友人・坂上は、小宮に同情する



「ごめん、ごめん。いいおっさんが真剣だったんで、からかいたくなったんだ」



 あれからしばらくはひたすら謝っていた小宮だったが、途中で謝るのに飽きてしまったようで、まだ真顔で固まっている俺を横目に見ながら遠くにいる店員にサッと手をあげ、さっきからずっと空のままだったお酒のおかわりを頼んだ。



「というかさ、角野のことはどうこうする気はないと言うよりは、どうしたらいいのか分からん…てな方が正しいかもな。それに現時点では、彼氏から奪おうとするほど情熱的に好きな訳じゃないし―――」


 そこで俺の顔を見て少しの間をあけたあと小さく笑い、続けて言った。


「だから手を出すとかの心配、しなくて大丈夫だから」



 まだまだムッとはしていたのではあるが、よくよく見ると小宮は今日、かなり機嫌がいい…ということに気が付いた。そういえば、いつもより笑顔が多いような気がする。


(まーもう、いいな―――)


 からかわれた位でいつまでも怒っているのが馬鹿らしくなり、小宮をもう一度強めににらんでから普段通りの軽口を始めた。



「でも彼氏と別れたりとか、その気になったら、どうせシレッと口説き出すんだろ?」


「まぁ、ここは ”しない” と言いきる所だろうが、その確率の方が高いな。だってほら、俺だし」


 小宮は「俺だし」と同時に、得意げに自分の顔を指さす。


「や、何が『俺だし』だ……。それはお前の性格を指してるのか? それとも、俺の素敵な容姿だったら女を落とせるだろ的なことなのか?」


 普通にイラッときたので眉をよせ呆れて聞き返すと、小宮はごく自然にサラッと言い切った。


「あーそれは、きっと。―――どっちも、だろうな」

「………」

「坂上。不満があるなら声に出して言え」


 じゃあ遠慮なく、とか思いつつも基本的に優しい俺は、


「小宮、お前さ。俺に生まれ変われば、顔で苦労する男の気持ちが痛い程分かるぞ……」


 むなしい自虐ネタでごまかし、それから大きなため息をハーーッと吐くと小宮が少し目を見開きもの凄く嫌そうな顔をする。


(お。どうした小宮)


「それっぽいこと、角野にも言われたな」

「ふーん。何を言われたんだ?」

「生まれ変わる度に ”不細工になる” という呪いにかかれ、だと。酷くないか?」


(角野さん。小宮との間に一体何があったんだ)



 ―――や、てか待て小宮。


 坂上に生まれ変わるなんて呪いだ、と何気に無慈悲なことを言っているんだが。



 ぶーたれてる小宮にとがめるような視線をひたひたと投げながらも、角野さんが感情なく小宮を呪っている姿が鮮明に頭に浮かんできてしまい、楽しくブホホッと吹き出しながら、もう心を込めて彼女を全力応援することに決めた。


「うわーその呪い掛ける時には、俺のパワーも貸すわー。伝えといてくれよ」

「……絶対に、嫌だ」




 おかわりのお酒がきたことで一旦会話がしばし中断し、そのあとまだ手を付けていなかった料理に箸をのばしつつ尋ねた。


「というか。角野さんって、小宮に結構キツイんだな」

「結構どころか、年々キツさに磨きが掛かってるぞ」


 眉をひそめた小宮が残念そうに首を横に振る。


「だからさ、口説こうとするにしても、かなり難しいんだなこれが」


 思ってもいなかった言葉が聞こえたので、刺身を食べるために開けていた口で驚きの声を出す。


「そうなのか? お前のこと嫌ってなさそうだったけど」


「まぁな。ただ嫌われてもいないが、付き合うほど好かれてもいないだろうな。それにあの外見でごまかされてはいるが、角野はイメージよりかなり怖くてキツいぞ」


 お前が見た俺への対応は外面そとづら仕様だ……と悲しそうにため息をついてから、


「例えばな―――」


 小宮がしみじみと語り出した。




「外回りしてて連絡がきた時に、後でもいいなと思ったら会社に戻るまで無視したり、面倒めんどい事務作業を『それぐらいやっとけ』てお任せしたりすると―――毎回『ふざけんな』とキレられて、しかも俺の事をろくでなし扱いするんだよ」


「……へー」



 辛そうにそこでお酒をクイッと飲んだ小宮は、再び俺の顔を見る。



「あとな。事務所では二人きりが多いんで、五年も一緒にいるとたまに倦怠期けんたいきの夫婦みたいな雰囲気が漂う時があってさ。そん時に不用意にも『角野、電話鳴ってる』とか言った日にゃ―――」


「おう」


「手が空いてるんならお前が取れよ…ってな感じでガン飛ばされて、それから嫌な雰囲気がしばらく漂うんで、居たたまれなくなった俺が『次は取るから』と機嫌とると、『次だけ?』と嫌味っぽく返されるという」


 言いながら悲しそうに首を横に振っていた小宮だったが、突然にフンッと鼻から息を大きく吹き出したあと、楽しそうに目を細め笑顔になった。


「てかな~もうこうなると、現実の嫁への対応と大差ないよな~」 

「へー。そうか……」



 なんで嬉しそうなんだ―――とちょっと引きつつも、いつになくよく喋る小宮に適当な相づちを打ってから焼き鳥を手に取り美味しく頂く。



「そんでもって営業の仕事が暇な時とかに事務所で角野にちょっかい出してると、『外に行って来たらどうですか』とか言って、マジでうっとおしそうに追い出されたりするんだよ」


 小宮はグラスを持ったままワザとらしくグッタリとうなだれ、弱々しい声で話を続ける。


「しかも時間を持て余して30分位で戻ったりすると、『もう帰ってきたのか』的な嫌~な顔されたりするんだ」


 この対応は地味につらいぞ…と小宮が小さくつぶやき、そこで顔を上げた。


「ただな仲は悪くないし、基本的には社長や俺に角野は甘いから喧嘩にはならない。けどマジなお怒りモードの時には、殺意を肌で感じるほど冷たい対応でさ……」


 もうなー本当に怖いんだよー坂上もそう思うだろー

 俺を見ながら大げさに嘆いて見せる小宮。



「そう、だな……」


 確かに、優しく笑顔で対応しているようなイメージはあった。

 それにどちらかといえば小宮の方が強い、とかも思ってはいたんだが―――


(ただな小宮……だけれども、だ……)



「小宮よ、話は聞いた」


 俺はうなずきながら小宮の肩に手を置き、そして伝えた。


「だが基本的にな。角野さんがキツイのは、全てお前のその言動が原因だ―――けれどもな、滅多にないお前の扱われ方に俺は本気で笑えてきている」


 小宮は見事なまでに言葉にウッと詰まり、あーうん…と渋々うなずいたあと


「……分かってる。でも、本当に凄く雑な扱いされてるだろ~」


 なぜかまた、嬉しそうに笑った。





「でもな。まさか角野を好きになる、とは全く思ってなかったんで」


 頬杖をつき遠くを見た小宮は、そんな前置きをポツリとした後、


「単なる同僚としての扱いで、自分が付き合った……まぁ付き合っていないのも含めての女性ネタを、角野に面白おかしく喋ってしまってまして」


 困ったように微笑んだあと急に静かになったことに気づき、ここは真面目に聞いた方がいいな…と、食べかけていた揚げ出し豆腐を小鉢に戻し背筋を伸ばす。


「えーっと、男に喋るのと同じノリで、とかなのか?」


「あーうん。きつい下ネタはさすがに避けてたけど―――内容自体は、ま、坂上にするのと似たような感じだな」


「それは……」


 あーやっちまったな的な表情をすると、小宮はハハハッと乾いた笑いをしてから何度かうなずく。


「そうだろー。また一度な、角野がそのバカ話の何かにムカついたらしく―――『ワタクシにもう近寄るな』て感じになってさ。真面目な顔で『小宮さんは不能になってしまった方が世のため人のためです』とか言われたことが……」


 話しながらその時のことを思い出したようで今度は苦笑いを浮かべ、ついていた頬杖から顔を起こした。


「で、今までの話を踏まえてな。とりあえずは五年も一緒に働いているんで、基本的な性格や行動がお互いにある程度は把握や予測ができるんだよ」


「ふーん、まぁそうかもな」

「そう。だからな、例えば角野に――――」



 今更、改まって告白なんぞてしても100%「お断り」されるだろうし、さっき冗談で言ったみたいな ”部屋連れ込み” も、タクシーに乗せることすらまず無理だな。


 ましてや、抱きしめて口説く―――なんて強引な事をしたら、俺は犯罪者として警察に引き渡されてしまう予感がする。


 ま、フラッシュモブくらい振り切れてれば面白がって、俺の気持ちはともかく、バラだけなら「花に罪は無いので」とか言って受け取ってくれるかもしれない。


 しかもこの五年の間、特殊な事情があったとき以外は二人っきりでご飯や飲みに行ったことがないし誘う気も無かったんで、急にしょっちゅう誘ったら不審がられそうだ。


 また角野はいい意味でかなり真面目なんで、彼氏がいるときに「二人で遊びに行こう」てな誘いには、まぁ絶対に乗らないだろうな。




 面白そうに一気にまくしたて、最後は軽く首をすくめた小宮を見て、俺は再び肩に手を置き首を振って呆れてみせた。


「小宮よ。話を聞けば聞くほど、――――よくそれで『角野が好きかも…』ってなったな」


 小宮はニヤっと笑い、同じように俺の肩に手を乗せた。


「だから俺自身もよく分からない、と言ったはず」


 何となく二人して苦笑いをしたあと、さっき食べ損ねた揚げ出し豆腐を小鉢から取って食べていたが、ふと目の前の小宮を見るとグラスを持ったまましんみりとした空気感をだしている。



「や。でも小宮はかなりの男前で背も高いし、性格も――まぁそんなに悪くはないと思う。それにお前は仕事もそこそこ出来るはずなのに、角野さんの心に全く響いてないのが凄いな」


 なんか悲しい気持ちで俺もしんみりとしてしまうと、小宮はおかしそうに笑う。


「そうなんだよ。もう最近は、俺の人間性が問題なんじゃないかと思えてきている」


 なんだかな……と、ちょっとした同情すら覚えてきた俺に対して小宮は楽しそうにニンマリしてみせた。


「気にすんな。ほぼ自業自得だから」




 そこからしばらくは黙って飲み食いしていたが、ふと ん? となった俺は首を傾げ、いま気が付いた疑問を小宮にぶつける。


「小宮、さっき角野さんを飲みに誘う気が無かったと言ってたよな。―――じゃなんで、あのとき結構強引に飲み会に誘ったんだ?」


 すると小宮は、あぁ…とつぶやき、自虐的な笑みを浮かべた。


「いま思えば、あの少し前に気になることがあった。それにあの日は坂上もいたから三人だったろ? あ、正確には四人か」




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