お見合いは、ご遠慮したいのですが



 6月の中旬、取引先へと持っていく菓子折りを買おうといつものお店へと向かっている途中、前方から角野が歩いてくるのが見えた。


 どうやら俺に全く気が付いていない様子だったので、


「角野!」


 大きめに手を振りつつ名前を呼ぶと俺に気づいた角野は、あっ…と軽く手を上げタタタッと駆けよって来た。


「どこ行ってた?」

「えっと、いつもの書類配達です」



 そう、ウチの会社では切手代を節約する為にと、徒歩の距離にある会社には角野が毎月請求書などを届けに行っている。


(切手代節約より、社長の貢ぎグセを節約した方が効率いいけどな……)



「小宮さんは今からどこ行くんですか?」

「ん? あの店に手土産の菓子折り買いに行くとこ」


 角野に分からせるように近くにあった店を指さす。


「角野も一緒に行くか?」

「そうですね。じゃあ息抜きにちょっと付いていきます」


 何となくそんなことになったので、仲良く連れ立ってお店へと入った。



 買い物自体はほんの7,8分ほどで終わったんだがすぐにお別れするのが寂しくなり、少しだけ角野と店の前でいつものノリ的なふざけた会話をしていたら


「こんにちは小宮さん、角野さん」


 取引先の担当者である沢木が通りかかったようで、笑顔で声を掛けてきた。


「あ、沢木さん。どうもお世話になってます」

「いえこちらこそ」


 定番の挨拶を一通り終えた辺りで、沢木がニコニコと俺と角野を交互に見る。


「角野さんと仲が良さそうで―――なんかまるで小宮さんの彼女みたいですね」


 笑いながら冗談ぽく言われたのと、さっき角野と喋っていた時のノリがまだ残っていたせいか


「はい。もう、ほぼ彼女ですね」


 なんて嬉しそうに笑って答えそのまま沢木と会話を続けていると、隣に立っていた角野が会話が一旦止まったタイミングで俺の腕をトントンと叩いてきた。


「小宮さん、そろそろ事務所に帰ります」

「――うん、そうだな」


 角野は沢木に「では」と笑顔で会釈をしたあとスタスタと去っていったが、その歩いている後ろ姿を眺めていたら、ふと思った。


(そうだ。さっきの「ほぼ彼女」発言は、一応は訂正しておいたほうがいいかも)


「あ、実は……角野は彼女ではありません」


 沢木の方を振り返りながらおどけてみせると、知ってます…といった感じで「あはは」と笑った沢木はそのあと不思議そうに尋ねてくる。


「じゃあ今は彼女とか、いないんですか?」

「はい、いませんね」

「そうですかー」


 このやりとりのあとすぐ沢木とは別れ、俺は菓子折りを持って取引先へと向かった。




 この何日か後。


 外回りから会社へと戻り自分の椅子に座ってホッと一息ついていたら、角野がちょっと面白そうな顔をして机の上に置いてあったメモを渡してきた。


「小宮さん。今日書類配達に行った時、ウタダさんとこの事務員さんからコレ預かってきたんですが」


 何だ? と受け取りそのメモを開いて中を見てみれば、名前と携帯番号そしてメールアドレスが書いてある。


「………」



 一瞬でこのメモを渡された意味は理解した。


 ―――したんだが、ウタダさんの所へは月1位しか訪問せずそれすら怪しい時もある。そのたまに行った時も、担当者である沢木と社長としか話をした記憶がない。



 ウーンという感じで首を傾げそんなことを考えていたら、角野がまた面白そうな顔でススッと椅子ごと近寄ってきて、メモに書いてある名前部分を指さす。


「この事務員さんほんとに大人しい子みたいで。何回か小宮さんに声かけようと努力はしたけど無理だったんで、すいませんが―――と私に必死な感じでお願いしてきたので、とりあえず預かってみました」


「えっと、で、これをどうしろと」


 困り切った表情で角野に向かってメモをヒラヒラさせたが、そこにはあまり関心が無いのか、椅子を後ろに動かし自分の机へと戻りながら適当な感じであしらわれた。


「好きにして下さい。あ、彼女はいるかとも聞かれたんですが、今いるかどうかは知りませんって答えてますんで」


「……分かった」



(───話をした事も無い子に義理でも連絡する気が湧かない)


 大人しい子ならこのままフェードアウトできるかもしれない。どうせまたウタダには営業に行くし、訪問した時に何か言われたらその場で対処すればいいだろ。


 なので、こちらからは何もせずしばらく放置することにした。





 するとそれから十日程経った頃、電話対応していた角野がふいにサッと顔をこちらに向け眉をひそめ、それからとても面倒くさそうに受話器を置いた。


「あの。ウタダさんとこの川井さんから小宮さんがどう反応したかと聞かれまして」

「川井? あーメモ渡してきた事務員……」

「はい」


 どうもこうも、連絡はせず放置してますが何か?


 そう返事をし、少し苛立っている角野を困惑して見ていると、俺の様子に気づいたのか苛立っていた表情が少し和らぐ。


「いえ、メモの対応はどうでもいいんです―――ただ、ちゃんとメモ渡してくれました? と疑われたんでムカついただけで」


「あーごめん。俺が放置したからだな」

「謝らなくていいですよ。別に小宮さん悪くないですし」


 角野はまだ少し不機嫌な顔をしつつも、静かにまた仕事を始めた。




 そんなことがあった二日後。


 今度は担当者である沢木から電話がありいつも通り仕事の話をしていたらば、なぜか途中で川井の話に移ってしまい、そして迫られた。


『小宮さん。とりあえずの返事くらい、あってもいいのでは?』

「………」


(沢木。それ、お前には関係のない話だろ……)



 この沢木と川井が働いているウタダはうちと同じく従業員が少なく、しかも全員が仲が良いというアットホームな会社なんだが


 ―――こういう意味でアットホームなのはちょっと面倒い。



 きっと川井の恋を応援しようと、がっつり関わってきたんであろう沢井をうっとおしく思いつつも、せっかくメモを貰ったのに放置した事を一応謝ってから戸惑った雰囲気の声を出し弁解する。


「ただなんというか、一言も話したことが無い子から連絡先を頂いたので対応に困ってしまい……」


『じゃ、一度会って話してみてはどうですか?』

「………」



(―――いえ結構です。たぶん会っても答えは変わらないんで)


 思わず考えた事そのまんまが口から出そうになったが、取引先である相手にあまり失礼なことも言えない。だから一旦逃げることにした。


「それ、考えておく、ということでいいでしょうか」

『分かりました』


 沢木はとても不服そうだったが、その言葉をきっかけにさっさと電話を切った。




 そしてもう嫌になるが、またまたこの何日か後。機嫌よく外回りから会社に戻った俺を「お帰りなさい」と迎えた角野は、俺が席に座るのも待たず速攻で伝えてきた。


「小宮さん。沢木さんから『小宮さんと川井さんとの食事を取り持って』という電話があったんですが」


 そのかなりゲンナリした様子を見てなんとなく申し訳なくなってしまい、座っている角野の目の位置まで自分の顔を下げ、とりあえずは謝る。


「なんか俺の対応が悪くて巻き込んだよな、ごめんな」

「いえ、私がメモ受け取ったのが原因なんで」


 謝る必要はない…と角野はゆっくり首を振り、そのあと大きなため息をついた。


「ただ、すいません……なんとかしてもらえるとありがたいです」

「……分かった。なんとかしてみる」


 角野にお願いをされてしまったので、仕方なく沢木に電話をし


「川井と一度会うので、角野には間に入ってというようなお願いはもうするな」


 そういう意味合いの事を強めに言い、そして川井と食事をする当日を迎えた。



 しかし待ち合わせの場所に行くとなぜか川井の隣に沢木が立っており、そのまま当然の様に食事をする店にも付いて来てずっと一緒に同席をしている。


 また川井は角野にすら大人しい子と言われるだけあって、俺が好きだとメモを渡してきた割にはほとんど、いや全く自発的に会話をしてこない。


 ほぼうなずいているだけの川井に一体どう断りを切り出せばいいのかと、無関心ながらもある程度は気にして眺めていたのだが、どうも今日見たところの印象からすれば川井は悲劇のヒロインタイプの様だ。



 俺が沢木に川井の事を「良い子だ」とお薦めされるたび、困った顔を作りながら適当な言葉で断ると、さも私は小宮に酷い目に遭わされている不運で不幸な女……と言わんばかりの、暗い哀しみを漂わせた反応を川井は毎回する。


 そしてその反応を感じとった沢木が焦って更に強い口調で俺に川井をお薦めする、という悪循環が繰り返され続け……。



(―――ていうか、お前ら。いい歳して女子高生みたいなノリなんだが)



 川井と沢木にマジかよと呆れつつも、途中でもうかなり疲れてきたので休憩がてらトイレへと立ち、そして席に戻ろうとそばまで近づいた時


「やはり私みたいなの、小宮さんは無理ですよね」

「なに言ってるの女は外見じゃないわ内面よ、大丈夫」


 そんな川井のネガティブ発言と、沢木の嘘くさいフォローが聞こえてしまう。


(なんだ、この冗談みたいな会話は)


 ちょっと引きつつも、すいません! とワザと大きめの声を出して席に戻ると、今日のメインイベントであろう話がやっと切り出された。



「小宮さんには、彼女がいないと聞きましたが」

「はい、そうは沢木さんに言いましたが、好きな人はいます」

「そうなんですか…」

「はい」


「じゃあ、私と友人からでも、お付き合いしてもらうことは」

「すいません、それは無理です」


 すでにとっても面倒くさくなっていた俺は目線を下げたままおずおずと告白してくる川井に対して、このまま「好きな人がいるのでお断り」で突き進もうと思っていたのだが、


「でも小宮さんが好きでも、彼女ではないってことは――片思いな状態って事ですよね。じゃあ、せめてこれからもこんな食事の機会くらいは私に下さい」


 パッと顔を上げた川井が真っ直ぐな視線と共に急にハッキリとした意志を出し、お願いしますと強く押してきた。


「………」



 無理だ。俺は角野を口説くのに今は必死なんだ。

 だから元々興味が全く無かった川井と食事に行ってる暇はない。

 悪いがキッパリと断らせてもらう。



「すいません。今は好きな人のことで手一杯で、食事も無理です」

「そうですか……」


 川井の目を見てお断りの言葉を言った、そのすぐあとに食事会は終了し、角野には次の日「川井の件は対応したから」と詳細を伝えた。




 翌月、毎月恒例の書類を配達しに角野が再びウタダさんの所へと行き笑顔で川井に書類を渡そうとしたら、


「そこ、置いといてくれたらいいんで」


 ウザそうな口調で言われ、そして睨まれたそうな。


「かなりイラっときたんで、取引先の人じゃ無かったら言い返してたかも。あの女、小宮さんにメモ渡す勇気も無かったくせに、なんだアノ態度は……」


「角野、顔が怖い…」


「だいたい小宮さんが、無意識に営業笑顔を気軽に振りまくから、変に期待する女子が現れるんです。少しは自重してください」


 とても理不尽な八つ当たりをされたが、しばらく経つと


「ふ、怒ったらスッキリしました」


 角野は気分良さそうに俺を見たあと、すいませんね…と言いつつ仕事に戻った。



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