イケメンの本領発揮?
11月に入った頃。
夕方、会社に戻って仕事をしていると電話に対応していた角野が、トンとボタンを押し通話を保留にしてから顔をこちらに向けた。
「俺に電話?」
「はい。氷室さんからです」
「氷室?」
(氷室? 担当の山田さんじゃなくてか?)
確率はかなり低そうだが、もしかしたら仕事の話なのかもしれない。
だからとりあえずはと、受話器を取り会話を始めた。
「お世話になってます。小宮です」
『こちらこそお世話になってます───あの小宮さん、このあいだ言ってたお土産の件なんですけど』
「お土産……? あー旅行に行くって、言ってましたね」
『はい。よければ会社の前まで渡しに行くので、仕事帰りに会えませんか?』
(やはり仕事の話じゃなかったな……。どうしようか。でも、ま。ただの土産だし、受け取ってサッと帰れば大丈夫か)
気合いを入れて断るほどの事でもない、と判断したので
「そうですか。でもあまり時間が取れないんですが、いいですか?」
『はい、いいですよ』
承諾の返事をしたあと時間を伝え、会社前での待ち合わせをすることにした。
約束の時間がきたので会社を出ると氷室はすでに待っており、こちらに気づくと手を振って駆け寄ってくる。
それからニコニコと挨拶を交わし、そのあとすぐにお土産を手渡された。
「すいません、ありがとうございます。……氷室さん、今日はお休みですか?」
「はい、そうなんですよー。買い物に出てきたついでなんです」
「へーそうなんですか」
その場でしばらく日常会話的な話をしていると、「そうそう」という感じの顔になった氷室がこちらを見上てきた。
「小宮さん、今日の夕飯ってどうするんですか?」
「んー簡単なの何か作るか、買って帰ろうかなと思ってますが」
特になんにも考えず適当に返事をしたんだが、それを聞いた氷室はあごに手を当てて心配そうな表情になる。
「そんな食事が毎日だと、きっと栄養が偏りますよね」
「まあ、はい。そうかもしれません」
まーそうでしょうね…という雰囲気で
「じゃ、小宮さん。手を出してください」
「手、ですか?」
一体なんだろうかと不審に思いながらも、言われた通りに手を出すと
「はい、これ、私が作ったお弁当です。食べて下さい」
氷室は差し出した俺の手に、弁当が入っているであろう紙袋のヒモをヒョイと掛けた。
「お礼とかはいいですよ。それじゃあ、また」
紙袋を受け取った俺の手を満足そうにみた氷室は、最大級の笑顔で手を振りながらタタタッと走り去っていった。
……ちょっと待て氷室、渡し逃げかよ。
(彼女でもないのに手作り弁当って。おいおい、どうするよこれ)
手に持たされた紙袋を呆然と見ながらしばらく立ちすくんでいたが、
(普段なら、こういうのは絶対に受け取らないんだけどな……)
これ、どうしようか…と悩みつつも、
「お礼はいらない=何もしなくていい」
そう都合よく解釈することにした俺は、「とりあえずはこのまま放置だ」という結論に達し、次があったらその時は断るということに決めた。
*********************
そんな氷室の出来事があった、数日後のある日。
「俺も今日はもうあがるから、一緒に帰ろう」
「あ、はい」
終業時間がきたので机の片づけをしていた角野を誘い、それからいつもの道を駅へと二人で歩いていたら、角野が本屋の前で何かを思い出したらしい。
「すいません、本屋に寄りたいんで。先に帰っていいですよ」
「ん? いや、俺も行くよ。一緒に帰りたいし」
「そうですか? じゃ、私は小説コーナーに行きますけど小宮さん、どうします?」
「俺? あー特に目的ないから角野と同じでいい」
本屋に入った角野はしばらく色々と小説を物色していたが、やっと目的の本を見つけたようで、それを手に取ってから何となくそばで立ち読みをしていた俺に聞いてきた。
「レジに行きますけど、まだここにいます?」
「あーうん。───いや、俺も行く」
レジまで一緒に行くとそこそこの人数が並んでいたんで、レジ近くの「雑誌コーナーで待ってるから」と告げてその場を離れたんだが、待ってる間の軽い立ち読みのつもりが気づいたときには10分程の時間が経っていたようで。
ただ10分も経っているのに、角野が迎えに来る様子が無い。
不審に思いレジへの方へと視線を向けつつ、一体どこにいるのかと店内を見渡してみると、レジ近くの出入り口付近で水野に話しかけられている角野を見つけた。
(おいおい。てか、また水野かよ…。というか何を話してるんだ?)
おっと、まさか。
水野がまた角野にケンカでも売ってたりとか、じゃないよな。
もしケンカ売ってたら文句の一つでも言ってやろうと二人の所へ行こうとしたんだが、俺が雑誌を棚に戻している間に水野が立ち去ってしまう。
本屋の自動ドアを抜け、力強い足取りで立ち去っていく水野を遠目に眺めたあと、角野がいる場所へとスタスタと歩いていき
「水野と何を話してたんだ?」
顔をのぞきこんで笑い、そう尋ねようとした時、角野の顔が緊張感のある無表情になっている事に気が付いた。
「えっと、どうした?!」
滅多にない角野の固まり方に驚き動揺しながら問いかけると、眉をひそめながらイラっとした感じになった角野は、いつもより暗めの静かな声で答えてきた。
「いえ、どうもしてません。……というか、もう帰りませんか?」
その淡々とした返事を聞いてとっさに
「あ、うん。じゃ、帰ろうな」
動揺したまま簡単に言い、いつものように並んで歩き始めたんだが、さっきの固まった表情を思い出したら心配になり
しかも水野と会ったことすら俺に言わず、黙ったまま前を向いて歩いている角野を上から見下ろしていたら
―――これは、放って置いた方がいいのか?
そうだよな。だいたい俺に頼ることなんて、ほぼないしな。
いやいや。そんな勝手な予想をしてすぐに諦めてばっかりだから、俺は頼られないんじゃないだろうか。
色んな考えが、頭の中でグルグル回り出し
(もう考えてるだけじゃ、意味がないよな)
そう思った瞬間
「角野。さっき水野と何があったか教えろ」
横にいた角野の腕をつかんで、顔をのぞき込んでいた。
のぞき込んで見た角野の顔はさっきよりはマシな表情をしていたが、かなり強めの偉そうな口調で問い詰められた事に少し驚いた顔をしている。
「はい? あーさっきの。……そんな、たいした事では」
「でも、なんか顔が固まってたよな」
「いえあれは、なんというか───」
「とりあえずお茶でもしよう」
「………」
「いや、気になるから」
すると、しばらくの沈黙の後「じゃあ、はい」と返ってきた。
なんとなく無言のまま歩いて店に入り、向かい合わせの席に座って店員に注文をする。それから何分か経った頃、普段よりかなり真剣な面持ちで尋ねた。
「水野にさっき、何を言われたんだ?」
ほぼいつも通りの顔に戻っていた角野は、眉をひそめて俺を見たあと、少しうんざりした様子で喋り出す。
「あぁなんか。私が小宮さんに嫌われたのは、お前のせいだ。───なにかあんたが悪口でも吹き込んだんだろう。小宮さんを取られたくないからって調子にのんなブス、と勢いよく言われまして」
「………」
えっと、それは。
いや、ごめん角野。それ、俺のせいかもしれない。
心の中で素早く謝りながら、最後に水野と会った時かなりイラつきながらお誘いを断った事を思い出していると
「意味不明ですよね。というか、なんで水野は私が『小宮さんを好きだ』という前提で話を進めるのか―――」
角野が仏頂面で淡々と喋り出した。
その表情を見ていたらなんか申し訳なくなってきてしまい、思わず角野目指して綺麗なスライディング土下座をしたくなったが
……まぁ、ここでは無理だよな。
しかし、なぜアイツは全てを人のせいにするのか。
しかも、なんで俺ではなく角野に攻撃を向けるのか。
かなり理不尽な八つ当たりをする水野に腹が立ちつつも、俺のせいでと申し訳なくなり、ごめんな…と角野に謝る。
「俺のせいかもしれません、すいません」
「はい? 謝るようなことしたんですか?」
自分がイラついて水野に言わなくてもいい事を言ったせいでこうなったのかも、と思い「俺のせいかも」と軽く顔をしかめながら謝ったんだが、
そんな風に謝られた角野の顔を見ると、そこにはハッキリと
『小宮、また何かしたのか』
そんな言葉が浮かび上がっており、更に呆れた表情もされてしまったので、慌てて「俺のせい」だと謝った理由を説明することにした。
「あーえっと、この間、水野と会った時にイラついてキツメのことを言ったから、それが原因かと思ったんだよな」
「キツメ? いつも愛想いいのに、どうしたんですか」
「―――ん? 俺、水野には全然愛想よくないぞ」
(いや、なんで愛想振ってると思われてるんだ?)
一瞬だけ、なぜだ? と考えたが、
(あーなるほど。ほとんどが、角野がサッサと逃げた後のことだ。だから営業面してる俺しか知らないのか)
だから角野にも分かるように今まであった出来事をつらつらと話し、「な、水野には愛想よくないだろ?」と同意を求めると
角野は「ふーん」てな表情で聞きながらも、まーでも水野はしつこいですしねーと、うなずいた。
「でも水野は小宮さんには可愛い顔しか見せてないから、いつも通り、やんわりと乗り切ってるのかと思ってました」
「ん? いや、普段ならそうだけど。―――水野はさ、角野に酷いこと言っても平気な顔してるだろ? だから嫌いなんだよな。ほら俺、角野のこと好きだから守りたいし」
いつもの軽口ながらも、少し真面目な感じで角野の顔を見て即答すると
なんというか。
角野は、ハッと息を吹き出して軽く笑ったあと
「なんですかそれ」
そう言ってから、
今まであまり見せたことがない嬉しそうな表情を、一瞬だけ俺に見せた。
・
・
・
えっと、もしかしてだが。
今の発言が、角野の心に引っかかったのでしょうか。
いやっ、これは初めての事態だ。
あれかっ、守りたいってのがよかったのか?
それに角野が、少し照れているような気もする。
どうしよう、角野が可愛い。
……あ、からかいたくなってきた。
ダメだっ。ここで、からかったりなんかしたら今までの努力が水の泡だ。
こらえろ小宮。
・
・
・
俺の頭の中では大騒動だったが、ふと我に返ると
すでに角野は普段通りの態度に戻っていて、目の前で無言で紅茶を飲んでいる。
その姿をしばらく眺めていたら何かを言いたくなり、なんとなく「角野」と呼ぶと「はい」と顔を上げてこっちを見た。
「角野は水野なんかより、全然可愛いから。───ブスとか言われても気にするな」
頭に手を乗せ、グリグリ撫でながら伝えてみた。
ま、本当にそう思ってるし。
すると、少し驚いた顔をした角野は軽く笑ってから
「でも、水野の方が可愛いのは分かってるんで。───だけど、まーなんか、ありがとうございます」
いつも見せる面白そうな顔で、楽しそうに返事をした。
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