一方通行ばかり、の想い
社長と氷室が頑張った「会社の食事会」が開催される火曜日。
仕事が終わってからアインズの三人と合流し和やかにお店へと入ったはずが、テーブルへと案内されたとたん、女性たちが静かに席取り合戦を始めたのが分かった。
(……お、社長が広瀬の隣をゲット)
俺になるべく近寄らないーとか言ってた角野は、結果的に俺の斜め前に落ち着いたが、まぁ参加人数が六人じゃどこに座っても距離的にはそう変わりはない。
そして角野と社長の間に座った広瀬はノリよくお喋りを始め、そのチャラ男の馴れ馴れしさに多少の動揺をしつつも角野は丁寧な返事をしており、社長はニコニコとても幸せそうに広瀬を見つめて……
そうか。
そんなに幸せなんならば、参加した俺らも報われるってなもんだ。
「小宮さん、この間はどうも……。実はこの10日で派遣が終ったんです」
前にいるちぐはぐな三人を面白く観察していたら、隣に座っていた秋本が少し気弱そうに話し掛けてきた。それに笑顔で振り返ってから目線を合わせ、労わりの言葉を返す。
「そうですか。お疲れ様でした」
すると、そのタイミングで氷室がひょいっと話に入ってきた。
「そうそう秋本さんお疲れさまですー。で、小宮さん───」
そのまま五分ほど三人で適当な会話を続けた辺りで、注文していたお酒や食事が運ばれ皆で仲良く乾杯をしたんだが、そこから急に元気になった秋本が小宮に関する質問を次から次へと始めた。
「彼女はいるんですか?」
「どうしていないんですか?」
「休みの日には何をしてるんですか?」
「好きな食べ物は何ですか?」
(いや。この怒涛の様な質問攻撃はいつまで続くんだ……)
そろそろ他の話題に移らないだろうか、と思いながらも
「そうですね。和食とか好きですよ」
質問された事にひたすら笑顔で答えていたら、横で話しを聞いていた氷室が俺が「和食」と言った瞬間グイッと会話に割り込む。
「あ、私いま料理にはまっていて、教室とかに通ってるんですよ」
「へーそうなんですか」
氷室の方へと顔を向け返事をすると、彼女は笑顔になり小首を傾げる。
「小宮さんは、料理上手な女性とかどうですか?」
それに答えようとした時、今度は秋本が割り込んだ。
「私も得意なんでよければ、今度なにか作りますよー」
「じゃ、私もなにか作って小宮さんの会社まで持って行こうかなー」
「えーじゃ、私はお昼にお弁当とか持って行きますね」
「あ、そしたら私は、家に夕飯を作りに行っちゃいます」
間に座っている俺を無視して、テンポよく会話が飛び交い始めた状況を見ながら、
(これはどこかで口を挟むべきなんだろうか)
一瞬だけ真面目に考えたのだが、みたとこ俺が会話に入る隙なんぞ全くないんで、二人に何か尋ねられた時にだけ返事をすることにし、その合間に社長たちの様子を再び観察することにした。
広瀬は社交的な性格らしく、こちらの会話にもうまく混ざって楽しそうにしている。
加えて女性に対しては区別なく愛想がいいタイプらしく、角野には冗談ぽくふざけてみせたり横にいる社長にも愛想よく話し掛け、意外や三人でも楽しく話せているようだ。
(なるほど、確かに女子対応が上手だ。しかもあの社長相手に戸惑いが一切無い)
―――ただな。人との距離がかなり近い。
角野と喋る度に、いちいちそんなにひっつく必要があるか?
あ、顔が近い、顔が。
こらこら、気軽に頭をポンポンと触るのはやめろ。
ナデナデもするな。
というか角野、お前も多少は嫌がれ。
いやまさか、その素の表情での引き対応は嫌がってるって事なのか?
いまいち分かりにくいな……。
しばらくすると氷室のスマホに着信があり彼女が手に取り確認をしはじめると、角野に視線を送っていた俺に秋本が笑顔でグイッと顔を寄せてきた。
「小宮さんって、女友達とか多い方ですか?」
「あーいえ。そんなに多くないと思いますよ」
……もしかしたら、これからまた質問が次々と開始されるのだろうか。
それはかなり面倒くさい。
「すいません。ちょっと、お手洗いに」
悪いが少しだけこの場から逃げさせてもらおうと、両隣の二人にニッコリ笑いかけてから席を離れ、店の廊下に置いてあった長椅子に腰かけ休憩することにした。
(ここで五分ほど、ボーっとしてよう)
軽く目を閉じ頭を下げる姿勢でくつろいでいたんだが、休憩を始めてものの一分もたたないうちに目の前に人が立ち止まった気配がする。
───誰だ?
ゆっくり顔を上げるとそこには氷室が立っており、顔を上げた俺と目が合った氷室は微笑みを浮かべながらドーモとちょこんと横に座ってきた。
「疲れたんですか?」
「あ、いえ。全然、大丈夫なんで。氷室さんこそ疲れてないですか?」
こちらも外面用の笑顔を作って、同じ質問を返すと
「あはは。小宮さんって優しいですよねー。それに、落ち着いてて余裕があって、誠実そうで、包容力もある感じで―――もう、格好いい大人の男って感じです」
とか嬉しそうに言い出す。
(なぜ唐突に、俺のことを思いっきり褒めだしたのか)
あまりの褒めっぷりに戸惑ってしまったが、すぐに困ってます風の苦笑いを顔に貼り付けイエイエと手を横に振った。
「そうですか? そんなイイ男じゃないですよ」
氷室に向かって強めに否定の言葉を返しながらも、
しかし、今みたいな条件が揃った男いるか? いたら会ってみたいよな。
―――あ、俺か(笑)
でも今の氷室の発言を角野が聞いたら、笑い転げそうだな。
なーんて心の中ではちょっと面白がっていたんだが、苦笑いで手を振っている俺を見ていた氷室は軽く前のめりな姿勢でこちらに体を向けてから、また喋り出す。
「そうだ小宮さん。今週の土曜って何してます?」
「今週? あ、土曜日は出掛けるつもりで……」
「そうなんですか、残念ー。実は行きたいけど一人では入りにくいお店があるんですよね。小宮さんの時間が空いた時にでも、一緒に行って食事してもらえたら嬉しいんですけど」
喋り終わると氷室は笑って俺を見つめ、そして返事を促すように首を傾げた。
(おっと、これは食事に誘われてしまったようだ。どうしようか)
正直なところ、氷室は可愛い。
だから角野と知り合いでないんなら食事に行く位は普段なら全然OKなんだけれども、角野に存在が近すぎるしどうみても俺に好意があるので無理だ。角野にバレたら完全に誤解されてしまう。
よし。悪いが今回はやんわりとお断りさせてもらおう。
「あーえっと。忙しくてなかなか予定がたたないんで無理そうです……すいません」
申し訳なさそうな顔でお断りの言葉を伝えると一瞬だけ気まずい雰囲気が辺りに漂ったが、氷室は沈黙のあとすぐにニッコリとほほ笑む。
「いえいえ、気にしないでください。また暇になったときにでも」
「はい、そうですね」
「じゃあ、先に席に戻りますねー」
すっくと立ち上がり、わだかまりなさそうにサラッと気持ちよく去ってくれた氷室を見てホッとし、その数分後に俺もそろそろ席に戻るか…と立ち上がった。
席に戻ると広瀬が社長や秋本・氷室らと楽しそうに談笑していたが、皆の輪の中にはいるものの一人ボーッとしている角野がいる。気になりすぐに席には座らずそばへと歩いて行き、頭にポンと手をのせ
「角野?」
優しく名前を呼ぶと、振り返りながらこちらを見上げてきた。
「なんですか?」
(───お。今、ちょっと、安心した表情をしたよな)
頭を触られた時の反応が、さっきの広瀬の時と全く違ったことで機嫌が一気に良くなり、
「何でもないけどな」
顔全体でニッと笑い嬉しそうに答えながら、乗せた手で髪をグシャグシャと掻きまわしつつ顔を近づけ目を細めて笑いかけた。
それから、髪の毛を直しつつ「なにするんですか」とかぶーぶー言ってるその顔を、テーブルに手を乗せてから改めて覗きこみ
「そういえば。今日も彼氏が迎えに来てるのか?」
いつものごとく興味なさげなシラっとした雰囲気で尋ねると、角野は少し目を見開いたあと困惑気味に髪を直していた手を下げる。
「いえ。今日は来ませんよ」
「そうか、迎えに来てるのかと思ったんだけどな」
ほら、だって俺がいるしさ───と皮肉っぽく片眉を上げれば、それを見た角野はアハハとおかしそうに笑ったが、ふいにスッと微妙な表情へと変わった。
「いえ、彼氏はいま他の事に興味があるんじゃないかと」
(他の事? しかも苦々しげな言い方……それってもしかして)
思わず「なんだ他の事って!」と張り切って聞き出しそうになったが、会社の食事会で、しかも皆がいるこの場で彼氏との揉め事を事細かに聞きだすのもどうだろか…と思い直し、心配そうに角野をしばらく眺めてから口を開く。
「まぁ、ほら、何かあったんだったら相談に乗るぞ」
「へー小宮さんが相談に乗ってくれるとは」
明るく笑った角野が、心配げにしている俺を面白そうに見てきたとき
「小宮さん」
氷室に手招きしながら呼ばれた。
まだ角野と話をしたかったが顔を上げ、氷室に向かって「はい」と答えたあと慰める感じで頭をまたポンポンと叩いてから元の席へと戻る。
それから三十分ほど経った頃、社長から「終わりましょう」の合図が出され、二時間ほどで会社の食事会は終了した。
「どの方向の電車で帰るんですか?」
「また行きましょうねー」
店を出て駅へと向かいながら、社交辞令な会話を皆でしつつ全員がまとまって歩いていると、後方にいた広瀬が角野に話し掛けたのが見えた。
何となく二人の方へと軽く視線を向けてみれば、角野がさっきと同じく素の引き気味な対応をしている。
(いやだから角野。それは広瀬が苦手って事なのか?)
いい大人なんでここは放っておこう…とも思ったんだが、そうは思いながらも気になってしょうがなくなってきた。
こうなりゃとりあえず助けておくかと用事を思い出した風に二人に近寄って声を掛け、広瀬から引き離す感じで角野の腕をつかみ自分の方へと引き寄せた。そして角野の顔を覗き込み
「その素の顔は何なんだ」
冗談交じりで笑ったその時、少し前を歩いていた氷室とバチッと目が合う。
そのまま俺のことをやけに真剣にジーッと見てくるので、何かご用ですか? てな意味で首を傾げるとニコっと笑われお願いされた。
「小宮さんと同じ電車なんで、一緒に帰りませんか?」
「あーはい、いいですよ」
同じ方向なら一緒に帰るのは全然構わないと返事をしたあと、すぐに角野の方を振り返り話の続きをしようとしたんだが、氷室がスススッと横へと来て並んで歩きだし、俺にだけ顔を向けずっと話し掛けているのを見て角野が気を遣ったのか。
それとも宣言通り、こういう状況の俺には近寄らないってのを実行したのか。
「あ、社長に用事が……」
小さくつぶやき、サッと社長の隣へと逃げてしまった。
(おいおい、別に一緒に並んで歩いても大丈夫だぞ───)
なぜ逃げるのか…と角野にイラっときたが仕方ないので氷室と並んで歩き、他の人たちから少し遅れて駅にたどり着いた頃にはすでにその場は解散の雰囲気になっていた。そして俺らが到着したのをきっかけに皆が改札を通り帰り始める。
その流れに乗って帰ろうとしていた角野に向かって手をあげ、
「お疲れ」
簡単に声を掛けたあと別々の方向へと別れ、それから氷室と一緒に電車に乗った。
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