───」
「当時は機嫌の悪さだしまくり態度の小宮さんのこと『なんだコイツは』と嫌ってたんで、仲良くどころか、これまた厄介な男がきたな…と出来るだけ接触を避けてたから慣れるまで時間がかかったんですよね~」
でもまー今も違う意味で厄介な男だとは思ってますけど。
とか言って冗談ぽく渋い顔をされたんで、とりあえずまた謝っておいた。
「あーはい。なんか厄介ですいません」
それを聞いて、あははと笑った角野が、
「でもその不機嫌な時期にですね、ほら社長が、いつもの貢ぎ騒動を起こして……」
人差し指を立てながら、ほらアレって感じで顔をジッと見てきた。
「あぁアレだな」
社長の事をイノシシと命名したキッカケの ”イケメン証券マン貢ぎ事件” を思い出し、顔をしかめて返事をすると角野はフッと軽く息を吐き
「それです、それ」
立ていた人差し指を大きく振って真面目な顔になる。
「で、その時に小宮さんが今までになく静か~に本気でキレて。それから私がどうにもできなかったその問題を小宮さんが速攻で解決したあと、『もういい。こういう社長の問題が起ったらな、すぐに俺に任せろ!』と、私に向かって格好良く言い放ちまして」
角野はそこで、フハっと思い出し笑いをした。
「あーそんなこと……言ったか?」
「はい。それでその時、おぉ、小宮さんはただただ厄介な男前ではなく意外に役に立つ男前だったんですね、と(笑)」
「……あ、はい。役に立って良かったです」
ワザとらしくヘコヘコした動きをした俺を見て、おかしそうな表情になった角野は
「ふ、そこら辺りから、なんとなく親しく会話するようになった気がします。しかしあの時の小宮さんは、ほんと頼れる男って感じで、ふっふふっ」
またまた何かを思い出したのか変な声で笑いだしたので、「お前、怪しいぞ」と思いつつ、俺も当時の角野を思い出しながらいつもの軽口を始めることにした。
「じゃあ、その時、実は俺にちょっと惚れたとか」
「えーそれはないです。それに既婚者って時点で完璧に対象外でしたし」
速攻でナイナイ~って感じで手を振られてしまったが、独身になっている今、少しは対象内にしてもらおうかとからかう感じで片眉を上げてこの冗談を続ける。
「あーなるほど。なら今の俺なら、彼氏にしてもいいわーって感じか?」
「彼氏? えー、そんなハードモード確実な人生はできたら避けたいんですが」
「なんだそれ。でも俺は角野が好きだから、彼女にしてもいいわーという感じなんだけどな」
「うーん。小宮さんの彼女になるってのが、どうも想像できないんですが」
悩んだ感じで腕を組み首を傾げた角野を少し眺め、
「―――それなら、一度、彼女になってみたらどうだろう」
ニッと笑い、少し真剣な口調で試しに言うと、角野は斜め上をフッと見上げて何かを考える仕草をした。
「まー、一日位なら楽しいかも」
「あーでも、一応ながら楽しそう、とは思ったんだ」
「あ、そうですね」
「なるほど」
そうか、なるほどな。
・
・
・
ん? えっと。おや?
いま「彼氏いますんで」って言わなかったよな。
なんでだ。こういう軽口を言った時は、たいがいそれでお断りされてたのに。
素早く角野へと注意を向け、ひそかに様子を
(お、どうも何かを考え込んでいる様にみえるんだが)
あの「彼氏は他の事に───」発言を改めて確認した時には、「はは、ちょっと」とごまかされてしまったが、もしかして彼氏とまだアノ揉め事が継続中か?
これはどうなってるのか、状況を知りたい───
どう切り出そうかとしばし考えたあと、いつものシラッとした雰囲気を出してからさっきまでと同じく軽いノリでの会話を続けることにする。
「あのさ。角野って、優しい男がタイプだったりする?」
「はい? なんでですか?」
「いやほら、彼氏も優しそうな感じだったから、そうかなーと」
「そうですか? 優しくなんか全然ないですけどね」
サラッと冷たく返事をした角野は、「でもまー、違う意味優しいかも」と付け加え……
───おっと、腹立ててます雰囲気が角野全体に漂ってきたぞ。
「えっと、どうした。彼氏とケンカでもしてるのか?」
心配そうな顔を作りながら優しく尋ねると、角野は少し眉をひそめ、それから何かを考えるかのように遠くを見る感じになった。
「まーはい」
一言で答えた角野はサッと机に向かって仕事をし始め、俺にこれ以上は聞くなオーラをバンバン出してきたので、彼氏に関する質問は一旦そこで止めることにして
「ふーん」
仕事をしている角野を横目で見てから、なにげなくまた会話を再開する。
「そういや角野って、甘いもん好きだよな」
「はい? ……まぁ好きですけど」
なぜここで急に甘い物の話に……という感じでこちらを見てきたんで、頬杖をついてから角野の方に顔を向けフッと笑いかけた。
「じゃあ、ほら。あの前に食べたいけど高いなーとか言ってた店のケーキ、買ってやるよ」
「はい? なんでまた」
再び、急に何を言い出すのか……という顔をした角野の方へと椅子ごと少しだけ体を向け、頬杖をついたまま首を傾げる。
「甘い物食べたら少しはケンカのストレス発散できるだろ」
それを聞いた角野は驚いたように目を見張ってから、その目的はなんだと言わんばかりの不審な表情になった。
「どうしたんですか……小宮さんが親切過ぎて、なんだか怖いんですが」
「いやいや。俺、角野にはいつも親切だぞ。だから今日の帰り一緒に行こうな」
「いえ、そんなの悪いんでいいですよ」
「遠慮すんな。それに俺はもう、角野のためにケーキを買うことを決めている」
目をまぶしそうに細めたイケメンな微笑みで甘く答えると、「何、無駄にカッコつけてるんですか」と呆れられつつも案外ウケたらしく、角野があははと楽しそうに笑ってから何度か軽くうなずいた。
「じゃ、まーせっかくなんで一番高いのを買ってもらおうかな。あ……ちなみに何個までとかは」
「この際、何個でもOKだ」
「いえ、そんなの悪いですよー」
「………」
角野、それ、悪いと思ってる顔じゃない。
それに一体何個食べる気なんだ。お前、太るぞ。
あーでもまあな。多少なら、それはそれで可愛いかもな。
―――って待て。俺、ぽっちゃりはタイプじゃないはずだろ。
やばい……気づかぬ間に、おっさん化してきたとか?
……いやまぁ、そんなことはどうでもいい。
今がもしかしたら待っていた状況の変化かもしれないんだ。
お、なんか再びやる気が出てきた。よし、帰りに詳細を聞きだしてみよう。
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