考えを変えた小宮



 こないだ角野に「引田に気を付けろ」そう忠告したとき、「気が付いてないフリで逃げきる」と軽口を叩かれたんだが、それからしばらくのあいだ静かに静か~に俺は悩んでいた。


 確かにあれは ”もし狙われていたら” という場合での答えである。


 というか、その前からここ三ヶ月ほどみせていた俺の言動に対する角野のスルーっぷりに軽く落ち込んではいた。しかし、


 なるほど、気が付いてないフリでのスルーってのもありえるか。


 改めてそこに気づいてから、結局のとこ何が原因でここまでかわされてるんだ? と、更に悩み始めたのだ。


 ただ単に鈍感で「全く気付いていない」のか。

 全てが前までと同じく「からかい」だと思っているせいなのか。

 それとも上手に「好意に気が付いていないフリ」をされているのか。


 そして出た結論。


「あーえっと……そうだな、小宮には全く分からないな」



 ───まぁただ、何が原因だと判明したところで、

 見事なまでのかわされ方をされていることには変わりない。


 坂上にも宣言していたように、最初から落とすは大変そうだと本気で思ってはいた。思ってはいたが、基本的な部分で自分に自信がかなりあるせいか、


 「小宮」に少しでも興味を持てば彼氏がいても何とかなるだろ……


 なにげにそんな事を考えていたような気が今ではしている。

 しかし思い立った日から三ヶ月経っても全く反応が無い角野を見ていると、


(ダメなものはダメなのか……)


 どんどん諦めの方が強くなり、いわゆる「やる気」も日ごとに失せてくる。



 要するに頑張る事が面倒になってきてしまったんで、とりあえず角野を何とかしようとする件に関しては一旦ポンと遠くへ投げることにした。


 それに正直なとこ今の時点では、何をどう頑張っても落とすのは無理だろう。


 だから角野が彼氏と別れるか別れそうになるまでは、以前のような単なる友人対応で仲良くして好感度を上げる努力をして過ごす。


 で、状況が変化する兆しがみえたそのとき口説くような行動を始める。



 こういう頑張り方のほうがまだ勝算があるかもしれない。



 でも別れるのを待っている間に、結婚が決まってしまったら?

 それはもう仕方がない。


 結婚をキッカケに、すっぱりと諦めることにしよう……





   *********************





 秋の雰囲気が出てきた9月。


 いつもの営業の一環として氷室がいる店舗へと足を運ぶと、前回訪問した際には見掛けなかった男性社員がいるのに気づき、待機する様にそばに立っている氷室の方へと顔を向けた。


「新しい社員さんが入ったんですか?」

「はい、そうなんですよ。あ、紹介しますね」


 笑顔で答えた氷室はサササッと早足で彼を呼びに行き俺の元へと連れてきてくれたんだが、徐々に近づいてくる男性の顔面がハッキリ見えた瞬間、思った。


(絶対にコイツを社長に会わせてはいけない)



 ───そう。現れた新入社員、広瀬・25歳はとってもイケメンだったのである。



 それに挨拶を交わして更に気づいたが、彼からかもし出されている雰囲気がどうもチャラい。いや。でも、今の挨拶だけでチャラいと勝手に判断するのもどうか……

 

 とりあえず、もっと話をしてから判断することにしよう。



「――(2人で会話中)――」



 だめだ、やはりチャラい気がする。だが愛想はいい男だ。もし社長が広瀬を気に入り、そして彼がおねだりが平気系であったとしたら───面倒な事態が巻き起こりそうだよな。


(てかもう、貢ぐのは勘弁してくれ……)


 かなりの勢い心で不安になりながらも、顔は笑顔を浮かべたまま広瀬と適当な会話をしばらく続け、そのあと担当の山田さんに会うためその場を離れた。




 山田さんとの商談も無事終わり、店舗裏にあるドアから帰ろうとノブに手を掛けたその時、店から一人の女性が「あの!」と手をあげこちらにパタパタ駆け寄ってくる。


 なんだろうか…と立ち止まり待っていると、俺の目の前に着いた彼女は息を整えつつ顔を見上げてきた。


「あの、前からずっと気になってて。突然であれなんですが、よければ友達からでも……」


(いや、そう言われてしまうと友達からは無理だ。てか、お前はどこの誰だ)


 知らない子だがココで働いてるのは確かそうなんで、これはどう返事をしようか…としばし無言で考えていると、彼女が「これ…」と両手で持った紙を差し出してくる。


「あの私、ここの派遣社員で。契約期間が終っちゃうんで、ダメもとで声を掛けようかと。迷惑でなければ、連絡先だけでも受け取ってもらえませんか?」


 ちょっと迷ったが、店舗からいなくなる予定のようだし見た感じも嫌いではなかったので、とりあえず受け取るだけ受け取ることにした。




 そんな出来事があった何日か後、営業を終え会社に戻ると角野がいない。


「あれ、角野どっか行ったんですか?」

「そうなの。今ね、取引先に請求書届けてるの」

「あーなるほど」


(やっぱり切手代節約より、社長の貢ぎグセを節約した方が、効率いいけどな)


 社長にツッコミつつも机に置いてあった伝言を確認していると、案外早く角野が書類配達から戻って来たので笑顔でねぎらう。


「あーお疲れさま」

「はは、ただいま戻りました」


 それからしばらくは三人とも無言で黙々と仕事をしていたが


「ちょっとお出かけしてくるわ」


 社長が元気に立ち上がり外出したとたん角野がクルッとこちらに体を向け、おかしそうに喋りかけてきた。


「さっきアインズさんへ行ってたんですが───新人の男の子に小宮さんもう会いました?」


「あーうん会った。なかなかの男前だよな」

「はい。中性的な、アイドルっぽいイケメンですよね。でも、なんというか」


 フッと吹き出し楽しそうになった角野を見て、あーあれか…と思い当たる。


「あいつ、……チャラ男っぽいだろ」

「あはははっ、そうです。女の子対応も上手そうですし」


 それを聞いた瞬間、顔全体を使ってうんざりを表現してしまう。


「そうなんだよ。あれ、絶対に社長に会わせたくないよな」


 俺の心からの願いに、角野も神妙な面持おももちで大きくうなずいた。


「はい確かに」






   *********************





 取引先の店で逆ナンされ、チャラいイケメンとも出会った日からある程度の日数が流れた9月中旬。


 帰宅しようと角野と一緒に会社を出て仲良く並んで歩いていたら、同じく連れ立って歩いている引田と水野に途中で鉢合わせする。


「あーどうも。引田さん、水野さん」

「小宮さん! 久しぶりですねー」


 少し離れた場所から挨拶をすれば、水野が女の子走りでトトトッと近くまで笑顔で駆け寄って来た。


(会うのは5月の飲み会以来だな───)


 あの時はちょっとキツく言いすぎたかも…とか思っていたが、近づいてきた水野は「何かありましたっけ?」そんな感じで気にしてる様子が全く無い。


 なのでこちらもいつも通りの営業バージョンの愛想よさで対応し、しばらくその場で当たり障りのない会話を四人で続けていると、ふと思いだした。


(そういや、あれからなんの音沙汰も無いって言ってたはず)



「引田さん。この間、飲み会に角野を誘ってもらったそうでありがとうございます」


 尋ねることで話が進んでしまうかもしれないが、俺がいない時に誘われるよりはマシなんで会話の合間に笑顔でお礼を言うと、引田は苦笑いでそれに答えた。


「あぁ…はい、そうなんです。会社の、若い子、だけ、で飲み会しようかとなりまして」


「………」


(あ、なんか何気に今、若いってのを強調しなかったか?)


「そうですか。でも、ははっ。角野もいうほど若くないですけど」


 おっさんはお呼びでないと言われて苛立ってしまい、ついこれが口から出てしまったが速攻で隣からお怒りの声が聞こえた。


「……はいはい、若くなくてすいませんね」



(───お、しまった)


 いや違うんだ角野、そういう意味じゃないんだ。お前が引田の飲み会に行くのを邪魔したかっただけで、若い子じゃないと言いたかった訳じゃない。


「今のは冗談だし。それに角野はまだ若いだろ……」


 ムッとしている角野を見てもの凄く焦り、必死の言い訳をしていると


 飲み会って何の話? でも角野さんがババアと言われた、ふふっ。

 そんな満足そうな顔をしていた水野が急に話に割り込んできた。


「その飲み会、たぶん私も行きますからー。小宮さんも絶対に来てくださいねー」


 思わずサッと引田を見ると軽く無表情になっていたが、角野がもし行くとなったら俺が一緒に付いていけるに越したことはないんで、水野に向かってどっちにもとれそうな肯定の返事をしてみる。


「そうですね。時間が合えば行きます」



 それから引田らと笑顔で「さよなら」と別れたはずが、少し距離ができた辺りで水野だけがまたこちらへと駆け寄ってきた。


 そして水野が俺へと駆け寄ってきた時点で、角野はその場からの逃げを速攻で選択したようである。


「先に行きますね」


 すると水野に追いついてきた引田が角野に声を掛け、並んで先を歩きはじめた。


 一緒に並んで歩き始めたのがなんか気に入らなかったので、二人の後をなるべく早く追うため水野には歩きながら返事をすることにした。



「あの小宮さん、まだ彼女いないんですか?」


(水野、何回その質問をするのか……)


「はい、まだいないですが」

「そうですかー。じゃ、好きな人とかもいないんですか?」

「好きな人? あーはい、それはいますよ」

「それって、私が知ってる人ですか?」


 やっとこさ二人そばまで追いつき、よかったと安心したその時、少し緊張感がある笑顔で引田が角野に話し掛けたのが聞こえた。


「角野さん、さっきの飲み会の日程なんですけど」

「あ、はい」



(引田さんよ、なぜ俺が聞いた時には日程の話をしなかったのかな?)



「小宮さん?」

「───はい? あーさぁ、どうでしょうか」



(もういいだろ水野、かなり返事が面倒なんだが)



 俺の勘だけではあるが、やっぱり引田は角野に好意がありそうなんで、このどうでもいい会話を少しでも早く終わらせて前にいる二人の会話に割り込みたい。


 焦燥感がドンと出てきた俺に、まだ彼女がどうのこうのとしつこく話し掛けてくる水野がうっとおしくなり、ここでお前との話は終わりだ…と言わんばかりの強い視線を隣に向ける。


 すると俺の気持ちを感じ取ったのか水野はウッと黙り込み立ち止まったので、同じく立ち止まってから


「では、帰りますんで」


 簡単に別れの挨拶をしてからササッと歩き出し、前の二人に追いついたところで角野の腕をつかんだ。




 合流したあと引田とは別れ、また二人で駅へと仲良く歩いていたら何かを思い出した感じで俺の腕を叩いた角野が笑ってクイッと見上げてくる。


「さっき話してたあの飲み会、やっと断れました」


 まるで面倒で嫌な出来事から解放されたかのように、スッキリした顔をしている角野を見て


「そうか」


 力強くうなずき笑顔で返事をしつつも、

 なんだか少しだけ引田に同情をしてしまった。



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