角野は悪くない



 角野から「お前、それどっちなんだ…」な返しをされてしまったあとの数日間は、自分の仕事が会社から出て気分転換ができる営業職であったことを、神様と呼ばれている方に珍しく感謝なんぞしていた。



 しかしあれは、お断りはしたが気まずくならないようにウケたといったのか。

 それとも全くの冗談として受け取り、いつものように流したのか。


 いまいちどっちなのか、いまだによく分からないまんまなんだが


「俺を選ばないか?」と真剣に言われたはずの当の本人は、何事も無かったかのようなあっさりした態度ですこやかにのびのびと毎日を過ごしている。


 ただ、なんというか。今の時点での俺の気持ちとしては、


「アレは冗談だった」


 そう本気で思ってくれている方がありがたい。





   *********************






「坂上。今度の金曜、久々に飲みに行かないか?」

「おーいいぞ。行こう行こう」


 こんな電話で小宮と飲みに行く約束をして迎えた、金曜の当日。



 いつものように俺が待ち合わせ場所に後から到着したらしく、改札から出てすぐに小宮の姿を見つけたが、どうも女性に何やら話し掛けられているようだ。


(あの会話の邪魔をしていいもんか───)


 何となくすぐに声を掛けるのをためらってしまい、とりあえずは立っている二人が視界にちょっと入る程度に視線をずらし、素知らぬ顔でそばまで近寄っていき様子をみることにする。


 そしてある程度の距離まで近づいた時、女性が小宮に向かって可愛くお願いをしたのが聞こえた。


「よく分からないんで、そこまで案内してもらえませんか?」


 すると小宮は女性越しにチラッと俺を見たあと、にこやかに断りの言葉を言う。


「あーえっと、待ち合わせしてる人が来たので無理です」

「そうですか」

「はい、すいません」


 このあと俺の方へと向かって歩きだした小宮の後姿を、

 女性が残念そうに見送り───



 そんな場面を一通り眺めていた俺は、近づいて来た小宮に手をあげ明るく話し掛けた。


「お待たせしまして。……で、あの女性は誰なんだ?」

「知らない。なんか、ここら辺に初めて来たらしく道を聞いてきただけだ」


 いや確かにそんなセリフは言っていた。

 だが、お茶にでも誘われそうな雰囲気が漂っていたのは気のせいか?


「ははっ。俺はまた逆ナンでもされてるのかと」

「そうか?」


 小宮は意味ありげに片眉を少しだけ上げニッと笑うと、どうでもいい感じでシラッと素早く歩き出し、まだその場に立ち止まっている俺を呼んだ。


「坂上、行くぞ」

「………」


(はいはい。お前にとっては、よくある出来事だよな)


 心で虚しくつぶやいてから、いつもの店へと二人で向かった。




 店に着き、会社のことや日々の出来事などをなんやかんや楽しく話しながら飲んでいた途中、ふと何気なく彼女の顔がパッと思い浮かんだ。


「そういや、角野さんとは───」

「あーうん。その話、今はいいから」


 何気なく尋ねただけだったはずが小宮は角野さんの話題を思いっきり避け、持っていた箸で目の前のから揚げをウザそうに力強くぶっ刺した。


(───おいおい)


 その言い方と仕草が多少気になったものの、


「あ、そうですか」


 深く追及などはせず適当な相づちを打ち、それからどことなく憂いを帯びてきた小宮の端正な顔をジッと眺めてみる。


(どうしたんだろーか)


「……坂上、お前……意味深な目でジッと俺を見つめるのはやめろ」


 熱い視線で眺めすぎたのか、小宮が嫌そうに眉をしかめたので


「や、すまん」


 とりあえずは素直に謝ってから一口酒を飲み、それから再びひそかに観察を始める。


(なるほど。機嫌も悪くなってきた、と)



 これは振り向かせるのに苦労してたりするってことなのか?

 ふーん。お前、男前なのにな。

 しかしかなりモテるのに、好きな人には相手にされないって

 ───なんだそのベタな展開はよ。



 段々と笑えて仕方なくなってきたが、その内心の笑いを頑張って隠し真面目な顔で小宮に尋ねる。


「まさか。もう冷めた、とかか?」


 なぜこの話題を続けようとするのかともの凄くウザそうな顔をした小宮は、ゆっくりグラスを持ちながら面倒くさそうに言い放った。


「さぁ、どうだろ」

「ふーん」

「………」


 再び憂い顔になった事で妙な色気を振りまきだした、そんな小宮にそっと視線を向けている近くの席の女性を横目に見つつ、からかう気満々で口を開いた。


「それなら俺が角野さん狙っても、いいよな」


 女性からの視線に気づき、どんな子なのか…と振り返って確認していた小宮は、俺の軽口を聞いたとたん戸惑った様子でサッと顔を戻し不審そうに見てくる。


「ん? お前には彼女いるだろ」

「ん? こないだ別れたから、そこは大丈夫」


 笑顔で親指をグッと立て明るく返事をすれば小宮はほんの少しだけ驚いていたが、すぐにフッと小さく笑いを漏らす。


「別れた? 意外だな。……でもなんでそこで角野なんだ」


「や、ほら。お前と違って俺は元々地味な子がタイプだし。それに初めて会ったとき『気に入った』と言ったの覚えてるだろ?―――だから口説きたいなと」


「いやいや、そんな気軽に俺の角野を狙うなよ」



 お、やっぱりまだ諦めてないじゃないか。


 そう言ってまたからかおうとしたが、軽口だと分かっているのに苛立った雰囲気になってきている小宮を見て、根が真面目な俺はすぐに後悔した。


(おや、思ってたより本格的に落ち込んでたりするとか? ……これは面白がってはいけない案件だったか)


 ここはもう角野さんの話から気をそらそうと思い、嘘くさい悲し気で真剣な表情を作ってから小宮の顔を見つめ、───再びからかった。


「や、すまん。違うんだ、口説きたい本命は角野さんじゃないんだ……実は小宮、俺は前々からお前のことが……」


 両手でコップを持ちながら熱い視線で「好きだ」と告げたあと、小宮からの「おいおいやめろよ(笑)」的なツッコミが来るだろうと期待して待っていたんだが


 思わず、といった感じで俺としばらく顔を見合わせた小宮は、笑うどころか驚いたように大きく目をいた。


「………」



(―――え? て、こら待て小宮。速攻で信じるなよ!!)


 なんで俺がお前を好きだと本気で思った……とこちらも驚き、徐々に変な空気が漂いだした俺らのテーブルには怪しい沈黙が広がりだす。


 ただ、なぜこうなった……と、時間が経つにつれフツフツとおかしさが込み上げてきた。


(どうせならもう、このまま突き進んでやろう)


「そう、俺はお前のことがずっと好……」


 軽くうつむいてから小さくつぶやき、笑いを必死に我慢しながら顔を上げて真剣に小宮を見ようとしたんだが、どうしても我慢できなかった。


「ブホホホッ!」


 勢いよく吹き出した俺を見た小宮はまたまた目を剥いたが、すぐに「お…やってしまったか」てな、かなり不服げな表情になりボソボソ言い訳をしだす。


「いや、お前は会う度に俺の外見をやけに褒めるしさ……」


 しばらくしてから俺の笑いは多少収まったものの、小宮はまだボソボソ言い訳を続けている。


「それに冗談に聞こえなかったし……」



 そんな小宮を楽しく眺めていたら、ついついまたからかいたくなってしまい


「てか、ちょいからかおうと思っただけなんだが、まさかマジに受け取るとはな。なるほどな。さすがだ小宮、お前は男にも本気で迫られたことがあるんだな」


 言い終わったあと「うはははっ」と大きく笑い、肩を強くバンバン叩くと


「お前、殺す」


 小宮がお得意の氷点下な冷たい目で凄んできた。

 しかしその時、彼はまた女性からの視線を感じたようだ。


 なに見てんだよ…と苛立った様子になった小宮は、冷たい目つきのまま勢いよく振り返り、俺に向けていた鋭いにらみをそのまま女性に利かせたんだが


 視線元の女性が思いっきりこわばった顔をしたのに気づくと、八つ当たりだったと反省したのか、小宮はすぐ申し訳なさそうに軽く微笑み彼女に会釈をしてみせる。


 すると―――



「ふふ、楽しそうですね」


 どうみても不機嫌な小宮に、その女性が笑顔で話し掛けてきた。



(……はいはい。これもまた、よくある出来事だよな)






   *********************





 坂上と解散したあと自宅に帰りつき、ドーンとソファーに寝っ転がって白い天井を見ながらボンヤリとくつろいでいたら


(あの時の返しは、一体どっちなんだろうか)


 また角野の事を考えはじめた。



 真剣な雰囲気の中での発言だったし、あれを冗談でかわすのは無理がある気が。

 でも相手は角野だしな……



 ブツブツ考えていたがしばらく経つと、珍しく角野の事をからかってきた坂上に、もの凄くしつこく笑われたことを思い出しイラッとムカつきだす。


 そこから悶々と復讐の計画を練っていたが、ふとひらめいた。


(もしかしたらあれか。しつこくからかい過ぎたせいとかか?)


 確かに。

 角野の反応が面白いから、というか可愛いからと怒るまで構ってたからな。

 

 いやだが。冗談ぽいのをかわされるのは、からかいが原因かもなと思ってはいたが───真剣な場合でも、なのか?




 週明け、会社で事務作業が暇そうになった時を見計らい、この間と同じように角野に体全体を向けてから名前を呼び目を合わせる。


「角野。俺、金曜に(坂上に)告白されたんだけど、角野がいるから、とキッパリお断りした」


 冗談ぽい内容だから軽くかわされるだろうと思いながらも、ちょっと本気をこめた真剣な顔で試しに言ってみると


「はい? いえ、私はそんな気ないですから」


 素で邪険に返されたあと、暇なんなら仕事手伝ってください……と笑われた。


 どうやら「小宮がまた悪い冗談を言った」と受け止められたようで、冷たくしてから笑う、てのも前と同じパターン……。


 ───そうか、やはりからかいが原因かもな。



 なるほど、こないだのは「お前は無理だ」と振られた訳ではなさそうだ。


 いや、まぁ、ある意味「無理だ」とは言ってたような気もするが、この際それは横へ置いておこう。


 しかし ”からかいが原因” となると、仲はとりあえずいいものの真面目な告白ですら角野には「嘘」だと速攻で思われてしまう、それくらい俺の口説き文句に対する信用度が低い状態だ、ということになる。


 好きだと気づいてからは、以前のようなからかい方はしていないつもりだけども、24歳から5年間という蓄積ちくせきがある角野にとっては、ちょっと変わった程度では今更状態だろう。


 だから、今のこの状態を改善しないと



「角野のことが好きだ」


 ───俺がそう匂わしたり、口に出して言えば言うほど


「もういい加減にしろ小宮」


 ───角野にますます呆れられ、嫌がられるってことか?



(それ修正するのって、どんだけの時間と努力が必要なんだよ……)

(ダメだ、自業自得すぎる……)



 好きだと気づく前の過去の自分にかなり腹が立ってきており、

 今現在は、かなりのテンション低め状態、となっている。



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