イノシシ社長の暴走開始



「絶対、社長に会わせたくないよな」

「はい確かに」


 俺と角野の切なる願いもむなしく、最新鋭のイケメンレーダーを搭載とうさいしているかのような、そんなイノシシ社長のアンテナがピピっと反応したのだろう。


 あれから半月後、社長は見事に広瀬を発見した。


 発見後は今までになく頻繁に彼がいる店舗へと足を運び、

 発見してから更に半月後の10月初め、社長は俺らに言った。


「広瀬さんと、お茶か食事に行きたいわね」


 キャッ…てなハシャギ方をしている社長は、角野と俺がうつろな目で見ている事にも気づかず、とても楽しそうで───



(てか、何がお茶だ食事だ。仕事をしろ、仕事を)



 ただ今回は好かれることで仕事上の得をする相手ではなく、単なる取引先の若いイケメンなので、社長が貢ぎたくても相手にされるかどうかは怪しい。


 しかし俺も広瀬の性格をよく知っている訳では無く、この先どうなるかの予想なんぞ全くつかないので、とりあえずしばらくは


 社長の言動を生あたたかーく見守ることにしよう。





 社長からビシバシ伝わってくるバカみたいに高いテンションを肌で感じながら、仕事をしている角野を頬杖をついて眺めた。


 何もしないで機会が来るのを待つ。

 そんなことを考えてから、すでに約一ヶ月が経っている。


 当たり前だがそんなにすぐ彼氏と別れるはずもなく、それに俺の好感度を急激に上げるような出来事もそうそうは起らない。


(いっそほんとに結婚とか決まれば、諦めることができるか?)


 いや待て。


 籍を入れたと聞いただけならサーッと現実逃避するだけで済むかもしれないが、結婚式なんてされたら同僚として絶対に出席する羽目になるじゃないか。


 それ考えて無かったな……結婚式か。……うわ、行きたくねー。



 しかし角野のことは好きだが、どこまで本気なんだろうか?

 実は、手に入らないから意地になってるだけだったりするとか?


 ―――お、しまった。どうする。


 片思い期間が長すぎて、そこら辺がよく分からなくなってきたぞ。


 だけどなんでこの会社には、社員が二人しかいないんだよ。

 玉砕すらなかなか許されないとは、どういうことだ。



 面倒になったと自分で一度投げたくせにグダグダとまた考え始めてしまい、

 現状は一周まわって元に戻っている状態、だったりする。





   *********************





 10月の第一週目が過ぎた頃、あの広瀬と氷室がいる店舗へと一ヵ月ぶりに行くことになった。



「角野。アインズさんの書類とかあるなら、今から行くんでついでに持っていくけど」

「あ、ほんとですか? じゃ、ちょっと待ってて下さい」


 角野が書類を用意している隣で立ったまま外出の準備をしていると、なぜか社長も笑顔で椅子から立ち上がり、俺と同じく外出の準備をし始める。


「小宮さん、私も行くわー」

「はい?」


(何の用事があるんだか。……ま、広瀬目当てだよな)



 相変わらずテンション高めな社長と一緒に店へと向かい、いつものように担当の山田さんと話をし、そのあといつものように氷室に捕まり話し掛けられる。


(いや。ここでの仕事は終わったんで早く出たい……)


 氷室を引き連れたまま、一体どこにいるんだと社長を探し店内をさまよっていると、広瀬に張り付いていたヤツを見つけた。


「社長」


 手を上げ控えめに声を掛けるとトテトテした小走りで近づいてきたんだが、俺の前までたどり着くと焦った早口で唐突にスケジュールを聞いてきた。


「小宮さん。来週の火曜の仕事終わりって空いてるかしら」

「火曜ですか?」

「そうよ! どうなの?!」


(───いや、そんなにがぶり寄ってこなくても)


 何だがよく分からないが、怒涛の勢いで迫ってくる目の前の社長がちょっと面白くなり、わざともったいぶった仕草で手帳を見てからノンビリゆっくり返事をする。


「そうですねー。うーん、一応は空いていますが」


「じゃ、火曜は会社の食事会ってことで決定ね。広瀬さんその日早番らしくって。今から誘おうと思ってるの」


「………」



 広瀬がその誘いに乗るだろうか? んーいや。どう考えても無理だろ。

 

 同年代の若い女の子がウジャウジャいる飲み会ならまだしも、社長と俺と角野だぞ。しっかし、いつもながらイケメンには猪突猛進ちょとつもうしんだな。



 あらぬ方向で、さすがだ…と感心しながらも、誘っても絶対に無理無理~と心でツッコミを入れていたら


「私も早番なんで、その食事会に行ってもいいですか?」


 横に立っていたことすら忘れていた氷室が、社長に向かって突然の真剣なお願いをし、社長はそんな氷室をジッと見て少し何かを考えたあとうなずいた。


「構わないわ」


 それから二人はガッツリ連れ立って広瀬の元へと颯爽と歩き出し、ヘラヘラ笑って話を聞きつつも少し驚いている彼の説得に掛ったようだ。



(───なるほど。ある意味、目的が同じだもんな)



 話したことがあるかどうかも怪しい二人が目的が一緒だとあんなに素早く意思疎通をするのかと、爆笑したいのをこらえながら説得シーンを眺めていると、俺の面白がった視線に広瀬が気づいたようで遠いながらも目が合ったのが分かった。


 すると少しムッとした表情を浮かべた───

 と思ったら、どうやら行くことにOKをした感じだ。



(そうか。じゃ、食事会は決定だな)



 いい加減もう次の営業先へと移動したかったため、広瀬とまだキャッキャと喋っている社長に近づき


「すいません。先に出ます」


 簡単な挨拶だけしたあと店の外に向かってサッサと歩き出そうとしたが、そのとき前方から以前連絡先を渡されたあの派遣の子が歩いてくるのが見えた。


 彼女が迷いなく進んでいる方向を見る限り、どうやら俺を目指して来ている。


(なぜ来るのか。……って、そりゃ来るか)


「こんにちは、小宮さん」


 通りすがりに挨拶をされジッと顔を見られたが、


「こんにちは」


 笑顔で会釈し返すだけでここは済ましそのまま早足でドアへと歩いていくと、背後から広瀬や氷室に彼女が喋りかけている声が聞こえてきた。





 その日外回りから会社に戻り、座って暇そうに横揺れしていた角野に今日の出来事を面白おかしく話そうとしたら、すでに社長から電話で食事会の件は聞いていたようだ。



『角野さん。来週の火曜の仕事終わり、空いてるかしら?』

「火曜ですか? えっと、すいません社長───」

『その日は食事会する予定だから。あ、そうそう広瀬さんも参加よ』

「あの、社長───」


『もしもし~~声が聞こえないわ。あらあら、電波が悪いのかしら~(ツーツー)』

「………」



 断られるのが大嫌いな社長には、断りの言葉が聞こえなかったらしい。



「なんだか怪しい雰囲気がしたから断ろうとしたのに」

「てか、たぶん断り方が甘かったんで嘘だってバレてたんじゃないのか?」

「……そうかもしれない。ただ普通、あそこまで完全スルーします?」


 つらそうに小さくつぶやき、体全体でガックリきている角野を見て


(いやいや、お前がそれでガックリするなよ)


 まさに「お前が言うな」状態でもの凄く笑えてきたんだが、ここで笑おうもんなら「フザケンナ小宮」と怒られるのは分かり切っている。


 それに最近は、むやみやたらと構わないようにしてるおかげか、怒られたり・呆れられたりすることが少ない。だから今も余計なことは言わないで黙っておこう。


(───しかし、たまになら構ってもいいだろうか?)


 たま~にならいいよな別に…とか思いながらこそっと隣を見ると、角野は机に顔をペッタリ付けて突っ伏していた。



「……何を疲れてるんだ」


「いえ、なんというか。今回の広瀬の件で社長って本当にどんなタイプのイケメンでも、いけるんだなと実感したというか」


「あーなるほど。確かに」

「前川さんはインテリ系でしょ。で、高田さんは優しい系。広瀬はチャラい」

「………」


(角野。そのイケメンメンバーから小宮がすっぽりと抜けてるのはなぜだ?)


 思わず突っ伏している角野の背中をつつき、小宮の存在を主張してしまう。


「……角野。社長は俺の事も大好きだぞ」

「あ、そうだった。忘れてました」

「………」

「えー何系なんでしょうね? もう見慣れ過ぎてて難しいんですが」

「見慣れてしまう程度のイケてない男前で悪かったな」


 ワザとらしくキレた声を出すと、角野はそこで突っ伏していた顔を上げ首を傾げる。


「うーん、どうでしょうね。最初の頃は爽やか系だと思ってたんですが……」


 それから俺の顔をまじまじと眺めながらしばらく悩んだ。


「じゃ、年も年なんで大人の男系? ってことで。自信も無駄にあるし、女子対応も無駄に得意ですし、その無駄に落ち着いた雰囲気も無駄に格好よく見えるらしいですし」


(───角野。無駄って単語がやけに多い)


「まーその落ち着いた見た目より中身はかなり軽いですし、モテる分女性に冷たいところがありますけど。でもまぁ一般的な感覚なら、小宮さんはかなり男前なんじゃないですか」


「……ん?」

「……はい?」



 あれ?


 今のはもしかして、珍しく素直に「格好いい」と褒めてくれたのか?

 それは嬉しい。


 おっと、まさかだが。

 角野には効かないと思ってたこの顔面は、意外に利用できたりとかして───



 かなり男前だと褒められ分かりやすく気分が良くなってきたせいか、構うのは控えているとか言ったそばからちょっかいを出したくなってきてしまい、さっきのセリフのあと俺と思わず顔を見合わせた角野にニヤっと笑いかけた。


 すると「なぜにそんな顔をしたのか」と警戒心を露わにした角野は、椅子を少しずつ前にスライドさせて自分に近寄ってくる俺を訝し気に見てくる。



「角野さ。実は俺の顔だけ、ならタイプだったりとか?」

「はい?」


 角野は何を言いだす…と目を見開き、そして俺は更にスルスルと距離を詰めていく。


「いま俺のことをかなり男前だと思う、と」

「あ、はい。確かに男前だとは思いますけど……」

「へー、そうなのか」

「えっと。なんですか? そのムカつく納得顔は」

「そうか? へーと思ってるだけ、なんだけどな」


「……あ、今、もの凄くイラっときました」


 角野は呆れた表情をしながらも、ズリズリと椅子ごと近寄ってくる俺から逃げようとジリジリ椅子を後退させて動いているが、残念なことにその先は壁だ。


(この際だから壁ドンとかもしとくか?)


 もの凄く楽しい気分になってきたんだが、それと同時に、

 なにしてんだ俺……てな後悔も湧いてくる。


(そう。こういう事をするから、いざというとき信じてもらえないんだよな……)


 数秒だけ詰め寄るのを中断し、心の中で「ごめんなさい」と角野に謝った。

 


 ……よし、反省した。


 したんで、どうせならばもう少しこの楽しい時間を続けさせてもらおう、と更に角野に迫ろうとしたとき───



 凄い速さでバーンとドアを開けた社長が、やけにルンルン状態で事務所に入ってくるなり大声で俺らに言い放った。


「二人とも火曜の食事会、忘れないでね。それと秋本って子も参加になったから。もう小宮ったら、ほんと大人気ね。ふふふ」


「………」

「………」



(こら待て社長。───秋本って、あの派遣のことだろっ)



 社長から出た「秋本」の単語に反応し思いっきり眉をしかめた俺を見て、角野が勢いよくブホっと吹き出す。


「ふ、小宮さん。その秋本さんって子と何かあったんですか?」

「確実に何もない……。が、そこら辺は今のところ不明」

「あはっはっ、不明って何ですか」

「冗談だ。頼むから、嬉しそうに笑うのはやめてくれ……」


(なんで秋本も参加になるんだよ。こんな展開、予想もしてなかった)


 社長に対する愚痴をブチブチ心でたれていたら、それが表情にも出ていたんだろう。角野がまだまだおかしそうに俺を見てくる。


「巻き込まれないよう、その日はなるべく小宮さんに近寄らないようにしますんで」


「だから角野……秋本さんとは何にもないから」

「はいはい」

「………」



(どうせ俺が悪いって思ってるんだろ? 分かってるぞ角野。それは大きな勘違い……でもないかもしれないけどな……)



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