坂上、お前さ、確か「一石二鳥」って言ったよな



 坂上との飲み会で、角野のあれやこれやをちょっとだけ話したんだが、二時間半ほど経ちそろそろお開きにしようか…という頃には


「角野さんのそんな(Sっぷりな)ところが、俺は好きだ!」

「角野さんと俺は、きっといい(友人)関係になれる!」

「なんか角野さん(と一緒)なら、小宮から一勝できそうだ!」


 好きかも、といった俺に対する宣戦布告のように不快なセリフを言いまくって帰って行った坂上。


 お前、俺の話を聞いていたか?

 会社での俺の扱いを聞いただろ?


 それなのになぜ、そんなに角野に惚れこんでるんだ。

 特に最後の「一勝」って何だこら。俺の角野を奪おうとしているのか坂上。



 ただなぜか「手を出すなよ!!」と最初は怒っていた坂上が、最後の方には「彼氏から奪え。俺は応援する」と手のひら返しを行い、しかも


「そんなに真剣なら、角野さんが笑顔になるよう努力しろ」


 と、酔っぱらいながらも全力応援してくれた。



 ―――だけど、いまいち理解できないんだが。


 いつから俺が ”角野に真剣に惚れてる” てな事になっているんだろうか。






 どうしても納得ができないままも、当たり前だが月曜になったので会社へと行き、そして営業の外回りを終えて15時ごろ会社へと帰って


「ただいま」


 戻りの挨拶をしながら事務所のドアをパッと開けると、パソコンの前に技術者っぽい男が座っている。


(何かトラブルでも?)


「お帰りなさい。机に伝言ありますから」


 角野の言葉に静かにうなずき自分の席へと大股で歩き出したが、どうも分かりやすい疑問顔をしていたようですぐに説明が返ってきた。


「パソコンの動きが悪くててもらってるんです」

「ふーん」



 それから机に座って、さっき言われた伝言を確認していると、


(おっと―――)


 大した事じゃなくてもすぐに返事しないとうるさい…てな人からの伝言があったが、うっかり対応するのを忘れていた用件だったので、角野にそのメモをヒラヒラと振って見せながらすまなそうにしてみせる。


「これ、どうにかしてくれたんだ」


 何のことかと振り返ってきた角野は「あーそれ」とつぶやいたあと、またサッと視線を机の書類に戻し興味なさげに答えた。


「小宮さんが喋ってたのを覚えてたので簡単に対応して、相手は確認待ち状態ですよ」


 いつもならここで「そうか。じゃあコレコレと連絡しといてくれよ」と、この程度の用件なら面倒いからと全振りしてお任せをするのだけれども。


 机の前の書類を処理している角野をジーーッと見ていたら、坂上の「一石二鳥」という言葉が頭に浮かび――――


「ありがとう、角野は記憶力いいな。あとは俺から連絡しておく。あーえっと。手間かけて悪かったし、今から俺はそんなに仕事ないから何か手伝おうか?」


 すると角野が、いま聞きなれない言葉が……といった感じで振り返り、横に座っている俺を眉をよせて凝視し始める。


「お礼を言っただけで、そんな不審顔しなくてもいいだろ」


 思わず、そこまで変な顔する必要があるか? とムッとすれば、角野は「ん?」と首を傾げよせていた眉を元に戻した。


「あ、そうですよね……」


 それからさっきよりも更に深く首を傾げ、俺の顔を軽くのぞき込む。


「小宮さん。今日、もの凄く機嫌が良かったりします?」



(―――しつこい)



「まぁな。機嫌は確かに悪くはないが、ただ単に手伝えたらと思っただけだ」

「そう、ですか」


 角野はまたまたしばらく黙り込んでいたが、ふと何かを思いついたのかワザとらしい納得した表情を作り、嬉しそうに大きく頷いた。


「なるほど。やっぱり人間は、歳を取ると優しくなっていくもんなんですね」

「……角野、俺はまだ35歳だ」

「えっでも四捨五入したら、もう40ですよ」


 年齢をいじられつつも「違う! 角野だから親切にしたかったんだ!」

そう言い返したくて仕方なかったが「なぜ?」と聞き返されても困る……。



「悪かったなオッサンで。でも俺は40じゃない30代だ」


 とりあえず俺をジジイ扱いするのはやめろ、と強めに反論すると「はいはい」と苦笑した角野が淡々と慰めてきた。


「大丈夫です。小宮さんはまだ30歳位には見えます。それにまぁ性格はともかく、顔は格好いいんで歳いってもきっとモテますって」


(お前それは、褒めてるのか? けなしてるのか?)


 しかし一応は褒められたと仮定し、この際なので俺も褒め返すことにする。


「ん? 角野も若く見えるぞ。会社で初めて会った時は、18歳位の新人かと思ってた。でも24歳だと聞いた時には、なんだこの子供っぽくて色気がな……いや、えっと……」


(俺は何を言っているんだ。褒めるつもりが、けなしてどうする)


 思った通り角野はムッとし、俺を冷たく一瞥したあと視線を正面に戻して手に持っていた書類をトントンと揃えてから反撃にでた。


「すいませんね。色気が無くて」

「さっきのは昔の話だ。今は、年相応に―――」

「そうですね。すいません、29歳にもなってしまって」



 いや違う、そうじゃないんだ角野。



「29歳には見えないから。どうみても25歳以下だから」

「そらどうも、ありがとうございます」

「ほら、雰囲気も入社した時よりは大人っぽくなってるしさ……」

「―――遠回しに ”老けたなお前” って、言ってるんですよね」

「………」


 言い訳すればするほど、ドツボにはまっていく。

 それに、この会話の終わりが俺には見えない。


(なんというか……。珍しく気を遣ったら、一瞬で疲れたし)


 そう、普段と違うことをしようと無理をしたからこうなった。

 もういい。


 もう俺のことは、ツンデレと呼んでくれ。



「あーいや。老けてはいないが、相変わらず色気は無いな。そこは女性として頑張るべきかと、いやでも角野には一生無理かもなー」


「………」


 少しの沈黙のあと、妙に納得した表情になった角野が「ふっ」と面白そうに笑った。


「やっぱり歳はとっても小宮さんは小宮さんですね。で、なんですか? 褒め殺ししてまで、何か私に頼みたい事でもあったんですか?」


「……頼み?」


 そこで事務所全体が、倦怠期の夫婦的な冷たい空気感に包まれ―――


「フフフ……」


 なぜか端の方から小さく笑い声がする。



 あぁ、いたな。メンテナンス会社が。

 角野との会話に必死で、その存在を忘れていた。



「あ、すいません引田さん。お見苦しい会話を聞かせてしまって」


 角野が少し焦ってまだ若いその技術者の男性、もとい引田に謝ると、引田の方もしまったと言う感じで焦り始めた。


「い、いえ、私の方こそ笑ってしまって申し訳ないです」


 引田は俺の方もチラッと見ながらすまなそうに謝ってくるので、いいですから…と愛想全開で怒ってないアピールをする。


「気にしなくて大丈夫ですよ」


 だが再び必死に謝りだす引田。


「本当にすいません」


 そしてまた愛想全開で怒ってない……



 ―――って、なんだよこれ、面倒くさいな。



 何度か同じやり取りを繰り返した後、俺が本当に怒っていないことが分かった引田がホッと安心した様子になったので、なんとなく外面用の笑顔で優しく尋ねた。


「どこがそんなに笑えました?」


 すると引田は、ふふっとまたおかしそうに笑う。


「いえ。忘年会の時に見ていた、小宮さんのイメージと全く違ったので」


(そうか。だけど今の角野と会話している姿だけでなく、忘年会での姿も本当の俺なんだけど。まぁ別にいいんだけど)


 それからふと角野の方を振り返ると、そうでしょ、そうでしょーと、とてもいい笑顔で引田に向かってうなずいていた。


「………」





 今日のこの一件で、無理をしてしまうとろくなことにならないって事が判明したので、もう無理はしない。


 自然な流れと時間に合わせて、角野には対応していく事にする。


 もう5年も経っているんだ。

 急に態度を変えることは難しいんだよ坂上。


 ただ今日のこの展開はちょっと面白かったので、角野ネタとして坂上に詳細をメールしておこう。そうしよう。



(ピピッ)


 早!! もう坂上から返事がきた。


 

『そんな助言したかな?酔ってて覚えてないな。

 ただ小宮は中年なのは確かだから、そんなにショック受けるなよ。

 あ、そうそう。また角野さんネタ出来たらメール送ってくれ。

 もうお前の会社に行って、

 角野さん(の小宮への対応)を直に見たいよ。じゃーな。』



 坂上…。お前、角野が大好物だな。



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