小宮を追いかける、コイケと水野(1)



 坂上と飲んだ1月が終わり、そして2月に入っても状況は全く変わっておらず、まだ角野には彼氏がいるし、俺の角野に対する気持ちもハッキリとは固まっていない。


 ただしさすがにあれから約二ヶ月間も「角野のこと」を考える機会が増えると、角野の一挙一同が気になって仕方が無くなるし、それに角野が怒っても呆れても……


 まぁなんというか。


 角野がどんな表情をしていようとも何を言ってこようとも、どれもが可愛く見えてきたのだ。これはヤバイ。



 この間の件から無理はしないと決めたので、以前と変わりない物言いをしたり文句を言ったり、自分に都合よく動いてキレられたりと、大まかな行動は変えてはいない


 ―――はずなんだが、やはり今まで通りとはいかず。


 今までと違い、ややこしそうな用件のメールや電話にも返答するようになり、怒るまでしつこくからかう事や女性関係のネタ話をするのを止めたりと………分かりやすいな、俺。



 それに、なんというか。


 基本的に俺や社長には甘い角野が、あの童顔で半分本気・半分ノリで怒っている姿を見ると、なぜかその顔を見ながら微笑みを浮かべている自分がいたりして怖い。


 そして、その微笑みを見た角野は


「―――もう、本気で、キレた」


 その日はずっと、必要事項以外は口を聞いてくれなかったけどな。



 ただな角野。この「小宮の微笑み」で、あんなにマジギレするのは俺の周りでは、いまのとこお前くらいだ。



 それにこの間は、高田とあまりにも仲良く話をしている姿を見て「いつまで喋ってんだよっ」とイラついてしまい、思わずこの顔立ちを生かした鋭く冷たいにらみを利かせたら彼をとても怖がらせてしまったようだ。


 ただ、それに気づいて振り返った角野にはニッコリ笑いかけたら


「何が、そんなに、面白いんですか……。しかし、無駄に整った顔立ちを本当に無駄に利用しますね」


 って怒られたけどな。



 あと最近では、仕事中の角野を構いたくなってついからかってしまったら、冷たい目で見られて無視されたのになぜか今度はベタベタと触りたくなってしまい、とりあえず頭をガシガシと触りまくってやったら


「嫌がらせですか? 30過ぎても、ほんとガキですね」


 って更に冷たい目で言われたけどな。



 まぁこれら全ては、俺からしたら軽い愛情表現をしているつもりだったんだが、過去の経験から角野にはそれが「バカにされている」としか思えないらしく、悲しいことに、好きと気づく以前よりも嫌われてる気がするのがつらい。





 そんな怪しくも不審な行動をしている日々を過ごしていたら、久々の相手からメールがきた。以前どこかで知り合った女性で、簡単に言えば「もう一度会えませんか」という内容なんだけれども


 ―――これに返事をするべきか、それとも止めておくべきか。


 角野に好意を持ってるとはいえ別に付き合っている訳ではないし、この先どうなるかも分からない状態だから会っても構わないだろう。


 角野本人だって、そんなこと全く気にも留めないはずである。


 ただそうは思ってはいてもここで角野をすぐ思い浮かべたという事は、もうすでに「好きかも」とかウダウダするのではなく、ハッキリ「好きだ」と認める時期がきているのかもしれない。



(……まぁとりあえず、このメールに返信するのはやめておこう)


 返事をどうするか…と手に持っていたスマホをポイッとテーブルに投げ、忘れた頃に送られてきたそのメールは放置することに決めた。



 が、しかし。

 そんな俺の考えは甘かったようだ。


 メールをしても返事なし、電話をしても無視される。そう、意図的に放置されていると気づいてしまった ”彼女” は、なんと会社に電話を掛けてきた。



 いつものように外回りを終え事務所に帰り、いつものように角野から「伝言ありますよ」と言われたので素直にメモを確認をしていると、その内の一つに目が止まった。


 ”13:30頃 コイケサトミ

 小宮さんからの電話が欲しいとの事。

 090-XXXX-XXXX ”


(コイケ? ……て、あのコイケ?)


 メモに書かれた「コイケ」を思わず二度見したあと固まり、そしてそれが誰なのかを理解した瞬間、少し怯えた。


(おい、これ怖いだろ)


 もしかして俺は、もしかしてだが。

 気づかぬうちに地雷的なものを踏んでしまっていたのだろうか。


 なんで彼女でも親しい友人でもないのに、たかだか一週間ほどの放置で教えてもいない会社の電話に掛けてきて伝言を残すんだよ。


 何なんだ一体?

 私の敵となる女は会社にいるという、コイケの野生の勘か?



「コイケさんの伝言ですか?」


 しばらく固まったあと激しく動揺した俺の姿を隣から見ていたのか、呆れたようにため息をついた角野が尋ねてきた。


 なんだか言葉がすぐに出ず力なく「そうだ」とだけうなずくと、冷たい目をした角野が少しだけ心配そうにしながら話を続けた。


「取引先じゃないし不審な相手だったんで、 一応『ご友人の方ですか』って確認したら 『はいそうです。小宮さんと連絡が取れなくて』って言ってましたけど」


「そうか……」


 多少気持ちが落ち着いてきたので、何となくそこで角野の目をしっかり見返してみると、俺への心配なんぞは微々たるもんでワイドショー的な期待感がもの凄く満ちあふれている。


(―――待て。これ以上何かを聞かれると、ろくなことにならない)


 急いで目をそらし、会話をバッサリ切って強制終了させた。


「あー大丈夫だ。とりあえずは知ってる人だから」

「………」



 なんていうか、少し泣いてもいいかな。

 いや俺が悪いんだけどさ。



 ―――どうしようか。


 普段なら完全無視を決め込むところだが、これを放置するとたぶん再び会社に掛けてきて、そして俺の角野に更に冷たい目で見られる羽目はめになりそうだ。面倒だがとりあえずは一度、連絡を取ろう。



 そんなことを考えていた時


「こんにちは」


 ノックのあと笑顔で事務所に入ってきたのはそう、あの水野だった。


(……マジかっ。これまた面倒くさいのがやってきた)


「小宮さん、今日はバレンタインデーなんでチョコ渡しにきましたっ」


 いつもの倍キャピキャピしながら、チョコが入っているであろう袋を振ってくる。



 コイケの話が終了したあとも、疲れ果てた様子でグッタリ座っていた俺をずっと横目で観察していた角野は、よりにもよっていま水野かよ…てな顔で吹き出しそうになっている。


 そして「早く受け取りに行け」と目線で合図をしてきた。


 ―――はいはい、行きますよ。


 のっそりと立ち上がりながら、水野がいる方へと向かって歩き


「ありがとう」


 笑顔で紙袋を受け取ってから、しばしの間沈黙することで早く帰って欲しいアピールをしていたんだが水野は何を誤解したのか、とても重要な話です…といった感じでスッと俺に顔を近づけ周りに聞こえないようにか


―――いやまぁ角野しかいなんだが、小声でヒソヒソと伝えてくる。


「あの、また一緒に飲みに行きませんか」

「………」


(今はそれどころじゃないんだ。あと、今後も行く気は全くない)


「あーえっと、申し訳ないんだけど……」


 また笑顔を作り、最後までセリフを言い切らず曖昧ににごしたお断りの返事をすると、水野は一瞬かなりムッとした表情を見せたがすぐさま可愛くニコっと笑い、それから ”わたし困ってます” 風に眉をひそめて小首を傾げ、再び小声になる。


「あの、引田さんが角野さん気に入ってて。だから四人で行きません?」



 ……嘘こけ。



 真面目に相手するのが馬鹿らしくなってきたので、とりあえずもう帰って頂こうと水野が立っているカウンターの向こうに回り込んで事務所のドアを開け、どうぞ…と手を外へと差し出す。


「あーはい。じゃあ、考えときますんで」

「えーっ」


 まだ帰りたくないと渋る水野を、ササッと事務所から追い出した。


 しかしなぜ俺に関わってくる女性は、みな角野に迷惑をかけようとするのか。

 なんか今、物凄く謝りたくなってきた。


 ごめん角野。





 そしてその日の勤務を無事に終えて電車に乗り自宅に帰りつくと、まずはソファーに浅く座り、それからスマホを手に持った。


 ため息をつきながらコイケの電話番号をアドレスから出し、そのままその画面をジッと眺めたあとズンっと軽くうなだれ


(電話、したくない……)


 しばらく悶々と悩んでいたが、このまま放置は危険だし…と諦め、人差し指を嫌々伸ばし大きく息を吸ってから電話アイコンをタップした。



 出なくていいのに速攻で出たコイケと嘘くさく一通りの挨拶を交わした後、会社への電話についてを強めに責める。


「電話を返さなかったのは悪かった。ただそれで会社に電話してくるのはどうかと。それより前に、なんで会社の番号を知ってるんだ」


 するとコイケは、とっても悲しそうな声で訴えてきた。


『電話は会社名で調べました。ずっと無視されたんで連絡が取りたかったのと、バレンタインデーにはどうしても会いたくて、今日電話してしまいました』


「………」


(なんだ、これ? ……もう電話切ってもいいだろうか)


 コイケさんとはたぶん、というか確実に数回しか会っていないはず。

 あと「番号調べた」とか言っているが、俺、会社名をコイケに教えたか?


 その程度の付き合いなのに、なぜ「会えないのはツライ」と責められているのか。

 それにバレンタインデーなんぞ、チョコ貰うだけの単なるお遊びイベント―――



 だからこう言った。


「バレンタイン? 彼女ならともかく、そうじゃない人とわざわざ約束してまで会わないだろ」


 するとこう返ってきた。


『それなら彼女にしてもらえませんか? 小宮さんの事が好きなんです。これを今日会って言いたかったんですが―――』


「………」



 もしかしたら、だが。

 いま俺はコイケに告白されたようだ。


 でも俺はコイケが好きじゃ無い。


 ということで。



「彼女として付き合うのは無理。だから悪いけど、もう連絡を取り合うのは止めよう」


『あ。あの、もう一度だけ会ってもらうこと出来ませんか』

「会っても意味ないので。本当にごめん」

『………』


 黙ってしまったコイケの返事を待たず一方的に電話を切ったが、そのあとすぐ嫌な感じの不安感がザワザワと込み上げてきた。


(これで終わるだろうか……)



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