小宮を追いかける、コイケと水野(2)
―――はい、無理だった。
そうかやっぱりダメだったか。
なんか、今までにない変な胸騒ぎがしてたんだよな……
これって俺が悪いんだろーか?
……悪くないよな、特に期待もさせていないはずだし。
まぁとりあえず結果的にどうなったのかと言うと。
コイケからの告白をお断りしたあの日から一週間ほど経った頃、外回りを終え会社までの道を呑気に歩いていたら、ウチの会社が入っている雑居ビルの真ん前でドーンと立っているコイケを遠目に見つけてしまう。
(あれまさか、俺を待ってるとかじゃあ……ないよな?)
いやいや。
それ以外のどんな目的があって、あの地味な雑居ビルの前に立ち眼光鋭く辺りを見渡す、ってなことする必要がコイケにあるんだよ。
自分で自分にツッコミつつも会社に戻るのは一旦中止し、コイケが俺に気づく前にコソッとその場から立ち去ろうとした。
―――ただ、残念なことに。小宮はどこにいても目立ってしまうようだ。
ビル前でキョロキョロしていたコイケは、立ち去ろうとしていた俺にすぐに気が付き、見つけた! と言わんばかりの鬼気迫る表情でタタタッと早足で駆けてくる。
がっちりロックオンされたあと勢いよく俺へと向かって来る、そのコイケのもの凄い迫力に、蛇に
これに捕まると面倒な事態になる…! と速攻で判断した俺は、今更の「存在に全く気が付かなかった」フリをして同じく早足で逃げてみた。
すると。思わず本気で逃げ切ってしまったのが、よくなかったのかどうか。
―――まぁ、よくなかったんだろうけど。
驚いたことに、コイケはまたまた会社に電話を掛けてきた。
「会社には掛けてくるな」
日々しつこさを増してくるその電話に少しだけあったコイケへの罪悪感も消え去り、苛立った本気モードで真剣に怒ったが、それでも電話は掛り続けてくる。
そして角野は、俺が事務所にいてもいなくても
「小宮はいません。電話があったことは伝えておきます」
ある程度までは適度にかばってくれてはいたんだが、一週間目が過ぎた辺りでコイケが角野にも追及口調で攻撃するようになってきたことで、盛大なため息と共にとうとう軽めにキレられてしまう。
「小宮さん! このコイケって女を、どーにかして止めて下さい」
「あーうん。一応、俺も頑張ってはいるんで………」
「ごめん、ごめん」と謝りながらも、マジギレしかけている角野を見てこの件をコイケに会わずに解決しようとするのは無理があると悟り、仕方がないのでコイケと約束をし会社近くで話し合いをすることにした。
ただ話し合いと言っても、
「あんな振られ方には納得できないんです」
「はい、すいません。でも付き合えないんで」
「付き合えない理由はなんですか」
「んー他に好きな人がいるんです」
「私の事を好きになってもらえるまで待ちます。それに二番目でも構いません」
「あ、待たれても二番手でも、無理なものは無理なんで」
諦める気が全くない女と、付き合う気が全くない男、との会話が成立するはずもなく、ひたすら堂々巡りが続いただけで全く解決できないまま終了になる。
(でもまぁな。とりあえず一度は話をしたし)
それに電話もやんだしな、と少し安心していたんだが
――――これまた、甘かったようだ。
堂々巡りな話し合いをした、四日後ぐらいだっただろうか。終業時間がきたので、角野と一緒に帰宅しようとビルのドアを出た時
再びのコイケさんが立っていた。
ドアの前で凍り付いたように立ち止まっている俺を、隣の角野が「小宮さん?」と不思議そうに見上げてくる。
(ん? お、ヤバイっ。今日は角野がいるじゃないか!)
もしかしたら危ない人かもしれないコイケに見られたくなくて、隣を振り返ると同時に角野に手を伸ばし思わず俺の背後にグイッと押しやったんだが、少し離れた場所にいたコイケはそれをきっちり見ていたようで
角野を背後に隠したあと再びコイケの方に視線を向けると、彼女は
コイケは後日「小宮さんに近づかないで」と再び会った角野に詰め寄り、俺へはスイッチが入った翌日から日常的な付きまといを始めた。
「えっと。別に、近づきたくないです」
コイケの発言に驚き本心で、かつ素で答えたのが良かったのかどうか。
その後の角野への攻撃が、無言でにらまれる程度で止んだのがまだ救いで。
俺への付きまといの方は相手にしないのが一番だと電話やメールを無視したが結局は待ち伏せされており、そして会う度に逃げる俺を追いながら
「付き合って」「無理」
「好き」「俺は嫌い」
「どこが?」「全部」
「昨日会っていた女は誰?」
「……(なぜ知っている)……」
「困ってるなら追い払ってあげますよ」
「……(結構です)……」
こんな言い合いが、何日かおきに繰り返されるという―――
もうひたすらコイケなどこの世に存在しない位の勢いで無視を続けていたんだが、なぜかコイケからの接触がある日突然パッタリと途絶えた。
しかし安心するどころか、違うアプローチで来るつもりなのでは? とまだまだ怖がっている俺を横目でチラッと見た角野はため息をつき、どうでもいい感じでとても適当な予測をしてくれた。
「新しいターゲットを見つけて乗り換えた、とかじゃないですか」
コイケのスイッチが入ったあの日、角野はコイケにジッと見られたあと一歩近寄られ、状況が不明ながらもその迫力に思わず一歩後ずさり、そしてその顔にはこう書いてあった。
『小宮、今度は何をしたんだ』
俺「あ、違うんだ角野……これは…」
コ「何が違うんでしょう……」
「……よし。お前は先に帰れ」
焦った俺が角野の肩に両手を乗せ暗に「逃げろ」と伝えると、即座に迷いなく俺を置き捨てその場から駆け足で逃げてった角野。
そのせいなのか、かなりの殺気を感じる冷たく呆れた視線を俺に浴びせつつ、たいがいにしろ小宮…とお怒り口調で文句を言われた。
「なんでいっつも、あーいう押しが強い女性に追いかけられてて。そしてなんでいっつも、私もそれに巻き込まれるんですか……」
そして文句を言ったその次の日からは、コイケに伝えた通り本当に俺に近づかない事にしたようで、軽い存在無視という酷い扱いを受け続けていたんだが、探偵もどきな調査能力としつこさがあるコイケの言動に角野も気づき
そしていつどこでコイケに見られているのかが分からず、その心労で分かりやすくやつれてきた俺を見て心配になったのか―――
「小宮さんが軽くストーカーされるのはよくあることですけど、なんでまた今回はここまで追われてるんですか」
「それが分かったら、ここまで苦労してないだろ。何度か会っただけなのになぜか執着されてるんだよ。……あの、最初の無視がよくなかったのかな」
机に置いた両腕に頭を寝転がせ顔だけを横に向けた姿勢でグッタリ喋る俺を、角野は苦笑いしながらしばらく眺め、それからニヤっと笑った。
「ほんとに会ってただけ、なんですか?」
「………」
答える前にバチッと角野と視線が合ったことで動揺し、思わず目をサッとそらして死んだふりをすると、角野がおかしそうに小さく笑ったのが聞こえた。
「ふっ、分かりやすい。なんで今更、隠すんですか」
言い訳を考えながらゆっくりと机から体を起こしたあと、これまたゆっくりと角野の方へと上半身だけ向ける。
「いや、別に隠したわけでは……」
「あ! まさかそれで『付き合え』って言いだしたコイケが面倒になって無視したとか?」
人差し指を立て明るく俺にツッコんできた角野だったが、軽い笑顔を保ったまま俺への視線がなにげに徐々に冷たいものへと移行していくのを見て、焦った。
(―――マズイ。この流れだと俺は、やり捨てしようとした単なる最低男ってことになってしまう)
「あーえっと。そこは面倒だからの無視ではなく……好きな人ができたからで」
角野、それは違うぞ。
そんな感じの困った微笑みを浮かべながら、首を優しく傾げて言い訳をしてみた。
―――いやっ、というか本当のことなんだけどな。
「え、彼女ができたんですか? なるほど、それでコイケさんにはお断りを」
意外や角野は疑うことなくすぐに信じてくれ、それから心配してくれてるんだか、ただ単に面白がっているんだか、よく分からない表情でウンウンとうなずく。
「でもまーどんな理由であろうと大人同士の出来事ですし、ここまで執拗に追われると怖いですよね。いくら小宮さんがゲスい、とはいえ」
「………」
最終的には笑顔で、一応の同情は頂けたようだ。
(―――もう俺、ほんとに泣いてもいいかな)
ただ本当に泣きたくなった訳では無いので、角野にとっては全くどうでもいいことだろうとは思いつつも、「好きな人が出来た」だけで「彼女はいない」という完全否定はしっかりとしておいた。
この結構な長い期間追い掛け回されていたコイケ騒動があったせいで、水野に「飲みに行きませんか」と誘われていた事などすっかり忘れていた。
そしてこの騒動の途中で ”ホワイトデー” という面倒なイベントが発生し、チョコを頂いている手前、仕方なく徒歩の距離にあるメンテナンス会社へと足取りも重くトボトボとお返しを持って行ったんだが
もう本当に疲れ切っていた時期だったので、仕事以外のことに頭を使う余裕が無く、そのせいかいつもの営業的
「失礼します。YUKINO商会の小宮です。これ事務員の方々に渡してください」
入口付近に座っていた女性に笑顔で伝え、お返しが入った袋をササッと預けて帰ろうとした、その時
「小宮さん!!」
俺に気が付いた水野が飛んできた。
―――でた。
「お返しですか? ありがとうございますー」
「いえいえ」
「あのー、早速で悪いんですが、飲み会ってどうなりました?」
「はい? あぁすいません、忘れてました」
「………」
あ、お前のことなんぞすっかり忘れてたわ、と言い切ってしまった。
「最近は忙しくて」
「そうなんですかぁー。いつ暇になります?」
「暇、ですか…」
「じゃ、いつにします?」
「すぐには無理かな。ごめんね。だからまた今度」
「えー、引田さんも楽しみにしてるのにー」
「そうですか。でも今はちょっと」
「えーっ」
(行くと言うまでこの会話は続くのだろうか……。てか、こいつもコイケも同じことばかりの堂々巡りで……)
なんかもう、急にいたたまれない気持ちになってきた。
とりあえずこのしつこい水野との会話から解放されたい。
眉をよせた苦笑いで水野の言葉を止め、軽いフッという息を吐いてから口を開く。
「分かった。それ、俺の角野―――と相談してからの返事でいいかな」
「はい分かりました。返事待ってますね」
「では、また」
可愛くコクコクとうなずき笑顔で手を振る水野に会釈をし、それから他の皆さんにも丁寧に挨拶をして会社を後にした。
―――というか、決して普段から角野のことを ”俺のもの” 呼ばわりしていた訳ではない。ただし冗談まじりで話す時や心の中ではよく言ってたんだな、これが。
だから意味なくふと出たんだろう。
それに「角野」と言った瞬間「あーまた迷惑かけるかもな」と少し
そう、俺から無意識に出たこの不用意な発言が、この先に起こったアホらしくも面倒くさい展開への幕開けとなっていったのだ。
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