小宮、やる気を出す

意識してもらおう



 角野が好きだ、と気が付いてから約六ヶ月が経過中。


 正直なところ、角野に対して「胸を焦がすような」「情熱的な」

 そんな派手な感覚が、未だほとんどないのが原因……なのかどうかは不明だが、


 彼氏から奪ってまで付き合いたいか?


 などと、思っていた状態がしばらく続いていたのは確かだ。



 しかしさすがにあれから半年たってもまだまだ「好き」で、角野の言動がいちいち気になって仕方がない状態だ、となれば。


 まだ気持ちがハッキリしない…なんぞとほざいてる場合ではなくなり

 それに、両方の親から外堀を埋められてる彼氏がいるともなれば───


(これは、早く行動を起こさないとダメだろうな)



 もう自然の流れに任すのは止めることにし、角野を手に入れるためにはどうすりゃいいのか、やっとこさ真剣に考えるようになった。


 今は、とりあえずでも角野を何とかしたい。



 ただ基本的に真面目でかつ彼氏がいる角野に対しては、積極的な押し倒し、強引に口説き落とすなどという戦法を試す勇気は全くない。


 まぁ勇気を出して実行したとしても、本気でサクっと「110」にお電話をされて終了だろう。また今のところ、二人っきりでご飯にすら行けない…という状況にも陥っている。


 ………なぜかは聞くな。



 だからまずは


「異性として意識してもらえ小宮」


 そんな声がどこからか聞こえたんでそれに挑戦してみたんだが、どうも角野といるとノリ的・兄妹的な会話になってしまい雰囲気がでない。


 それに、いい感じの時よりも呆れ・怒られている時の方が多いとくれば、友人以上として見てもらえるような色っぽい流れへと簡単に持っていける訳もなく。


 しかし、同僚の時には長所だった角野のサッパリした性格やあまり色気が無いところが、ここにきてアダになろうとは……。



(というか俺は角野に、異性として意識されることすら難しいのかよ───)


 思わず机に突っ伏したくなる程の、すでに軽めのお手上げ状態のせいか


 自分に自信がある、そうよく言われる

 そんな俺でも、すでにこの短期間でやる気が失せかけている。





   *********************





 角野に対するやる気が失せかけている…そんな時より少し前で、水野と角野が俺を奪い合った飲み会…からは日にちが過ぎた、そんな6月初旬の「行動を起こす」とやっとこさ思い始めた、とある日の出来事。



 営業から会社へと戻り、隣で角野が仕事をしている姿を頬杖をつきながらボーッと眺めていると、その視線を感じたのか角野がうっとおしそうに振り返ってきた。


「なに見てるんですか」


 眉をひそめた角野と目が合ったのでニッコリ笑いかけ、首を少し傾ける。


「ん? 一生懸命仕事してるなぁと思って」



 この返事のあとも角野の動きをつい目で追ってしまい、頬杖をついたままずっとしつこく眺め続けていたら小さくため息をついた角野が壁の時計へと視線を向けた。


「……することなくて暇なんだったら、出かけてきていいですよ」

「………」


(なぜお前はそういつも俺を追い出そうとするのか)


「角野。俺はさっき帰ってきたばかりだ……。それに暇してないぞ、ちゃんと考え事をしてた」


 そんなに邪魔者扱いしなくてもいいだろ───

 思わずムッとし、ふてくされた俺を見た角野がおかしそうに笑う。


「あははっ。いえ、別にいてもいいんですけどね」


 それから仕事の手を休め、俺の機嫌をとる感じで顔を軽く覗き込んできた。


「というか、何をボーッと考えてたんですか」



 どうしたら男として意識してもらえるかなーとかを考えていたが、

 それは言えない。



「あーえっと、仕事の段取りとか。あと明日は土曜だし、角野は彼氏とどっか遊びに行くんだろうか…とかも」


 唐突に自分の彼氏の話題になったことに面食らったのか、角野が困惑した声をだす。


「はい? なんでまた、そんなことを」

「いや、何となく」

「ふーん。でも、明日は彼氏休みじゃないんで」

「そうなのか?」


 どうやら俺の相手をちゃんとしてくれる気になった様子なので、頬杖をつくのを止め、椅子をクルっと半回転させて体全体を角野の方へと向けた。


「そういや角野と彼氏は同い年だったよな」

「はい、そうですね」

「やっぱり同い年くらいが付き合いやすい?」


 喋りながら前のめりの姿勢になり少し顔を近づけると、角野もこちらに体を向け、それから手に持っていたボールペンをあごに当てウーンと首を傾げる。


「たまたま同い年だったってだけで、特に年齢を考えたことはあんまり……」

「へー。……ちなみに、角野は何歳位までが恋愛対象内?」



 別に聞きたくて聞いた訳じゃないから、日常会話の一環だからな───


 そんな雰囲気を醸し出しながらシラっと興味なさげな表情で質問をすると、角野は目線を上へと向け「対象?」と悩み出す。



「うーん。相手にもよりますけど、上も下も5歳差位までが丁度いいかと」

「あーでも、相手によっては何歳差でも気にしない、て事か」

「そうですねー。まぁ贅沢が言える歳でもないんで」


 角野は軽く表情を緩ませ、ボールペンを振りながらハハッと笑う。


(贅沢……。いや俺は、歳なんて全然気にしてないぞ角野)


 何気にそこでバチッと目が合ったので即座に甘めの微笑みを浮かべ、左手を伸ばして角野の右頬を優しくぺちっと叩いてから思ったままを伝えた。


「そうか? 俺は角野なら何歳でも、何歳差だとしても対象になるけどな」

「はい? ……あ、小宮さんは35でしたよね」


 どうした小宮? てな感じでちょっと目を見開いた角野が、戸惑った表情で眉をひそめ静かに見返してきたので


「そう35歳」


 優しく笑ってうなずいて見せると角野はスッと視線を下げ、またボールペンをあごに当ててからジーっと何かを考えはじめた。


(お、そうだ、俺が恋愛対象に入るかを考えてみろ)


 そんな期待を込めジッと考えている姿を近くで眺めていると、角野はふいに思い出し笑い的なものをフハッと吐いて視線を上げ、楽しそうに喋りだす。


「小宮さんと六歳の差があるとか普段あんまり意識してなかったんですけど、改めて考えたら───」


「私が生まれた時に小宮さんはすでに小1で、私が小1の時には中1で、私が中1の時には大学生……そう考えたら、ほんと結構な年齢差を感じますよねー、あははっ」


「………」


 ───違う、そうじゃない。

 結構な年齢差を改めて気付いて欲しかった訳じゃあない。


 まさかお前、年齢の件で俺に励まされた…とか思ったんじゃないだろうな。



 華麗なまでに全く言葉の意味を汲み取らなかった角野だったが、まぁそんなのは想定の範囲内なので、よいしょっと心で一旦立ち直ってから会話を続ける。


「そういえば、角野のお兄さんは俺の1つ下だったよな」

「はい34ですね。───あ。そういえばと言えば、最近兄に彼女ができまして」

「へーそうなんだ。相手はどんな感じの人?」


「さぁ、まだ会ってないんで。年齢は32歳らしいですけど」

「年下かー。でも年齢的には丁度いいよな」


 嬉しそうに話す角野に向かって笑顔でフンフンと大きくうなずき、それからワザとらしく悲し気につぶやいてみた。


「俺も彼女が欲しくなってきた……」


 すると角野が、おかしそうに口元だけでニンマリ笑う。


「ふっ。小宮さんは、若くて綺麗な女の子が好みなんですよねー」

「いやいや、俺も角野と同じで相手によるぞ」

「そうですか?」


 若くて綺麗な女の子は嫌いではないので、全面否定できないのが痛いところだが、とりあえずはその ”相手にもよる” に角野が入ってる事は伝えておこう───



「そうだ。角野みたいに一緒にいて居心地がいい女性なら、歳なんて気にしない」


 おふざけ要素ゼロだったはずなんだが、角野は「またまた~」と手をヒラヒラと顔の前で冗談ぽく振り、軽くハハッと笑った。


「でも私も兄みたいな感じで安心するので、小宮さんと一緒にいると楽ですよー」

「………」


 おい、兄みたいな人という立ち位置にするのはやめてくれ。


 違うんだ、そうじゃないんだ角野。

 お兄さんみたいで安心って、思うな。


 それ、恋愛対象外だと宣言されたようなもんだろ。



 ……やばい。意識してもらうどころか、どんどん角野が遠くなる。


 それにこれ以上下手に「年齢」や「彼氏」を話題にすると、聞きたくも無い答えが大量に返ってきそうだ。よし、なんとかしよう───



「角野。お互いに居心地がいいって事は相性はい───」

「あ! そういえば、昔はよく兄や弟と戦隊ヒーロごっことかしました」


「……あーうん。俺もした」

「小宮さんの時代って、なに戦隊でした?」

「そうだな、俺の時は───」



 ───ダメだ。


 好意を匂わせ、異性として意識させる。


 そんな流れに持っていこうとすればするほど、なぜ全てがその反対の方向に流れていってしまうのか……。しかも、気がつけば当たり障りのない話題へとすり替わっている。親戚の集まりじゃあるまいし。


 おっと。もしかしたら、会社で話すってのが良くなかったのか?

 そうか、そうかもしれない。





「角野、今日の帰りに時間があるなら、おごるからご飯でも行こう」


 戦隊シリーズの会話がひと段落した辺りでご飯に誘ってみると、角野が驚いたかのように目をまた見開き、そのあと何かを真剣に考え始めた。


(飯に行く位でそんな真剣に考えなくても───)


 そこで、気軽なただの食事だ…と思ってもらえるよう、後から言葉をにこやかに付け加えてみる。


「最近迷惑ばかり掛けてるな、と思ったからさ」

「あぁ、なるほど……」


 角野は笑い納得した表情になったが再びしばらく何かを考え、それから軽く眉をひそめて「すいません」と謝ってきた。


「えっと、ありがたいですが止めときます。───でもなんか高いケーキとかなら貰いますから、ぜひ買って下さい」


「そんなに俺と二人で、ご飯行くの嫌なのか?」


 普段の軽口でノリよく返してみると、角野は俺の方へと顔を向け息を抜くような小さな笑いをし、面白そうに人差し指をピンっと立てる。


「ほら小宮さん。忘年会のあと『角野を狙ってたのに』て、彼氏の前で冗談言ったこと覚えてます?」


(あぁなんか、そんなこともあった)


「あーうん。いま思い出した」


「あはは。それ意外や彼氏は本気にしたらしく、こないだ水野の件でお茶したって話をしたら『なぜそんな遅くに二人で行く必要があったんだ』と怒られまして」


「そうか……」

「だから、小宮さんとご飯行くのが嫌だって訳ではなく、彼氏の問題で……」


 思わず眉を寄せくもった表情をした俺に、角野が申し訳なさそうに軽く頭を下げる。


「すいません」

「ん? あー大丈夫、気にするな」


 全く問題ないからと、優し気な笑顔を見せておいた。


(てか、相変わらずお前は真面目だな……しかし彼女としては正解だ。)



 ───どうしようか。


 他の時のように、強引に誘って押し切って連れていってみるか?

 でも、それをすると角野は本気で嫌がりそうだしな。



「そんなに彼氏は俺の事、気にしてたか?」


 彼氏の警戒レベルを知りたくなり、迷惑をかけてごめんな…という雰囲気で何気なく尋ねると、すでに話は終わったという感じで机に向かい仕事を始めていた角野は、書類に目を落としたままボンヤリとした返事をする。


「うーん、どうでしょ。でもまぁ会ってからの方が気にはしてますね。聞いてたイメージと違ってた、とかも言ってましたし」


「あー俺、男前だからなー」

「……それ、自分で言います?」


 呆れた様子で振り返ってきた角野は、胸の前で腕を組み納得したようにウンウン頷いている俺と目が合うと無言で顔を元の位置に戻した。


「角野。無視をするな」

「はいはい」



 しかし二人でご飯にすら行けないとなると、この角野が相手なのにますますいい感じの雰囲気を作るのが難しくなるじゃないか───


「分かった。二人っきりなのがダメなんだな? じゃ何人かと一緒に行こう」

「そうですねー。でも一体、誰を誘うんですか?」


(そうだよな、他に同僚いないし、共通の友人もいないし、お前人見知りだし)


「そこら辺は考えておく」

「あ。この際だから私の彼氏と、小宮さんの好きな女性と四人で行きます?」

「………」


(角野、それだと実質三人だ……)




 俺はなんであの時、彼氏に会ってしまったんだ……。

 それに坂上が言ったとおり、彼氏からしたらあのセリフに破壊力があったらしい。


 あーもうな、これからはもっと言動に気を付けよう。


 いや、そんな反省は後でいい。

 今はどうやったら角野が、俺を意識するようになるのかを───



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